第5話 九能 悠の時間―電光石火に銀の靴/04 真上の三点
【Present Day】
不覚だった……。
俺は顔が引き攣るのを感じた。
その後、ライノとケイトが飽きるまで、数週間にわたり壮絶にイジられることになった。
まさに奴隷のような扱いだった。
特に酒カスのケイトにはこれでもかとタカられ、どれだけ奢らされたことか。
チセと出会ったきっかけを思い返していたら、心がチクリとするどころか、岩で殴られたような記憶まで蘇ってしまった。
「お前さ、もしかしてまだあのスクショ端末に入ってるだろ」
「ねーよ!」
必死で反論した。
もちろん入っている。
二回ほど機種変更したがロックをかけて大切に保存してある。
あの一件以来、俺のセキュリティ意識が高まったのは言うまでもない。
「進展させないのはお前の勝手だけどさ、ズルズル引っ張るのってさ、ツラいんじゃね」
「とりつく島もないんじゃどうしようもないだろ……」
そう俺は本音を漏らした。
「そうねぇ。 チセちゃんは基本的に人に距離置くからね」
俺は憮然としてコーヒーを啜った。
「とは言っても、最初に比べればだいぶ馴染んだんじゃないか。 最初のころはママ・アジエかスミー以外には寄り付きもしなかったし」
確かにその通りだ。
今でこそ、チセも普通にみんなと会話するようになった。
自慢できる話ではないが俺もかなり他人に壁を張って生きていた人間だ。
そんな俺から見ても、最初の頃のチセは異常なほど他人を警戒していた。
「悠ちゃんよ。 なんやかんや言ってさ、ママ・アジエ以外に最初にチセちゃんが、まともに会話し始めたのがお前だって気づいてる?」
「……そうだっけ?」
ライノに言われて思い返すが、ピンと来なかった。
「はぁ…… まあ、いいや」
ヤレヤレとライノはまた、呆れ顔でそう言った。
何か言い返そうとしたとき、低い振動音をたてプラットフォームが停止した。
どうやら到着したらしい。
俺とライノは連れ立ってプラットフォームを降り、お互い飲み物の残りを啜り、空になった缶へ、拳を叩きつけて潰した。
「せーのっ!」
二人で降りたところにある柱の横のゴミ箱へ、潰れた缶を放り投げた。
見事に缶はゴミ箱の中に吸い込まれ、ガシャっという音が響いた。
いつからやるようになったかは覚えてないが、俺たちの仕事の前の景気付けだ。
「よっしゃ、行こうぜ、ライノ」
「おう」
俺とライノはジクサーのドックに向かって歩き出した。
俺とライノが降り立ったHODOの5層は港湾区画だ。
切り立った壁と上層の傘を抜けると、幾つものライナーが接舷された波止場が広がる。
まだ現実が生活の中心だった子供の頃、週末になると家族で出かけては、こんな波止場を眺めていた。俺が現実で住んでいるのは、関東の港湾都市だ。
とはいえ、ここは地上から一二五〇メートルの上空だ。打ち寄せる波の代わりに、処理機関の起こす干渉波が極彩の飛沫のように岸壁にぶつかっている。
酸素も気圧も、パシフィックゲートの演算シールドが保ってくれている。HODOはちゃっかりそれに寄生しているわけだが、突端の球形船首にある外縁の港湾部はシールドが薄く、ひんやりと肌寒い。
どれだけ現実に似ていても、停泊しているのは空飛ぶデジタル空間船だ。
アルマナックのジクサー――船首からバカでかい衝角が突き出た、古い軍艦のようなシルエット。
その後方には蘭の花のように翼を広げた白いスターシップ然としたライナー。
前方には錆が浮き、つぎはぎだらけの無骨な鉄の塊。
そんな具合だ。
肌で感じる空気も、見える光景も、本物に見えて結局は仮想だ。じゃあ、気持ちはどうなんだろう。
それでも、コード・フレームワークというこの世界にしかないものに俺はこだわっている。
そして、この世界で会った、アイツが気になる。
仮想の世界で知ったこの気持ちは、どういった代物なんだろうな。
ふと、俺の端末の中にあるあの映像のことを思い出していた。
【Flashback】
γのコクピットで、例の子のスクリーンショットを撮っているところを見つかるという醜態を晒した後――。
ケイトに待機を交代してからの一時間はライノにたっぷりイジられ、さらにその後の一時間はケイトにたっぷりパシリにされた。
待機が一巡してコクピットに戻り、しっかりとプライベートモードに切り替えて、俺はすみっこで膝を抱えていた。
……ああ、やっと静かになった。
悲しくなった俺は端末を取り出し、あのスクリーンショットをだした。
ちくしょー。
やっぱりカワイイなぁ……。
だが、ふと正気に戻ると、自分がかなりキモい行動をとっていることに気がついた。
