7話 ストレアの悲劇Ⅱ
金色に輝く城門の前で、黒髪の男と少年が、その威圧感に圧倒されていた。
「叔父さん……、僕たち……、本当にここを通っていいの……?」
「お前は王族やろがい……。
俺より、シャキッとしててくれよ……。
あ……、ああ……、こ、怖ええ……、怖えーよ……。
十中八九、姉貴に関する話もあるよな……。
そうだよな……。
姉貴、王族だもんな……。
王族を置いて逃げ出したことに関して、激しい怒りをぶつけられる可能性あるよな……。
やっぱ、お前一人で行ってくんね?」
「嘘でしょ、叔父さん……。」
城の敷地に入る前から、二人は精神が磨り減り切っていた。
クリストファンペアからの手紙を読んだ日、レイリーは全てを話した。
ライラはこの国の第一王子アンドリュシエル・ヴィクトリアナの妻であること。
ストレア家に反感を持つ者たちの手から逃れるために、森小屋で生活していたこと。
ギルバートムはヴィクトリア王国の王子であること。
ギルバートムにとって、到底信じがたい事実であったが、取り敢えず受け入れることにしたのだった。
二人であたふたしていると、門番に話しかけられた。
二人の様子を見てられなかったのだろう。
「あ、あの、ギルバートム・ヴィクトリアナ様と、その付添人でしょうか?」
「は、はい……!」
ギルバートムは緊張した声で返事をする。
「では、城の方まで案内いたしますね。」
「あ、ありがとうございます……。」
心優しい門番の後に続いて、城の中を進んで行く。
どれだけ歩いても本殿っぽい建物が見えず、木々と曲がりくねった道がずっと続いている。
門番の案内がなければ、間違いなく迷子になっていただろう。
しばらく歩くと、開けた場所に出た。
するとそこには、目を見張るような絶景が広がっていた。
数えきれないほどの金の装飾が取り付けられた豪華で巨大な真っ白な建物。
その前にある巨大な噴水。
周りを取り囲む森が、その豪華さを一層際立たせる。
一目で分かった。
これが『城』であると。
城門でさえ豪華さに圧倒されたが、城自体を目にすると、あの程度で圧倒されていた自分たちが、あまりにも愚かに見えてくる。
自分たちの見慣れた建物とは明らかに格が違う。
これこそが『王族の住む家』なのだ。
言葉を失う二人を尻目に、門番はどんどん先へ進んで行く。
門番には、もう見慣れた光景なのだ。
城の入り口付近まで来ると、道の左右にそれぞれ六体、計十二体の像が現れた。
数から考えて、十二神獣の像だと二人は直感した。
そして、城の巨大な玄関扉の上に、あまりにも神々しい女性の像が彫られていた。
長い髪を振り乱しながら杖を掲げているその姿はまるで、十二神獣を激励しているかのようだった。
その様子から考えて二人は確信した。
この像は『魔法の女神アナスタシア』を模したものであると。
アナスタシアは人類史上初めて災厄に打ち勝った。
この世界が今も存在しているのはアナスタシアのおかげと言っても過言ではない。
故にこの世界の人々はアナスタシアを崇拝している。
その崇拝度合いは途轍もないもので、その神聖な名を口にすること自体禁じられた時代もあった。
そんなアナスタシアの像がある。
ギルバートムとレイリーは完全に委縮した。
あまりに神聖過ぎる空間は、人間に恐怖心を齎す。
俗に言う畏怖である。
「叔父さん……、僕って本当に王族なんだよね……。」
「ああ……。」
「じゃあ……、なんでこんなに恐怖を感じるの……?
