第5話 九能 悠の時間―電光石火に銀の靴/06 ずれた時計
【Present Day】
気がつくと、俺はγの足首に触れて機体を見上げていた。
チセを助けたあの日、γは急降下の奇襲の直後に並列配置されたコア・ヘッドの右側が処理圧に耐えられず、内圧がブロックを突き破ってしまった。
剥き出しになったコード・ベースが溶解しなかったのは奇跡だ。
「悠ちゃんよ、そいつ、よく直ったとは思うけどよ。 そろそろケジメの付けどころじゃねーの」
「ああ、わかってるって」
俺はライノに神妙な面持ちで返した。
処理限界で一度焼きついたコードは直せない。
いずれは処理が追いつかなくなって動かなくなる。
機体の調子に合わせてやればあるいは乗り続けることも可能なのだろう。
むしろチセのメンテナンスは、そのレベルにまでは機体を維持してくれている。
だけど、実際にはそういうわけにもいかない。
γはお世辞にも高性能とは言えない。
コード・ライダーになって、リーダーから戦術を学んでもやってることは、今でもギリギリで相手に食い下がっているだけだ。
γでさえスピードに飲まれているのに、それ以上にパワーがある機体に乗ったからと言ってどうすりゃいいんだ……。
腕と性能……。
結局はいつものジレンマだ……。
これで俺の考えは止まってしまう。
メンテナンスが終われば調子は戻るが、違和感を覚える間隔は明らかに短くなってきているし、その箇所も確実に増えている。
「俺も、ケイトも、次は手を貸せる保証はないぜ」
いつものシュートサインでライノは俺を指さした。
その目はいつだって笑ってない。これはライノなりの本気の警告だ。
舷門に人の気配を感じ、俺とライノはこの会話をやめた。
アジエとチセが連れ立って、帰ってきたようだ。
「おー、お二人さんおはようっす。 どこ行ってたんすか?」
ライノはまたいつもの惚けた調子に戻っていた。
「オッス、チセがまた突貫してたんでよ、メシ連れていってた」
アジエの背後からヒョコッとチセが顔を覗かせた。
あの不思議な緑色の瞳と目があった。
「お、おっす」
少し硬い挨拶をした瞬間、その緑色の目がジトっと俺を睨みつけてきた。
「あらら。 姫、ご機嫌斜めっすね……」
「姫いうな、筋肉。 お前に用は無い」
軽口を叩いたライノに辛辣な返事を返す。
なんか最近、こういう反応がママ・アジエに似てきてる気がする。
「おー。 いつにも増して塩対応じゃん。 ライノちゃん、ショック」
そう切り返すライノもたいしたもんだが、チセは無視して俺につかつかと近づいてきた。
俺より少し背の低いチセが、近くから怖い顔で見上げてくる。
「な、なんだよ……」
顔が近いし、なんか良い香りがする……。
「悠、あんたまた勝手にインジェクションの値いじったでしょ」
ちょっと得した気分になってクラっときていたら、いきなり右ストレートがきた。
「うっ……」
「ダンパーの段階も勝手に変えて。 左右どころか両手も両脚もバラバラになってたんだけど」
「えっと、それは……」
「あと、コード・ベースに変な処理を勝手に入れるなって、あたし、あれほど言ったよね。 後処理でループしてTEMPに焦げたデータがごっそり滞留してたんだけど」
やばい、全部身に覚えがある。
「と、飛ばしてる間にちょっと気になったから、俺なりにチューニングをだな……」
俺の苦しい言い訳にチセの目が釣り上がる。
「悠、あんた、あたしの調整にケチつけるわけ」
「……いや、そういうわけじゃ……」
「あんたのはただその場しのぎで弄ってるだけでしょ。 動きがついてこないのをあたしのせいにしないで」
「おい! そんなこと言ってないだろ!」
下手に出てりゃ言いたい放題というやつだ。これにはカチンとくる。
「ヘタクソ! 言い訳しないでよ……」
チセがぷいと顔をそむけながら言い放った。
追撃のようなこの余計な一言に、俺もさすがに頭に来た。
「いい加減にしろよ、お前!」
ガツンと声を張り上げたその瞬間――。
「STOP! ほーら、そこまで、そこまで!」
アジエの大声が響いた。
彼女は俺とチセの間にぐいと割って入り、それぞれの額を軽く小突いた。
「ったく、どっちもどっちだ。 悠! ガキみたいにムキになるな。 チセ、お前も言い過ぎ!」
チセは不満げにぷいと顔をそらし、俺も気まずく黙り込む。
そのとき、ハンガーの片隅に設置されているニキシー管時計が、『04:32:07』だった表示を一瞬だけ、―― 『04:12:36』に変えたように見えた。
「まったく、ガキ共は……」
アジエはため息をつきながら呟いた。
俺たちは、ばつが悪そうに視線をそらした。
――ほんと、調子狂う。
俺はもう一度、ニキシー管時計を見ると『04:32:15』を表示していた。
チセは知らんぷりをしてハンガーの出口へと向かっていた。
アジエは腕組みしながら、ため息をついている。
「おー、うちの女性陣は相変わらず強いよねぇ……って、どうしたの?」
「いや…… なんでもない……」
俺はニキシー管時計を睨むように見ながら答えた。
やっぱり気のせいだったか……。
……でも、胸の奥に残ったざらつきだけは、なぜか消えなかった。
リーダーが持ち込んだ今夜の大仕事―― その出発は、もうすぐだというのに。




