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電界駆動ブレード- compression  作者: 不治痛
序章 Digital Surrender - 降る世界と委ねる者たち
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第6話 チセ―Analyze This/02 硬いだけの箱

    【Present Day】


 顔といえば、なぜか企むといった悪い顔は、この姿になる前から普通にしていたような気がする。

 担当者にも、「その顔はやめなさい」と引かれた覚えがある。

 考えがハマると気分がいいのは、人間もDQLも共通なのかもしれない。


「でさ、お前またγ(ガンマ)に時間かけてたろ」


 頬杖をしながらわたしの顔を覗きこむようにアジエはそう聞いてきた。


「できるだけベストな状態にはしたよ」


 アジエはため息を一つついた。


「あれがどんな状態か、あんただったらわかってるよね?」


「……本当はとっくにコア・ブローしてる」


 言いながら、わたしはカップの中のミルクティーをかき混ぜた。


「延命しても焼き付いたコードは直せない。 いずれ、処理が追いつかなくなって、動かなくなる」


 当たり前のことを、確認でもするように、言葉にした。


 わたしだけじゃない。

 アジエも、リーダーも、ずっと前から悠には乗り換えるよう言っていた。


 けれど――。


「悠は、絶対にγを手放さない」


 それが、あいつなりの意地なのだろう。

 でも、意地だけで動かし続けられるほどCFは単純じゃない。


 アジエは、カフェラテを一口飲んでから、ため息をついた。


「わかってんじゃんかよぉ……」


 その声は、どこか諦めを含んでいた。アジエはブスぅと口を尖らせた。


「無駄な延命って、ある意味、残酷だぜ」


「仕方ないよ、悠が乗るなら動けるようにするしかないから」


「悠もだけどさ、お前も大概、やりすぎじゃね」


 アジエはそう呆れたように言った。


 悠はγを手放せない。

 わたしは、それを延命させることしかできない。


 でも、やりすぎは良くない。

 どれだけ手を尽くしても、限界を超えたものはいずれ破綻する。

 悠がγを手放せないように、わたしはそれを延命し続けてしまう。


 それに、わたしがアルマナックにいること自体も、やりすぎた結果なのだ。


 人間のことわざにこんなのがあるらしい、悪(・)銭(・)身(・)に(・)つ(・)か(・)ず(・)――。

 ほんと、よく言ったもんだ。


 調子乗って、やりすぎて、しくじった。

 こんな人間的な三段落としを経験したDQLってわたしぐらいじゃないだろうか。


 わたしはアジエとたわいないおしゃべりを続けながら、アルマナックと出会うことになったあの出来事のメモリーを頭の中で呼び出していた。


    【Flashback】


 最初は慎重だった。

 服のデータを解析し、廉価品の複製から始める。

 少しずつ取引を学び、売り上げを増やし、端末の扱いも覚えた。


 食事に困ることもなくなり、お風呂にも入れるようになった。

 寝る場所だって路地裏の隅ではなく安いモーテルのベッドになった。


(悪くない)


 そう思ったのが、最初の間(・)違(・)い(・)だった。


 手元に余裕ができると、次第にもう少しマシな環境を求めるようになった。


 バスタブ。


 シャワーを浴びるだけでなく、湯を張って足を伸ばすという文化。

 それを初めて試した時――。


(……ああ、これ、いい)


 そう、わたしは理解した。


 湯に浸かると、体が軽くなるような感覚がする。

 水に浮かぶのとはまた違う。

 わたしは初めて温かさを楽しむという概念を知った。


 そこから、ルームサービスを覚えた。

 端末を操作するだけで、料理が届く。

 わざわざ外に出る必要もない。

 しかも、それが美味しかった。


「……すごい」


 ある日頼んだバターたっぷりのパンケーキを口にしたとき、わたしの感情処理が少しバグった。


 甘くてふわふわで、食べるとじんわりと満たされる。

 これは、ただの栄養摂取ではない。味(・)わ(・)う(・)という行為だった。


(人間、いいもの食べてるな……)


 それから、わたしは毎日ルームサービスを頼むようになった。

 少し良い食事、少し良い部屋。

 少しの贅沢が、生活の一部になっていた。


 ――それがや(・)り(・)す(・)ぎ(・)の始まりだった。


 廉価品の取引を続けるうちにある考えが浮かんだ。


(ブランド品を扱えば、もっと効率的に稼げるのでは?)


 わたしの作る複製データは本物と変わらない。

 元の値段の半分で売っても今より遥かに低労力でクレジットが得られる。


 思い立ったら実践だ。

 儲けを注ぎ込んで、元手となるブランド服を通販で買った。


 サンプルで見たのと同じだった。

 多少はデータ密度の差はあれど、そこまで乖離はしていない。


 複製自体は問題がなさそうだ。

 でも、ブランド品のデータ解析を進めるうちに妙なものを見つけた。


(なんだろこれ? ……タグっぽいけど?)


