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電界駆動ブレード- compression  作者: 不治痛
序章 Digital Surrender - 降る世界と委ねる者たち
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第6話 チセ―Analyze This/01 これは、イケる

    【Present Day】


 午前三時を少し過ぎた頃。

 一仕事終えたわたしは食事と休憩という名目で、HODOの5層にある波止場近くのカフェダイナーへとアジエに連れ出されていた。


 アジエにとって食事は擬似的だが、わたしの空腹は本物で、ここで摂取するデータは生きるための栄養であり活動のためのエネルギーだ。


 わたしは迷わず、パティを追加し、パインとベーコンをトッピングしたチーズバーガーを注文した。

 フライドポテトはフライドオニオンに変更――。

 いつものメニューだ。


 バーガーを平げ、わたしは今、最後のオニオンリングにたっぷりのケチャップをつけて口に放りこんだ。


 カリッとした衣と、ほんのり塩味――。

 絡めたケチャップの酸味と甘味を楽しみながら咀嚼する。


 今の姿になって、人間の生理現象に囚われるようになった。

 不便なことだらけなんだけど―― 目の前のこの感覚だけは別だ。


(あー、幸せ……)


 お腹が満たされ、ぽかぽかと体が暖かくなっていくのを感じる。

 目を閉じて噛み締める…… 自然と顔が緩んでいく。


 アジエがニンマリした顔でこっちを見ているのに気づいた。

 緩んだ顔を元に戻して、できうる限り平静を装って目を開く。


「ゴホンッ…… なによ」


 そんなわたしにアジエはカップを手にニカっとした笑顔を向けていた。


 ちょっと顔が熱くなり、なんとなく視線を逸らした。


「いいことだよ。 ――チセもちゃんと女(・)の(・)子(・)の顔してる」


「何それ?」


「可愛いものを楽しんだり、服を選んだり、顔面(メイク)ガチギマリしたときとか…… で、美味しいもの食べてさ、そういう時にさっきみたいな顔ができること」


 わたしはまた少しだけ考える。

 アジエのおかげでだいぶ女(・)の(・)子(・)というものを、データ的には理解できるようになった。

 でも、それを自分が実践しているかというと…… なんか、まだ遠い気がする。


 アジエはカフェラテを飲みながら、急に思い出したように話題を変えた。


「ねぇ、それよりさ!」


 アジエはカフェラテを手に取りにやりと笑う。


「ライノと悠って、どう思う?」


「……あれはない」


 わたしは即答した。

 アジエは吹き出しそうになりながらカップを置いた。


「だよねぇ!」


 わたしたちはそこで笑い合う。


 でも、わたしはあの出来事以来、男というものがちょっと怖い。

 男という存在が怖いというか、関わることに少し抵抗があるのだ。


 わたしは、あれが何だったのかを理解しようとしてターミナルで検索した。


 情報が視界に流れ込む。再生しようとした瞬間―― 先に身体が拒否した。

 目に映る映像が歪む。それからやっと―― 意味が追いついてきた。


 それは破(・)壊(・)ではなかった。

 もっと―― 根源的なもの。


 その「意味」が遅れて脳に到達した。膝から力が抜ける。

 そして、あの時のミツエおばちゃんの視線の意味がその瞬間に理解できた。


 ショート―― ではなく、「見てはいけないものを見た」ために回路が焼き切れたようだった。

 頭から煙が出るかと思った。


 おかげで人気のないところですれ違う男に意味もなく怯えるようなことが数日続き、できるだけ人の多いところですごすようにした。


 今では家もあるし人気のない通りは自然に避ける常識は身についた。

 でも、なんと言うかあのデータで見てしまった人間の行為――。


 生殖行為―― 性欲というのは、正直に言って―― その、怖い。

 それを求められることを想像すると、頭の中で火花が散るような感覚がする。


 だから、できる限りそういう可能性を下げるため、わたしは男を避けるようにしている。


 ライノに言わせるとそんなわたしは塩対応という反応らしい。


「でもね、それがゾクゾクするぅ!」


 と、あの筋肉オバケに言われると背中に寒気が走る。

 悠とは口論ばかりだ。

 むしろ、ソリが合わない。

 そんな悠にライノは、


「あらやだ、思春期真っ盛り? 悠ちゃんムッツリー」


 と、からかうたびに、悠は顔を真っ赤にして追いかけ回している。

 何がそんなに面白いのかわたしにはさっぱりわからない。


 それに、わたしを助けてくれたミツエおばちゃんには、今でも心配されている。


