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8話 ストレアの悲劇Ⅲ

賢暦1992年5月下旬。

ギルバートムは宮廷騎士団の訓練場の端でひっそりと剣の素振りをしていた。


彼が抱えるのは一人の赤子。

レイリーの娘、レミア・ストレアである。


レイリーはナナとの修行を始めると、みるみる内に筋肉がつき、イケてる男になってしまった。

その結果、ルイスを介してレイリーのもとに縁談が殺到する事態となった。


しかし、そこで問題が発生する。

縁談を持ち掛けたのは親ストレア派閥の女性たちであるが、その親たちは全員が反ストレア派閥だったのだ。

レイリーと結婚したい親ストレア派閥の娘たちと、レイリーを親族に受け入れたくない大人たちの仁義なき戦いの末、一人の娘が親の説得に成功。

晴れてレイリーの妻となった。


その妻との間に出来た子供が、今ギルバートムが背負っているレミアという女の子である。

4月に生まれたばかりの女の子であり、もう少しで生後二ヶ月といったところだ。

レイリーも彼の奥さんも忙しい日は、このようにギルバートムが預かっている。


最初は修練の邪魔になるのではないかと思い、彼女を預かることに対してあまり前向きではなかったが、彼女の眠りを妨げないようにしながらの剣の素振りが思った以上に優れた修練であることに気付いてからは、率先して彼女を預かるようになった。


最近になってようやく綺麗な黒い髪が生え揃って来た。

赤子特有のぷにぷにした手足が可愛い。


ただ、一つの問題は、レミアはまだ首が座っていないという点だ。

まだ彼女をおんぶすることは出来ないため、その結果、必然的に彼女をお腹側に抱えることになる。

抱っこ紐という便利な道具のおかげで、手が塞がることがないのが救いではあるが、剣の柄が彼女の頭に触れてしまうことを、どうしても危惧してしまう。

ギルバートムは早く首が座ってほしいと思うのだった。


素振りに一区切りついたので休憩していると、珍しくギルバートムのもとに来客があった。

胸と腰の間くらいまで伸ばした薄い水色混じりの白髪の少女と、短髪の灰髪の幼い少年。

ギルバートムの腹違いの妹メローネフィリムと、同じく腹違いの弟ジルモニアストレアである。


ギルバートムはまさかメローネフィリムたちの方から接触してくるとは思わず、挙動不審になる。


「あー、えっと、お久しぶりです……。

 メローネフィリム様……。」

「ご、ごきげんよう、ギル兄様。

 面と向かってお話になるのは、これが初めてですわね。」

「そう、ですね……。

 何か心境の変化でもあったのですか?」

「お祖父様に言われたのです。

 『恐らくだが、お主は時期国王となる。

  女王の誕生は第330代以来久方ぶりとなるため、反発する者も多いじゃろう。

  それらを跳ね返すためには、多くの見識が必要となるはず。

  じゃからまずは、家族と話すのはどうじゃ?

  例えば……、一度も話したことのない家族とかな?』

 と。」

「だから、僕のところに?」

「はい……。

 自らの意思で、貴方に接触するのは、今の(わたくし)では、まだ厳しいので……。

 ですが、(わたくし)も十歳になりました。

 少しずつ、貴方に対する恐怖心を払拭していくべきでしょうから。」


そう話すメローネフィリムの手は震えている。

上手なモノマネを披露してくれはしたが、やはり……、


「僕のこと、まだ怖いですか?」

「申し訳ありません。

 このような感情、悟られないようにすべきなのですが、数多の魔剣で部屋を破壊し尽くしたあの日の貴方の姿が脳裏から離れず、未だ恐怖心を抱いてしまうのです。」

「それは……。

 かなり強いトラウマを植え付けてしまったようですね。

 申し訳ありません。」

「まったくですわよ。

 あ!

