↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電界駆動ブレード- compression  作者: 不治痛
序章 Digital Surrender - 降る世界と委ねる者たち
PR
46/63

断章 九能悠の記録――エイプの二週間/02 ハイヨ〜、シルバ〜

    【Day4】


 リーダーがCFに乗ると言った。

 俺は間抜け面になっていたに違いない。


「夜明けまで二時間ちょっとか…… 充分だな」


 リーダーはエンブレム入りのスーツのジッパーを上げ、軽い動きでエイプに滑り込んだ。

 脚が悪いとは思えない。


 「ドンッ!」と特有の駆動音が響く。

 リーダーはパイロットシートから見下ろした。


「なんだそのバカ面は? 手本見せてやるって言ってんだ、感謝しろよ。 ほれ、立て」


 その顔は楽しそうだった。

 俺はそんな顔を見るのは初めてだった。


 リーダーの言うところのバカ面を晒した俺の前に、エイプが体を起こして立ち上がった。


 試すように、右、左と足踏みする。

 エイプの関節が小気味よく鳴った。


 リーダーはただシートでじっと虚空を見つめる。

 機体がわずかに身体を前のめりに傾けた。


 そのタイミングでリーダーはシートの上で体を軽く左右に振り込んだ。

 軽い金属音とともに、機体がリズムを刻み始める。


 十回ほどその動きが続いた後、リーダーは上体は起こしたまま、ズンと大きく腰を後ろに落とすような動きに変化した。


 連動するようにエイプが、両膝を左右交互に沈ませ、足裏で地面を滑らせるように一歩――。

 そしてまた一歩。


 脹脛の裏から覗くリニアダンパーが沈んでは、瞬間的に展開していた。


 そして、蛇がうねるように地面を滑り、エイプが前進と後退を繰り返す。


 次の瞬間、エイプが肩をすぼめ、上体を捻りながら両腕を振る――。

 まるで、ボクサーのシャドーのように。


 ヒュッ、ヒュッ、と空を切る音が、薄暗いドックの静寂に響く。


 俺は見惚れていた……。


 その動きは、あまりに軽やかで、なめらかで、まるで人間の関節が入っているかのようだった。


 脚が…… 腰が…… 腕が、まるで一体で悶えるように身をよじる。


 そして次の瞬間、カミソリが煌めくようなシャープさを持って伸びる。


 ゴリラのような不格好なCFがその瞬間、なぜかとてもエロティックに踊る女のように見えた。

 形は俺の乗ったエイプだが、その動きはまるで別の機体としか思えなかった。


 ほんの数十秒の出来事だった。

 エイプが直立の姿勢に戻り、止まった。


「まあ…… こんなもんか」


 リーダーは小さく笑う。

 そして俺を見ると、眉の間に皺を寄せた。


「なんだ、バケモノでも見る顔しやがって」


「なんなんですか―― 今のは?」


 まだ頭からあの動きが離れない。

 鮮烈な動きにそんなつまらないセリフを言うのが精一杯だった。


「あー? ただのウォーミングアップだぞ」


 まるで金魚のように口をパクパクしている俺に、リーダーは口をへの字に曲げた。

 怒っているのか、呆れているのか――。

 どちらとも言える表情だった。


「メンドクセェなー。 おらっ! もういくぞ!」


「うわぁっ! ちょ、ちょっと!」


 エイプのでかい左腕が、体を引き寄せた。

 一瞬でエイプの小脇に俺は抱えられていた。


 力強く、ガッチリとホールドされて動けない。

 だが、それでいて痛みはない。

 これが、とても繊細な動きだと気付かされる。


 闘神のコード・ライダー。

 そのキーワードが頭をよぎった。


「悠、口閉じとけ! 舌噛むぞ!」


 リーダーが叫んだ。

 次の瞬間、ズドンという衝撃と共に、顔面にものすごい風圧を感じた。


 上下に強烈にシェイクされるような振動。

 エイプは俺を小脇に抱えたまま、全力疾走を開始した。


 エイプの胸部カウルからドラムの乱打のような駆動音が響く。

 処理熱が右半身を炙る。

 両脇の景色が歪み、視界が急速に狭まっていく。

 吹き付ける風に目が細まり、涙が滲んだ。


 だが、速度が増すほど感じていた上下動が消えていた。


 足元を見ると、飛沫のような虹色の光が散っている。

 エイプは左右に跳ねるように、滑るように地面を押し出していた。

 小さなジャンプを連続して、スケートのようにドックを滑っているのだ。


「レッスン1だ! こいつは飛べないが―― 跳べるんだぜ!」


 小型ゆえに出力は低くても原理は同じ。

 俺は作業ロボットのように動かしていたに過ぎない。


 エイプはCFで、物理演算の枷に干渉できる、現(・)実(・)を(・)破(・)る(・)存(・)在(・)だったのに。


 前方の風防越しにリーダーを見る。

 軽い前傾で、右手は確かにスロットルを開閉していた。


「レッスン2だ!」


 リーダーが上体を起こし、斜め後ろに捻り込む。

 金属音と共に赤い火花が散り、機体が沈む。


 俺は小脇に抱えられたまま滑る。

 左脚が伸び、右脚は限界まで屈伸していた。

 脚のリニアダンパーが沈み込み、サーフィンのような姿勢で速度を保つ。


 5層と4層の壁が迫る。

 俺は悲鳴も出せず固まった。


「イヨッしゃあ! ハイヨ〜、シルバ〜!」


 壁直前でエイプが反転。

 視界が乱暴に回転し、さらに沈み込む。

 右半身が前になった瞬間、エイプは斜め上へ弾かれた。


「オラァ!」


 右脚で壁に着地し、そのまま蹴り飛ばす。

