第8話 彼と彼女ー男の事情/03 なーんてな
【Flashback】
ケイト、俺、悠と一列に、ブリッジのあのキャプテンシートの前で並んで立っていた。
居心地はと言えば…… 当然、最悪だ。
両脇のケイトと悠は俯き気味で視線を床へ、俺はと言えば逆に、視線を斜め上、壁にあるニキシー管時計へと向けていた。
これは俺たちのいつもの定位置でいつもの姿勢だ。
キャプテンシートにプレッシャーの塊のようにリーダーがデデーンと鎮座していらっしゃる。
早い話、リーダーと目を合わせるのがメチャクチャおっかなくてビビっている。
せめてもの救いは、今日はブリッジにスミーのオヤジがいないことだ。
いつもなら、ジリジリとしたリーダーの圧に加えて、その背後からスミーがあの無機質な上下に並んだ二眼カメラをこっちに向けてガン飛ばしてくるのだから堪らない。
そのスミーは、今日はメカニックの中では一番の強面のハキムと一緒に債権回収のバイトで外出中だ。
いつもよりかは幾分マシ、と言っていいのかどうかは甚だ疑問ではある。
だってスミーのオヤジがいようが、いまいが、結局はリーダーがおっかないのには変わりはない。
「さて、問題です。 この中にユニット・ヘッドに穴開けて、CFぶっ壊したヘボがいます。 さーて誰でしょうか?」
リーダーはいつもの通り、ベンチシートの背もたれに身を預け、足を組んだまま痛烈な質問をぶっ込んでくる。
「こいつでーす」
すかさず、ケイトが悠を指差した。
こいつは人の心がないんか……。
視界の隅に右下を向いている悠の肩が、ピクリとするのが見えた。
「あー、そうだな。 そいつだなぁ。 では第二問です。 CF動きやがるのに、ヘボいじって、遊んでるバカは誰でしょう?」
「このクソ赤毛です」
今度は悠が速攻でケイトを指差した。
なんだ、これ――。
小学生が体育の先生の前でチクリ合ってる図か。
「なんだぁ? この童貞野郎! うちにケンカ売ってんのか!」
「童貞ちゃうわ! 下手に出てりゃつけあがりやがって! 女だからって容赦しねーぞ!」
「プーっ! 何がちゃうわだ。 やってみろ玉無し野郎!」
ケイトが思いきり中指を突き立てる。
「おうっ、やったらぁ! 後悔すんなよ!」
悠は飛びかかる寸前だ。
売り言葉に買い言葉――。
ここまで低脳だと最早、止める気すら起きない。
「だー、まー、れー」
その瞬間、リーダーがそうボソリとつぶやいた。
ほんとボソリとつぶやいただけなのに、なぜかその声は腹の下までズドンと来るように響いた。
まるで、重力がレベル2ほど上がったのを感じるほど、その場の空気は一瞬で重くなった。
悠とケイトは固まったかと思うと、無言でさっきまでの定位置と姿勢に戻った。
「はーい、じゃあ第三問です。 ヘボとバカと一緒に能天気に遊んでやがった筋肉ダルマはどこのどいつでしょーか?」
俺は頬が引き攣るのを感じた。
左右から無言でケイトと悠が俺のことを指さしてたのだ。
もうやだ、こいつら……。
「はーい、俺でーす」
右手を顔に当てて、俺は小さく左手をあげてそう答えた。
「はい、君たち正解。 三人そろってアンポンタンだ、ハッハッハッ……」
リーダーが乾いた笑いをする。
俺たち三人は一瞬、顔を見合わせた後、それぞれ小さく引き攣った笑いをした。
「何笑ってんだ―― オマエラ、舐めてんのか?」
その瞬間にコレである。
重力がレベル2重くなった上に、場は氷河期のごとき冷っぷりだ。
恐怖で背筋が寒くなり、全身粟立つように鳥肌が立つのを感じた。
悠がゴクリと唾を飲む音と、ケイトが「ヒッ」と泣きそうな声を上げたのが聞こえた。
これはマズイ……。
俺はもう半分諦めていた。
多分、ケイトも悠も、これから自分たちの身に降りかかるであろうことはもうわかっている。
これは、きっと俺たち三人は五分後にはボコボコになって、滝沢先生の医務室で意識不明で世話になるコースだ……。
(OH、Jesus……)
目をつむって、心の中でそう唱えた。
人間、追い込まれると最後は神に悔い改めるってこういうことなんだな……。
そういや、もう何年も教会行ってねーな――。
「なーんてな」
完全に諦めていた俺たちにリーダーは楽しそうに言い放った。
「なんだよ、オマエラ。 ビビってんじゃねーよ、ハッハッハッ」
そのリーダーの言葉を聞いた途端、俺は「フハーッ」と大きく息を吐き出した。
目を開けると、ケイトはペタンとへたり込んで、エグエグと泣きべそをかいていた。
悠の方は青ざめて、心臓のあたりに手を当て、「ハァハァ」と息をなんとか整えようとしている。
「まあ、暇なのには変わりないだろ。 お前ら手分けして宅配のバイト行ってこい」
俺たちをからかったのがよほど面白かったのか、リーダーはいつになく上機嫌だった。
とにかく助かったことに、今度は、感謝の意味を込めてもう一度、心の中で主の名を唱えていた。
今週末は教会に行きます。
懺悔もします。
俺は自然と胸の前で手を合わせていた。
「あ、あのー。 すいません、俺はどうすれば……」
悠が、恐る恐る、そう言い出した。
確かに、γはスクラップでどうにもならない。
そんな悠にリーダーは「ヘッヘッヘッ」と笑い、まるで、獲物を見つけたでかい猫科の動物、強いていうなら虎を思わせるような目で悠を見つめた。
「なっ、なんすか……?」
顔を引き攣らせ、そんなマヌケな言葉が悠の口から漏れた。
「心配すんな、乗るもんならあるからよ。 ついでにお前は、特別メニューといこうや。 なぁ、悠」
悠は白目を剥きそうな、絶望的な顔をしている。
リーダーの宣言に『チーン』という、あの日本の葬式の金属音が聞こえた気がした。