 わ、(わたくし)の後ろに隠れているこの子はジルモニアストレアです。

 ジル、挨拶なさい。」


メローネフィリムに言われて、ジルモニアストレアが彼女の背後からひょこっと顔を覗かせる。


「は、初めまして。」

「初めまして。

 ギルバートムだよ。

 よろしくね。」

「ん。」


挨拶を済ませると、そそくさとメローネフィリムの後ろに再び隠れる。

照れ屋さんなのだろうか。


「申し訳ありません。

 本来は人見知りするような子ではないのですが……。

 やはり、(わたくし)たちの会話を日常的に聞いていますから、どこかであなたに対して恐怖心を抱いてしまったのかもしれません。」

「あ、そ、そうですか……。」

「それより、ジルに対しては敬語をお使いにならないのですね。」

「まあ、彼は弟ですからね。

 使う必要がないと思いまして。」

「でしたら、(わたくし)に対して敬語をお使いになるのはどうしてです?

 (わたくし)、貴方の妹でしてよ。

 差別されているようで大変遺憾ですわ。」

「メロー様は、僕が『自分は王族である。』と認知する前から、王族として暮らしていらっしゃったじゃないですか。

 ですから、何というか、その、『妹』っていうよりは、『目上の人』という印象が強くて……。

 あの……、勘弁してください……。」

「はぁ、そういうことですか。

 こればかりはどうしようもないですわね。

 いつか貴方が(わたくし)のことを『妹』として見てくれる日を楽しみにしていますわ。」


メローネフィリムはそう言うと、「ところで……。」と言って話題を変えた。


「ギル兄様、貴方、結婚しておりましたの?」

「いえ、してないですが……。」

「でしたら、その赤ちゃんは一体……?」

「あー、この子は僕の叔父の子供でレミアと言います。

 簡単に言えば、僕のいとこですね。」

「まあ……!

 随分と歳の離れたいとこですわね。」

「十五歳差です。

 びっくりですよね。」

「なるほど。

 そうなりますと、八月の終わり頃から九月の始め頃に生まれる予定の新しい妹とは、同い年になりますわね。」

「え?!」


唐突に訪れた衝撃的な情報に驚き、ギルバートムの口から素っ頓狂な声が出る。

妹が生まれる。

それは彼にとって初耳であった。

城内にいる王族やメイドの皆も、ここで日々修練に明け暮れている宮廷騎士団の皆も、反ストレア派閥との諍いを避けるためか、ギルバートムとはあまり関わりを持とうとしない。

そのためギルバートムは、城の敷地内で暮らしていながら、城の内部で起こっていることをほとんど知り得ないのだ。


「妹が生まれるんですか?」

「あら?

 ご存じではありませんの?

 貴方、普段からここで訓練していらっしゃるのですわよね?

 でしたら、宮廷騎士団の方々から何か聞き及んでいるのではありませんの?」

「いえ、特には。」

「そう、ですか。」


メローネフィリムが何やら心配そうな目でギルバートムを見つめる。


「ギル兄様。

 貴方の置かれている環境がどのようなものであるか、大方察しましたわ。」


第二王女が生まれる。

その情報は城内に瞬く間に広がり、現在城内に住む者は皆、お祭り騒ぎとなっていた。

その状況を知り得ないとなると、彼に『第二王女が生まれる』という情報を意図的に教えないようにした何者かの策略があった可能性が高い。

メローネフィリムはそれに気づいたのだ。


「ギル兄様。

 何かあった時は(わたくし)を頼ってくださいね。

 まだ子供ですけれど、貴方の妹として、何か役に立てることがあると思うので。」

「ありがとうございます。

 ですが、それは難しいでしょうね。」

(わたくし)のことを妹として見れないからですか?」

「それもありますが、もっと現実的な理由です。」


ギルバートムはそう言うと、すやすやと眠るレミアを穏やかな表情で見つめる。


「あなたが思っている以上に、ストレア家のことを嫌っている貴族は多いんです。

 僕があなたを頼って、あなたが僕のために動く。

 その光景をもし反ストレア派閥の貴族にでも見られたら、あなたにも何かしらの危害が及ぶかもしれない。

 直接手を下さないにしても、あなたを取り巻く環境の空気感が、少し冷たくなってしまうかもしれない。

 それだけは避けなければなりません。」

「少々考え過ぎではありません?