 エイプは逆方向へ跳躍し、オーバーハングが目前に迫る。

 俺は三時間かけた場所に一瞬で到達した。


 右腕からワイヤーが伸び、張り詰めた瞬間に引き寄せられる。

 火花を散らしながら4層に着地。

 俺は力が抜け、口走った。


「し、死ぬかと思った……」


 何が起きたか理解せざるを得なかった。

 俺はエイプを機(・)械(・)として扱い、CFとして使っていなかった。


 リーダーは座標干渉、モーメント、ダンパーの負荷、慣性を利用して飛んだ。

 最後はワイヤーで一気に踏破だ――。


「エイプでもな、トルクかけりゃ二十メートルは跳べるんだ」


 タバコを取り出し、火をつけながら、リーダーは言った。


 少し吸い込み、大きく吐き出し、言葉を続ける。


「こいつらは現実にねぇ。 この世界だけの存在なんだよ。 俺たちと違ってな――」


「……急になんすか」


「インター・ヴァーチュアには時間はあるし、リセットも効く。

 だが複雑なら壊れるし、直すのは大変だ。

 傷つきゃイテェし、治らねぇ時もある」


「でも、リーダー、CF乗れるじゃないっすか」


「買い被んな。 ヤニの力借りて、このおもちゃの限界見せるのが今の精一杯だ」


 そこまで語ると、今度はゆっくりとタバコを吸い込み、大きく煙を吐き出した。

 そして、手に持って火口を弾きながら笑う。


「それでも、現実じゃできねぇ芸当だ。 ここでも生身じゃ無理だ」


 ちっこい機体でも見せてくれる景色がある。

 CFに乗らなきゃ見えない景色がある。


 その言葉と自嘲気味の笑いに、俺は泣きそうになった。


 リーダーは未練を滲ませつつ言う。


「脚はイテェし、目もかすむ。 まあ…… ヤニもこれで吸い納めだな」


 タバコを指で弾き飛ばすと、リーダーは俺を抱えたままエイプで壁を降下した。

 ワイヤーガンで跳ねるというより、落ちている感覚に近い。


 突然、背中から落下した瞬間は小便を漏らしそうになった。

 だが尊厳が勝った。


 限界近くまで降りると、リーダーはワイヤーガンを射出し、また同じ動作で降下する。

 登りと同じく、わずか数分で壁を下りきった時、これが懸垂下降だと理解した。


 次の瞬間、拘束が解かれ、俺は失敗した飛び込みのように固いコンクリへ叩きつけられた。


「……ぬぉお…… 痛ってぇ……」


 顔面を地面にへばりつけたまま数秒悶え、体を起こすと、リーダーは既にエイプを降りていた。


「手本は見せたぞ。 なんでCFは荷重制御で、手足は思考制御なのか、よく考えろ」


 リーダーはシェード付きの濃いサングラスをかけていた。


「CFは身体拡張プログラムだ。 空飛ぶロボットじゃない。 あとは自分でどうにかしろや」


「はぁ、ありがとうございます……」


 感謝しつつも、釈然としない。


 これまでも凄いとは思っていたが、今日初めて理解した。

 柳橋亮平は闘神の殲滅明王(せんめつみょうおう)だと……。


 俺はこれまで深い旋回や舞うような動きを見てきた。

 だが今日のエイプの動きは根本的に違った。


 制限だらけの機体が人のように動いていた。


 その「腕の違い」の正体が理解できることを期待していた。

 だが返ってきたのはライダーなら誰でも知る話で拍子抜けだ。


 リーダーはため息を吐き、頭を掻きながら去っていく。

 よく見ると左足を引きずっていた。


「やっぱり脚はイテェし、目がかすみやがる――」


 あの言葉が頭をよぎった。

 乗ることと操ることは違う。

 それを突きつけられる。


 限界行動とはいえ、やれることが少ないエイプでここまで消耗するとは。

 普段は見せない異常が今は露骨だ。

 強制排出の影響ってこういうことなのか……。


 そんなことを考えるうちに、リーダーは闇に消え、エイプと俺だけが残った。


 リーダーは火を落としていない。

 胸部装甲の奥でアイドル振動が続く。


「アイドルしてるってことは、乗れってことだよな……」


 俺は胸が騒いだ。

 あれを見せられて黙っていられない。


 エイプは飛べないが、跳べるし、世界へ干渉できる。

 俺は「飛べない」と思いこんでいた。

 処理範囲は狭く継続性も低いが、空間の観測・移動自体は可能だ。

 それを忘れていたから、ただの重い機械として扱っていた。


「……トルクをかけるって、やつもか……」


 自分とリーダーの乗り方は全く違う。

 小回りを意識して前傾で曲がろうとしていたが、リーダーは逆だった。

 体を起こし固定し、シート後方に腰を落とす。


 一本の鉄棒が機体を貫くような安定を軸に、ベクトルを制御していた。

 溜めたトルクがブレない加速を生む。


「俺って、そんなに、手と足、使ってなかったか……?」


 そういえば武器操作以外、意識していなかった。

 四肢だけで動かすなんて、思えば考えたこともない。


「CFは身体拡張プログラム…… ロボットじゃねーんだ……」


 真似して呟いてみるが、わからない。


「考えるな、感じろ…… か」


 尻を払って立ち上がる。

 暗く冷たい空気の中、アイドルを続けるエイプを見上げた。


 手探りだが、今日はヒントが多い。

 かなり無理してくれたが、俺のためか?

 いや…… ただの気まぐれだろう。


 腰に脚をかけて飛び乗り、シートに滑り込む。


「とりあえずマネしてみるか」


 考えるより、まずはやる。

 リーダーが見せてくれたものは、俺にとって貴重なものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。