第24話 それぞれの勝ち方
ネラの踏み込もうとした場所に、小さな火が浮いた。
「熾珠」
イルマは杖を向けたまま、左手の短い木剣を引いた。ネラが横へ足を移すと、赤い球が弾ける。熱を避けて跳んだ先へ、木剣の先端が伸びた。
胴当てを叩く音がして、ネラが止まった。
「そこまで」
脇で見ていたダリウスが片手を上げた。イルマが杖を下ろすと、もう一つ浮かんでいた火も消える。
「あと少しだったのに」
「その『あと少し』を近づかせたくないんだってば」
イルマが笑い、ネラへ水筒を渡した。マシュウは場外から近づき、火が浮いていた場所を見た。
「あれ、触らなくても弾けるのか?」
「弾けさせたの。置いておくのにも魔力を使うから、いつまでも待ってはいられないけどね」
ネラは水を飲み、濡れた口元を拭った。次に向ける杖の先は、イルマの胸より少し高い。
「もう一回。今度は、そっちにも避けてもらうから」
始めの合図とともに、風燕が走った。
イルマが肩を引く。その足が下がる間に、ネラは火の浮かんでいない側へ踏み込んだ。杖と木剣がぶつかり、イルマが笑うのをやめて手元へ目を戻す。
ネラは撃った風を見送っていなかった。次に来る木剣を見ながら足を動かし、イルマの脇へ回ろうとしている。
マシュウが思わず身を乗り出すと、横から袖を引かれた。
「こちらも、相手を頼みたいんだが」
フェリクスが立っていた。左の前腕へ、薄い石の板が何枚も重なっている。肘を曲げた途端、一枚が外れて足元へ落ちた。
「……まだ、形が崩れる」
「固めすぎなんだよ」
そばのグレンが屈み、落ちた石を拾った。
「手首まで一緒に巻いたら、杖を握り直せないだろう。必要なところだけでいいんだ」
フェリクスは口を結び、もう一度左腕へ杖を向けた。
「岩装」
足元の土が集まり、前腕の外側を覆った。今度は手首が出ている。指を開いたり閉じたりしてから、マシュウへ腕を見せた。
「木剣で打ってくれ。最初は、ゆっくりだ」
借りた木剣を軽く振ると、フェリクスは石で覆った腕を上げた。木と石が鳴り、表面が少し欠ける。その下の腕は動かなかった。
「もう少し速く」
次は肩の位置を見てから打った。フェリクスが防ぐ腕をずらし、木剣を外へ流す。同時に、右手の杖がマシュウの腹へ触れた。
「今のは、どうだ?」
「入った。でも、腕は下げるなよ」
答えながら木剣を返すと、フェリクスは慌てて受けた。石の縁が割れ、足元へ落ちる。
「君に感想を求めると、これだ」
「聞かれたから答えたんだろ」
グレンが笑った。フェリクスも一度息を吐き、地面の石を脇へ寄せる。
「もう一本、頼む」
*
それから、ひと月余りが過ぎた。
夕方の実技場には、授業が終わっても生徒が残るようになった。的を立てる場所が足りず、二人ずつ交代する日もある。片づけの鐘が鳴ると、今度は翌日の順番を決める声が上がった。
ネラは一本の風を二つに分ける練習を始めた。
「群牙!」
左右へ走った風が、吊るした二枚の板を揺らす。片方には切り込みが入り、もう片方は、ただ大きく振れただけだった。ネラは杖を下ろさず、二つの跡を見比べた。
「同じくらいにしたつもりなんだけどなあ」
マシュウは揺れる板を押さえた。見事に切れた方だけを見る気にはならなかった。二つとも、避けようとする相手の行き先へ届く位置にある。
「そっちも当たってる。もう一回やってみろよ」
隣では、フェリクスが石をまとわせた腕でグレンの杖を受けていた。防いだあとも足を止めず、短く杖を返す。グレンも簡単には打たれず、足元の土を盛って二人の間へ段差を作った。
マシュウも、相手を替えながら拳と蹴りを繰り返した。
灼嵐の連打を途中で止め、低い蹴りからもう一度拳へ戻す。火を灯すのは、打ち込む直前だけだ。腕へまとわせたままでいると、長く戦う前に魔力が減ってしまう。
