第5話 九能 悠の時間―電光石火に銀の靴/03 生中継
俺はジャケットのジッパーを上げ、CFハンガーのγのコクピットに乗り込むと機体に火を入れた。
いつものようにチェックを始める。
左ハンドルのウェッポンセレクターバーを操作し、装備のデータロード…… クリア。
右ハンドルとスロットルの動作状況…… クリア。
左右のフットバーと制動ペダル…… クリア。
手と足の指を軽く動かすイメージ。
γの手と足がギリギリと音を立てるのがわかる。
頭と目、視線を動かす。
ツールチェスト、向かいのエリミネーターと左側にいるホークとそれぞれを意識しつつ、見ていく。
コクピット内の半円球モニタに次々と、フォーカスした物体がハイライトされ、ターゲットの情報が投影される。
思考制御、ブレインテック・インターフェイスのフィードバックの確認…… クリア。
全て問題なし。
ハンドルから手を離し、前傾姿勢から体を起こして楽にする。
制御は特に問題ないが、最近は少し違和感があるな……。
俺は半円球モニタに映る、ハンガーの天井を見た。
映像が気になるわけではない――。
実際には気になっているのは、コクピットブロックの上――。
ユニット・ヘッドの方だ。
心臓部であるコード・ベースがすぐ上で唸っている。
規則的な駆動音の中に、わずかだが籠ったような音が混じっている。
加速をかけた時も、たまに一拍遅れるように感じる時がある。
「今日の仕事が終わったら、ママに相談すっかな」
γはダブルアクションのコード・ベースを二つ、並列搭載したコア・ユニットを持つ機体だ。今時のクワトロアクションとは構造が違いすぎて、部品も使いまわせない。
だからアジエはいつも「めんどくせぇ」とブーブー言いながら部品を調達してくれる。
販売当時は、軽量コンパクトの謳い文句と何より安さで出回った機体だ。おかげで中古市場には溢れかえっている―― 裏を返せば、在庫はあっても売れない不人気機種ということだ。
設計も古く、とりわけメンテナンス性が最悪と言われている。
そのためだろうか、リーダーにも、アジエにも「乗り換えろ」と言われ続けている。
「また言われるよなぁ……」
アルマナックではコード・ライダーがそれぞれ好きな機体に乗っている。
メカニックの負担を考えれば普通は機種を統一するものらしいが、リーダーの意向でうちは自由だ。
確かに乗り換えればもっとやれることは増えるだろう。
(頭じゃわかってるんだけどな……)
それでも動く限りはγを使いたい。最初に乗って付き合ってきたCFへの愛着もあるし、まだやり残していることがある気がする。
それに―― γすら乗りこなせていないのに、他に乗り換えたところで何も変わらない。そんな思いが頭をもたげてくる。
「あー、やめやめ……」
なんかネガティブな方向に気分が落ちそうだ、気持ちを切り替えよう。
「ミツエ婆さんからもらった依頼のデータを表示」
俺の声に反応して、目の前に空間ディスプレイが表示される。
今日、テキヤの事務所で婆さんが見せてくれたデータと同じものが表示された。
最初の方は今回の件の発端になった例の偽ブランド服の情報だ。
手を上に払うと、画面がスワイプされ流れていく。
そのとき、あの映像が流れた。
俺は手を止めてゆっくりと下に払って、画面を映像の部分に戻した。
あの子だ――。
アーミーグリーンのミリタリーコートを着て振り返る女の子の映像。
仮想現実の世界に住むようになってから、これまでいろんな色の瞳を見てきたが、こんな緑色の瞳を見たのは初めてだ。
しかもこの子の瞳はまるでLEDが発光しているかのような、見事なまでに明るく輝く緑なのだ。ライムグリーンというのだろうか?
