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電界駆動ブレード- compression  作者: 不治痛
序章 Digital Surrender - 降る世界と委ねる者たち
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断章 九能悠の記録――エイプの二週間/01 真っ直ぐの宅配

    【Flashback】


 これは――。

 俺、九能(くのう)悠(ゆう)のちょっとしたある出来事の記録みたいなものだ。


 思えば地獄のような出来事だったが、得るものも多かった。

 だから俺の記憶からRAMバンクに永続保管(パーシスト)しておこうと思う。


    【Day2】


 剥き出しのパイロットシートは突風に煽られ、油断すれば投げ出されかねない。


 傾斜の緩い4層までとは違い、その下は切り立った崖だ。

 4層から5層への垂直の壁を、ワイヤーガンで鉄骨や窪みを探りながら慎重に降りていた。


 リーダーに宅配に行ってこいと送り出され、ここに着いた頃には朝になっていた。


 こんなイカれた事をやってる自分が嫌になる。

 バックれたら地獄を見るのは確実だ。

 それに頭にはウェアラブルカメラ。


 インチキすれば殴られる。


 幸い、時間制限は無かった。

 もしかしたら、リーダーは最後まで出来ると、踏んでいたのかもしれない。


 実際、やってみると、最初から絶望的だった。


 5層から4層へ続く垂直の壁を、飛べないエイプで登れと――。


 掴む場所は多いが、登り切るのに三時間かかり、昼過ぎになっていた。


 4層から上は傾斜一〇度の段々畑のような斜面だが、やっぱり無茶だ。


 リーダーの指示はひたすら直線。

 迂回禁止、カメラ録画で監視。

 完全に不法侵入上等だ。


 しかもここはお行儀の良い街じゃない。

 入口の看板が全てを物語っていた。


「ようこそ、Highway OverDrive Outpost――HODOへ。

 余計なちょっかいは出すな。キッズでも武器を持ってるぞ。

 ハメ外したら撃つ。

 保安官も留置所も無い。

 やらかせば即、強制排出(イジェクト)だが、滞在を楽しんでくれ」


 つまり、黙って敷地に入るのを見つかれば、撃たれても文句は言えない。


 おかげでエイプでコソコソと集荷し、1層に着いた頃には夜になっていた。

 戻りも真夜中まで続き、「遅い!」と罵倒されながら4層まで戻ってきた。


 だが降り始めて気づいた。

 登りより降りの方が遥かに難しい。


 登りでは気にならなかったが、降りでは足元が全く見えない。


 普段の半円球モニタに慣れた俺には、肉眼で機体を操作するのは初めてで、距離感が全く掴めない。

 しかも暗い。


 足場を探し、ワイヤーで慎重に降りる。

 半分ほどで夜明けになった。

 疲れ切った俺はうつらうつらし、突風で滑落しそうになってはワイヤーで必死に止めた。


 ようやく5層に降り立ち、クマのできた顔でブリッジへ戻った頃には昼を回っていた。


「戻りました……」


 精も根も尽き果て、意識朦朧だった。


 リーダーはキャプテンシートで足を組み、無言で手を差し出す。

 俺はヘッドセットごと渡した。

 カメラを外しながら、リーダーが言う。


「おまえ、明日は登校日だったな?」


 ああ、そうだった。


 リーダーは、俺の学校だけはやたら気にしていた。

 以前「辞めてギルドに専念しようか」と言ったら張り倒され、学校の予定を出せと怒鳴られた。

 学校の予定表を渡したら、リーダーは律儀に登校日をチェックしてギルドの予定を組んでいた。


 とにかく徹夜で走り回った俺は、疲れ果て、頷くしかない。


「んじゃ今日は帰れ。 明日は学校行って、次は明後日の夜明け前にここに来い」


 それだけ言い、俺を追い出した。


 俺は、フラフラとテリトリーの自室へと帰ることにした。


    【Day3】


 ベッドで目を覚まし、そこが自室だと気づいた。


 ジクサーからどう戻ったのか覚えていない。

 ライディングウェアのまま、うつ伏せで倒れていたらしい。