下手な心霊スポットより断然恐ろしいんだけど、ここ……。」
「安心しろ、ギル……。
俺よりはマシだ……。
俺は、あまりの神々しさに、気を失いそうになってるぜ……。」
二人が話していると、巨大な扉がギギギと音を立てながら開いた。
門番に続いて中に入ると、目の前に王冠を被った短い青髪の女性の肖像画が飾られていた。
この国の初代国王レフィーリア・ヴィクトリアナの肖像画である。
ただの絵のはずなのに、強烈な存在感を放っている。
夜、月明かりに照らされたこの肖像画を見たりなんかしたら、うっかり失禁してしまうかもしれないと、ギルバートムは思った。
「それでは、しばらくお待ちください。」
通された待合室っぽい部屋で門番にそう言われた二人はソファに座り、大人しく待った。
勿論、この待合室もたくさんの装飾が施されており、とても落ち着かない。
ギルバートムはどこからか視線を感じ、そちらに目を向ける。
壁に掛けられた鹿の飾りと目が合う。
落ち着かない。
「王族って、普段こんな部屋で生活してんのか?
俺、流石に耐えられねえぞ。」
「やっぱり、そもそもの感覚が庶民とは違うんだろうね……。」
「お前、王族やろがい。」
「いや、つい先日まで自分が王族の血を引いてるって知らなかったんだから、諸々の感覚は庶民寄りだって……。」
「・・・確かに。」
そんなことを話しながら数分待つと、メイド服を着た女性がやって来て言った。
「クリストファンペア様がお見えになりました。
くれぐれも失礼のないように。」
そう言われ、ギルバートムとレイリーは瞬時に椅子から立ち上がる。
それに加え、ギルバートムは自分の服装に目を向ける。
いつもよりちゃんとした服装で来たが、本当にこれで大丈夫だろうかと少し不安になる。
『王に会いに行くというのに、そんなだらしない格好で行く者があるか!さっさと失せい!』なんて言われたら、立ち直れないかもしれない。
そんなギルバートムの考えとは裏腹に、王様の第一声はとても優しいものだった。
「これこれ、何を言っておる。
折角、孫が来てくれたというのに、そんなことを言って帰られたらどう責任を取ってくれるのだ?」
そう言いながら部屋に入って来たのは、白髪のおじいさん。
白いシャツにベージュの短パンという物凄いラフな格好をしている。
王様と言われなければ王様だと気づけないくらい普通な見た目のおじいさんだった。
「ほっほっほ。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしておるな。
荘厳な格好をしたお爺さんが現れると思っとったろ?
残念じゃったな。
現れたのは貧相な格好のジジィでした!」
そう言って、ペロッと舌を出す。
なんともお茶目なおじいさんだ。
情報が整理出来ずに棒立ちになっている二人を余所に、王様?は続けて言う。
「私の周りの人間どもは、二人を玉座の間に呼んで、私の偉大さを存分に知らしめるつもりだったらしいが、よく考えてみぃ?
お主らを玉座の間に招いたら、そりゃ盛大な思い出にはなるだろうが、お主らは萎縮し切ってほとんど記憶に残らんじゃろう?
折角の家族の再会じゃというのに、それはあまりに悲しい。
というわけで、こういう形になったんじゃ。
悪く思わんでくれ。」
「お心遣い感謝します。」
レイリーが聞いたことないような真面目な声で感謝の言葉を口にし、頭を下げる。
それに続くように、ギルバートムも頭を下げた。
「さて、立ったままじゃ、碌に話も出来んだろう。
座ってくれい。」
「はい。」
王様?に促され、ギルバートムとレイリーは椅子に再び座る。
その正面に置かれたソファに王様?は腰掛けた。
「それじゃあ、まずは自己紹介でもするか?」
「する必要ありますかね?」
「あるじゃろう!
