第17話 突然の襲撃
「今の、見てた?」
ネラが振り返ったときには、切り飛ばされた葦の葉が、まだ宙を舞っていた。練習場に立てた束の上半分が傾き、遅れて砂へ落ちる。
「見てた。前よりまとまってるな」
「でしょ。もう一回!」
ネラは杖を握り直し、隣の束へ向けた。
「風燕!」
薄い風の刃が走り、今度は束の端だけを削った。ネラが悔しそうに口を曲げると、マシュウは立っている位置を指した。
「さっきより遠いぞ」
「わかってる。どこまで切れるか試してるの」
果樹園の仕事から四日、ネラは放課後の練習に、この魔法を加えていた。鎧猪の話になると、次は自分も一発当てるのだと言う。
隣ではフェリクスが、地面へ杖の先を下ろした。
「礫雨」
足元の小石が浮き、続けざまに木の的を叩いた。五つのうち四つが当たり、一つは的の下を抜けて土手へ埋まる。マシュウが近づくと、板には親指の入る穴が空いていた。
「これ、動いてる相手にも撃てるか?」
「だから練習している。明日は的を動かしてくれ」
「私が風で揺らそうか」
「昨日のように倒さなければな」
言い返そうとしたネラの背後で、ダリウスが手を叩いた。
「そこまで。出発前に魔力を使い切るなよ」
フェリクスが的を片づけている間に、ネラは切れた葦を拾い集めた。どちらが先に動く的へ当てるかで、また言い合いが始まる。マシュウは二人にせかされて、明日の練習でも審判をする約束をした。
*
その日の校外実習は、街道沿いの採取場を回り、指定された薬草を持ち帰る課題だった。
ダリウスから渡された図を見ながら、フェリクスが道の分岐を確かめる。ネラは道端に似た葉を見つけるたびにしゃがみ、違ったと言って立ち上がった。
「食べられるやつは見つかるんだけどなあ」
「腹が減っているから、そういうものばかり目に入るんだろう」
「フェリクスだって、今朝のおかわり早かったじゃない」
先頭を歩いていたダリウスまで、肩を小さく揺らした。マシュウも笑いながら水袋を傾ける。木々の向こうから川の音が聞こえ、街道の先では、荷車を引く馬がゆっくり坂を下ってきた。
「あの橋の手前で、右だよね?」
ネラが指したところで、藪が大きく揺れた。
女性が一人、道へ転がるように飛び出してきた。ほどけた茶色の髪に枯れ葉が絡み、外套の脇が赤黒く濡れている。こちらを見た彼女は何か言おうとし、足をもつれさせた。
その肩の向こうに、白い光が見えた。
「伏せろ!」
叫ぶより早く、ネラが女性の腕を引いていた。二人が道端へ倒れ込んだ直後、氷の槍が街道へ突き立ち、砕けた石がマシュウの頬を打った。
馬が棹立ちになった。御者が荷台から落ち、縄で括られた樽が一つ、道へ転がる。ダリウスが手綱を掴み、倒れた御者から馬を引き離した。
マシュウは女性たちへ走った。二本目の氷槍が木々の間を抜け、身を起こしかけたネラへ向かってくる。
「土盾!」
フェリクスの杖先で地面が持ち上がった。斜めにせり出した土の面へ氷が食い込み、盾の上半分を削り飛ばす。ネラは女性を抱え直し、残った土の陰へ身を寄せた。
藪から男が飛び出してきた。抜いた短剣は低く構えられ、その目は、倒れた女性だけを追っていた。
マシュウは進路へ踏み込んだ。男の刃がすぐにこちらへ向きを変え、腹へ伸びる。半身になって外したつもりが、袖の内側を冷たいものが走った。
左腕に血がにじむ。男は刃を引かず、そのまま横へ裂こうとした。
制服を見ても、刃先は鈍らなかった。昔、街道で商隊を襲った連中にも、こんな目をした男がいた。話して止まる相手かどうかを、仲間の前で試す余裕はない。
マシュウは相手の手首へ左手を当て、肘を畳みながら外へ押した。踏み込んだ右足へ体重を乗せ、空いた手で胸を打つ。硬い革の感触に、男の身体がわずかに退いた。
「灼嵐!」