 そんなこと言ったら、あなたは誰も頼れませんわよ。」

「ははは。

 確かにそうですね。」


ギルバートムはそう言って苦笑いを浮かべる。

実際、ギルバートムは自分が関わった者に何かしらの危害が及ぶことを危惧して、人と関わるのを出来るだけ避けながら生きて来た。

勉強も修練も、ほぼ全てが独学。

話す相手もほぼレイリーのみ。

ライラが死んだあの日から、ギルバートムは限られた人付き合いの中で生きている。

誰かを頼る心など、とうの昔に捨て置いてしまった。


ギルバートムは自分に言い聞かせるように呟く。


「いつかこの国に住む人全員が、心置きなく人を頼れる日が来ることを祈っておきます。

 きっとその時が、僕が初めて人を頼れる日になるでしょうから。」


そのためにはクリストファンペアの計画を成功させる必要がある。

しかし、今のギルバートムには国をひっくり返すような力はない。

覚悟を決めるためには、もっと修練に勤しまねばならない。


ギルバートムは剣を持って立ち上がる。

その様子を見て、メローネフィリムが言う。


「休憩はお終いでして?」

「はい。」

「それでは、(わたくし)たちはお暇致しますわ。

 貴方の修練の邪魔になってはいけないですし。」

「そうですか。

 では、お気を付けて。」

「ええ。

 あ!

 今日貴方にお会いしたことは秘密にしておきますわ。

 その方が貴方も安心でしょう?

 心配症のお兄様 ♪ 」


揶揄うような言い方でメローネフィリムが言う。

ギルバートムの心配性の部分を弄ってきたのだ。

ギルバートムは苦笑いを浮かべて言う。


「あ、ありがとうございます。」

「あら。

 つれないですわね。

 少しは言い返してもいいんですのよ?

 心配性のお兄様?」

「い、いや、滅相もありませんよ。

 僕と仲良くなろうとしてくださってるのに。」


ギルバートムがそう言うと、メローネフィリムはハッとしたような表情をする。

そして急に真面目な顔をして言った。


「ギル兄様は、(わたくし)と仲良くなりたいですか?」

「それは一体どういう質問ですか?