右拳を引くときには、脇が開きやすい。身体が疲れてくると、蹴りのあとに前足が残る。ダリウスにもロルフにも、そこを狙われた。
打たれた場所を帰り道に確かめ、翌日は同じところへ腕を戻す。うまく返せた日は、食堂で話すことが一つ増えた。
救った女性の傷も、回復したと聞いた。保護は続いている。襲撃を頼んだ者については、まだ知らせがなかった。
学期末が近づくと、校舎の窓に大会の旗が掛かった。
マシュウは薪を積んだ籠を持ったまま足を止めた。高い窓から垂れた布には、昇星戦の文字が縫い込まれている。
入学したばかりの頃、黒板へ写されたあの予定が、もう来週に迫っていた。
*
「今回は、学年ごとの個人戦だ」
ダリウスが説明を始めると、教室の話し声が止まった。
「対戦は抽選で決める。武器と魔法、格闘の併用を認める。勝敗は降参、場外、または審判の続行不能の判断で決する。五分で決着しなければ、三名の審判による判定だ」
マシュウは手元へ書き留めた。五分なら、最初から力を出し切る相手もいるだろう。使う魔法を選べるだけの余裕は残しておきたかった。
「審判の制止には即座に従え。相手が止まってから打った一撃で、昇級を逃すこともあるぞ」
教員が、掲示板へ出場申込の用紙を留めた。
「大会の戦績は昇級の審査へ加える。今までの授業で見せなかった力も、ここで見せてみろ」
授業が終わると、何人もの生徒が前へ集まった。ネラも椅子を引き、フェリクスは教本をしまうより先に筆を取った。
「二人とも出るんだな」
マシュウが言うと、ネラが振り返った。
「そのために練習してたんでしょ。マシュウと当たるかもしれないけど」
「私も、同じ組になったからといって譲る気はない」
フェリクスが筆先を確かめながら言った。
「あれだけ魔法を見せてもらったからな。やり方は考えてある」
「私たちの魔法も、全部見てたくせに」
「そっちが先に教えろって言ったんだろ」
マシュウが笑うと、ネラは前を向き直り、自分の名前を書き込んだ。その次にフェリクスが続き、最後にマシュウが筆を受け取る。
三つの名前は、同じ班の欄には収まらなかった。それぞれ別の番号が振られ、受付の教員が一人ずつ確かめていく。
昼休みに会ったエリオも、出場の申し込みを済ませていた。
「僕も、Cに上がりたいから」
彼は少し緊張した顔で言った。
「足の練習は続けてるよ。近づかれても、すぐに後ろへ倒れたりはしなくなった」
「そっか。じゃあ、お前とやるときも気を抜けねえな」
エリオは頷いてから、困ったように笑った。
「できれば、最初は別の人がいいけどね」
*
大会の前日、最後の実習はいつもより早く終わった。
片づけを済ませた三人が競技場の前を通ると、大きな扉が開いていた。中では係員が客席を拭き、試合場の外周へ新しい白線を引いている。
教員に声をかけ、入口から少しだけ中を見せてもらった。
「こんなに、人が入るんだ」
ネラが観客席を見上げた。段々に並んだ席の一番上には、屋根を支える柱がある。声を出せば、向こうまで届きそうだった。
フェリクスは座席よりも、白線の内側を見ていた。
「明日は、あそこから始めるのか」
マシュウも試合場へ目を向けた。真ん中に立てば、前にも後ろにも足を運べる。小屋の戸口も、守らなければならない荷もない。その広さを確かめるように、靴の中で足の指を動かした。
「マシュウ」
ネラに呼ばれて振り向くと、彼女は笑わずにこちらを見ていた。
「当たったら、勝ちにいくからね」
マシュウは一度だけ頷いた。隣のフェリクスへも目を向ける。
「俺も、そのつもりだ」
用具を運ぶ係員が来たので、三人は入口を空けた。背後で大きな扉が閉まり、客席の音が遠くなる。
マシュウは扉を振り返った。明日、名前を呼ばれてあの中へ入るときには、もう二人は隣を歩いていない。
閉じた拳をゆっくり開き、待っていた仲間たちの方へ向き直った。




