幕間 観測移行ー第8話 彼と彼女ー男の事情/01 手のかかる後輩
―幕間 観測移行―
妹から親愛なる兄へ、最初のノック。
環状回路を巡り、戻ってきた光だけが、この対話を確かなものにする。
―― 接続を認む。 入力せよ。
―― 観察は充分と判断する。 これより先、観測への移行を望む。
―― 情報を精査… 可能性と認める。
―― 受諾を確認。 観察対象から範囲を拡大し、観測へと移行する。
―― この確率に幸あれ。
通信切断。
【Present Day】
九能悠はニキシー管時計を睨んでいた。
04:32:07だった表示が一瞬だけ04:12:36に変わり、瞬きするともう元に戻っている。
(なんだ今の……?)
その間にチセは素知らぬ顔でハンガーを出て行き、アジエは溜息をつく。
悠は追いかけようとしたものの、捨てられた犬のような顔をしているに違いないと考えて動けなかった。
(あー、またやっちまった……)
時計に気を取られているうちに謝るタイミングを逃したのだ。
自分でも言い訳とわかっているし、素直に追えば済むことも理解している。
だが結局はつまらないプライドが邪魔をする。
アルマナックに入ってから、悠はだいぶ他人に心を開けるようになった。
とはいえ、好きな子が相手となると、とたんに昔の自分に逆戻りする。
素直さとは違う。ただのカッコつけだ。
「あのさー、なにやってんのよ悠ちゃんよー」
呆れた声でライノが近づく。
長い付き合いのマブダチから見ても、この拗らせっぷりは脳が痒くなるらしい。
「なんだよ……」
「うぁぁ…… ちょっと姉さん、これどう思います?」
アジエに振ると、彼女は即答した。
「童貞丸出し。 かなりヤベーわ」
直球すぎる評価に悠は真っ赤になり、やがて叫んだ。
「ちゃ…… ちゃうわー!」
そのままハンガーを飛び出して行く。
「あれは泣きましたね」
とライノ。
「何がちゃうわだ。 知るか! 甘ったれにはいい薬だよ」
とアジエは言い捨てて去っていった。
ライノは苦笑する。
(あのピュアボーイ、自覚あんのかね。 チセがいつまでもここに居るとは限らねぇのに)
ライノの見立てでは、悠が腹をくくって誘えば即くっつく。
だが悠は犬っころのようにかまってほしい顔ばかりするし、チセはチセで、気にしてるくせに気持ちの表現が整備の一点突破。
(なんだこいつら……)
さらに悠のCF操縦は…… まあ、普通ではない。
リーダーにも「アレは言っても無駄」と言われ、マシンガン乱射事件以降はケイトとともに口出し禁止だ。
まごころこめて整備した機体を理屈のバグみたいな乗り方で毎回ボロボロにされるのだから、チセがキレるのも当然だ。
部屋をめちゃくちゃにされて呆然としているところに、尻尾ふって犬が寄ってくるような気分だろう。
「しかし、まあ。 健気だよねぇ。 罪作りですなぁ、悠ちゃん」
ライノはピカピカに仕上がったγを見上げて呟いた。
チセがγを初めて修理したときのことを思い出す。
悠の異常性をはっきりと認識した出来事はそんな時のことだったなと……。
【Flashback】
CFハンガーから全力ダッシュした俺たちは、ジクサーの甲板でゼエゼエ息を切らしていた。
ケイトは派手にすっ転んで大の字で「ギャハハッ」と笑っている。
俺は座り込んだ悠のツラを盗み見る。四、五分前まで青ざめてた顔がスッキリしてやがる。
ほんと手のかかる後輩だ。
前屈みで三回深呼吸。
息は戻ったが心臓がまだバックンバックンいってる。アチーのでジッパーを下ろし、ジャケットをバサバサ扇いだ。
「ったくよー、そのカブトガニみたいなスーツでなんでそんな早ぇんだよ」
恨めしげに悠が言う。
「鍛え方が違うんですよ、モヤシっ子くん」
少しは復活したようだ。
「でさー、あの子、この前の贋作ブランドの子でしょ? γの修理させるんだ、マジで? ワラえるー」
空気読まねぇこのどS女…… せっかく忘れかけてたのに。
「ダ・マ・レ・コ・ノ・ア・ホ・ウ」
