第14話 その壁を砕く
開始の合図とともに、三台の荷車が演習林へ入った。朝の冷たい空気に車輪の音が重なり、木々の間へ生徒たちの声が散っていく。レティシアの班は広い東の道を選び、ロルフたちは西の林道へ入った。マシュウはネラと目を合わせ、その後ろへ続いた。
「先に場所を取るつもりだな」
「この先なら、左右へ動ける。狭くなる前に確かめよう」
フェリクスが地図をしまった。ネラが持ち手を握り、マシュウは荷車より数歩先を進んだ。道端には小さな赤い旗が立ち、演習区域の境を示している。
広くなった場所へ近づくと、先行した荷車の音が消えた。マシュウは片手を上げて後ろを止め、正面の木立を見た。長杖の先が、幹の横から動いている。
「来るぞ。箱を押さえろ!」
「土壁!」
地面が震え、進路を横切るように土がせり上がった。マシュウは後ろへ跳ばず、立ち上がる壁へ向かって踏み込んだ。左手へ集めた火を、その下端へ低く放つ。
「火炎弾!」
まだ固まりきらない土の継ぎ目で炎が弾け、細かな石が散った。崩れた場所へ左足を置き、腰をひねりながら右拳の前に火を集める。立ち上がろうとする壁の薄い端へ、身体ごと打ち込んだ。
「赫牙!」
低い轟音とともに土が割れ、向こう側へ崩れ落ちた。赤い火が土煙を照らし、マシュウは砕けた隙間を抜けながら腕を下ろす。その先でグレンが杖を持ち上げたまま、目を見開いていた。
「壁を、殴って……?」
「止まるな、グレン!」
ロルフの声と一緒に木剣が横から迫った。マシュウは左腕で剣身を外へ流し、肩を寄せて押し込もうとしたが、足元に低い土の段が伸びる。足首を取られる前に踏み替えると、今度はロルフの風が胸を狙ってきた。
腕を重ねて受け流し、砕けた土壁の横へ下がる。そこからなら荷車が見えた。ネラは止めた車の向きを変え、フェリクスが残った土を避けられる幅を確かめている。
Bクラスの荷車は、少し先の側道に止まっていた。そばに立つイルマが杖を向け、二人の足元へ火矢を放つ。
「荷車へ近づけさせるな!」
ロルフの声にグレンが頷いた。マシュウを二人で押さえ、もう一人が運び手を止める。こちらの一番強いところへ、同じ人数で付き合うつもりはないのだ。
「ちゃんと考えてきたな」
「君もだろう。壁を待たずに壊しに来るとはね!」
ロルフの剣が伸びた。マシュウは腕の内側へ踏み込んだが、押し上げた足元の土が崩れ、拳を出す位置がわずかにずれる。その隙へ風が叩き込まれ、肩から枝にぶつかった。
木の葉が首元へ落ちてきた。マシュウは追撃を避けて横へ動き、グレンの杖先を見た。こちらへ向けてから、狙いを決めるまでに少し間がある。ロルフの足場まで一緒に崩すわけにはいかないからだった。
確かめるために、マシュウはロルフの左側へ回り込んだ。少年が進路を塞ぐと、グレンの杖先が止まる。二人の身体が重なって見える位置で、マシュウは左を短く当て、腰を回した。
「焔月!」
右脚の炎が横から走った。ロルフは前の試合で打たれた脇へ木剣を立て、衝撃に逆らわず下がる。だが、グレンの前を横切ったため、その杖先がまた狙いを失った。マシュウは蹴り足を戻し、二人の動きが重なる間に距離を取った。
距離が開いた途端、足元から土が突き出した。マシュウは予想していた場所を避け、ロルフが追ってくるのを待った。二人が同時に攻められる位置と、片方しか手を出せない位置がある。腕力で押し切る前に、その違いを使うつもりだった。
後ろで火の弾ける音がした。振り向くと、フェリクスの作った低い土盾に炎が当たり、表面から乾いた土が剥がれていた。
「マシュウ、前を見ろ! これは防げる!」
フェリクスは杖を放さなかった。膝を曲げ、地面に近いところだけを厚く固めている。ネラはその陰で荷車を押し、残った土壁の横まで車輪を進めた。
