第1話 九能 悠の時間―春夏秋冬/03 ここで生きる
デスクの端末が静かに起動しログイン用のインターフェイスが待機状態になる。
俺はリクライニング機能付きのシート型ベッドに腰を下ろし、ゆっくりと背を預けた。
『シュウゥ……』
シートが自動調整され、体にフィットする角度へと倒れていく。
無重力に近い感覚を作り出すための調整機能。
この仮想世界の入口へと沈み込むような感覚が心地よい。
頸部にある極細の静脈カテーテルが接続され、微かにひんやりとした感覚が首筋を伝った。
同時に、両手首、両足首へバンド型のインターフェイスを装着する。
瞬時に生体認証が走り、体温、脈拍、脳波のデータが端末に同期された。
「バイタルチェック完了」
最後にゴーグル型のヘッドギアを被る。
視界がふっと暗くなり外界との境界線が曖昧になっていく。
シートの背もたれがゆっくりと倒れ込む。
体が沈み込むような感覚とともに全身の神経信号が順番に遮断されていくような感覚。
指先の感覚が消え、足元がふわりと軽くなる。
次いで、聴覚が静寂に包まれ、現実世界の音が遠のいていく。
そして――視界が一瞬、光に満たされる。
浮遊感。
自分の身体がどこにあるのかわからなくなる感覚だ。
次の瞬間、メサイア・パシフィックゲートの仮想都市が広がった。
ここは、安全が確保されたテリトリーの中だ。
ログインとログアウトは、ポータルという「地点」を通してしか成立しない。
そしてこのログイン・ログアウトの仕組みにも例外はある。
――いや、例外じゃない。
ログアウト中にポータルが消失した場合、ログイン時には最寄りの安全なポータルへ再配置される。
つまり、この世界においてどこに戻るかは、個人の意思じゃなく、環境側の都合で決まる。
だからこそ、インター・ヴァーチュアでの損傷はその場で処置しなければならない。
――他にも、戻されるケースがある。
このインター・ヴァーチュアで死んだ場合だ。
本来、この世界では自分で切らない限り戻れない。
どんなに致命傷に近いダメージを受けても、利用者が能動的に選択をしない限りログアウトはされない。
この世界で死ねば、そこで終わりだ。
何もできないまま、その場に残る。
それが、本来の仕様だ。
だから、死亡相当と判定されたときだけ、強制的に戻される。
強制排出だ。
ただし、これは世界の仕様じゃない。
インターフェイス側が勝手に差し込んでいる機能だ。
急なログアウトは、ダイビング中の急浮上と同じだ。
極端な仮想現実での反応に現実が引っ張られる。
PTSDに似た症状、手足の麻痺、拒絶反応。
昔の映画で見たような話だ。
あれは極端な演出だったが、あながち間違いでもないらしい。
程度の差こそあれ、今や現実になっている。
それに、脳神経や精神に大きな負荷がかかり、最悪の場合、命に関わることもざらじゃない。
それでもこの仕組みが残されているのは、
ユーザーの命を守るためじゃない。
死体が放置されると後処理が煩雑になるから、管理側が即座に把握するためだ。
そんな合理的な管理の結果、この仕組みは組み込まれている。
これを仕込んだ張本人は徹底した現実主義者だ。
――そして、その冷たい理屈を正しいと認める自分がいる。
ここは夢の世界じゃない。
ただの逃げ場でもない。
どこまで行ってもここは人間が逃げ込んだ、仮想の現実なんだ。
二倍の人生には、二倍の退屈と二倍のリスクがある。
学校や現実でズレを感じる俺は、多分このバーチャルの中で生きているという現実を確かめたいのだと思う――。
だから俺は、コード・フレームワークに乗る。ここで生きていると証明するために――。