もしかしたら、この者たちが私のことを知らんかもしれんだろう?」
「あなたの話に応じている以上、貴方のことを知らない人はいないと思いますが……。
まあ、形式を重んじるならいいのではないですか?」
緊張でカチカチになっている二人の目の前で王様?とメイドが言い合う。
随分仲が良いようだった。
「全く、この自立思考型魔法人形は、可愛げがなくて駄目じゃのう。」
王様?がボソッと呟いたその言葉にギルバートムは驚く。
『自立思考型魔法人形』
それは今よりも魔法が発展していた千年前、英雄王レフィーリアに戦争を仕掛けられた三つの国の内の一つが何らかの魔法で作り出した自ら思考して動く人形だ。
そのほとんどは当時の戦争で失われており、存在そのものがレア。
裏社会のオークションで国家予算レベルの高値が付いていたこともある。
そんな自立思考型魔法人形が目の前にいる。
それもレアな自立思考型魔法人形の中でも更にレアな型の自立思考型魔法人形が。
現存しているものの多くは看護師として戦地に派遣されていた所謂『医療型』と呼ばれるもので、これらは怪我を負った人々を安心させるために愛想の良い人格に設定されている。
しかし、目の前にいるこの魔法人形はあまり愛想が良くない。
つまりこの魔法人形は戦闘員として戦地に派遣されていた所謂『戦闘型』と呼ばれる型だろう。
『戦闘型』は当時百万を超える数居たとされているが、そのほとんどはレフィーリアとその仲間に破壊されている。
現存数は定かではないが、有識者の推測によれば十体居るか居ないかだそうだ。
そんなレアな存在は呆れたように言う。
「そんな可愛げがなくて駄目な自立思考型魔法人形を数十年侍らせているのは、一体どこの誰でしょうね。」
王様?は眉をピクッと震わせたものの、彼女の言葉を無視するように言った。
「私はクリストファンペア・ヴィクトリアナ。
ヴィクトリア王国第333代国王をやらせてもらっておる。
まあ、こんな格好じゃ信じられんかもしれんがな。
後から証人が来るから安心せい。
さ、そっちも名を名乗れ。」
クリストファンペアに促され、二人はガチガチに緊張しながらも、しっかりした声で自分の名を言う。
「ぼ、僕はギルバートム・す……じゃなくて、ヴィクトリアナです。」
「レイリー・ストレアです。
この度は私の同行を許可して下さり、誠に感謝致します。」
「ええんじゃよ。
ギルも一人じゃ、不安じゃったろうしな。」
クリストファンペアはレイリーに優しくそう言うと、ギルバートムに目を向けた。
「それにしても、ライラ殿にほんとそっくりじゃのう。
ちょっとびっくりしたわい。」
「母さんのこと、覚えててくれてるんですね。」
「当然じゃろう。
自分の義娘の顔を忘れるほど、私はまだボケとらんぞ。」
失礼なことを言ってしまったかもしれないとしれないと思い、ギルバートムは慌てて「す、すみません!」と謝罪の言葉を口にする。
すると、クリストファンペアは笑顔で「別に怒っとらんから、安心せい。」と言った。
「あの子の訃報を聞いた時は、本当に心に穴が開いたかのようだった。
あの感情は妻を亡くした時以来、久々じゃったな。
アンドリュシエル……、お主の父親は特に落ち込んでな、行方不明になったお主を探すという使命があるにも関わらず、しばらく部屋に閉じ籠っておった。
はぁ……。
きっと今のあやつを見たら、お主らは複雑な感情を抱くだろう。
じゃが、悪気はないんじゃ。
あまり責めんでやってくれると助かる。」
クリストファンペアはそう言うと、半分怒り、半分呆れの大声で叫んだ。
「本人確認は済んだ!もういいじゃろう!いい加減現実と向き合え!アンドリュシエル!」
ドアがゆっくりと重たく開き、一人の男が部屋に入って来る。
スーツを着たしっかりしてそうな見た目の青髪の男性。
しかし、どこか頼りなく感じる。
それはきっと、この人が凄く気まずそうな表情をしているからだろう。
「父さん……?」
「久しぶり。
いや、違うな。
最後に会ったのはギルが物心つく前だから初めましてか。
お前の父、アンドリュシエル・ヴィクトリアナだ。」
ギルバートムは小さい頃から自分の父のことが気になっていた。
しかし、雰囲気からなんとなく詮索しない方がいいと悟っていたため、父に対する『会ってみたい』という感情を心の奥底に長いこと押し込めていた。
いつか一緒に暮らせる日が来たらいいなと思う時もあった。
そんな父が、今、目の前に居る。
ギルバートムは自分の目頭が熱くなっているのを感じた。
しかし、その熱は直ぐに収まることとなる。
アンドリュシエルが自分の名を名乗った直後、みたび部屋に人が入って来た。
大きなお腹を大事そうに抱えた長い銀髪の女性と、人形のように整った顔立ちの水色が混じった白髪の幼い少女。
二人がこの部屋に入って来た理由が分からず困惑していると、アンドリュシエルが言った。
「あー、えっと、この二人は、俺の妻と娘だ。
要するにお前の義母と腹違いの妹に当たる。
それぞれ、アデリア・ヴィクトリアナとメローネフィリム・ヴィクトリアナだ。」
(は? どういうこと?)