 腹違いではありますが僕たちは兄妹です。

 仲良くなりたくないと思う方がおかしくないですか?」

「そうですか。

 その答えが聞けただけでも、ここに来た甲斐がありました。」


メローネフィリムは立ち上がり、ギルバートムに背を向ける。


「では、帰りましょう、ジル。」


そう言って、メローネフィリムはジルモニアストレアに手を差し出す。

ジルモニアストレアは「うん。」と言ってその手を握る。


「またこうしてお話できる日を楽しみにしていますわ。」


メローネフィリムはそう言うと、ギルバートムの返事を待たずに訓練場の出入り口に向かう。

まるで何かを隠すように……。


静かになった訓練場で、ギルバートムの素振りの音が再び響き出す。

ただ、その音は先程と少し違い、どこか軽やかだった。


ーーー

ーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーーーーーー


訓練場からの帰路、ジルモニアストレアはメローネフィリムに訊いた。


「ねえ、メロ姉。

 なんで泣いてるの?」

「別に泣いてませんわよ……。」


そう強がるメローネフィリムではあったが、目は確かに異常な程に潤っている。


メローネフィリムはずっと、自分は兄に嫌われていると思っていた。

なぜなら、兄が忌み嫌うアンドリュシエルとアデリアの娘だからだ。

しかし、兄は確かに言った。

『仲良くなりたい。』と。


メローネフィリムはそんな彼の言葉に凄くホッとした。


(わたくし)たちは、きっとまだやり直せます。

 今日、それを確信しました。

 お父様、お母様、(わたくし)、ジル、新たに生まれる妹、そしてギル兄様。

 いつか家族六人で仲良く暮らせるよう、(わたくし)が架け橋になってみせますわ。」


壊れた家族を立て直す。

メローネフィリムはそう覚悟を決めるのだった。


ーーー

ーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーーーーーー


修練終了後、ギルバートムはレミアをレイリーたちのもとに返すため、ストレア家を訪れていた。

五歳から十一歳まで暮らしたこの家は、城で暮らすようになってからというもの、訪れる機会がめっきり減ってしまった。

そのため、ここへ来る度、ギルバートムは懐かしさのようなものを覚える。


「レイリー叔父さ~ん、レミアが帰って来ましたよ~。」


呑気な口調で玄関を開ける。

その瞬間、ギルバートムは違和感に気づいた。


いつもなら、ギルバートムが来たらすぐにレイリーが「おかえり~、レミアちゃ~ん!」と、腑抜けた顔で迎えに来るのだが、今日はそれがない。

それどころか、家の中が暗い。

部屋の電気が一つも点いていないのだ。


「どういうことだ?