「消しとくか……」
DELETEのアイコンをタップしようとして指が止まった。
5秒ほど葛藤した後、俺はDELETEの代わりにLOCKのアイコンをタップした。
欲望に忠実な自分が悲しい……。
俺は端末をしまって再び、しばしの自己嫌悪モードに入ろうとしたその時だ。
ブリッジからのアラートが鳴った。
俺はシートに飛び乗り、回線をオープンに戻した。
スクリーンにはそれぞれのCFのコクピットに走っていくライノとケイトが見えた。
三機とも充分に機体は暖まっている。
「悠、γ。 スタンバイオーケー」
「ケイト、ホーク。 いつでもいける」
「ライノ、エリミネーター。 絶好調だ」
各々がブリッジに準備が完了していることを伝えた。
半円球モニタの右上にブリッジの映像が表示される。
「お前ら、密売人どものライナーを見つけた。 まだこっちは気づかれちゃいねぇ」
スクリーンに相手のライナーの情報が転送される。
「連中は今、俺たちの三千メートル上で、索敵のCFも飛ばさず、優雅に御停泊中だ」
密売人のライナーはオーシャンライナーとまではいかないが、ジクサーと比べれば倍ほどの大きさがある。
「見ての通り、奴らは空母だ。 CFはこっちの三倍はいるぞ」
この前の密売人の代理人たちとの模擬戦を思い出す。
連中が使っていたのは霊峰公司系企業のCF、五羊。
捻れた角飾りのついた頭部のカウルアーマー。ボディは細いが縦に長く、猫背。まるで山羊頭の人間を連想させる不気味な機体だ。
「飛行甲板からの展開は速ぇぞ。 つつけば蜂の巣のように飛び出してくるだろうな」
あの時は数も同じで、最低限のルールがあるマッチだった。ギリギリの勝利だったが、今日は違う。
相手はギルドのコード・ライダーじゃない。おそらくは霊峰公司の息のかかった軍人だ。
三倍の数で容赦なく、全力で撃墜しにくる。
まともにやれば勝ち目はない。
だから俺たち三人は、黙ってリーダーの指示を待つ。
「いいか、お前ら、今日の仕事は救出作戦だ。 だからこんな低空を這いつくばって連中を探していたわけだ」
そうだ、今日の仕事はいつもの荒事とは少し違う。
CFが出てくる前に空母を沈めれば良いというわけにはいかない。
「メスガキの救出は俺とスミーでやるが、その間、ジクサーは動けない。 だからお前たちには先に敵の船に揺さぶりをかけ、船に取り付け。 その後、揚陸するためにジクサーをぶつける」
ジクサーは接舷強襲艦だ。艦首の下部は槍のように鋭角な衝角になっている。
大型ライナーに突撃し、接舷して内部への侵入を行うために設計されている。
「ジクサーは正面からぶつけて飛行甲板をエグる、そうすれば連中は詰みだが、問題はタイミングだ――」
リーダーが手を振ると、画面の中央にホロシミュレーションが投影される。
……白黒のホロはなぜか、子供のイタズラ描きのようにテキトーだ。
四本の矢印と数字だけの雑なスケッチ……。
リーダーは絵心が絶望的に無い……。
「運がいいことに連中は警戒していない。 甲板に出てる五羊は、八機ってとこだ。 警戒待機でライダーが乗ってるのは二、三機だな」
「ジクサーは干渉光を察知されないよう、視認ギリギリの位置まで離れる。 一番遠い位置…… 四〇キロ先といったところだろう。 ここから、弾道軌道で甲板に突っ込む」
「この軌道で突っ込むためにはコード・コアをたっぷり一〇分は暖める必要がある。 当然、ネオン管ばりの干渉光になる。 逆制動かけて甲板に飛び込むまで五分だ」
リーダーは敵のライナーの周囲へと伸びる矢印の端を指差していく。
右舷、左舷に対して斜め下、それと真上の三点。
「お前たちはここから攻撃を仕掛けて、注意と時間を稼いでもらう」
三点の先に、何やら微妙に特徴をつかんだ、ヘタクソな漫画のような顔が三つ……。
……どうやら俺たちらしい。
「右舷側からケイト、左舷側からライノだ。 お前たちは合図を待ってタイミングを合わせて、下側のCFハンガーハッチを叩け。 艦内のCFを外へ出られないようにしたらそのまま艦橋へ貼り付いて残ったCFと対空砲を潰せ」
ということは、真上は俺か。
「悠、お前は真上からだ。 二人への合図はお前の攻撃だ」
なるほど…… 俺は囮役らしい。
「遠慮はいらねぇ、お前のお得意のやつを真上からブチかませ」
俺はコクリとうなずいて見せた。
「いいか、悠。 おまえが突っ込めばあとは楽勝だ」
敵の弾幕に飛び込めというリーダーは笑っていた。
俺も笑い返した。
だが、きっと俺の笑いはとても引き攣ったものだったろう。




