第6話 チセ―Analyze This/03 デジタルネイティブス
【Present Day】
「あー、またヴァイロン出てるよ」
アジエの声が目の前で響いた。
ボーッとしていた――。
目の前には、ミルクティーの残り半分とカップを手にするアジエの顔。
「……何?」
「ニュースだよ。 なんかまたヴァイロン様がおもしれーこと言ったとかで、クソつまんね技術フォーラムがニュースになってんの」
「なんで?」
「ほら、今ちょうどやってるよ?」
アジエが視線を向けた先、カフェの壁に埋め込まれたスクリーンには、ヴァイロン・アークライトが映っていた。
「何言ったんだろ。 きっと、またバズってんだろね」
アジエはスクリーンに顔を向けてそう言った。
Tシャツにジーンズ、スニーカー。
どこかの学生みたいな風貌の男が映っていた。
これがこのインター・ヴァーチュアを支配するV5の一角、PROMETHEXのCEOだ。
『仮想技術時代のニューエイジ』
『ニューエンパイアのシーザー』
『最もバズるCEO』
……そう世間では言われている。
PROMETHEXはV5が成立してから最も働きたい企業ナンバーワンであり続けているらしい。
きっと、こいつはわたしを知らない。
でも、世の中で持てはやされてるが、わたしはこいつがキライだ……。
どちらかと言えば生徒といったほうが似合う風体のこいつは、スクリーンの中で学術理論を滔々と語っている。
テーマは、『仮想現実世界を定礎とした場合における量子力学に基づく新たなラプラスの悪魔の考察』……。
なんとこの男は、それを否定する力学を用いた完全な未来予測の可能性について講釈を垂れていた。
淡々と、自らの持論と理論を交えて、映像の中の軽薄そうな男は、軽快に理論を口から紡ぎ出す――。
内容自体は、わたしが聞いても悔しいぐらい正確なものだった。
突然、ニュースの中のヴァイロンは黙り込んだ。
何かを考えるように右手の親指を顎に、人差し指で鼻をポンポンといじっている。
閃いたかのようにニヤリとする。
「ええと、ごめん、ごめん、退屈ですよね? まさか、この場に新しいラプラスの悪魔の議論を楽しみに来た人がいるとは思ってませんでしたよ! いやぁ、驚きだ!」
カチリとスイッチを切り替えたような変わりようだ。
芝居がかった仕草で会場を見渡すと、ヴァイロンは唐突に話題を変えた。
離散量生命体。DQL。
グレート・オズの言葉まで持ち出して、データの海で生まれ、進化する存在について、まくし立てていく。
カメラが映す学者たちの仏頂面が、会場の空気をそのまま物語っていた。
何を言ってるんだ、こいつ。
「この離散量生命体っていう呼び方、ちょっとカタすぎない? ね? ね? もっとこう、キャッチーな名前がいいでしょ? というわけで、僕が命名しちゃいました。デジタルネイティブス! どーん!」
わたしはにらみつけるようにそこに映るヴァイロンの顔を見た。
ざわつく会場に向かって、ヴァイロンは人差し指を立て、それを左右に振ってみせる。
その声はべっとりとまとわりつくような、そんな声色だった。
「これは理論の話だ、ただの可能性の話ね。 でもね―― 可能性ってさ、現実と紙一重だ。 もしかしたら、君の端末の中に、もしかしたら、君の好きなAIアシスタントの裏側に、もしかしたら、君の隣に―― ほら、もう彼らがいるかもしれないねぇ? さあ、どう思う?」
背筋が粟立つのを感じる。
わたしは思わずカップを強く握りしめた。
ヴァイロンは椅子の上で道化のようにケラケラと笑う。
なにか、わたしの根っこの部分をバカにされたような気がした。
そうやって適当なことを並べて、世間をバカにして遊ぶ。
こいつは昔からそうだ。
そのせいで、わたしがどれだけ迷惑したと思ってるんだ……!
やっぱりこいつは大キライだ。
あの時だってとばっちりで拷問されそうになったんだ。
【Flashback】
「どこの組織がバックについてる?」
いきなり話が大きくなってわたしは混乱していた。
「これは単なる偽造品じゃない。 メーカーですら不可能な技術を使ってる。 バックにどこかの大手がついてるはずだ」
いや、ちょっと待って、何の話をしているの?
「フリーのエージェントか? それとも摘発側の仕掛けか?」
だから、なんでそうなるの?
「お前らの目的は何だ? 新技術のテストか? それとも市場の破壊か?」
(ちが……)
『美味しいもの食べて、ぬくぬくしたかっただけなんですけど!』
――だが、当然、そんなことは言えない。
「……なんのことだかわからない」
とりあえず、シラを切るしかなかった。
今のところ、わたしが作ったとは思われていないようだ。
何が目的だろう?