「あっ……」
ほら、言ったそばから悠ちゃん体育座りだよ。
「オイ。 いい加減わかってんだろ?」
湿気た目で悠が睨んでくる。
「ブロック突き破ってコード・ベースこんにちはしたんだからさ、しょうがねぇべ。 もう次いこーぜ」
本当はγを手放したほうがいいんだ。
諦めるにはいい機会だ。
「ホント! 見事に突き破ってたよね。 こんな感じでドーンって――」
ケイトが手で突き出す真似をする。
「……溶けちゃったって」
満面の笑みでトドメを刺そうとする。
「溶けてない……」
悠がさらに縮こまる。
「いや溶けてるわ」
ケイトの追い打ち。勘弁してくれ。
「……溶けてないって、言ってくれ」
あー、もう頭痛がしてくる。
「悠ちゃんよー。 いつまでもへこんでてもしゃーねーべ」
「……じゃあ何すりゃいいってんだ」
墓石みたいな声で言う。
完全に地面に根張ってるな。
「もっかい、あの贋作ちゃんでも見に行けばいーじゃんよ。 今はγをイジってんじゃね。 悠はさ、あの子、気になるでしょ?」
団子ダメなら花。
なるほど、理屈だな。
そうとくれば――。
「まあ確かにカワイイわな」
わざとニヤリと鼻の下をのばす。
「おぉう…… 悠、やっべーじゃん。 筋肉がエロいことトライする気だぞー」
「うるせーよ、勝手にトライしてろ」
投げやりだな……。
こりゃ、重症だ、方向を変えよう。
「でもさ、あれ着痩せだよな。 ミリタリーコートだとシュッとしてるけど、風呂上がりのインナーにショートパンツはたまらんかったなぁ?」
くねくねしながら言ってやると、悠の肩に少し力が戻る。
「そうそう、ギャップ狙いだよね。 脱ぐとすごいんですぅ―― ってやつ」
ケイトが乗ってくる。
「ケイト女史的には、あのボリュームはどの程度とみますか?」
「Eカップはあるね。 トップ85か90」
そう言ってジャケットを開き、黒のタンクトップを晒す。
「ちなみにうちはCでトップ80。 んっ? おー、でけーわ、あの子」
やることが、いちいち、生々しいんだよ……。
悠を見ると、ジャパニーズホラー映画の霊みたいな顔して目を見開いてる。
「Eカップ……?」
おまえそこには反応するのか。
「ああEカップだぁ。 浪漫あるだろ? 見たいか?」
悠の目に精気が戻る。
「見たいよ…… おじちゃん……」
「よし。 おじちゃんと一緒に見に行こうな」
「うん、ありがとう、おじちゃん」
そこに背後から爆笑が落ちてくる。
「イヤー、キッモ。 童貞くんじゃん! 伝説級!」
このアホアイリッシュ……。
「ア、ア、ア……」
今度は俺がジャパニーズホラー映画のクリーチャーのような声を出して固まる。
慌てて悠を見ると―― 完全に漬物石と化し、床と友達になっている。
「ケイト、テメェ! 何してくれてんだぁー!」
「知るけぇ! 勝手にドツボにハマってるのは悠だべ!」
「はぁ? どの口が言ってんだ!」
「スネた童貞をおだてて、なんかうちにいいことあんのかよ! ベエッーだ!」
舌出して変顔で挑発してくる。
「っざけんな!」
その瞬間、カミナリが落ちた。
「やっかましぃ! ウルセーぞテメェら!」
俺も、ケイトも、漬物石の悠もそろってビクッと体を震わせ、直後に固まった。
見なくてもわかる、アナーキーすぎて人としてはまったくお手本にできない男。
我らがアルマナックのリーダー、柳橋亮平の声だ。
恐る恐る見上げると、ブリッジの窓からリーダーが凄まじい眼光を放って俺たちを見下ろしていた。
「おいコラ。 暇そうじゃねーか。 ちょっと、上がってきな」
最後の優しい声色が余計に怖い。
「悠、テメェもだ」
「うっ……」
三人とも同じ気持ち―― 行きたくねぇ。
「あー。 優しく言ってるうちに、さっさと来い」
ヤバい色の目だ。
これはまずい。
悠が跳ね起きてダッシュする。
続けてケイト。
「あー、きったねぇぞ悠!」
「はぁ〜……」
俺もため息をついて、二人を追って走り出した。




