第15話 Eクラス、到着
「マシュウ! こっち、あと少しだ!」
坂の上からエリオの声が届いた。一つ前の組で出発していたDクラスの友人が、到着線の外で両手を振っている。周りの生徒もこちらへ顔を向け、その視線がAクラスの荷車との間を行き来した。
「追ってるの、Eの班か?」
「ファルニールだ。でも、ほかの二人まで……」
マシュウは荷台を押しながら、坂の曲がり方を確かめた。Aクラスは外側の広い道を上っている。長身の少年が持ち手を引き、三つ編みの少女が後ろから風を送っていた。その後方でレティシアが足を緩め、こちらへ杖を向ける。
「水穿槍!」
水が低く走り、先頭を歩くネラの足元へ迫った。マシュウは前へ出ながら火炎弾を撃ち、水の先端で弾けさせた。勢いの弱まった流れが足の横を抜けたが、湿った地面へ車輪が食い込み、荷台が一度大きく揺れた。
「内側へ行けるか?」
「フェリクスが道を作ってくれれば!」
ネラの声を受け、フェリクスが地図を見ずに頷いた。練習で何度も確かめた浅い溝へ走り、杖を構える。
マシュウは荷台から手を放した。レティシアがその動きを見て、杖先をこちらへ戻す。仲間の二人は止まらず、自分たちの荷車を前へ進めていた。
「Bクラスを抜けてくるの、早かったわね」
「待っててくれてもよかったんだぞ」
「私たちも、三人で勝ちたいの」
レティシアの声に、マシュウは笑って地面を蹴った。彼女が杖を振り、二本の水が高さを変えて伸びる。胸の一撃を上体を倒して外し、足元への一本を跨いだところで、木の柄が横から迫った。
前腕で受けると、さっきロルフに打たれた肩まで痛んだ。マシュウは押し合わず、左手を杖へ沿わせて流し、その内側へ踏み込む。レティシアが距離を取ろうと下がったところで、背後から土の崩れる音がした。
「低く……広く……!」
フェリクスは溝へ斜めの土盾を作っていた。高く持ち上げず、地面へ繋ぐように固めていく。ネラが車輪の位置を合わせ、持ち手を内側へ引いた。
レティシアがそちらへ杖を向けかけた。マシュウは左拳で柄を押さえ、右を低く構える。彼女は天穿を警戒し、杖を斜めに立て直した。そこで拳を出さずに脚を横から払うと、杖の下端が蹴りを受け、荷車を狙う先端が外へ流れた。
「通るよ、フェリクス!」
ネラが声を上げ、荷車が土の坂へ乗った。片輪が溝を越え、次の車輪が中央を踏むと、土の表面へ細い亀裂が走る。フェリクスは杖を引かず、足元を踏みしめて形を支えた。
車輪が反対側の地面へ落ち、荷台が水平に戻った。外側を回るAクラスの荷車と、ほとんど横に並んでいる。
「道を作ったのか、あいつ!」
到着線のそばから声が上がった。フェリクスが顔を上げるより先に、ネラが空いた持ち手の横を指す。
「見てないで、押して!」
マシュウは二人の足音を聞き、右拳の前に火を灯した。レティシアが胴を守るように杖を横へ構える。その瞬間に腰を横へ開き、マシュウは拳の火を消して、引きつけた右足の裏へ魔力を回した。
「砕星!」
横向きに蹴り出した足が、杖の中央を捉えた。直線に伸びる脚と炎の衝撃に押され、レティシアが半歩下がる。マシュウは足を引き戻しながら反対側へ重心を移し、押し寄せる水壁に肩をかすめられながら横へ抜けた。追撃をこらえて彼女から離れ、荷車へ身体を向ける。
その先を、ネラたちの荷車が進んでいた。マシュウは三歩で追いつき、荷台へ両手をかける。
「前、空いてるな?」
「空いてる。曲げるなら私が言う!」
ネラの返事に合わせ、マシュウは腰を落として押した。重い車輪が砂利を噛み、後ろ足を蹴るたびに、腕へ返る抵抗が少しずつ軽くなる。箱を締めた縄は動かず、前へ出た荷車をネラが真っすぐ導いた。
