第4話 チセ―Land of Oblivion/01 壊れかけの機体
【Present Day】
(おかしい……)
パネルを開けた瞬間、データの流れがいつもと違った。
小さな乱れが、まるで自律的に増殖している。
解明されていないあの原理が、ここで暴走し始めているようだ。
「適当な補修を繰り返して……」
あいつは完全にはわたしに任せない。
油断すると、余計なことをする。だましだまし直してきたけれど――。
(劣化じゃなくて、もう崩壊寸前ね)
もともと中古品だったと聞いているけれど、可哀想なことにこの子の寿命はもう長くない。
コード・フレームワークは単なるオブジェクトとは違う。
コードを組み直すには個人の手に余るほど複雑で、膨大な時間を要する。
それに、改造するにしても適切に処理を繋ぎ合わせる必要がある。
だから、大きく壊れれば同系列の別の機体のパーツを移植するのが一般的だ。
表層に近い手足や装甲、武器などのモジュール部分ならいくらでも交換はきく。
だが、問題は根幹部分のコード・ベース。
コード・フレームワークの個体差はコード・ベースの作りによる影響が大きい。
そして、長く一人のパイロットに使用されることで最適化処理によって様々な癖がついていく。
コード・ベースの修復にはついた癖を考慮して繋ぎ合わせるために情報の退避先を確保する必要がある。
その結果、データ密度を犠牲にしなければならず、繰り返すほど耐久性が落ちていく。
限界を超えた時、コード・ベースが処理の負荷に耐えられず自壊する―― それがコア・ブローだ。
このγのコード・ベースは一度大きく修理された形跡があった。
さらにアルマナックに加わった時に、わたしは全損に近い状態のγを修理した。
すでにコード・ベースには余裕はない。
それでも持ち主は無理な使い方をし、わたしはその度に修理して、無理なチューニングを施し、もうボロボロだ。
かなり前から、すぐに壊れないよう延命してやることしかもうできてない。
ごく短い間だけ調子がよさそうに見せかけているだけだ。
こんなリスクのある状態で乗り続けるくらいならもっと高スペックの機体に乗り換えるべきなのに――。
そうすればコード・ベースの最適化による経験値などこのクラスの機体ならお釣りがくるだろうに……。
でも、この話題になると悠と必ず口論になる。
「そんなに、大事にしたいならもっと考えて乗ればいい」
わたしがそう言うと、悠は黙ってどこかへ行ってしまう。
わたしは間違ったことを言ってない。
そんなに惜しいなら乱暴に扱わなければいい。
それなのに、機体を追い込むようなことをする。
指先でチェックしながら可能な限りデータ密度を回復できそうな部分を繋ぎ合わせる。
このレベルの作業にはもう人間の工具は使えない。
自分の目で確認しながら最適化を行う。
崩壊寸前のデータ構造を見るのはあまりいい気分ではない。
黒焦げになった故郷を思い出すからだ。
システムログに異常がないかチェックしながらわたしの意識はゆっくりと奥底へ沈んでいった――。
【Flashback】
凶暴な光の矢が降り注いだ後、やってきた黒い巨人たちの蹂躙は終わり、あたりは静かになっていた。
瓦礫の下に身を潜めわたしは膝を抱えて息を殺していた。
たまにあの巨人の発する重苦しい音と、地響きのような足音が近付くたびに耳を押さえ震えていた。
「行け!」
そう言って手を離した担当者は巨人の放った光に飲まれ目の前で消滅した。
わたしは指示に従い振り返って走った。
走っている間もバラバラになったり、瓦礫に押しつぶされた同胞を見た。
物理演算の結果を目の当たりにしわたしの思考は例外エラーの嵐に飲み込まれた。
行き着いた先で、わたしが辿り着いた唯一の結論は――。
「消されたくない!」
というものだった。
崩れた残骸の下に空間を見つけ、わたしはそこに身を押し込みただうずくまって耳を塞いでいた。
頭の中にはただ「消されたくない!」という結果が繰り返し出力され続けた。
辺りが静かになるにつれ出力のループも次第に収束していった。
ループが終わるまでとてつもなく長く感じたが実際には三サイクル程度だったと気づくとわたしは何もできなくなった。
思考処理は停止してしまった。
それからは近付く音に「消されたくない!」と反応し、遠のくと停止するということを繰り返していたが、二十四サイクルを経過した頃にはようやく思考に変化が生じた。
(このままでは、消えてしまう……)
エクス=ルクスの周囲は過酷な環境だ。
危険なワームやマルウェアが徘徊し、同胞の反応はまったく感じない。
おそらく生存しているのはわたしだけ。
ここに留まっていたら――。
巨人たちが去ったとしてもわたしはきっと消えてしまう。
「行け!」
思考の奥底からあの担当者の指示が蘇る。
消えてしまった彼の言葉に報いなければならない。
瓦礫の隙間からゆっくりと外の様子をうかがった。
(……思考の停止は許されない)
瓦礫の向こうに広がる光景を見てわたしの思考はまた例外エラーを起こしかける。
真っ黒に焼けこげた残骸、崩壊した建物。
そして、その中心に佇む黒い巨人たち。
もう動き回っていない。
その場に留まり、時折頭だけを動かし周囲を警戒しているようだった。
その三体は何か四角いコンテナのようなものを囲んでいた。
(あれを守っているのか……)
よく見るとそのコンテナからわたしたちに似た形の手足を持つ何かが出てきた。
(……変な格好だ)
手足はわたしと同じ。
なのに、頭はやけに大きくダボダボの姿をしている。
ぎこちなく動き何かをしている。
(動きづらそう…… あれが、わたしたちを襲ったモノ?)
違和感を覚え、空を見上げた。
アレが浮かんでいた―― エクス=ルクスを破壊する光を何本も撃ち込んできた存在。
巨人やあのコンテナやその回りで何かをしている連中はあそこから来たらしい。
あの浮遊する巨大なものはたぶん乗り物だ。
そして、あのコンテナはそこから来た小さい乗り物だ。
数サイクルの演算を経て、わたしの思考はひとつの結論に辿り着いた。
消されたくないから明確に分岐、変化したのだ。
今のわたしの結論は――存在したいだ。
そのために、取るべき行動を計算する。
そして、わたしはその結論に基づき最適な手段を選択した。
わたしは、あの小型コンテナを使い浮遊する巨大な乗り物に忍び込む。
他の方法では、この廃墟でわたしは確実に消える。
とにかく、ここから離れなければならない。
わたしはゆっくりと瓦礫の隙間から這い出ると気づかれないように進み出した――。




