↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電界駆動ブレード- compression  作者: 不治痛
序章 Digital Surrender - 降る世界と委ねる者たち
PR
34/39

第7話 チセ―An Education/01 下着問題

    【Flashback】


 気づいた時、わたしは個人用ライナーの革張りシートに座っていた。


 アジエに「お出かけ用」として服を着せられ、何がどうしてこうなったのか、頭はまだ追いついていない。


 スカートは腿の半ばまでしかない黒いレザー。

 下着はわたしの常識を軽く越え、胸当て――。

 ブラというらしい―― は胸を持ち上げて形まで変えてしまう。


 渡されたシャツはへそが出るほど短く、胸の谷間が明確に浮かぶ。


(……これ、ほんとにわたしの身体……?)


 そもそもの発端は、お風呂から出た直後の下(・)着(・)問(・)題(・)だった。


   ◇


「……おっ、おまえ…… 何してる……」


 風呂前に穿いていた下着をそのまま穿き直した瞬間、アジエの声が震えた。


「何って…… 下履き」


 睨まれて固まるわたし。


「替えは?」


「……これしかないよ…… リセットしたよ…… 臭くないもん……」


「そこじゃねぇ! なんでブランド偽造する奴が、ブラとパンティ、一つしか持ってねーんだよ!」


 そのままアジエは下着姿のまま、ためらいゼロで柳橋に通信をつなぎ、わたしは下履きを半分上げたまま固まっていた。


 空間に浮かぶ柳橋は、キャプテンシートに座り本を読んでいた。

 アジエの下着姿にも、まったく動じない。


「なんだ、お前…… 誘ってるのか?」


「チゲーわ、バーカ。 預かりのチセの件! メカ触らせる前にこっちで調整あるから三日はかかるっての!」


「三日? ……まあいいけどよ。 んで悠はどうすんだよ?」


「ハンガーのドックの端っこに小型作業用CF(エイプ)があんだろ。 しばらく、あれで宅配でもやらせとけ!」


 柳橋はめんどくさそうに片手を振った。


「はいはい。 好きにしてくれ」


 しかし、その視線がふっと動いた。

 アジエの背後でパンツを上げかけのまま、固まっているわたしと、目が合ってしまったのだ。


「あー…… ガキのわりに発育いいじゃねぇか」


「うひゃぁぁぁぁ!」


 胸を抱えてうずくまるわたし。


「見てんじゃねーよ! このアホが!」


 アジエはそう怒鳴ると、通話を切った。

 通信が切れる直前、柳橋の「いや、俺のせいじゃねーだろ」という声が聞こえた。


 そのあと、半泣きのまま、アジエに着替えさせられ、近くのラーメン屋に連れていかれたものの……。

 終始、アジエの怖い沈黙に耐えるだけで味なんてまるでわからなかった。


   ◇


 翌朝。

 巨大リビングに現れたアジエを見た瞬間、わたしは息をのんだ。


 渦巻き模様のグリーンのワンピース。

 体のラインが完璧に出ているのに品がある。

 髪はまとめられ、太いヘアバンドと同色のグリーンのサングラス。

 まるで映画から抜け出してきたような存在感だった。


(……だれ? 本当に昨日のアジエ?)


 圧倒されているところへ、アジエが指を鳴らした。


「ホラ、あんたもそこにある服に着替える!」


 ソファの上には、下着から服まで一式が揃っていた。


「あたしのお古だけどサイズちょいどいいと思う。 今日のところは、それがあんたのヨ(・)ソ(・)行(・)き(・)ね」


 サングラスをずらして笑うと、あの風呂場でのイタズラっぽい目つきに戻る。


「さぁチセ。 ――楽しい、楽しい、お出かけだよ」


 わたしはせめてもの抵抗に、マキシムにもらったジャケットだけは腕に抱えて家を出た。


   ◇


 ――そして今、わたしはまたアジエに引っ張られ、このリムジンの中に座っている。


 窓の外では、HODOの層構造がゆっくりと縮んでいく。

 リムジンは大きく旋回しながら高度を上げ、街全体が俯瞰の風景へ変わっていった。


「ねぇ…… どこに行くの?」


 落ち着かない服装のせいで腕の置き場に困りながら尋ねると、アジエは口紅をしまい、にやりと笑った。


「パシフィックゲート第5区画。 商業エリアの中心。 どうせ行くなら一番派手なとこでしょ?」


 アジエが窓の外を指さす。

 わたしもその肩越しに外を見る。


 巨大な構造体の群れが、雲の上へ伸びあがるように重なっていた。

 HODOの広さとは別種の、圧倒する高さがそこにはあった。


 連絡通路、空中庭園、浮遊プラットフォーム。モノレールとライナーが蜘蛛の巣のように立体交差し、そのすべてが光の線で縫われている。


「……これが全部、第5区画?」


「そ。 元はメサイア社の移動要塞。 今じゃ都市そのもの。 もう船だった頃の面影なんてほとんど残ってないけどね」


 元要塞の都市――。

 これがかつては軍艦だったというのか……。


 エクス=ルクスが砂粒みたいに感じられるスケールだ。


 リムジンはその迷路の奥へゆっくりと降下していく。


「で、今日行くのが―― あそこ」


 アジエが顎で示した先、雲の切れ間から塔が現れた。


 はじめはただの高層棟に見えた。

 けれど高度が下がるにつれ、それが建物の概念からはみ出していることがわかってくる。


 重々しい基壇、門を守るように据えられた翼獣。

 中心の大扉の前には、人の形をした無表情な守人が整列している。


 だが視線を上へ向けた瞬間―― わたしの認識は大きく揺れた。


 塔はねじれていた。金属とガラスの蛇が空へ向かって昇っていくように。

 表面を走る光の筋は、文字とも回路図ともつかず、まるで眩暈のような装飾を作り出している。

 最上部には光の輪が浮かび、時を刻むように脈動していた。


 さらに左右には、異形の構造物が絡み合う。

 建築というより、風景そのものが折り畳まれたような密度だった。


「――銀蘭堂ミッドブロック。 正式名称ね」


 アジエの声が、わたしの耳にゆっくり染みていく。


「銀蘭堂……?」


「パシフィックゲート随一の名門。 ラグジュアリーの殿堂。 値札にゼロが並びすぎて笑う場所」


「……買い物するところ、なの?」


「まぁ、買い物もできる異常建造物って言った方が早いかもね。 チセなら、絶対楽しめると思うよ」


 楽しめる――?

 その言葉の意味をまだ飲み込めてはいなかったが、胸の奥が少しだけ高鳴った。


 リムジンは銀蘭堂ミッドブロックの正面に静かに降り立つ。

 側面のドアがゆっくりと上へ持ち上がり、風が流れ込んだ。


「チセ、行くよ」


 アジエが迷いなく歩き出す。

 わたしは裾をつまんだまま、数秒だけ躊躇い――。

 そして覚悟を決めて降りた。


「レディ・ジンガノ、ミス・チセ。 いってらっしゃいませ」


 ジーブスの落ち着いた声が背中を押す。

 リムジンは再び浮上し、静かに空へ溶けていった。


 緑色の大扉の前に立つと、同じ色の帽子とコートを身にまとった守人が、わたしたちのためだけに扉を開ける。


 その瞬間、わたしは言葉を失った。


 光、音、匂い。

 圧倒的な過剰だけが支配する空間――。


(……これが、銀蘭堂)


 ようやく、その名前の意味が少しだけ掴めた気がした。

 だがこれは、まだ入り口にすぎなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。