声を聞いたマシュウは、ロルフへ向き直った。拳を握ると、指の熱と、肩を打った痛みがはっきりした。ここから二人を長く相手にしていれば、先に魔力も体力も削られる。
「火炎壁!」
ロルフとグレンの間へ、胸の高さの炎を一息だけ立ち上げた。グレンの杖先が一瞬こちらを見失い、ロルフが左手を炎へ向ける。その手が開く前に、マシュウは木剣を持つ右腕へ左手をかけ、ぐっと自分のほうへ引いた。
体勢を崩したロルフが踏ん張り、剣を取り戻そうと肩を入れる。マシュウはその力に逆らわず手を放し、入れ替わるように横へ抜けた。ロルフの足元にはまだ土の段が残っており、追うための一歩が遅れた。
マシュウは炎の端を回ってグレンへ走った。長杖が足元へ向き、地面が盛り上がる。低い土の柱が靴を捕らえる直前に踏み切ると、グレンは杖を横に構え、着地する場所で待ち受けようとした。
マシュウは空中で右膝を胸へ引きつけた。地面へ下ろすはずの足の裏に、赤い炎が集まる。
「砕星!」
伸ばした脚が、横向きの杖ごと胴当てを押し込んだ。足裏の前で炎が弾け、グレンの上体が大きくのけぞる。踏ん張ろうとした靴が土を滑り、二歩目を踏めずに尻から落ちた。
マシュウも蹴りの反動で押し返され、両脚を曲げて着地した。踵へ響いた痛みに歯を食いしばり、背後の足音へすぐ身体を向ける。ロルフの木剣を左腕で外へ流すと、座り込んだグレンが息を吸えずに杖を放すのが見えた。
「グレン、戦闘不能。そこで休止しろ!」
巡回してきた教員が声を上げ、グレンのそばへ入った。ロルフは剣を止め、こちらと、座り込んだ仲間を見比べる。
「着地を狙ったのに、その前に蹴るのか……」
途切れた声の向こうで、イルマがもう一度杖を上げた。フェリクスの土盾が割れかけると、ネラが荷車から片手を放す。横から吹いた短い風に火矢の先が流れ、盾の厚い中央で弾けた。
「今ので最後。もう一回は、間に合わない!」
ネラの声へ、マシュウは左手を向けた。火炎矢を足元へ走らせると、イルマは自分たちの荷車を守るために下がった。
「通れる。マシュウ、戻れ!」
フェリクスに呼ばれ、マシュウは追いかける足を止めた。ロルフを倒し切る必要はない。三つの箱が壁の向こうへ進み、二人とも自分を待っている。
マシュウが荷車の後ろへつくと、ネラが大きく持ち手を引いた。フェリクスも押し、残った土の端を三人で越える。ロルフは追ってこず、グレンを守れる場所へ下がって、イルマへ荷を離すなと指示していた。
少し進んだところで、ネラが振り返った。
「抜けた……私たち、Bの三人から抜けたよ!」
「止まるな。まだAがいる」
そう言ったフェリクスの声も、いつもより高かった。マシュウは二人の足と、荷を締めた縄を見た。箱は三つ、仲間も三人。ひとつずつ確かめたあとで、ようやく息を深く吸えた。
「助かった。後ろを見ずに戦えた」
フェリクスはすぐには返事をしなかった。握った杖を見てから顔を上げ、少しだけ顎を引く。
「君が、任せたと言ったからな」
マシュウは笑い、荷台を押した。魔力はずいぶん使った。拳も脚も重い。それでも、二人の足音に合わせて進む荷車は、まだ速度を上げられた。
林を抜けると日差しが広がり、その向こうに南の詰所が見えた。合流点より少し先を、Aクラスの荷車が上っている。
レティシアがこちらを振り返った。青い髪紐が揺れ、三人と荷車を確かめた目が、すぐに前方へ戻る。
「来るわ。二人とも、ここから速度を上げて!」
マシュウは坂の上を見た。到着地点のそばには、先に演習を終えたらしい生徒が集まっている。その中で誰かがこちらを指し、Eクラスだ、と声を上げた。




