第8話 彼と彼女ー男の事情/05 特別メニュー
【Flashback】
「心配すんな、乗るもんならあるからよ。 ついでにお前は特別メニューといこうや。 なぁ、悠」
小さな子供が玩具を壊す前の目つきで、リーダーは宣言した。
一瞬、視界がかすむ。
耳の奥で「チーン」という寒々しい音が鳴った気がした。
俺にしてみれば、処刑宣告同然だ。
気づけば、ケイトは腰を抜かして床にへたり込み、ライノは緊張から解放されたように大きく息を吐いていた。
その目は同情を超えて憐れみが滲んでいる。
(……誰か助けて)
俺は必死で視線を送り続けた。
ケイトは涙を拭って立ち上がると、
「うち、オッパマ方面いくわ。 じゃ!」
そう言って振り返らずに去った。
あのアホ赤毛、マジでいつか仕返ししてやる。
残された俺は、頼みの綱である親友を見た。
ライノも俺を見返し、親指を立てて片目をつぶる。
「生きろ!」
そして舌を出して、やっぱり逃げた。
あの筋肉ダルマ…… あっさり俺を捨てやがった。
呆然としていると、肩と首に重みがかかる。
いつの間にかリーダーが横に立ち、腕を回していた。
恐る恐る見上げると、口元には悪魔のような笑み。
冷汗が吹き、血の気が引く。
「おーい悠。 どうした? 食おうってわけじゃねーだろ。 固くなるなよ」
(助けて神様……)
本気で神頼みする日が来るとは。
最近墓参り行ってねーな、ごめんなさいご先祖様。
「よーし、ハンガー行くぞ。 いい機会だから、たまにはγ以外も乗ってみろ」
がっちり肩を掴まれたまま歩き出す。
アルマナックに来た時と同じく、逃げ道なんて最初からなかった。
【Present Day】
あのブリッジでの出来事を思い出した悠はブスッとした不機嫌な表情を浮かべた。
「おまえさ、あの時、俺のこと見捨てたよな」
ライノはサッと目を逸らし、唇を尖らせると「フー、フー」と何やら息を噴き出している。
口笛のつもりらしい。
「音出てねぇから」
ライノはわざとらしく惚けてみたが、悠の追求の表情は変わらない。
観念したようにライノは肩をすくめ、どこか照れ臭そうに片目をつぶり―― ぺろっと舌を出した。
――マッチョの『てへぺろ』だ。
悠の表情はさらに嫌悪感を増した。
「……暑苦しくて、ミリもかわいくねーよ、それ」
「やっぱり、ダメっすか」
ライノは開き直って、おどけて答えた。
悠のほうも、しかめた顔をしても、あの時の話を蒸し返すつもりもない。
リーダーがらみの事で同じようなことがあれば自分も同じようにさっさと見捨てて、逃げる自信があるからだ。
あれは、悠にとって、災難だったとしか言いようのない出来事だ。
(リーダーはなぜあんなことをさせたんだろうか?)