ただ邪魔なだけなら、こんな回りくどいことはしないはずだ。
情報を得るためにもここは無言だ。
HODOでの短い生活のなかで、わたしはこんな人間の駆け引きを考えるぐらいには経験を積んでいた。
太った男はため息をつき、隣の女に視線を向けた。
女はニヤリと笑い、テーブルに肘をつく。
「お試しで少量流したのよね? 何も知らないよそ者を装い、潜り込み、HODOで反応を試した……」
間違っている話と、本当の話が絶妙に混じっている。
駆け引き以前に、相手とのボタンの掛け違いが絶望的なことに目が回りそうだ。
「ほんとに素晴らしいのは、まるであなたの痕跡がつかめないことよね。 あなたはこのテリトリーのターミナルに突然現れた。 それ以前はどんなに調べても何も出てこない、まるでそれまで存在しなかったみたいに」
あ――、もう、めんどくさい。
実際、ほとんどその通りなんだけど。
「あなたどこの所属? それともフリーランスかしら?」
「……組織とか所属なんてない、わたしは、わたしよ……」
「へぇ、フリーランスってことね」
ダメだ、どこまで行っても平行線だ。
かといって、本当のことを言えばそれもそれで、どんな目にあうか……。
わたしが人間では無いことを知られるわけにもいかない……。
あまりにも危険すぎて、わたしは一言も話せず沈黙が続いた。
「ダンマリか。 だがな、だいたい目的の見当はついている」
太った男が確信めいた顔でそう言った。
「お前はPROMETHEXの回し者だな」
プロメテックスって何?
ボスは勝手に話を進めていく。
「こんなふざけた代物を作るのは、ヴァイロン・アークライト以外に考えられん……」
ヴァイロン・アークライトって誰?
太った男は拳をテーブルに叩きつけた。
「あの成り上がりの若造がぁ……!」
突如、彼はヒートアップし始めた。
「毎回、毎回、毎回! 面白半分にヤバいモノを市場に流しやがって! ブラックマーケットってのはなぁ! ひっそりとやるからブラックマーケットなんだよ!」
(うわ、なんかすごいことになってる……)
ああ、でもなぜ自分がこの連中に捕まったのかようやくわかった。
この連中は密売人だったんだ。
わたしはこいつらの縄張りをイミテーションで荒らしてしまったらしい……。
「毎回、誰が後始末してると思っていやがる! キチショーメェェェ――!」
そこまで叫ぶと、彼はぜぇぜぇと肩で息をした。
隣にいた赤いドレスの女も、ほかの男たちも、微妙な表情で彼を見ていた。
誰もツッコまないあたり、この光景は日常茶飯事らしい。
(……これ、わたし関係なくない?)
「頭目……とりあえず落ち着いて……」
「……あっ……」
興奮後、気まずそうに咳払いして椅子に座り直す。
「まぁ、いい…… どうせ本当のことはもうわかっている」
わたしの方を睨みつけてきた。
わかってるの?
わたしがただの個人で、美味しいもの食べたくて、調子に乗って、やらかしただけだってことを? ほんとに?
「お前はプロメテックスから送り込まれたテスト要員だ」
分かってないし…… やっぱりそうなるのか……。
「このタグなしブランド品を流通させて、市場の反応を見るつもりだな? 真の目的はどこまで気づかれないか遊んでみた! そうに違いない!」
頭目はどうだと言わんばかりに、わたしに向かって指を差しながらそうがなった。
なんだそれ…… どういう理屈だ。
わたしは普通に売って儲けたかっただけだ。
「フン…… 遊ぶためだけに、ここまで完璧にタグなしで再現できるとはな。 さすがはヴァイロン・アークライトだが、今回は我々がすぐに気づいたわ! ウハハハハ!」
いや、だからヴァイロンって誰よ?
「プロメテックスは以前から妙なことをしていたが、今回は露骨すぎたな……」
よくわからないけど…… この頭目が相当にヴァイロンという人間を恨んでるのはわかった。
そして完全にわたしは、とばっちりを受けてることもわかった……。
「どうします、頭目?」
赤いドレスの女が、目を細めながら言う。
「さぁな…… とりあえず、この小娘がどこまで情報を持っているのか、じっくり聞き出すとしよう」
冗談じゃない。
見当違いの話で拷問なんて、まっぴらごめんだ。
いっそ全部本当の話をしてしまうか……。
いや、そもそも本当のことを話したとして、こんな連中に信じてもらえるのか……。
わたしは逃げ場のないこの状況でどうするべきかを必死に考えていた。
わたしが焦り始めた、そのとき――。
ドォォォン!
突然、建物全体が揺れた。
「な、何事だ!?」
太った男が叫ぶ。
「頭目! ライナーです! ライナーが突っ込んできました!」
倉庫のドアが勢いよく開き、部下の男が慌てて駆け込んできた。
「殴り込みか…… どこのギルドだ!?」
「確認中です! CFも三機―― とりつかれています」
その瞬間、また爆発音が響き、倉庫の壁が大きく揺れた。
わたしは、縛られた椅子ごと床に転がる。
(な、なに!? 何が起こってるの!?)
「迎撃は出ているのか! 叩き落とせ!」
頭目は密売人たちに慌てて指示を飛ばし、部下たちがバタバタと動き出した。
(……助かった? ……のか?)
いや、助かるかどうかはわからないけど、少なくとも今は拷問される状況じゃなくなった!
その安堵と混乱の狭間で、わたしはただ床に転がりながら外の騒ぎを聞いていた――。




