第3話 九能 悠の時間―長い友との始まりに/05 行かずにはいられない
「男子は元気だよね。 命あってのモノダネでしょ、うちは強制排出なんてごめんだし」
ケイトは髪をかきあげながらそう言って気だるげに伸びをした。
これもまた正しい。
オカルトを追いかけ人生詰むというのもいかがなものかという話だ。
「ヘイッ! お疲れー」
ハンガーのタラップからママ・アジエが軽い口調で声をかけてきた。
「あれだけ派手にやった割には、機体は綺麗じゃん。 上出来、上出来」
アジエは満足そうに笑っていたが、その表情はすぐにニヤリとしたものに変わった。
「でさ、いい話と悪い話があるんだけど、おまえらどっちから聞きたい?」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
ケイトとライノは明らかに嫌そうな顔だ。
新入りの俺にはまだよく流れがわからない。
「……じゃあ悪い方から頼んますわ」
代表してライノがうんざりした口調で返した。
「はいよ。 じゃあまず今日の収穫だけど、金目になるモンはゼロでしたー」
「えぇー、またかよ……」
ケイトがため息まじりにぼやき、胡座のまま不機嫌そうに頬杖をついた。
正直俺も呆れた。
あれだけ派手なドンパチを繰り広げ、命懸けで逃げた挙句に成果ゼロとは……。
「ちょっとママ、そりゃないんじゃね…… って、うわっ! あっぶね!」
文句を言おうとしたライノの頭を、アジエが放り投げた工具が掠めた。
「ママ言うんじゃねぇって、何回言わせんだ!」
ライノが慌てて頭を下げるのを横目にアジエは続けた。
「まあ、バシは喜んでるけどな。 お宝じゃないが、手がかりは掴めたみたいだよ」
ライノがピンときたように頭を上げる。
「おお、それなら話が違いますねぇ」
手がかり? あのプライマル・フォーの話なのか?
俺はとっさに口を挟んだ。
「つまり、まだ次があるってことか?」
アジエが興味深そうに俺の方を向き、ニヤッと口元を歪めた。
「あら、新入りの悠だったか? 意外に察しがいいじゃん。 やる気があってよろしい」
アジエは満足げに腕を組むと、大げさに肩をすくめた。
「でも、その『次』に行く金がないんだよね。 すっからかんのスッテンテンよ」
「……なんですと?」
あまりに堂々としたカミングアウトに、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「つーわけで、ここからが『いい話』だ。 おまえら喜べ、HODOに戻ったらちゃんと儲けの出るお仕事が待ってるからね」
「いや、全然よくねーし!」
ライノが露骨にがっくり肩を落とす。
「帰っていきなり労働とかマジ勘弁してほしいんだけどー!」
ケイトも不満たっぷりだ。
アジエはそんな文句を気にもせず、手をパシパシ叩いて俺たちを追い立てた。
「はいはい、貧乏暇なしってね! 汗水垂らしてしっかり稼ぐ! CFはあたしらが面倒見るから、おまえらさっさと滝沢先生にチェックしてもらいな。 はい、行った行った!」
いつの間にか集まっていたメカニックたちにCFハンガーを追い出されるように押し出され、俺たちは仕方なく滝沢先生のメディカルチェックへと向かう。
「なんつーか…… とんでもねえとこに入っちまったな」
俺は独り言のように呟き、軽くため息をついた。
それでも心のどこかでこんな無茶苦茶なギルドを嫌いになれない自分がいた。
【Present Day】
こうして俺はアルマナックの宝探しに関わるようになった。
リーダーが四体のうちどれを追っているのか―― はたまた全部か?
