第5話 九能 悠の時間―電光石火に銀の靴/05 電光石火
【Present Day】
今思い出しても、たまったもんじゃない。
仲間二人からカモにされた挙句に、囮をやらされときたもんだ。
まあ、さらに最悪だったのがその後だったんだが――。
そんな苦い回想をしているうちに、俺とライノは停泊しているジクサーに辿り着いた。
整備は一通り終わっているようだった。
辺りは静まり返っていた。
灯りも落とされ、船灯だけが規則的に赤く明滅していた。
俺とライノはジクサーの右舷に渡されたギャングウェイを渡って、舷門からCFハンガーに入った。
ハンガーは照明が落とされ、そこにチセの姿はなかった。
壁のニキシー管時計だけが、暗がりに「04:21」を灯している。
俺とライノが中程まで歩みを進めると、自動的に照明が入る。
強いハンガーの照明の光に、一瞬、目の前が白く眩む。
目が慣れると、見慣れた機体が視界に入った。
「あいつ、あいかわらず仕事早いなぁ……」
若干、がっかりしつつ俺はγを見上げた。
「おー、あいかわらずきっちりカウルまでハマってるな。 どこにもネジ落ちてねーし」
「言うなよ……」
γのアーマー・カウルは一度外すと、張りのせいかボルト穴が元通りにならない。
気づくと、直径半メートルの六角ボルトが余って転がっているのはシュールな光景だ。
アルマナックのプロのメカニックたちですら手を焼き、チセが来るまでは誰もγに触れたがらなかった。だから機関長のアジエが直接面倒を見てくれていたのだ。
チセは苦も無く脱着をやってのける。整備明けの今は、γの籠るような音も、加速の一拍遅れもない。コードを弄らせるなら、チセは間違いなくアジエ以上のエンジニアだ。
そんな技術をどこで覚えたのか、そしてどこから来たのか。
彼女は話さないし、過去を掘り返すのはギルド稼業ではヤボというものだ。
結局、俺にとって、チセは腕の良いエンジニアという以外はあの日以来、いまだに謎ばかりだ。
「どんな魔法使ってんだかよ。 腕だけならママ・アジエより上だよなぁ」
ライノは俺の隣に立って、一緒にγを見上げた。
実際、ライノの言う通りだ。
チセはCF専任で他のメカの仕事は頼まれた時だけの手伝い程度で、他はほとんどやらない。
だが、その代わりアルマナックの三機のCFをたった一人で面倒見ている。
あまりにも手際が良くて、他のメカニックがスピードについていけないらしい。
「ほんと、このγがブロック突き破った機体だなんて信じられねぇわ」
チラリと無言でライノの顔を見ると、ヤツはニタリと笑みを返してきた。
ほんとにこいつの言う通りだ。
γはチセと出会ったあの事件で、一度、ブローしたんだ。
あの時はアジエも、アルマナックの他の誰もが―― 俺ですら廃棄の二文字が頭をよぎった。
もう一度、俺はγを見上げる。
今は綺麗な光沢すら見せるこのγはかつて、胸から破裂して真っ黒な大穴を開けたことがあるのだ。
【Flashback】
ジクサーが所定の位置につくと、指定の持ち場につくべくホーク、エリミネーター、γの順にジクサーから飛び出した。
ケイトとライノは地面スレスレをゆっくりホバリングし、左右に分かれて離れていった。
俺はいったんγを上昇させていた。
密売人のライナーは最大望遠でやっと捉えられるといった距離だ。
おそらく相手に気づかれることは無いだろうが、万が一ということがある。
慎重に低速で高度をあげていく。
この世界での飛行は、座標の連続演算で実現されている。
出力を上げれば処理干渉光が強く発光するため、警戒して最低限の出力とスピードで上昇していた。
ありがたいことに、上空には分厚い雲がかかっていた。
雲の上まで出て、密売人のライナーの真上まで伝って移動する。
息を潜めるように、優しくデリケートにだ。
一瞬、『バララッ!』と嫌な音と振動がシートの上のケツにまで伝わった。
「ありゃ…… コリャまずいな…… 終わったら本気でママ・アジエに相談しないとヤバいぞ……」