 この時間なら、叔父さんも叔父さんの奥さんも、帰って来てるはず。

 これは一体……。」


すると突然、背後から殺気を感じた。


「誰だ!」


慌てて振り向くと、そこには剣をこちらに向けて構えている騎士がいた。

それも一人ではない。

ざっと数えて、十人はいる。


「は?」


今、自分が置かれている状況が理解できず、ギルバートムは唖然とする。

ただ唯一分かるのは、抵抗しなければ自分の命が危ないということ。

ギルバートムは魔剣を出現させ、彼らに対抗しようとした。

しかし、魔剣を出現させようと体を動かしたその瞬間、再び背後から声がした。


「無駄な抵抗はするな。

 恩人の命は惜しいだろう?」


ギルバートムは振り向き、声のした方に顔を向ける。

廊下に一人の男が立っている。

玄関から入った月明かりが廊下を照らし、男の姿を浮かび上がらせる。


それは豪華な服に身を包んだ白髭の男。

四年前の十一月、ギルバートムのもとにクリストファンペアからの手紙を持って来た、反ストレア派閥疑惑のあったあの男だった。


何が起きているのか分からず、ギルバートムの頭は混乱する。

しかし、直感が白髭の男の言うことは聞いた方がいいと告げた。

ギルバートムは魔剣を出現させるのを止めて、両手を頭の後ろで組んだ。


「それでいい。

 では、私について来なさい。」


ギルバートムは大人しく廊下を進む。

後ろからは騎士たちがずっと剣先を向けている。

刺されないかとビクビクしながらも、なんとかリビングに辿り着く。

そこには、


ーーー縄で口と手足を縛られ、椅子に固定されたレイリーがいた。


「叔父さん!!」


ギルバートムは慌ててレイリーに駆け寄ろうとした。

その瞬間、男の放った魔法がレイリーの頬を掠めた。

レイリーの頬から鮮血がじわーっと流れ始める。


「無駄な動きをするな。

 次勝手に動いたら、私の魔法がこいつの脳天を貫くことになるぞ。」


一切の容赦を感じない冷たい声。

この男は自分たちを同じ『人間』として認識していないのだと、ギルバートムは感じ取った。

下手に動けば男の魔法がレイリー叔父さんの頭を貫く。

となれば下手に喋っても、『誰が喋って良いと言った?』などと言われて、更なる悲劇を生む恐れがある。

ギルバートムは動かず喋らず、一時的に男の言葉に従うだけのマリオネットになることを選択した。


「よし、大人しくなったな。

 では、自己紹介から始めようか。

 その方がお前を絶望させることが出来るからな。」


男はそう言うと、服の中からペンダントを取り出した。

ただそれは、普通のペンダントではなかった。


それはヘルメイン家の家紋が施されたペンダント。

これは男がヘルメイン家の人物であることを意味する。


「私はダッカス・ヘルメイン。

 ヘルメイン家の現当主にして、王族アデリア・ヴィクトリアナの父だ。

 久しぶりだな、忌まわしき『紛い物』よ。」


ギルバートムの顔から血の気が引いていく。


「なぜ、私がここにいるのか、不思議に思っているだろう?

 理由は簡単だ。

 この男に嫁いだ女は、私の息がかかった女だからだ。

 まあ、庶民の血が混ざったお前の頭では理解できないだろうから、一から説明してやろう。

 私の目的はただ一つ。

 庶民であるにも関わらず、あろうことか王家と深い繋がりを持ってしまったストレア家を、この国から排除することだ。

 この国は長いこと上級階級と一般階級に分かれて来た。

 何故だか分かるか?

 上級階級には上級階級の、一般階級には一般階級の役割があるからだ。

 それなのに、あのルイスという女は自分の役割を忘れて、正しくない場所に侵入した。

 これはあってはならないことだ。

 もしあいつが、一般階級の者が上級階級となる見本となってしまった場合、この国の態勢そのものが崩れかねん。

 だから私は上級階級と一般階級の区別を守るために、ストレア家には見せしめになってもらおうと考えたのだよ。

 まず始めにストレア家の者たちを囮にしてルイスに死の呪詛を付与し、次にルイスを絶望させるためにヒュドラを用いて残りのストレア家を皆殺しにし、絶望したルイスを呪詛で殺し、こうしてストレア家は滅亡。

 これにより上級階級と一般階級の区別は守られるはずだった。

 それなのに……、それなのにあろうことか、お前らは生きていた!

 平気な顔をしてのほほんと!

 ルイスが絶望しないからおかしいとは気づいていたが、まさか何事もなかったかのように、この家で生活していたとはな。

 知った時は流石の私も言葉を失ったよ。

 そしてお前らはルイスと同じように自分たちの役割を忘れて生活していたな。

 汗水垂らして働いて国を回すという一般階級としての役割を放棄し、一人は剣術と魔法の修練に励み、一人は下級貴族に混ざってお見合い。

 そこで私は思い知ったよ。

 ストレア家はやはり皆殺しにするべきだと。

 お前に接触し、正攻法ではお前に勝てんと気づいた私は、ルイスにしたことと同じことをすることにした。

 お前の恩人を囮にして、お前の体に死の呪詛を刻み、お前の目の前でお前の恩人を殺し、お前が絶望したところで呪詛を発動させて殺す。

 ただ、それでは味気ない。

 私はもう一つ、過程を付け加えた。」


ダッカスの視線が、ギルバートムの胸に抱かれたレミアに向く。


「私がストレア家で一番嫌っているのはお前だ、ギルバートム。

 庶民であるにも関わらず、王族の血を引いてしまっている。

 お前はこの国にあってはならないカタチの代表のようなものだ。

 私はお前を絶望させたい。

 そのために一番効果的なのは、お前の『大事な人』を壊すこと。

 ライラが無様に死んだ今、お前にとって一番大事な人は、ライラの死後、お前を育ててくれたレイリーだろう?

 なら、レイリーを壊すにはどうすればいいのか、私は考えた。

 否、考える必要もなかったな。

 レイリーは結婚相手を探していた。

 なら私が結婚相手を用意し、その相手との間に出来た子供を殺せば、レイリーは間違いなく壊れる。

 そうだろう?