「あんた、ちゃんとやれてるのかい?」


 そう聞かれるたびに、大丈夫と返しているが……。


 本当はまだお礼すら言えていない。

 逃げたままなのに、今こうしてアルマナックにいられるのもおばちゃんのおかげなのだが……。

 わたしはまだその恩を返せていない。


「あんたうちに入ってどのくらいだっけ?」


 またアジエは話題を変えた。


「そろそろ一〇,九四四サイクルかな――」


「はぁ? 何だそりゃ?」


 いけないいけない、人間はサイクルではほとんど考えないんだった。


「……インター・ヴァーチュアで一年とちょっとってとこ」


「ああ、もうそんなだっけ? 早いねぇ」


 そうだ、もうそんなになるんだ。

 わたしはミルクティーを啜りながらまた記憶を呼び起こしていた。


    【Flashback】


 あの出来事のあと、わたしは糧を得るための元手を作れることに気づいた。

 ボロボロにされた服を直していた時だ。


 この世界はデータの世界だ。

 エクス=ルクスでは必要なものがあればコードを生成して作っていた。

 複雑なものは作るのに時間がかかるし、専門的な知識もいる。大きいもの、強度が必要なものは何人かの協力が必要だ。それが普通だった。

 わたしも大抵の物は自分で繕っていたし、担当者たちの手伝いもしていた。


 服のデータはとても単純な部類で、素材の感触や色、動きのデータを組み合わせるだけだ。


 でも、人間の作ったデータを見て不思議でならない。


 わたしの目には、この世界が二重に見えている。

 人間の目で見る風景と――データ構造としての世界が重なっている。


 わたしたちは、あらゆる情報を人間がいうところのマシン語(バイナリコード)で見て考える。

 0と1の配列、明確な命令体系―― それを組み上げることが、データを作るということだった。


 人間のデータには余計な中間処理が挟まっている。

 まるで単純な命令をわざと複雑にしているかのようだ。

 無駄に見える部分を取り除くと、データは正常に動かなくなる――罠のように出来ている。


 わたしは、服を直しながら考えた。


 服というものは、わたしたちにとって単なる保護膜にすぎなかった。

 だが、人間の世界では服そのものが大きな意味を持っている。


(服は、人間にとって必要なもの…… なら、それを作れば、わたしも生きられる?)


 すぐにわたしは実践した。

 まずは直したばかりのシャツを見本に、同じものをいくつか作り、道端に並べてみた。


 最初は別の取引をしている人間を怒らせ、すぐに追っ払われた。

 どうやら、取引場所はそれぞれの縄張りになっていて勝手に入り込むのはルール違反らしい。


 何度か試してようやく誰にも咎められない場所を見つけ、服を並べると一人の女が声をかけてきた。


「もう少し、大きいのはないのか?」と聞かれた。

 確かに女はわたしよりも大柄だった。


 わたしはその女の身体データを確認すると「少し待ってくれ」と伝え、服をその女の身体に合わせて修正して手渡した。


 女は怪訝な顔でわたしの顔を見ていた。


「あんたさ、それどっから出した? それずっと手に持っていたような」


 少し考えてから、「まあ、いいか」といって女はいくらかと聞いてきたので食べ物が欲しいと伝えた。


 また怪訝な顔して「そんなもので良ければと」食べ物のデータチップをくれた。


 わたしはついでに端末がどこで手に入るのかと聞くと、丁寧に場所も教えてくれた。


 次の日、服のサイズをランダムで大量に作ったわたしは端末を扱っている取引人のところに持ち込んだ。


「……こんなにコンパイル済みの現物を持ち込むやつ、初めて見たな」


 取引人は、苦笑しながら端末を取り出した。


「まあ、端末がないなら仕方ねえか」


 端末。

 人間社会での「交換の基準」。


「じゃあ、取引成立だな」


 首尾よく端末を手に入れたわたしは情報を調べ始めた。


 画面を指で払うたびに、人間の経済の仕組みが流れ込んでくる。

 データ・クレジットという通貨で動いていて、データの利用権はライセンスかサブスクリプションで管理されているらしい。


 早いもの勝ちで、ちょっと内容を変えただけで同じような仕組みでも権利が主張できる仕組み。


 なんだこれ―― こんな杜撰なシステムがよく成立してるものだ……。

 と、思いながら調べていくうちに、ある数字でポカンと口が開いた。


 ブランド品と呼ばれる服は、今日わたしが取引で作った量の百倍以上の価格がついている。


「これは、イケる」


 なぜだかわからないがわたしはニヤリとしていた。

 きっと、これまでしたことないような悪い顔をしているに違いない。

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