第7話 チセ―An Education/04 なんだあのガキ
【Flashback】
わたしはAVI―REXの淡いオレンジのニットシャツ、アーミーグリーンのロングスカート、ボア付きフードの赤いナイロン製のミリタリーコートのコーデでジクサーのハンガーに立っていた。
銀蘭堂を訪れてから三日後のことだった。
最後にAVI―REXの店舗でアジエに「好きに選べ」と言われて、チョイスしたものだ。
「へぇー。 あんたさ、出るとこ出てるのに、そういうシュッとした感じのが好きなんだ――」
そう言われて気づいた。体の線を隠すより、スマートに見せたいんだ。
とりあえず、これがアジエ曰く、わたしのフェイバリットらしい。
そのフェイバリットを身に纏って、アジエに連れられジクサーと呼ばれるライナーに再び足を踏み入れたのだった。
その一角で雑に座らされてる青、白に青いライン、肩に赤色でロゴが描かれた、三色のカラーリングの巨人を見上げていた。
コード・フレームワーク。
人間が作った、インター・ヴァーチュアで駆動する人型の戦闘兵器。
わたしの故郷を破壊し、蹂躙した、轟音を放つ巨人。
それがいた。
ただこのCFは力無くハンガーでその身を壁に寄りかかって佇んでいた。
ところどころ煤けて黒く汚れ、胸の辺りが外側に向かって、内部から破裂したように抉れて大きな穴を開けていた。
頭は右に傾げるように項垂れ、鉄の仮面のような装甲からは、まるで焦点が合っていない虚な目が覗いている。
それは、あの日、地面に倒れた仲間たちの姿と重なった。
「これを直せばいいの?」
そう言ってアジエの方を振り返った。
すると、アジエはうんざりという顔でCFを見上げていた。
「まあ、そうだけど。 うーん、まあ、やるだけやってみてくれ」
アジエの顔は、このCFはもうダメだと言っていた。
「ダメ元でいい」…… そう、柳橋も言っていた。
このCFにはもう、誰も期待していない。
もう一度この機体を見上げた。
むしろ、離散量生命体であるわたしにとっては、人間よりこのCFの方がより近い存在なのかもしれないと思った。
故郷を奪った兵器の同類だが、こうなってしまうと、何か哀れさを感じた。
ふと視線の隅に気配を感じた。
ハンガーの上の方にある通路の上に人がいた。
同じエンブレムを背中にしょっていた。
コード・フレームワークのパイロット。
確かコード・ライダーと呼ばれる連中だ。
うち二人はミツエおばちゃんの事務所で見た顔だった。
赤毛の女と、もう一人はやけに体のデカい男だ。
もう一人はあの場では見なかった顔だ。
黒い短い髪に、ブラウンの瞳。
アジア系…… ああ、たぶん日本人ってやつだ。
自分自身もそのデザインを取り込んだのでなんとなくわかる。
どうやらこの壊れたCFを見ているようだった。
なんだか随分と情けない顔をしている。
その表情はなんとも幼い顔立ちに見えた。
ふとその男と目があった。
すると目を見開いて慌ててのけぞった。
(なんで…… こっちを見て逃げる? わたし、そんなに怖いの?)
その行動にわたしは首をかしげた。
なぜだかよくわからないが、そいつは、わたしから目を逸らした。
すると、赤毛の女と、ごつい男に何やら話しかけられると、顔を真っ赤にして何か叫んでいる。
「チゲーから!」
と聞こえたような気がする。
どうやら二人がからかっているようだ。
赤毛の女とごつい男は「ウヒャヒャ」というようななんとも下卑た笑いをしてそいつから走って逃げた。
そいつは腕を振り上げ二人を追いかけ、通路の先へと消えていった。
「なんだあのガキ」
なぜだか知らないが自然とそんな言葉が口から出ていた。
するとアジエが「ププっ」と吹き出した。
「いやいや…… あいつ、あんたより年上なんだけどね」
「ミツエおばちゃんのところでは見なかったけど、誰?」
「そのスクラップの持ち主だよ。 悠って名前だ」
「ふーん」
もう一度、壊れたCFの目を見た。
今度は悠というあのコード・ライダーの見せた情けない顔が重なって見えた。
なんとなくあの表情が気になった。
何故だかわからないが、この力無く座る機体を見て、やるだけやってみるかという気持ちになった。
【Present Day】
……そして現在。
青白く辺りが少し明るくなってきた頃、ドックの入口で、わたしは小さく息をついた。
入口の時計は「04:31」を示している。
見上げた先に、ジクサーの船体がぼんやりと浮かんでいた。
薄暗い空に滲む輪郭と、船灯の明滅。それを見ていると、不思議と心が静かになった。
今日は、いい時間だった。
アジエと他愛ない話をして、いつもよりゆっくりと食事をして――。
なんてことない時間。
けどそれが、わたしには特別だった。
アジエは本当にすごい。
厄介で、図太くて、強くて、優しくて。
わたしが何も言わなくても、いろんなことを察して、言葉にしないまま支えてくれる。
わたしがこれから人間の体として成長していくのなら、アジエみたいな大人になりたい――。
そう、たまに本気で思う。
だから、この穏やかな気持ちも、少しだけ続いてほしかった。
……でも、それはギャングウェイを渡りかけたところで、開いた舷門の向こう―― 明かりの灯ったハンガーの奥にあいつの姿を見つけた瞬間、じわりと濁っていった。
悠は、γの足首に手を置いたまま、じっと機体を見上げていた。