ギルバートムは心の中で反芻する。
意味が分からなかった。
ギルバートムの父親ということなら、アンドリュシエルの妻はライラでないと辻褄が合わない。
しかし、目の前の男はアデリアという女性を自分の妻だと言った。
それはつまり、アンドリュシエルは『ギルバートムたちとは別の家族を作った』ということを意味する。
たとえ父と一緒に暮らせたとしても『そこに自分の居場所はもうない』ことを意味する。
ギルバートムは実感した。
自分は父に捨てられたことを。
母は父に愛されていなかったことを。
「……。」
言葉が出て来ない。
喜びの涙となるはずだったものが、悲しみの涙に変わりそうになる。
虚ろな目でアンドリュシエルたちの方を向くギルバートムに変わり、レイリーが怒りをぶつける。
「そうか……。
結局、こうなるのか……。
ギルはやっと救われるんだって、そう期待した俺が馬鹿だった……。
俺たちは所詮庶民だもんな……。
精神的苦痛なら、跡が残らないからやり放題だもんな……。
・・・なんて、簡単に受け入れるわけがねぇだろうが!!!!
このクソッたれがああぁぁ!!!!」
レイリーは土属性魔法で先の尖った石を作り出すと、それをアンドリュシエルの胸目掛けて放った。
しかしそれは彼の胸には届かず、直前で停止する。
「まったくあんたって子は……。
もし王族を殺しなんてしたら、牢獄行きじゃすまないわよ。
警備役として一応ついて来てて、ほんと良かったわ。」
そう言いながら、大きな帽子を被った黒髪の女性が部屋に入って来る。
「お袋……。」
その女性はルイス・ストレア。
ギルバートムの祖母、レイリーの母。
そして、ヴィクトリア王国屈指の魔法使い。
ルイスはそのままアンドリュシエルの方へ向かって歩く。
とても優雅で、どこか艶めかしい。
三十歳くらいに見えるが、これでもクリストファンペアとそう大差ない年齢だ。
「人の魔法を止めるのって、繊細な操作が必要で大変なのよ?
弱過ぎれば止められないし、強過ぎると爆散させてしまう。」
ルイスはレイリーが放った石の前まで来ると、それに触れた。
その途端、石は粉々に崩れ散った。
「だから、こういう人の直ぐ目の前まで魔法が来ている時、風属性魔法って凄く便利なのよね。」
この場に居る者たちは、ルイスが一体どうやって高速で飛ぶ石を止め、そして破壊したのか見当もつかなかった。
ルイスの言葉的に風属性魔法を使ったっぽいが、それをどう使ったのかまでは分からない。
これが宮廷魔女の実力である。
「どういうつもりだ、お袋?」
「それはこっちのセリフよ、レイリー。
王族に攻撃なんて、あなた死にたいのかしら?」
「じゃあ、こっちも言わせてもらうがな、自分の孫がこんな絶望的な表情をしてるってのに、そうした元凶の味方をするって、お前、正気かよ!」
「忘れないで、レイリー。
私は宮廷魔女よ。
お城にいる間、私は王族の絶対的な味方よ。」
「可愛そうに。
王族の飼い犬に成り下がっちまったってことか。」
「いいえ。
成り上がったのよ。
だから王族と深い関係を築けた。
私が作り上げたこの関係を勝手に崩さないでくれるかしら?
一般階級でありながら下級貴族レベルの生活が送れている恩を、仇で返さないでちょうだい。」
「俺は別に望んでねえよ!
