第5話 九能 悠の時間―電光石火に銀の靴/02 むっつり悠ちゃん
【Present Day】
後から思い返せば、リーダーがオカルトめいたことを言い出してゴネたが、結局はテキヤの婆さんに丸め込まれたというのがあの仕事の始まりだった。
よくよく考えると、あの婆さんはいつもニコニコしてるけど、けっこうエグいことするよな。
チラッとライノの方に目をやってからさりげなく俺はあの時の話を振ることにした。
「そういえばミツエ婆さんに頼まれて仕事したときあったよな。 ほら、リーダーが最初、かなりゴネたやつあったろ」
俺がそう言うとライノは何やらシラけた表情と哀れみと軽蔑が混じった視線を向けてきた。
「あのさ、悠ちゃんよ……」
その表情のままゆっくりと近づいてきたと思うとでかいため息をついてヤツは両の手をガシッと俺の肩に置いた。
「なっ、なんだよ?」
「君さ、確か十七歳だよね。 青春ど真ん中の現役高校二年生だよね?」
どうやら俺は、これっぽっちも、さりげなく話を振れなかったらしい――。
「そうだけど…… なんだよ?」
ライノはジトーっとした目で俺の顔を覗きこんできた。
いや、近いから……。
「正直におなりぃ!」
そう叫ぶと、いきなりライノは俺にコブラツイストを仕掛けてきた。
「痛い! 痛い! 痛い! 何すんだオマエ!」
「ダマラッシャイ! お前が何を考えてるかなんて、丸っとお見通しなのよ!」
そのまま器用に卍固めに移行すると、オマケとばかりに脇腹に肘をグリグリと押し当ててくる。
「ほーら、吐け! 吐け! 誰のこと考えてた!」
「あダダダ! わかった、わかったから! もうやめろって」
技が外され、俺は地べたにドシャッとうつ伏せに倒れ込んだ。
ゼェゼェと息をしながらゆっくりと立ち上がった。
脇腹がズキズキとする。
この筋肉ゴリラめ…… 手加減しやがれ。
「どーせ、チセちゃんのこと考えてたろ―― わかりやすすぎです。 君はクラスの女子が気になりだした小学生ですか?」
顔が熱くなる。
図星すぎて反論できない。
「そんなに気になるならさっさと告っちまえよ」
「そんなんじゃねぇし……」
「あー、もうヤダヤダ。 素直になれない子はオバちゃんキライよ」
カマっぽい仕草してそう言うライノに、俺は恨めしい目を向けた。
女関係で言えば、俺はまったく、こいつには敵わない。
情けない話だが、俺はこれまで女の子とはいっさい縁が無かった。
いや、中学のとき、そういうモーションをかけられたことが無かったわけではない。
いま思えば結構可愛い部類の子から声をかけられ、チャンスはあったのだ……。
残念ながら、当時の俺は愚かだった。
そんなありがたい女子に対して、鉄壁の厨二オーラを全開に展開して追い返してしまったのだ。
「俺、普通とかに興味ないから……」
好意を向けてくれた女の子に、なんちゅーことを言ったんだろうか。
確か、その後まもなく、別のテリトリーに移るとかでその子は転校したらしい。
今では、いつかどこかでその子に出会ったら謝りたい気持ちでいっぱいだ。
そんな行いのおかげで、俺は彼女いない歴=年齢という有様だ。
そんな俺と正反対で、ライノは節操がない。
あたり構わず声をかけ、すぐに手を出す。
そのおかげでトラブって、ほとぼりが冷めるまでテリトリーの俺の家に逃げ込んでくることもよくある。迷惑な話だ……。
なんにせよ、ライノは男女の機微というヤツには敏感だ。
おかげで「むっつり悠ちゃん」などと言われ、イジられるわけだ。
ライノは俺の恨めしそうな目を見て「ふんっ」と鼻を鳴らすと、ふざけた仕草をやめて壁に腕を組んで寄りかかった。
「あのさ、ほんと誰かに先越されちまっても、オレは知らねーぞ」
「うるせーな。 余計なお世話だ」
「ハイハイ、わかりましたぁよ。 で、遠回しに何?」
「チセを助けたあの仕事ってどのくらい前だっけ?」
その瞬間、ライノは「プッ」と吹いた。
