第8話 彼と彼女ー男の事情/07 才気で生きてるやつ
【Present Day】
ライノはオープンチャンネルで交わされたあの会話でちょっとしたトラウマを負った。
しばらくの間、オープンチャンネルを聞かなかった時期があったぐらいだ。
そういえばと、ライノは悠に切り出した。
「オマエさ、ボーパルバニーって聞いたことあるか?」
「んー? 首狩りウサギ? えっと確か……」
ライノの問いに悠はちょっと小首を傾げて考えた後、向き直った。
「……マッド・カプセルバニーって女だけのギルドにいるライダーだよな?」
「知ってるのかよ?」
「賞金稼ぎランキングの上位常連だし――」
ちょっと考えたあと、悠はニカっとして続けた。
「それに、あの第1回ル・マン・ザ・ヘル・イン・ア・セルで優勝した機体のレプリカ…… ドゥカティMHRの使い手って話だしな」
知っていたのには驚いたが、内心、「やっぱり、CFかよ」と、ライノは心の中でずっこけていた。
(ボーパルバニーよ、ご愁傷様。 こいつにあんたの乙女心は届かねっすわ)
今のライノは知っている。
なぜ、あんなにオープンチャンネルが熱狂したのかを。
たった一瞬でも頭に残るアレを、それが出来上がるまでの過程も含めて何時間も見せられた挙句、その初めてを見せつけられるなど……。
それは、もはや呪いの類だと思えた。
(――それはもう壮絶に心臓が焼かれるでしょうなぁ)
「変な振りをしやがって、さっきからオマエおかしいぞ?」
何か企んでるのかとでも言いたげな顔を悠がむけてくる。
この男のやることはライノにとって確かに面白い。
ただ、同時に無自覚に成し遂げていくものには、少しだけ薄ら寒い恐怖を感じる時もある。
ライノはその無自覚に遭遇して持て余した心を、柳橋にぶつけた……。
その、あまり思いだしたくない記憶が這い出てくるのを感じた。
【Flashback】
ジクサーの食堂で俺はリーダーと向かい合っていた。
あの光景が理解できず、混乱したまま説明を求めに来たのだ。
「それで、何を見た?」
リーダーは気だるげに言い、俺は言葉を探した。
「いや…… 信じてもらえないと思うんすけど」
俺は遠回りでHODOに戻る途中、街の上で暴れる光を見た。
建物の屋上を跳ね回り、ネオンの尾を引きながら走る小型CF。
ルール的にあり得るが、常識的にはぶっ飛んでいる。
半信半疑でズームした瞬間、CB無線の噂が誇張じゃなかったと悟った。
帰投するとエイプにはブルーシート、悠の姿は無い。
情報処理を拒否した俺は、そのままリーダーにすがりついたというわけだ。
リーダーは手を叩き、空間に映像を展開した。
「これか?」
高速で景色が流れる。
崩れた屋根に飛び降り、間を飛び移り、路地を擦るように回避する。
落下に近い動きで、連続している。
口を開けて数秒して、なんとか首をコクリと縦に振ることができた。
リーダーは目の前のデタラメな映像越しに大きなため息をついた。
「まずな、悠が直線って言ってる、あのクソ回避だが、あれは直線じゃねぇ。 最小範囲の小旋回連打だ」
リーダーは指先を捻って見せた。
「弾を避けながら真っ直ぐなんて飛んでねぇのよ。 常に細かく捻ってる。 苦手と勘違いしてるが、元々、あいつは小回りが得意ってことだ」
「イヤイヤ…… だからってこれがなんで成立するんすか? つーか、そもそも、この動き―― なんすかこれ……」
「簡単に言うと―― ジムカーナとパルクールだな」
「いやいや、まんまっしょ。 むしろ、ついこの間までスープフライっすよ? 無理ないっすか?」
「普通はな。 人間は秀才にはなれる。 俺もお前もそうだ」
「じゃあ悠は天才ってことっすか?」
「違う。 あれはただの、バカだ」
切り捨てるように言ってから、リーダーは続けた。
「天才って言うのは間違わないやつのことだ。 あれが正解を出してるか?」
俺は首をブンブンと横に振った。
「思い込みと、イカれた反復。 そういったやり方で無理矢理成立させてるんだよ」
「む、無理矢理って……」
「腹に落ちなきゃ、正解だろうが、完全無視だ。 教えてやって、ちったぁわかったかと思ったら、変態軌道のオマケつきだぞ。 やってられっか」
リーダーが愚痴っているなど、レアな状況だ。
いったい、何があったんだ。
リーダーはまた、ため息をついた。
「目立ちすぎる。 今日でエイプは終わりだ。 ……で、いつも通り悠には言うな」
最後に一言、吐き捨てる。
「才気で生きてるやつには、何言っても無駄だ」
【Present Day】
最後のリーダーのセリフを思い出し、能天気な悠の顔にちょっとイラついた。
リーダーのあんな顔はなかなかお目にかからないが、気持ちはライノも痛いほどわかる。
「特に何もねーよ。 俺はもう諦めたから」
ライノはそう言った。
説明しても、この無自覚なバカには響かないと悟っていた。
「ほら、もうだいぶ明けてきたし。 さっさと、チセちゃんに謝りに行け」
悠は顔をしかめる。
「ケイト来たら面倒だろ」
と、ライノが追い打ちをかける。
「わかってるって」
子供のような不貞腐れ顔のまま、悠はノロノロと立ち上がった。
悠がCFへの執着以外に、一年近くチセに固執しているのをライノは知っている。
スケベ根性だけでは続かない。
なら、せめて人らしい部分は手助けしてやってもいいだろう。
「ほーれ、さっさといけ!」
ライノは立ち上がると、親友のケツをおもっきりはたいた。
「痛ってー! オマエ、やめろって! 行くよ、クソっ!」
尻をさすりながら、悠はやっと歩き出した。
その背中をちょっと満足そうにライノは眺めていた。
朝の光が、もう甲板を満たしている。
リーダーの大仕事が、もうすぐ動き出す。