 私はとある下級貴族に大金を渡し、ルイスを死の呪詛で脅してレイリーと娘の縁談を用意。

 娘にレイリー好みの女を教え、それを演じてもらった。

 結果、娘は見事にレイリーを堕とし、ストレア家に嫁いた。

 子供も産まれた。

 本来であれば、その娘にその赤子を殺してもらう手筈だったのだが、娘から『偽りの愛だったとしても、あの子は私の子供です。自分の子供に手をかけるなんてこと出来ません。』と言われてしまってな。

 私も父親だからな、あの娘の気持ちはよく分かる。

 だから、私自らこうして出て来てやったのだ。」


ダッカスは片手を差し出し、気味の悪い作り笑いを浮かべる。

そして言った。


「さあ、その子を私に渡しなさい。」


レイリーが「俺のことはいい!逃げろ!」と言うかのように、縛られた口と手足で懸命に喚く。

騎士たちの剣先の向かう方向が、ギルバートムからレイリーの方へと変わる。


この絶望的な状況の中、どうするべきかとギルバートムは考える。

ダッカスの言う通りにしてレミアを渡してしまえば、レミアは殺され、恐らくレイリーの精神が破壊される。

しかしダッカスの言うことを無視し、渡さないことを選択した場合、レイリーがどうなるか分からない。


しばらく考え、そして結論を出した。

ダッカスは言った。

ギルバートムを絶望させるためにレイリーを壊すのだと。

つまり、ギルバートムが絶望するまで、レイリーは殺されない可能性が高い。

なら、取るべき行動は一択。

レイリーを壊すために更なる悲劇が生まれるかもしれないが、そんなことを気にしている場合じゃない。


ギルバートムはレミアと共に逃げる態勢をとろうとした。

しかしそれは出来ずに終わることとなる。


「本当にその選択で良いのか、よく考えるんだ。」


ダッカスはそう言うと、服のポケットから一枚の紙切れのようなものを取り出した。

それには紋様のようなものが描かれている。


「これはルイスにかけられた呪詛を発動するための札だ。

 私がこの札に魔力を流し込んだその瞬間、ルイスは苦しみながら死ぬことになる。

 お前が考えたことは正しい。

 確かにお前を絶望させるまで、レイリーは殺さない。

 だが、私には何時如何なる時でも殺せる人質がいることを忘れるな。

 お前のその選択は、一つの命を潰すことになる。

 さあ、ギルバートム。

 どうするべきか、分かるよな?」


レミアの命かルイスの命か。

助けられるのは、どちらかだけ。

もうどうしたら良いのか、ギルバートムには分からなかった。


その時、ギルバートムは自身のお腹の辺りから視線を感じた。

目を向けると、レミアがギルバートムの顔を見上げていた。

その目はまるで「大丈夫です!私、やれます!」と言っているような覚悟の決まった目をしていた。

なぜそういう風に思ったのか、ギルバートムには分からない。

だが、ギルバートムは思ったのだ。

この子なら、ダッカスに渡しても大丈夫だと。


ギルバートムは己とレミアを自信を信じて、ダッカスにレミアを手渡した。

それを見ていたレイリーが縛り付けられて動けない体と口で必死になって暴れ出す。


「良い判断だ。

 それではよく見ておくといい。

 子供を殺されて精神が壊れていく、哀れな親の様子を。」


一人の騎士がダッカスのもとへ近寄る。

そしてダッカスはその騎士にレミアを手渡す。

レミアを受け取った騎士は短剣を鞘から抜き、レミアのお腹に向ける。

冷たい鎧に抱き抱えられ、更には刃を向けられているというのに、レミアは恐怖心を感じていないかのように一切泣かない。

それどころか視線を騎士の方に向け、睨むかのような表情をしている。


「ふんっ!」


騎士が力いっぱい短剣をレミアのお腹に突き刺した。

・・・はずだった。


ギルバートムは自分の目を疑った。 

レミアのお腹に突き刺さったはずの短剣は、実際には刺さっておらず、彼女のお腹の上で止まっていた。

そして、その短剣と彼女のお腹の間に、赤色の文字が浮かんでいたのだ。


《Immortal Object》。


どういう意味なのか分からない。

そしてこれが、魔法なのか何なのかも分からない。

