第8話 彼と彼女ー男の事情/04 甲板とお友達
【Present Day】
四時四十分。
甲板に出ると、案の定、悠は甲板とお友達になっていた。
いつものように、グデっと膝を抱えて丸まって甲板の上に転がり、HODOの港湾の先の地平をジッと見ている。
その姿はとても十七歳という子供と大人の間の狭間にいる年頃には見えない。
まるで幼児だ。
その姿にライノは眉を顰めた。
正直、この男のこういうところはライノは嫌いだ。
リーダーは桁違いだが、悠にしたって時々、どういう精神構造してるんだと疑問が湧く。
コード・ライダーとしての悠は周囲が引くレベルでストイック――。
むしろ、盲目で愚直だ。
まるで破滅願望でもあるとしか思えない時がある。
もちろん、ライノは違うし、ケイトだって自分の命を削ってまでコード・ライダーをやろうとは思っていない。
だが、それでもそれは、悠のコード・ライダーとしての在り方であり、むしろ個性だ。
危うさはあっても、悠の趣味と割り切れば、資質とは切り離せる。
現にアルマナックに入ってしばらくしたら、チームでの行動もできるようになった。
それに実戦ともなれば、相手を撃墜することにはなんの躊躇もしない。
中にはそれを楽しむような壊れたヤツもいるが、悠の場合は淡々とまるで作業というか―― それが当たり前だと言わんばかりにやってのける。
その境地は逆に、自分も堕とされる可能性があるということを前提にしているからできる行為だ。
こればっかりはライノやケイトも同じだから、よくわかる。
ヤラれるぐらいなら、ヤルべきだ――。
このコード・ライダーとして理想的な思考を悠は持ち合わせている。
心構えとしては広く知られる考え方だが、それを息をするように実践できる者は、そうそういない。
本来、相手を討つということは、結構な覚悟が必要なものだ。
だからこそ、今やライノやケイトからして見ても頼れるヤツだし、実際、悠はチームの切り込み担当になっている。
その一方で、普段はといえば、好きな女の子の写真を隠し持ってることがいまだにバレていないと思っているようなニブちんでウブな思春期君だ。
これがライノが好んでつるんでいる、九能悠だ。
ライノは周囲が思っているほど自分が器用ではないことを自覚している。
だから、コード・ライダーでいることに集中しているのだ。
悠のようにテリトリーで現役高校生をやりながら、コード・ライダーとして、自分の命がかかっていれば、相手をヤルことを厭わないシニカルさを両立させる自信はない……。
そんな二面性だけでも、人としては特異なことだ。
それなのに、たまにこんな幼児退行したような姿まで垣間見せる。
気の許せる友人ではあるが、あまりにも自然に、無防備に自分を曝け出してくる悠に対して、ライノは嫉妬にも似たイラつきを覚えることがある。
その嫉妬の根源に悠のCFを操る、コード・ライダーの資質に対するものも含まれていることも自覚している。
あのエイプを見た後では余計にそう感じる。
決定的な差というやつをあの、作業用の小型CFに乗る悠に思い知らされたのだから仕方ない。
(いっそ自分もこいつみたいに無自覚になれたらねぇ……)
と、すら思う。
自然とブーツの爪先で軽く、悠の背中を小突いていた。
鉄板入りのエンジニアブーツだ、軽くといっても相当痛い。
悠は当然のように背中を押さえて、むくりと起き上がった。
「痛ってぇーな! 何すんだ!」
ライノは抗議の声を上げる悠の顔を上から覗き込んで、どうやら今ので本日のウジウジモードは終了したようだと確認した。
「はぁー」とため息をつくと、そのままどかっと、悠の隣にアグラかいて座りこんだ。
悠は腕を組んで無言で横に座った親友の顔を見た。
ジーッと無表情で見つめてくるライノは無言なのだが、顔がうるさいと悠は思った。
こいつは、黙っていても目と顔がいつも喋ってくるんだ。