そのへんもいまだによくわからない。
俺とライノはHODOの喧騒を抜けて外縁部にあるライナーのドック区画へと向かった。
遠くに停泊しているオーシャンライナーの巨大な影が淡く光るデータラインに縁取られてゆっくりと揺れている。
ところどころデータが不安定なのか、発光現象による歪みやちらつきが視界の端で揺らめいていた。
リアルに見えてどこまでもデジタルだ。
この世界のそんな奇妙な冷たさがなぜか俺は好きだった。
「ほいよ、ブラックね」
ライノがコーヒー缶を投げてきた。
キャッチするとアイスの缶コーヒーがひんやりと手の中に収まった。
蓋を開け一口啜る。
ライノはやけに甘ったるそうなカフェオレを喉に流し込んでいる。
俺たちはジクサーが停泊している階層へ降りるための貨物エレベーターを待っていた。
HODOではこの貨物エレベーターが七つの階層を結ぶ住人の公共交通機関のようなものだった。
第1セクター直下の階層から最下層のドック区画までを一時間おきに往復する。
柱に取り付けられたニキシー管時計を見上げると次の到着まではあと十五分ほどだった。
「確かに最近、近づいてる気がするよな……」
俺は口に含んだコーヒーの苦味を飲み込み、静かに呟いた。
「ああ。 ここ半年くらいの宝探しは、毎回プライベティアとやり合ってるし、V5の正規軍との遭遇率も異常だよな」
ライノは指を折りながらCFの名前を挙げ始めた。
それはV5で正式配備されている機体のものだ。
「エンフィールド、アチャラ、豪爵二型、それにハマー…… 見てないのはPROMETHEXのヴェラゲーラぐらいか」
そう言ってライノは肩をすくめた。
「よくもまぁ―― ホント、これだけ正規軍に絡まれてよく生きてるよな」
「まあな」
俺はコーヒーを一口飲み干した。
「でもさ、腕が上がったってより、慣れちゃっただけだよな」
「アウトローとしてね」
ライノがにやりと笑う。
「V5の連中、遭遇したら即攻撃だしよ。 逮捕なんてしねーし、消えるまで撃ってくるだけだ」
「そりゃ、テリトリーの外じゃ、正義も秩序も関係ねぇし。 自己責任でお願いしますってーー。 結局は、力だけだしな」
俺は缶コーヒーを握りしめた。
「今じゃ、逃げ切れればいい。そう思うようになっちゃったわ。 最初は怖かったけどな。 気づけば、ただの確信犯だ」
ライノが遠くを見つめる。
「最初からこんなだったかねぇ? それともリーダーの影響か……。 どっちだろうな」
「なあ、ライノ」
俺はふと、ぼんやりした口調で問いかけた。
「なんだよ」
「例のCFだけどさ、本当にあったとしたら……」
そこで言葉を切った。
自分でも何を言おうとしたのかわからなかった。
「手に入ったら入ったで、どうするんだろな。 まあ、飾っておくなんてことでも無いだろうしな」
ライノは悪戯っぽく笑い、目を細めて遠くを見つめた。
「なんにせよリーダー次第だ――」
俺は缶コーヒーをもう一口含み、遠くに広がる仮想の海原を見ながら、言葉にならない不安と微かな期待を胸に抱いていた。
しばらくすると足元の振動と共に巨大なプラットフォームが迫り上がり、停止した。
俺たちは吹きっさらしのだだっ広い鉄板の上に移動した。
CFが数機は乗せられる大きさだが、こんな時間では誰もいない。
(もしプライマル・フォーを手に入れたら、それをどうするんだろうか。 リーダーはその力を使って何をしようとしているのか?)
心の中でそんな考えがグルグルと巡っていた。
俺たちは無言で残りのコーヒーを啜りながらエレベーターが動き出すのを待った。
「リーダーって、何考えてるんだろうな」
俺は呟くように言った。コーヒー缶の冷たさが掌に染みる。
「ギルド作って、宝探しして…… で、プライマル・フォーを探してる」
一呼吸置いて、続ける。言葉に重みを込める。
「あの人、顔も名前も覚えないんだよな。興味ないやつは」
ライノがコーヒー缶を揺らす。中の液体がチャプチャプと音を立てる。
「石ころみたいで、邪魔なら踏み潰しそうな感じだよな。あの人は」
俺は黙って聞いていた。港の風が頬を冷やす。
ライノがまた口を開く。声にいつもの軽薄さはなく、少し迷いがある。
「でもさ、困ってたら助けるし、頼まれたらやるんだ。お人好しってやつかもな」
俺はため息をついた。自分のコーヒーを一口啜る。
「ママ・アジエがまとめてる。あの人の癖を利用してるんだ」
言葉が途切れがちになる。自分でも何を言っているのかわからなくなりそうだ。
「なんで伝説のCFを追ってるんだろうな。 それに、手に入れて、何するつもりなんだ」
ライノはしばらく黙っていた。遠くのオーシャンライナーの灯りがゆらめいている。
「あの人さ…… 矛盾してるよな」
また沈黙が流れる。エレベーターの微かな振動が足元から伝わってくる。
「石ころみたいに扱うくせに、困ってたら助ける。 ギルド作るくせに、伝説のCFなんて追いかけてる」
ライノはコーヒー缶を握りしめた。金属が軋む音がする。
「ピースがはまらない……って感じだ。わけわかんねえ」
そして、かすかに笑った。いつもの軽薄さとは違う、どこか諦めに似た笑みだ。
「でもさ、強くなったし、戦えるようにしてくれた。 そういう意味じゃ、楽しいじゃん」
次の宝探しはパンドラ・グローブ。
メサイアのセキュリティアーミーや、雇われギルドが駐屯する危険地帯だ。
また命懸けの逃走劇が待っているのだろう。
それでも、なぜか行かずにはいられない。
俺は、まだ半分近く残っている缶コーヒーを啜り、ライノの方を見た。