Aクラスの少年がこちらを見て、引く足を速めた。三つ編みの少女も風を強くし、二台の車輪が並んで坂を上る。
「フェリクス、後ろを頼む!」
マシュウが呼ぶと、すぐ横を走っていた少年が顔を向けた。Aクラスの荷車を追うレティシアが、こちらの進路へ杖を向けている。
「水穿槍!」
丸い先端の水が、ネラの行く手を狙って走った。マシュウが手を離せば防げるかもしれない。だが、その瞬間に荷車の速度が落ちる。腕へ力を込めたまま前を見ると、ネラが振り返り、短い風を横から吹かせた。
水を止めるほどの力はなかった。軌道がわずかにずれた先へ、フェリクスが低い土盾を持ち上げる。
水がぶつかり、盾が砕けた。泥と飛沫が制服へ降りかかり、フェリクスが片腕で顔を守った。それでも、水流の先は地面へ落ち、ネラの足へ届かなかった。
「走れ、フェリクス!」
マシュウが叫ぶと、土を支えるために止まった足が動き出した。到着線が目の前へ迫り、先に荷車の前輪が越える。ネラが持ち手を高く上げて進路を保ち、マシュウも最後の一歩を踏み込んだ。
すぐ後ろへ伸びてきたフェリクスの手を掴み、自分の身体をひねって前へ引く。よろめいた靴が線を越えた直後、隣でAクラスの車輪が白い土を踏んだ。
「Eクラス班、全員到着。三箱、破損なし!」
審判の声を聞き、マシュウはようやく手を放した。ネラが荷車を止める間にダリウスが到着線へ歩み寄り、三人を見て片手を上げる。
「勝利班、マシュウ・ファルニール、ネラ、フェリクス・ローデン!」
エリオの叫び声が、周りのざわめきを突き抜けた。Eが勝った、と別の誰かが繰り返し、まだ到着線を見ていた生徒まで立ち上がる。
「AとBを相手に、本当に一番で来たぞ!」
ネラは両手を持ち手から離し、こちらを見た。マシュウが頷くと、その顔がくしゃりと崩れた。
「勝った……私たちで、勝ったんだ!」
飛びつくように腕を掴まれ、マシュウは笑って踏ん張った。隣ではフェリクスが泥だらけの手を見つめていたが、ネラに袖を引かれると、我慢していた息を一気に吐いた。
「聞こえた。私の名前まで、ちゃんと……」
マシュウはその肩を叩いた。班を選ぶとき、もっと戦える相手と組めたのではないかと言っていた少年の顔に、今は自分で勝った者の笑みがあった。
少し遅れて、レティシアが近づいてきた。彼女の仲間もすぐ後ろに立ち、土で作られた坂のほうを振り返っている。
「あの内側を通ることまで、考えていたのね」
「道を見つけたのは二人だ。俺は押した」
レティシアの目がネラとフェリクスへ向いた。
「最後の水も、防がれました。あなた一人を見ていたら、もっと早く負けていたわね」
悔しさの残る声だった。ネラが少し照れ、フェリクスは背筋を伸ばしてから、自分の袖が泥で固まっていることに気づいた。
到着線の外では、見ていたEクラスの生徒が、地面へ斜めに杖を向ける真似をしていた。こちらに気づいて、フェリクスへ今の作り方を教えてくれと声をかける。フェリクスは戸惑ったように瞬きしてから、まず低く作るんだ、と答えた。その声を聞いて、マシュウはネラと顔を見合わせて笑った。
ダリウスが三人へ、校外実習の日程は後日渡すと告げた。約束された機会が、本当に自分たちのものになる。マシュウは二人の顔を見て、ようやく肩から力を抜いた。
「今日、何か食おうぜ。いつもの汁だけじゃ、足りない」
「肉。私は肉がいい」
「その前に、顔を洗え。三人とも酷いぞ」
フェリクスに言われ、ネラが彼の鼻についた泥を指した。笑った拍子にマシュウの腹が痛み、思わず胴当てへ手を添えると、今度は二人に笑われた。
到着線の外から、エリオがこちらを呼んでいた。三人は顔を見合わせ、同じ足取りで友人たちのほうへ歩き出した。




