第13話 勝つための三人
「あのさ。もう、ほかと組む約束した?」
ネラに尋ねられ、マシュウは机の上の用紙から顔を上げた。護送演習は翌週に迫っていた。レティシアとの手合わせから二週間ほどが過ぎても、実技場へ行くたびに、初めて会う生徒から声をかけられている。
Eクラスの中でも、演習の班へ誘ってくる者はいた。さっきも二人に呼び止められたところだった。
「まだだ。お前らと組むつもりだったけど」
「……先に言ってよ。誘うの、ちょっと緊張したじゃない」
ネラが机へ両手をつくと、前の席でフェリクスが振り返った。
「私まで勝手に数へ入れるな」
「嫌なら、今言えよ」
「嫌とは言っていない。名簿の字は、私が書く」
差し出された筆に、マシュウは用紙を渡した。少し離れた席から、それならマシュウだけ止めればいいな、と話す声が聞こえた。笑い交じりだったが、ネラの指が机の端で止まった。
ダリウスが教卓を叩き、説明を始めたので、誰もその言葉には返さなかった。
「一班三人、同じクラスで組む。西の演習林を抜け、三つの木箱を南の詰所へ届けろ。同じ組で出発する三班のうち、三人と三箱を最初に揃えた班が勝ちだ」
地図の上には、大きく丘を回る道と、木立の間を抜ける道が描かれていた。どちらも最後の上り坂の手前で合流し、その先に到着地点がある。
「ほかの班への妨害と、荷を奪うことは認める。急所への攻撃と、荷を壊す攻撃は禁止。戦闘不能は巡回する教員が判定する。判定を受けた者は、その場で復帰の指示を待て」
マシュウは地図から目を上げた。敵を倒しに行っている間に荷や仲間を押さえられれば、自分だけ先へ着いても勝てない。単独の模擬戦とは、守るものの数が違っていた。
「各組の勝利班には、教員同行の校外実習への参加を認める。普段は上位クラスを中心に組む実習だが、今回は結果で選ぶ」
教室から声が上がった。フェリクスも筆を止め、ネラは掲示された予定へ身を乗り出す。
「三人とも、行けるんだよね?」
「勝利した班の全員だ」
返答を聞いたネラが、マシュウの用紙を指で押さえた。
「なら、勝とう。今度は、私たちも一緒に行く」
*
資材置き場で借りた荷車は、片側の車輪がわずかに振れていた。ネラがしゃがんで留め具を確かめ、貸し出し係に締め直してもらう間、マシュウとフェリクスは練習用の箱を運んだ。
「うち、店へ荷物を届ける仕事をしてるんだ。小さい頃から、これを引くのは手伝ってた」
ネラは重い箱を車軸の近くへ寄せ、三つの隙間を布で詰めた。縄をかけ終えてからマシュウが持ち手を上げると、何となく積んだときより腕への重みが軽い。
「これなら、走れるな」
「走るなら前を見てね。車輪が穴へ落ちたら、強くてもひっくり返るから」
ネラは地図を広げたフェリクスの横へ回り、最後の坂の手前を指した。道が曲がる内側に、細い排水溝が描かれている。
「ここ、下見のとき浅かったよ。車輪が落ちなければ、外を大回りしなくて済む」
「内側を切れるのか?」
「溝に小さい坂があれば。板でもいいけど、止まって掛ける時間がいる」
フェリクスは地図から、荷車の車輪へ視線を移した。しばらく考え、作業場の砂地へ杖を向ける。
「土盾」
土が持ち上がり、膝にも届かない低い盾ができた。高く立てようとすると端から崩れたが、斜めに寝かせると、地面を背にして形を保つ。
「これなら、どうだ」
ネラが靴で押し、マシュウにも踏んでみてと言った。体重を乗せてもすぐには崩れなかったが、車輪を通すには幅が足りない。フェリクスは肩で息を吐きながら、杖先を少しずつ横へ動かした。
「高く作るよりは、楽だ。もう少し練習すれば……」
「それ、使えそう。真ん中を、今くらい固くして」
ネラの声に、フェリクスの口元が少し上がった。マシュウは二人から離れ、荷車を押して土の坂を試す。片輪が途中で沈むと、フェリクスは唇を噛んだが、今度は杖を放さず、どこから崩れたのかをしゃがんで確かめた。
練習を終えた頃には、三人とも土に汚れていた。荷車を返そうとしたところで、別の車を押すエリオと会った。Dクラスの仲間二人を紹介され、こちらも名乗る。
「同じ組になったら、君とは正面から戦わないよ」
「荷を狙うつもりか?」
「そりゃそうだよ。僕たちも勝ちたいし」
エリオの笑顔へ、ネラが荷台を軽く叩いて返した。
「私たちだって、逃げる練習してるからね」
「僕も教わってるんだけどな」
マシュウは二人を見て笑った。教えた動きを使って自分から逃げようというのだから、実際にやられたら相当悔しいだろう。それでも、その走りを少し見てみたい気持ちがあった。
*
出発組の掲示には、ロルフのBクラス班と、レティシアのAクラス班が並んでいた。その二組と競うEクラス班に、自分たちの名前がある。
「随分、目立つ組になったな」
後ろから聞こえた声に振り向くと、ロルフが灰色の髪の少年と、短髪の少女を連れていた。
「グレンとイルマだ。僕と一緒に出る」
灰髪のグレンは長杖を持ち、イルマは杖のほかに短い木剣を腰へ下げていた。グレンがこちらの名簿を見て、マシュウからネラたちへ目を移す。
「お前がAと引き分けたのは聞いた。でも、班の競技なら同じにはいかないだろ」
マシュウは頷いた。一人で戦えばいいとは、最初から思っていない。
「ああ。こっちには、二人いるからな」
グレンが言い返しかけたところで、ロルフが先に口を開いた。
「僕たちにもいる。君一人を見て負けるつもりはない」
家名の話をせず、こちらの班全体を見ていた。マシュウはその目を見て、荷車の上で考えていた作戦を、もう一度見直す必要があると思った。
ロルフたちが去ったあとも、フェリクスは掲示板の前を動かなかった。
「君は、もっと戦える相手と組めたんじゃないか」
小さな声に、マシュウは横を向いた。ネラも黙ってこちらを見ている。教室で聞いた言葉が、二人の中に残っていたのだとわかった。
「昨日の荷車、俺一人ならあの積み方はしてない。地図も、お前ほど早く読めない」
「戦いになったら、私は――」
「だから、俺が戦う。その間に何を頼めるか、二人を見て決めてるんだよ」
マシュウは掲示板から外れ、廊下の窓辺へ地図を広げた。フェリクスが近づいてくるのを待ち、相手に土使いがいることを確かめる。グレンの実技は、フェリクスが合同授業で見たことがあった。
「土の壁は俺が崩す。ネラは車を止めるか進めるか、判断してくれ。フェリクスは次の道を見て、荷に来る魔法を防いでほしい」
「全部、防げるとは限らないぞ」
「無理なら言え。俺が戻る。俺の指示が間違ってるときも、黙るなよ」
誰かの名や役職が立派だからという理由で、間違った道を進ませたくなかった。地図に置いた自分の指の横へネラの指が並び、そのあとで、フェリクスも窓枠へ手をついた。
「だったら、最初の道はこっちだ。相手が壁を作るなら、この広さで受けたほうが動ける」
指摘された場所を見て、マシュウは頷いた。今度は三人の名前を一緒に呼ばれるために、勝ちに行くつもりだった。