いまは、「まだ、続けるのか?」と聞いている。
出会った時からこいつはそうだと、鬱陶しいと思いつつも、それにこれまでも救われているなとも感じた。
「……悪かったよ。 あとでチセに謝るよ。 もういいだろ!」
不貞腐れた自分に、勝ち誇ったように「デヘヘヘッ」というイヤらしい笑顔を向けてくるライノにそう吐き捨て、そろそろ夜から朝への切り替わりで白々と明るくなってきたグレート・フラットの平原に顔を向けた。
なにか気持ちを有耶無耶にされたような気もするが、気分は楽になっていた。
説教するでもなく、ライノはいつもこうやってコチコチになった悠の心を溶かして、ほぐしていくのだ。
おかげでアルマナックという集団でこれまでうまくやってこれたし、チセと喧嘩しても決定的に険悪にならずに済んでいる。
依存のような違うような……まともな友人など小学校以来、一人もいなかった悠にとってそれが友情と言えるのかはっきりとわからないが、今となっては居なくて困る存在になっている。
それがこの暑苦しい筋肉ダルマと出会ってから今日まで、続いてきた理由だ。
五時を回った頃、悠とライノは甲板でグレート・フラットの日の出を眺めていた。
地平の光が金属板のような床に反射し、甲板が温まっていく。
インター・ヴァーチュアの昼夜は場所によって異なる。
拡張する直方体が連結し、木の根のように増殖する世界で、距離が離れても時差はない。
どこでも日付と時間は同じだ。
一方で昼夜の長さやタイミングは場所ごとに違い、季節がある場所とない場所がある。
グレート・フラットには季節と昼夜があるが、遷移はNTPのように正確だ。
地平から蛍光灯が順番に点いていくように明るくなり、擬似太陽が東から西へ移動する。
実際には空自体が光っているだけで、やがて左右から消灯し夜になる。
それがこの世界の昼夜だ。
二人は黙ってその夜明けを眺めていた。
朝に弱いケイトはまだ出てこないだろう。
あのヤカマシイ赤毛がいないと静かなもので、二人はこの貴重な時間を楽しんでいた。
ライノはハンガーで見た光景を思い出し、悠の顔を盗み見る。
(スッキリした顔しやがって)
さっきの無様さが嘘のように、悠は清々しい表情で地平を見ている。
ライノは、この澄んだ顔でとんでもない操縦をしていた時のことを思い出した。
それは、悠がエイプという小さな機体を操る光景だった。
偶然目撃した一瞬だが、鮮烈に焼きついている。
γが壊れていた間の二週間ほど、リーダーがそれをやらせていたらしい。
ライノが尋ねると、リーダーはあっさり答え、ライノは呆れ、同時に嫉妬した。
不格好な小型機が狂おしく舞い跳ぶ様は、美しかった。
そのとき今と同じような、澄んだ顔を、悠はしていた。
「なあ、お前、今もエイプ乗ってるの?」
ライノはつい聞いてしまった。
乗り方に言及してないからセーフ、と自分に言い聞かせる。
悠はキョトンとして返す。
「んー? 急にどうしたよ」
普段は悠がCFの話ばかりする。
γ以外は乗る気もないくせに、新型だの渋いだのを延々と語り、ライノもケイトも途中で「お腹いっぱい」になる。
一方ライノは恋愛話専門で、ケイトがいなければ男二人で延々と語っていられる。
だが今日はライノの方から話を振ってきた。
「ハンガーのブルーシートめくったら懐かしいのがいたからさ……」
ライノは平静を装って言う。
「そうだな…… たまには乗りたくはなるかな」
悠はそう答え、
「でも、俺のCFじゃないから」
と言い切る。
「でもお前、整備してるんだろ?」
「ああ、やってるよ」
悠は鼻の頭を掻きながら続けた。
「縁がついたし、またリーダーに使えって言われるかもしれねーだろ。 それに……」
視線を外し、言葉を飲む。
エイプとの日々が蘇っていた。
チセがγを直している間、リーダーの命令でエイプでHODOを駆け回った。
始まりは、理不尽で無茶苦茶なものだった。