分かるのは、騎士はレミアを殺せなかったという事実。


焦った騎士は短剣を放り捨て、いつもの剣で斬りかかる。

しかし、レミアを斬ることは一切出来ず、ずっと《Immortal Object》という謎の文字が邪魔をする。


「一体、何が起こっている……?」


ダッカスもレイリーも、他の騎士も、目の前の光景に唖然とする。


「ちくしょう!

 何だこれは!

 何故ストレア家は皆が皆、私の邪魔をするのだ!」


ダッカスはそう言って悔しそうに、壁を殴る。

血圧の上昇によって上がってしまった息を整えると、ダッカスは続けて言った。


「もう良い。

 撤収するぞ。

 レイリーは連れていって、死の呪詛を付与しておけ。

 そしてその赤子はどこかに捨てておけ。

 厄介事に首を突っ込みたくはない。

 今捨てておけば、その赤子がストレアの人間になることはないだろう。

 そして、ギルバートム。

 お前は、私のサンドバックになれ。

 むしゃくしゃすることがあったら、お前を呼び出す。

 そして私に殴られろ。

 拒否したら、死の呪詛を発動させてルイスとレイリーを殺す。

 分かったな?

 それから、お前とクリストファンペア様がやろうとしている計画を、私は既に知っている。

 私を潰しに来ても良いが、ルイスとレイリーの命は私が握っているということを忘れるなよ。

 言いたいことは以上だ。

 行くぞ。」


ダッカスとその連れの騎士たちは、あっという間に家から出ていった。

ストレアの大きな家に、ポツンと一人取り残される。


ギルバートムたちの計画をダッカスが知ってしまった。

恐らく、ルイスの命を人質にしてレイリーから強引に引き出したのだろう。


そして死の呪詛を付与されたその瞬間から、レイリーはダッカスの忠実な犬になる。

自分と母の命を守るため、ダッカスの命令に逆らわなくなるだろう。


レミアもどこかに捨てられた。

先程のあの光景を見るに、どこでもしぶとく生き抜くだろうが、最悪の場合、ギルバートムはもう二度とレミアと会うことは叶わないかもしれない。


「これは大変なことになったな。」 


ギルバートムは急いでナナのもとへ行くことにした。


ーーー

ーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーーーーーー


城門に辿り着くと、そこにはナナが立っていた。

そして、胸には赤ちゃんを抱いていた。


「ナナさん!

 話さなきゃいけないことが……って、えぇ?!」


近づいて確認すると、なんとその赤ちゃんはレミアだった。


「なんでレミアがナナさんと?」

「それはこちらのセリフです。

 何故レミア様がダッカス・ヘルメインに連れ去られていたのですか?

 ストレアの家で一体何があったのですか?

 訊きたいことは山ほどありますが、もう夜も更けました。

 体が冷える前に城の中へと行きましょう。

 話はそれからです。」

「はい。」


その後、三人は場所を隠し部屋に移し、ギルバートムはナナにストレアの家で起きた出来事の一部始終を説明した。

全てを話し終えると、ナナが「大変なことになりましたね……。」と呟いた。


「ダッカス・ヘルメインに計画を知られてしまった上に人質が二人になってしまった。

 ギルバートム様の話を聞く限り、レイリー様が殺される確率は比較的低いでしょうが、ルイス様の方は分からない。

 レイリー様の方も、ダッカス・ヘルメインにもうギルバートム様を絶望させる必要はないと判断されれば、どうなるか分からない。

 もう下手に動けませんね。」

「どうするべきですか?」

「とりあえず、ダッカス・ヘルメインを変に刺激しないことに専念しましょう。

 悔しいですが、現状だと彼の言いなりになることしかできません。

 ギルバートム様には大変申し訳ないのですが、しばらくの間、ダッカス・ヘルメインのサンドバッグになってください。

 私はその間、ルイス様とレイリー様にかけられた死の呪詛をどうにか出来ないか調べてみます。

 残念ですが、作戦成功への道は、もうこれしかありません。」

「クリストファンペア様に、助けてもらうことはできないのですか?