 インター・ヴァーチュアは仮想現実だが、疲労も眠気も空腹もリアルだ。

 脳はそれを現実と同じように要求する。


 生あくびをかみ殺しながら制服に着替え、登校した。


 食欲がなく、頭が重い。

 仕方なく強めのエナジードリンクのデータを飲んだが眠気は飛ばなかった。


 結局、その日の授業は、ほとんど意識が揺れたまま終わった。


 学校後にログアウトしてルーティンをこなしたが、身が入らない。


 再び戻った俺は、翌朝早くジクサーに行かなければならないので、すぐベッドに潜り込んだ。


    【Day4】


 夜明け前に来いと言われていたせいか、目覚ましがなる前に目が覚めた。

 深く眠れたようで頭はスッキリしている。


 デスク上のニキシー管時計は「02:05:45」。

 アラームより一時間ほど早い。


 スッキリ起きると、アラームの代わりに腹が鳴った。


 ルーティン中に餌みたいなモノは流し込んだが、脳は飯の満足を求めている。


 ただ「夜明け前に来い」という雑な指示だ。

 具体的な時間はないが、暗いうちに来いという意味なのだろう。

 夜明けまで余裕はあるが、悠長に食っている時間もない。


 ライディングウェアを着て、おにぎりのデータチップを掴んでジクサーへ向かった。

 抜け道を通る間に、シャケとたらこをコンパイルして貪った。


 指についた米粒を舐め取りながら歩くと、遠くにジクサーが見えた。

 柱の時計は「02:47:21」。

 夜明けまで三時間ほど。


 あたりは真っ暗で、船灯が赤く明滅している。

 その赤に照らされるシルエットを見て、一瞬固まった。


 リーダーが地面に座り、その隣にはエイプがスタンバイしていた。

 煙のにおいと紫煙が漂っている。


 リーダーの口元に、船灯とは違うオレンジ色の光。

 タバコだ。

 少し驚いた。


 コード・ライダーに喫煙者は多い。

 仮想現実では健康リスクは低いとされるが、肉体は反応する。血管は収縮し、血流は悪化する。

 俺は吸わない。学生だし、なんとなく避けている。


 何よりジクサーは全船禁煙だ。

 リーダーはそういう主義だと思っていた。


「おう…… 来たか。 思ったより早ぇじゃねーか」


 リーダーは煙を吐き出して言い、火口を地面のコーヒー缶に押し込んだ。


「タバコ、吸うんですか?」


 余計なことを言ったと後悔した。

 だが睨まれることはなかった。

 リーダーは箱から一本取り出し、ライターで火をつけ、大きく吸って白い息を吐いた。


「アルマナック作ってからは吸ってなかったな。 ガキにはやらねーぞ」


 そう言って隣の地面を指でトントンと叩いた。

 座れということだ。


「失礼します」


 俺は隣に座った。


「アジエには言うなよ。 うるせーからな。 ギルド作る時にヤ(・)ニ(・)禁(・)止(・)って条件出されたんで禁煙したんだ」


 リーダーはまた煙を吐いた。

 嫌なにおいだが、妙にサマになっていて、迂闊にもかっこいいと思った。


「さて、悠よ。 おまえの乗りっぷりは見せてもらったがよ……」


 口をすぼめ、煙を吐き出す。

 輪っかが漂い、歪んで消える。


「ありゃ、論外だ。 乗るとか以前だな」


 怒られず静かに言われる方が刺さる。

 いっそ殴られたほうが楽だ。


「おまえの足りねぇ部分を教えてやる……」


 リーダーはエイプを指差した。


「テメェ、こいつが何ができるか、全く信用してねぇだろ」


 実際その通りだ。

 あんな無茶なコースを、あんな機体でどうしろと言うのか。


「いきなり作業用の飛べないCFで無茶振りされて、俺にどうしろって言うんですか――」


 おもわず口からついて出たが、言った瞬間、青ざめた。


 リーダーは俺を見つめる。

 心臓が跳ねるが、虚勢を張って視線を外さない。


 だがリーダーは殴らず、ため息をついた。


「言うと思ったぜ。 悠よ、なんでオメェは絶望的に要領が悪りぃんだろうな」


 最後に一口吸い、火口をまた缶にねじ込む。


 すくっと立ち上がり、俺に向かって言った。


「オメェが出来ねぇと言ってることを、俺が乗って見せてやるよ」

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