それに見事なプラチナブロンド。
白ではない、輝く光沢を放つ不思議な髪の色だ。
最近はまったく意識しなくなっていたが、子供の頃に感じた自分とは違う肌と、瞳と、髪の色をもつ別の人種に出会った時のあの感覚だ。
インター・ヴァーチュアでは完全な死語となった、異邦人という言葉が頭に浮かんだ。
混血なのだろうか……。
柔らかそうな白い肌は明らかに日本人には無いものだが、顔の輪郭はうっすらと馴染み深い造形に感じる。
他にもいくつか別の映像があった。
地面にいくつも服を並べて、その真ん中にペタンと座っている映像。
あの偽ブランド服を抱えて通りを歩いている映像。
ミリタリーコートはそのままだが、さっきの座っている映像よりなんとなく身なりが綺麗になってるような気がする。
他にもおそらく商売をしている姿がいくつかあった。
うーん…… テキヤがすごいのか、それともこの子がうかつなのかはわからないが、足がつくと、いとも簡単にガッツリ追跡されちまうんだな。
そんなことを考えながら映像を送っていたが、ある画像でスクロールする手がピタリと止まった。
「おおぉ……」
どこだ? 何やら高級そうな部屋だ。
そういえば婆さんが「派手に遊んだ」と言っていたがそれか?
風呂あがりなのだろう、頭にタオルを巻いている。
インナーにショートパンツという姿だ。
ルームサービスでも頼んだのか?
カートを移動させているのだろう、上に乗っているのはパンケーキの皿か?
他の映像ではまるで作り物のように無表情だったが、この映像ではうって変わって、なんとも幸せそうなウキウキした笑顔を浮かべている。
「か、かわいい……」
声が出てしまった。
そして、思わずゴクリと唾を飲んだ。
これまでは野暮ったいミリタリーコートを着ていたが、この映像では体のラインがあらわになるような服装だったからだ。
ママ・アジエのビキニ姿のようなダイナマイトバディとは全く違う。
だが、どちらかと言えば、俺はこちらの方が好みだ――。
形の良い小さいお尻と…… それに反して、インナーから浮き出るその膨らみから、なかなか豊かな胸をお持ちであることがわかる。
着痩せするタイプなのか……。
こんな子が公共ターミナルでエロ動画見ていたとか噂になっていたのか。
……不純な想像が浮かんでしまった。
いかんいかん…… と思ってもこの年の男子として正直な気持ちは大事にするべきだろう。
俺は目の前の画像に両手でフレームを作って重ねた。
端末にスクリーンショットが撮られる。
えへへっ、とニヤけたところで俺は顔面の血の気が一気に下がることになった。
半円球モニタの端っこに、ライノとケイトがニタニタしながら映っていたのだ。
「ちょっと、ケイトさん。 聞きまして……」
「ええ、カワイイとか言ってましたわよ」
俺は口をパクパクしていた。
声が出ない……。
「お前さ、待機中なのに回線リンク開きっぱなしとか油断しすぎだろ」
ライノが鬼の首を取ったような顔でそう言った。
いや、実際に俺の首は完全にとられたようなものだ。
(しまった…… 一人でいた頃のクセが出て、プライベートモードにするのを忘れた)
CFのコクピットは味方識別でリンクされていると、モニタリングのために回線が開きっぱなしになる。
要するに、見ようと思えば俺の行動はメンバーに丸見えということだ。
「……お、お前らいつから……」
震える指で画面の上の二人を指さしてやっと言葉が出た。
「うちらさ、コーヒー差し入れてやろうかと思ったら、なんと悠がさ、生中継してるじゃん」
ケイトが口に手を当ててオホホホと意地悪そうに笑ってそう言った。
「作戦の復習でも始めたのかと思ったらよ、例の子の画像をガン見し始めたじゃーないですか」
今度はライノだ。
「いやー意外ですな。 悠先生のお好みはプラチナブロンドのトランジスタグラマーだったとは……」
「まさかスクショまで撮るとは思わなかったわ」
ケイトがそう言うと二人は爆笑しだした。
「うわぁあああ! 忘れてくれー!」
俺は頭を抱えて叫んだ。