 ブランド品のデータには、視覚的なデザインとは別に構成データの中央に埋め込まれたタグが存在していた。

 ただの識別情報かと思ったが、どうも違うらしい。


 このタグには特定のデータが埋め込まれている。


 とは言っても、なんの意味もなさない文字と数字がランダムに羅列されたString(文字列)データが刻まれるだけだ。


 人間の視覚ではなく、データ構造の世界で眺めながら、それを突っついてみた。


(硬い―― とっても硬い――)


 その外殻は驚くほど強度のある、鋼鉄のような密度のデータだった。

 外側に文字の刻まれた、とてつもなく硬い空っぽの箱だ。


 さすがにこんな硬質のデータは一人で再現できそうにない。


(うーん、でも、硬いだけだ。 何も機能はない―― データとしてはゴミよね……)


 そうなのだ。

 タグがなくても服は成立する。

 見た目も機能もまったく変わらない。


 なら、それをく(・)り(・)抜(・)い(・)て(・)作ればいいじゃないか。


 試しにいくつか作り、ブランド品として売ってみた。

 結果は―― 大成功だった。


 五着売っただけで、二ヶ月生活できるクレジットが手に入った。


 その後も十着ほど売り、安いモーテルからそこそこの宿に移った。

 風呂も広くなり、ルームサービスのメニューも増えた。


(フフフ、想定通り)


 わたしは、それまでしたこともないドヤ顔をしていた。


 だが、やりすぎは突然牙を剥く。


 ある夜―― ルームサービスで夜食を頼みベッドに寝転がった直後。


 バンッ!


 ドアが蹴破られた。


(――!)


 気づいた時には口を塞がれ、首筋に鈍い衝撃を感じた。

 意識が暗転する。何が――


――――


 時間がわからない。

 ここがどこかもわからない。

 頭にはザラついた布袋が被せられている。

 背もたれの硬い椅子に縛りつけられ逃げられない状態。

 腕も、足も動かない。


 頭を振ると、遠くから男の声が聞こえる。


「パシフィックゲートのターミナルから入ったのは間違いない…… しかし――」


(……なにか言ってるな)


 やがて、袋が剥がされる。


 どこかの倉庫のような場所。

 薄暗く、冷たい空気が漂っている。

 前方に、赤い鳥の紋章が刻まれた円卓。

 その周囲に、数人の男たちが座っている。


(あぁ…… これは……)


 まずい相手に捕まったことを、わたしは直感した。


 円卓の奥、最も威圧感のある男がゆっくりと口を開く。


「……なるほど。 話の通り、小娘か」


 サングラスに感情の読めない表情。

 分厚い翡翠の指輪をはめた手が、机の上をゆっくりと叩く。


(……うわぁ…… ボスっぽい。本当にいるんだ)


 ムービーサービスで見たワンシーンみたいだ。


 確か、イタリア系マフィアと中華系マフィアというのが抗争する内容だったが――。

 まさにその中華系マフィアが、目の前にいる。


「さて、お嬢さん」


 テーブルの向こう側で、太った男が腕を組みながらわたしを睨む。


「これを、どこで手に入れた?」


 よく知ってるブランドの服を指でなぞりながら男は言った。


(手に入れたというか、作っちゃったんだけどなぁ……)


「まさか、この価値がわからないことはあるまい?」


 男の隣にいた赤いラメのドレス女が、くすりと笑いながら服を手に取る。

 指先でなぞるような仕草をしながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ブランド品の価値がどこにあるか、知ってる?」


 デザイン…… じゃないの?


「そう、この服のデータに埋め込まれてるタグボックスよ……。 常識よね」


 知りませんでした。

 むしろそのタグはゴミだと思ってました。


「デザインと認証プロテクトをロードしたあと、データの中央識別タグとして埋め込まれたタグボックスが、本物の証明になるの」


 女はラインがはっきり出たお尻を左右に振りながら、近づき、わたしの耳元に口を寄せた。


「普通は目で見えないけれど、データスキャンしてシリアルナンバーがあるかどうかで、本物かどうかがわかる」


 吹きかけられる冷たい息に首筋にゾゾっとした感触が走った。


 ……あぁ、なるほどね。


 つまり、ロードが完了するとそのタグボックスは刻印が入ったただのデータの抜け殻として残る。

 本物のブランド服には必ずこのタグが埋め込まれている。


 ところが、わたしが作ったものにはそれがない――。


「タグボックスのロードなしに型で流し込んだよう…… 偽物なのに本物……」


 正面にまわり、顔を覗き込みながら、女は皮肉げに笑う。


「こんなものが流通したら、ブランドの価値が崩壊するわ。 タグの有無で真贋を判断できないなら誰もブランド品を信用しなくなる」


 わたしは、思わず目を逸らした。

 まずい…… 確かに、これはアウトだ。


 0と1の配列を見て、考え無しで丸ごと再現してしまった。

 そんなことは、わたしたちDQLにしかできない。


 たぶん人間の場合は暗号化されているデータを解析して、理解できる言語(ソース)レベルに復号化(デコード)しないといけないのだろう。

 それが非常に困難だということはわかる。


 わたしは本来なら作りようがない方法で本物を作ってしまったらしい。


 女はわたしの顎に指を這わせながら、来た時と同じようにお尻を左右に揺らしながら戻っていく。


 すると今度は太った男、マフィアのボスっぽい男が身を乗り出し、低い声で尋問を始める。


「どこの組織がバックについてる?」


(はぁ?)


 ボスが再びこちらを睨む。


 わたしは、少しだけ目を伏せて心の中で思い切り首を傾げた。


(一体、なんのこと?)

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