引き戻す拳と入れ替わりに、左拳が赤く走った。男が前腕で受けたところへ、次の右を脇腹へ打ち込む。接触のたびに短い炎が弾け、焦げた革の匂いが立った。
男が三発目を避けようと腰を引いたところで、マシュウは相手の前脚を低く蹴った。足の運びが乱れ、男が大きく後退した隙に、女性との間へ身体を戻す。
短剣を持つ手が、握り直された。男はこちらの足と拳を順に見て、構えを上げた。
「マシュウ、左!」
フェリクスの声に身を沈めると、頭上を矢が抜けた。向かいの斜面に、弩を構えた別の男がいる。
「礫雨!」
フェリクスの放った小石が斜面へ飛んだ。弩を持つ男が木の後ろへ引っ込み、幹へ当たった石が乾いた音を立てる。そのうち一つは腕を打ったらしく、短い呻きが聞こえた。
フェリクスはもう、次の小石を浮かせていた。二つがぶつかって落ちたが、残った三つは杖の横へ並ぶ。短く息を吸い直し、木の陰へ狙いをつけた。
「今のうちに動かせ! ここからでは、両側を防げない!」
ネラが頷き、女性の腕を自分の肩へ回した。
「立てる? ゆっくりでいいから」
「あなたたちまで……」
「話はあと。足、動かして」
ネラの指が外套の下へ触れ、血に濡れた。女性は自分で布を傷へ押し当て、空いた手をネラの肩へ回し直す。
「ここは、私が押さえるから」
声は掠れていたが、差し出された肩にしがみつくだけではなかった。膝を伸ばし、ネラに合わせて足を出そうとしている。
女性が歯を食いしばって立った。マシュウが二人の前へ出ようとした途端、街道の中央へ氷の柱が突き上がる。荷車の車輪が持ち上げられ、傾いた荷台の下で御者が悲鳴を上げた。
ダリウスが御者の襟首を掴み、転がった樽の陰へ引きずり込む。直後、荷台が落ちて砕けた。教員は剣を抜き、路上を走る白い霜の筋へ目を向けた。
「立てるか! そこの溝へ入れ、頭を出すな!」
御者が這って動きだすのを確かめてから、ダリウスは三人の方へ半歩寄った。次の氷槍を剣の腹で斜めに叩き、道の外へ落とす。
道の上手に、長い杖を持った男が立っていた。鼻から下を布で覆い、その足元から霜が広がっている。
「三人とも、橋へ下がれ! 番小屋の衛兵を呼べ!」
ダリウスは叫ぶと同時に、杖の男へ向かって走った。突き上がる氷を横へかわし、相手が杖を振り直す前に剣を届かせる。男が後退し、二人の間で砕けた氷が散った。
短剣の男が、マシュウの脇を抜けようと動いた。
「風燕!」
ネラの杖から風の刃が飛んだ。男は顔を引いて避けたが、上げた腕に細い血の筋が走り、すぐ後ろの枝が落ちた。自分へ杖を向けたネラを見て、舌打ちする。
ネラの唇は白くなっていた。それでも杖先は下がらず、女性を支えた足を、一歩ずつ橋へ向けて動かしている。
マシュウはその横へ並んだ。
「俺が後ろを見る。フェリクス、先を頼む」
「わかった!」
橋までは、道を一度曲がるだけだった。女性の息が耳元で途切れ、ネラの肩が重みに下がる。マシュウは女性の腰を左腕で支え、振り向きながら足を速めた。
さっきまで薬草の絵を覗き合っていた道に、血のついた靴跡が続いていく。追ってくる短剣の男は、まだ間合いの外にいた。斜面の弩も見失っていない。飛び出されれば、女性をネラへ預けて受ける。
フェリクスが携帯していた笛を吹いた。出発前に教わった、救援を求める短い合図が三度、川音に重なる。返事は聞こえなかった。彼は走りながら、もう一度吹いた。
「マシュウ」
先を走ったフェリクスが止まった。
曲がり角の向こうに石橋が見えた。渡った先には番小屋があり、その扉も開いている。
けれど、橋の手前に一人、男が立っていた。街道を走ってくる三人へ目を向け、腰の剣を静かに抜く。
マシュウは女性をネラへ預け直した。背後からは、短剣の男の足音が近づいていた。