この中古のγには無理をさせ通しだ。一度フルオーバーホールが必要だとは思っていた。アジエに言えば、また「乗り換えろ」と言われそうだが……。
いや、今は集中だ。
なんにせよ、仕事を終わらせてからにしよう。
仮想の擬似太陽はちょうど真上にこようとしていた。
「ほんと、大したもんだよ。 うちのリーダーは」
太陽を背にすれば干渉光を隠せるし、目眩ましにもなる。
『攻撃をかける前に有利な情勢を確保せよ。可能な限り太陽を背にすること』―― 空戦の教科書通りのシチュエーションだ。
リーダーは「あとは楽勝だ」と言ったがあながち嘘ではない。
モニタの右上に表示されているタイマーを見る。
γが仕掛けると同時に、タイマーは動作してジクサーを含め全機と同期される。
俺は『スーっ』と鼻から大きく吸って、口から長く息を吐き出しながら雲が切れて相手のライナーの姿が見えるのを待った。
γを覆っていた雲が流れ、密売人たちの空母が擬似太陽の光で照らされるのを見て、右のスロットルを捻り込んだ。
その瞬間から右上のタイマーがカウントされていくのを確認すると、ウェッポンセレクターバーを操作する。
両手のサブマシンガンをフリーモードにした。
急降下していくγのモニタに映る飛行甲板が次第に大きく広がっていく。
ターゲットも明確になっていく。
甲板で明確に動いている五羊は四機、甲板の縁に左右、計八門の対空機銃。
機銃はライノとケイトがやればいい。
俺の相手は甲板の五羊だ。
まずは左端の一機に狙いをつけ、右のマシンガンを放つ。
「ほーら来た、来た!」
次の瞬間には八門の機銃がγを狙って砲火を浴びせかける。
同時に三機の五羊が甲板から離れるのが見えた。
やはり動きは早い。
狙った一機は当たり所が悪かったらしく、突っ伏したまま動かなくなっている。
五羊は、二連装の分厚い銃身に斧刃が取り付けられた銃斧を構えて狙ってくる。
機銃の砲火を最小の動きで回避しつつ、俺は突出した一機に狙いを定めた。
自然と螺旋を描きながら突っ込むγに明らかに五羊は戸惑っていた。
こちらの足が止まらないことで、逆に味方の砲火が邪魔になっていることが見え見えだった。
両手のマシンガンで集中砲火を浴びせる。
フェイスカバーが砕け、頭部を完全に粉砕された一機はグニャリと力が抜け落ち、落下していく。
残りの二機の足が止まった。
さらに接近するγに焦ったのか、斧を振りかざすが遅い。
そのまますれ違い様にマシンガンを叩きこみ、γの機体を百八十度回転させ甲板を背中に降下をしながら、今度は空に向かってマシンガンを撃ち続けた。
同時に両足のフットペダルを押し込み、フルで制動をかける。
一気に働いた反作用で、俺の体が空にふわりと押し出されそうになる。
内腿でシートを挟み、ハンドルを強く握って耐えた。
すれ違った五羊のうち一機は武器を握っていた腕がもげて、黒煙を吹いていた。
残りの一機が姿勢を整えようとしていたが、次の瞬間、左手側から赤い光の筋が伸び、蜂の巣になるのが見えた。
ライノのエリミネーターのガトリングの砲火だろう。
気づけば、対空機銃はとっくに沈黙しているようだ。
どうやら、ライノとケイトも仕事を終わらせたようだ。
エリミネーターとホークは艦橋に取り付くように、残敵を警戒しているようだった。
俺は減速して甲板目前のところでγを足から着陸させようと姿勢を戻した。
奇襲は大成功のようだ。この前の模擬戦での苦戦が嘘のようで、圧勝じゃないか。
ある種の高揚感と快感を全身に感じた次の瞬間、甲高い金属が擦れるような嫌な音が俺の耳を貫いた。
その次に『バモッ!』という音と共に、γの背中のチャンバーエギゾーストから黒い煙が吹き上がっていた。
「くそっ…… 抜けちまった!」
γは足から着地することなく尻餅をつくかのように甲板にドスンと落ちた。
ジクサーが空母の斜め上から甲板をバリバリと衝角で引き裂いたのはその直後だった。
衝撃で投げ出されそうになったγがグイっと引き戻されるのを感じた。
どうやら、異常を察したエリミネーターとホークがγを掴んでくれていた。