「マジ、メンドクセ。 あー、アレね。 キミちゃんがチセちゃんと運命的に出会っちゃったのはどのくらい前でしたっけって…… そういうこと?」
なんだクソ、その通りだ。
俺は口を尖らせ、ライノから視線を外した。
「そうだな、確か半年ぐらい、だったって…… それは現実時間か。 インター・ヴァーチュアの時間で一年ぐらいじゃないか」
ブワッとプラットフォームに風が抜けた。
俺は叩きつける風を避けるように片目を掌で覆い、もう片方の目で風上の方を見た。
その先は港に停泊する船たち。さらにその先には、仮想現実が作る夜空に、強い自然現象の演算による処理干渉光がオーロラのような淡い光を放って、ふわふわとしていた。
チセと出会ってからそんなに経つのか。
そう考えたら何故か胸のあたりがチクリとするような感じがした。
あの日、リーダーが考えを変えて、ミツエ婆さんの依頼を受けた――。
【Flashback】
テキヤの事務所でのミツエ婆さんとの会合から三時間後には、俺たちアルマナックは平原地帯の北東側で依頼を果たすために、ジクサーを飛ばしていた。
ブリッジの窓の向こう、地平の果てに、HODOを抱えるメサイア・パシフィックゲートの巨大な影が霞んでいた。
キューボイド01の中央部東、グレート・フラットと呼ばれる大平原に広がる都市だ。
ゼロ・ホライズンから延びる高速転送網ネクサス・リンクの東の終端で、北東には八咫の門、南東には霊峰公司の支配領域が隣接する―― いわゆるトラフィック・ハブだ。
物も情報も人も集まる場所には、叩けば埃が出そうな連中も寄りついてくる。大航海時代の海賊の拠点、ポート・ロイヤルのような港町HODOが、交通の要所に寄生するように生まれたのも必然なのだろう。
俺はブリッジの正面を双眼鏡で覗き込みながら、グレート・フラットの草なのか苔なのかもわからない明滅するだだっ広い緑の平原を見張っていた。
左舷はライノ、右舷はケイトが担当している。
ジクサーは今、限界ギリギリの低空飛行で密売人たちの拠点となっているライナーを捜索中だ。
この世界じゃレーダーは当てにならない。ダミーデータをいくらでも作れるからだ。
結局、索敵も警戒も人力のアナログ頼りになる――。
ここが仮想空間だってのによく考えると笑える。
今、このジクサーを操艦するスミーは操舵席にハマりこんで文字通り一体になっている。
低空での索敵航行は自動じゃ間に合わないから、スミーみたいな経験を積んだ操舵手が必要なんだそうだ。
アバターはアジエが仕上げたらしいが、中身をレストアしたのはリーダーだ――。
半殺しまではオーケーってレベルに三原則を緩くした教育をしたらしい。
どんな教育だよ。
そのリーダーはキャプテンシートで読書中だ。
意外なことに、リーダーはかなりの読書家だ。
本を読むときだけかける黒縁メガネが、なぜか様になってる。
さっきチラッと表紙を見たが―― 『<こころ>の奇跡・禅・森田療法・念仏』?
リーダーの普段の荒っぽさからは想像もつかないようなタイトルだ。
操舵席に合体しているスミーが頭部を動かした。
「ご苦労さん、交代の時間だ」
スミーの野太い合成音がそう言い終わると同時に、メカニックのハキム、エスペランザ、俊の三人が入ってきた。
「ほい、お疲れさん。 代わるぜ」
俺はハキムに「よろしく」と言って双眼鏡を渡した。
ライノとケイトもそれぞれ、エスペランザとジュンと交代して、背伸びをしたり腕を伸ばしたりしていた。
「おー、お前ら」
リーダーが本を片手にメガネをとり俺たちを呼び止めた。
「お前らは、見張りはもういいぞ。 一時間交代でCFに待機だ。 悠、おまえからだ」
「了解――」
ミツエ婆さんからもらった情報の座標に来て、そろそろ三時間だ。
移動していると考えてもそろそろという頃合いだ。
「じゃ、ヨロー」
「お先に。 コーヒー淹れとくぜ」
そう言って、ケイトとライノは食堂の方へ引っ込んでいった。