悠にとってもいまだにあの体験を整理も、消化もできていない。
期間としては二週間ほどのことだった。
突然に始まり、突然に終わった。
リーダーの無茶振りに振り回された日々だった。
でも、ライノにも、ケイトにも言っていない役得があったのも事実だ。
そんなちょっとした過去の日々の始まりを悠は思い出す。
【Flashback】
リーダーに首を抱えられたままハンガーへ降りる。
俺は引きずられるしかなく、途中、ズタボロのγの前を通り過ぎた。
投げ出された足が目に入り、胸にモヤモヤが溜まる。
苛立ちと情けなさが混じり合う、重たい感覚だ。
今まで壊しはしたが、ここまで滅入るのは初めてだ。
爆ぜた真っ黒な穴を見上げると、自分の胸の中も同じように空洞になった気がした。
ふと、視界に白いキラキラとしたものが揺れた。
胸の穴から左に視線をやると、コクピットからこちらを覗く影がある。
その瞬間、ケイトの声が脳裏に蘇る。
「でさー、あの贋作ブランドの子だろ? マジでγの修理させるんだってさ。 ワラえるー」
本当に修理するらしい。
映像ではない生身を見るのは、まだ二度目だ。
俺はあの襲撃時、動かなくなったγの前で右往左往していた。
起動しないのは明白なのに、どうにかしようと焦り騒いで、仲間に呆れられた。
気づけばジクサーはドックに戻り、外は真っ暗だった。
数日後、彼女がメカニックとして来たと聞いて、慌てて戻ってきた。
それから今日、甲板で呼び出される前に、初めて生身の彼女を見た。
ハンガー上層から見下ろしたその姿は、確かに生身と呼びたくなる存在感だった。
顔だけ覗かせる目は、薄く光っているように見えた。
髪は一本一本が細いガラス管のようで、月光を溜めた銀の糸が風に揺れる。
――やっぱり、カワイイ。
「ごふぅ!」
脇腹に抉り込む衝撃が走り、さらに拳がゴリゴリ押しつけられてくる。
息が詰まる――。
「もしもーし。 お留守ですかー? シカトとはいい度胸だな?」
リーダーのボディブローとゲンコツだった。
女の子に気を取られ、話しかけられたのに聞いてなかったらしい。
「ず、ずびません…… ボーッとしてました……」
拳が離れる。
「ったく、気ぃ抜いてんじゃねーよ。 行くぞ」
また引きずられる。
未練がましく彼女を見ると、冷ややかな視線でこちらを見下ろし、「ふん」と視線を外してコクピットに引っ込んだ。
ハンガーの隅まで来てようやく拘束が外れる。
直後にバシッと背中を張られ、俺はつんのめった。
「ホレ。 そいつだ」
顎で示されたブルーシートをめくると、小型のCFが現れた。
「これって―― エイプですか?」
「おう。 ジクサー買った時にオマケでついてきた。 しばらくこいつに乗れ」
黒いボディにオレンジと赤のストライプ、肩には「Ape」のロゴ。
ゴリラのようなシルエットだが、名機と名高い小型CFだ。
頭部はなく、胸部にパイロットシートがむき出し。
継続飛行はできないが、月面飛行士みたいなジャンプができる。
「お前はHODOの中をそいつで宅配だ」
「はぁ」
暇つぶしにはなる、と思った瞬間だった。
「おっと。 悠、こいつをつけな」
嫌な予感がして、背筋が冷える。
差し出されたのはカメラ付きヘッドセットだった。
「ウェアラブルカメラっすか?」
「おう。 いい機会だ、乗り方を見てやるよ」
「ま、マジっすか?」
驚いた。
今まで訓練はされたが、個人的に見てもらえるのは初めてだ。
元闘神に自分の操縦を見られるなんて、そりゃアガる。
それに小型はパイロットむき出しで補助表示もなく、出力も制限される。
だからこそ、コード・ライダーの腕が出る―― と言われる。
「おなしゃーっす!」
妙な声で頭を下げた。
「おう。 端末出せ」
データが転送され、空中にHODOのマップが浮かぶ。
赤いラインが明滅している。
「いいか、このルートで行ってこい。 話は通してある」
「えっと…… 貨物エレベーターから完全に外れてるんですけど……」
「ワイヤーガンがあるだろ。 よじ登れ」
「え、建物だらけなんですけど……」
「悠よ、俺が真っ直ぐって言ったら、真っ直ぐだ。 わかるな?」
俺は自分の喜びを呪った。
甘かった。
飛べないCFでこんなルートを宅配できるわけがない。
「時間はかけてもいい。 戻るまで終わらねぇ。 バックれんなよ」
本気だ。
目を見ればわかる。
「カメラ切るんじゃねーぞ。 後で見るからよ」
もう断れない。
笑ってるようで目が笑ってないリーダーを前に、覚悟するしかなかった。