その表情を見た瞬間、なんとも言えない気持ちが胸の奥で引っかかった。
あいつのそういう顔――。
何かを諦めたみたいな、わかりきった結果を抱えたまま、それでも「仕方ない」って飲み込もうとする顔――。
それが、いちばん腹が立つ。
自ら選んだ前提条件では辿り着けるわけもないのに、それでも信じて、限界の先に最適を求めている。
そんなの、どうやったって破綻するに決まってるのに。
「……チセ」
となりを歩いていたアジエが、ふと声をかけてきた。
視線は前のままなのに、全部見透かしてくるようなトーンだった。
「顔、こわくなってるよ」
そのまま、そっとわたしの腕に手を添えてくる。
指先に力はなく、ただ『落ち着け』とだけ伝えてくるような、静かなブレーキ。
――わかってる。
わかってるけど…… 気持ちは、止まらない。
仕方なく、わたしは無表情を選択した。
簡単だ。
最初のころの、何も知らなかったわたしを思い出せばいい。
わたしはアジエの言葉を背中で受け流しながら、舷門をくぐった。
ハンガーには、筋肉と、そして―― あいつがいた。
「おー、お二人さんおはようっす。 どこ行ってたんすか?」
ライノが、いつもの惚けた調子で声をかけてくる。
「オッス、チセがまた突貫してたんでよ、メシ連れていってた」
アジエがそう言いながら、スッと前を開けてくれる。
その背後から、わたしは顔を覗かせた。
悠と―― 目が合った。
「お、おっす」
悠の声は、照れと戸惑いと、なぜかちょっとした期待が混ざっていた。
……それが、なんだか引っかかった。
腹が立つっていうより、胸の奥がざわざわした。
「あらら。 姫、ご機嫌斜めっすね……」
またこれだ。
ほんとに男のコード・ライダーって、こういうのばっかり。
バカで、下品で、スケベ。
こんなやつらと組めるケイトが、わたしには本気で不思議だ。
「姫いうな、筋肉。 お前に用は無い」
ライノの軽口にぴしゃりと返して、わたしは悠に向かってつかつかと歩み寄る。
この空気、この感じ――。
全部が、いやに馴染みすぎていて。
「な、なんだよ……」
顔が近づいたそのとき、あいつはまたすけべ心でも湧かせてそうな顔をしていて、……余計に、むかっときた。
「悠、あんたまた勝手にインジェクションの値いじったでしょ」
さっき、ほんの少しでも情けをかけようと思った自分がバカみたいだ。
だからわたしは、遠慮なく右ストレートを、顔面に投げ込んだ。
「うっ……」
わたしの言葉の右ストレートは的確に悠の顔面を捉えたらしい。
怯んだあいつにわたしは容赦なくたたみかけた。
「ダンパーの段階も勝手に変えて。 左右どころか両手も両脚もバラバラになってたんだけど」
「えっと、それは……」
図星をついたのが丸わかりだ。
やっぱりか……。
ちょっと見、ズレに見えるように微妙な変更をかけていた。
姑息すぎて余計に頭にくる。
「あと、コード・ベースに変な処理を勝手に入れるなって、あたし、あれほど言ったよね。 後処理でループしてTEMPに焦げたデータがごっそり滞留してたんだけど」
こっちに関しては隠してすらいない。
大方、ノリで処理を追加して後で消すのを忘れていたといったところだろう。
「と、飛ばしてる間にちょっと気になったから、俺なりにチューニングをだな……」
絶望的にセンスのないコードを割り込ませてチューニングだと……。
こいつは…… 人をバカにしてるのか?
わたしがいったいどんな気持ちで……。
どんな思いで毎度、γを直してると思っているんだ。
それをこいつはすっとぼけた顔して言ってる。
だめだ……わたしの頭の中で何かがキレた。
「悠、あんた、あたしの調整にケチつけるわけ」
「……いや、そういうわけじゃ……」
「あんたのはただその場しのぎで弄ってるだけでしょ。 動きがついてこないのをあたしのせいにしないで」
「おい! そんなこと言ってないだろ!」
そら、きた…… とうとう逆ギレだ。
わたしはとどめの一撃を叩き込んでやった。
「ヘタクソ! 言い訳しないでよ……」
ぷいと顔をそむけて言ってやった。
悠にはこれが一番、効果的だ。
「いい加減にしろよ、お前!」
ほーら、釣れた。
単純なんだこいつは。
そういうカワイイとこなんだよ……。
「STOP! ほーら、そこまで、そこまで!」
アジエの大声が響いた。
わたしと悠の間にぐいと割って入ってきた。
ペチンと額を軽く小突かれた。
悠にも同じように小突く。
「ったく、どっちもどっちだ。 悠! ガキみたいにムキになるな。 チセ、お前も言い過ぎ!」
唇を尖らせわたしはそっぽを向いた。
そのとき、ジジっと頭の中でへんな音がしたような気がした。
「まったく、ガキ共は……」
アジエの声が聞こえる。
痺れるような感覚がして思わず、目が泳いだ。
視線の先に、ニキシー管時計が目に入った。
その瞬間、わたしには分と秒の部分がノイズが走ったように見えた。
ニキシー管の数字に、わずかな「演算の乱れ」を感じた。
…… いや、違う。わたしの処理のほうかもしれない。
思わず目を閉じた。
少し気分が悪い。
たまに気持ちが昂ぶると、同じようなことが起きる。
ざらざらとした感情は後味が悪い。
とくに悠と言い争いをした後は特に嫌だ。
いま、悠の顔は見たくない。
わたしは無言のまま、風に当たりたくてハンガーの出口へと向かった。
こんな顔のままではいられないのに――。