 クリストファンペア様にやめろと言われたら、流石のダッカスも二人を解放すると思いますが……。」

「確かにそうですね。

 しかしそれは私たちの作戦失敗を意味します。

 お忘れですか?

 私たちの目的は永続的な差別の撤廃。

 そのためには、あなたが見せしめとしてダッカス・ヘルメインの悪事を露呈し、国民に信じさせる必要があるということを。

 あなたが『弱者の英雄王』にならなければならないということを。

 クリストファンペア様ではなく、ギルバートム様がこの状況を打破するしかないのです。」


しばしの沈黙の後、ギルバートムは応える。


「分かりました。

 ダッカスのサンドバッグになりましょう。

 ですがナナさん。

 なるべく早めに解決策を見つけてくださいね。

 そうじゃないと、殴られ過ぎて、顔が変形しちゃうかもしれませんから。」

「変形程度で済めば良いですけどね。

 あの人のことですから、拷問めいたこともしてくるかもしれません。

 あなたが死んでしまう前に、何とか見つけ出します。」

「よろしくお願いします。」


そうして二人は固く握手を交わし、自分の役割を全うすることを決意した。


ーーー

ーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーーーーーー


朝の日差しと小鳥の囀りで目を覚ます。

何だか凄く、重くて長い夢を見ていた気がする。


重い体を動かし、ギルバートムは今の状況を確認する。

昨日の夜、サンドバッグとして呼び出されたギルバートムは、ダッカスに殴る蹴るの暴行を受けた。

そして、いつの間にか気絶していたのだ。


「はぁ……。

 良かった。

 まだ生きてる。」


あの日から三年。

ナナは今でもルイスとレイリーにかけられた呪詛を解く方法を探している。

ルイスとレイリーは、呪詛に怯えながらも懸命に生きている。

レミアはダッカスの目に留まらぬようナナのサポートを受けながら、彼女と共にひっそりと隠れて生活している。

ギルバートムはダッカスが変な気を起こさぬよう、怒りの矛先を向けるサンドバッグとして日々痛みに耐えている。

ストレア家はバラバラになってしまったが、皆それぞれの場所で己の役割を全うしている。


そして先日、遂にストレア家に光が差した。

大賢者の使者が現れ、「あなたの救世主になる」と言ったのだ。

大賢者と言えば、かの『災厄』を追い払っただけでなく、暦を作って何がいつ起きたのか分かりやすくしたり、人々が魔法を覚えるのを手助けするために魔法に『属性』という概念を作ったりした。

今では神となって、災厄に抗うために異世界人をこの世界へと送っているらしい。

そんな凄い人の使者が現れた。

希望を抱かないはずがなかった。


「そういえば、ヴィクトリアナ家とストレア家以外の人に『王族』って言われたのは初めてだったなぁ。

 いや、ソフィは厳密にはヴィクトリアナ家か。

 ははは。

 でもこれは、ああ言ってくれたソフィのためにも、少しずつ現状を変えてかなきゃな。」


傷だらけの体を引き摺りながら、森小屋の外へと向かう。


「行ってきます、母さん。」


ギルバートムはそう言って、光の中へと飛び込んだ。

これからの未来は、きっといいものになると信じて。


ーーー

ーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーーーーーー


1992年5月下旬。

ストレア家が何者かの襲撃を受ける。

その結果、レイリー・ストレアには特に目立った外傷はなかったものの、彼の妻と子供が失踪する事態となった。

彼女らの行方は1995年11月時点では不明のままである。

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