こんなクソみてえな王族どもと深い関係を築かなきゃ手に入らねえ幸福なんていらねえ!!
姉貴とギルバートムの思いを無碍にした王族と仲良くするぐれぇなら、不幸の方が断然マシだ!!!!」
「少し冷静になりなさい、レイリー!!!!」
「うるせえ!!
王族の雌老犬が!!!!」
徐々にヒートアップしていく二人の口論。
一触即発の危機かと危ぶまれたその瞬間、『パンッ!』という大きな手を叩く音が鳴った。
その場にいる全員が手を叩いた魔法人形メイドの方を向く。
そこには、彼女の隣で深々と頭を下げるクリストファンペアの姿があった。
「父上?」
困惑したようにアンドリュシエルがクリストファンペアの名前を漏らす。
それに答えるように、クリストファンペアが言葉を紡いだ。
「申し訳ない、ストレア家の者たちよ。
全て、私の責任だ。
もっと厳しく息子を育てておれば、もっと家臣の動向に気を配っておれば、こんなことにはならんかった。
本当に申し訳ない。」
「父上!
一般階級の者たちに頭を下げるなど、お止めください!
王族としての価値がーーー」
「ーーー己の過ちで謝罪をし、それで下がる価値など、最初から持たぬのと同じじゃ!」
アンドリュシエルの言葉をクリストファンペアが凄い剣幕で遮る。
先程までの穏やかさとは打って変わった威厳のある姿。
その場にいる魔法人形メイド以外の全員が、彼の姿に圧倒される。
「アンドリュー、私は言ったはずじゃ。
ギルとアデリア殿を合わせるのは、彼が王族の生活に慣れてからにするべきだと。
そうでなければ、彼の心に大きな傷を負わせかねんと。
何度も念を押したはずじゃ。
なぜ連れて来た?」
「そ、それは……。」
「答えよ!」
口籠るアンドリュシエルにクリストファンペアが物凄い圧を掛ける。
アンドリュシエルは恐る恐る答える。
「ギルとアデリアを後から会わせた場合、彼は私に裏切られたと感じてより心に深い傷を負うのではないかと思ったからです。」
「じゃから、今、会わせた方が良いと思ったと?」
「はい。」
「して、結果はどうじゃ?」
アンドリュシエルはギルバートムを見る。
そこには視点の定まらぬまま、明後日の方を見る彼の姿があった。
「・・・申し訳ありません。」
「アンドリューよ、私はお前に自覚してほしかったのだ。
己の心の弱さで一つの家を壊してしまったことをな。
そしていい加減気づけ。
自分に想像力が欠如していることを。
ライラ殿と別居することになってすぐ、寂しいからとアデリア殿に近づいたな。
挙句の果てに子供まで作りおって……。
ライラの訃報を聞いた時はショックで部屋に閉じ籠り、しばらく出て来んかったな。
生まれて間もなかったメローの世話はどうしとったんじゃ?
そして今回、息子に「裏切られた。」と思われるのが怖くてアデリア殿とメローを連れて来たな。
結果、心ここにあらずのギルに、ルイスとレイリー殿による大喧嘩と、場は大混乱。
まったく、お主は次期国王だというのに、これでは安心して王座を渡せんぞ。」
「・・・申し訳ありません。」
「良いか?
お主はもう二児の父じゃ。
そしてもう少しで三児の父になる。
いつまでも子供のままではおれんのだぞ。
そろそろ大人としての自覚を持て!」
「はい……。」
アンドリュシエルが反省したような声で返事をすると、クリストファンペアの威圧感が弱まった。
そしてクリストファンペアは、優しい声で続けた。
「それでは、説教タイムはこれにて終了じゃ。
親子の再会自体に口出しはせん。
アンドリュー、お主の手で幸せな再会にしてみせよ。」
「はい。」
クリストファンペアに促され、アンドリュシエルはギルバートムに近づく。
しかし、彼には息子を元気づける言葉が浮かばなかった。
なんと言うべきか分からずわたわたしていると、ギルバートムが口を開いた。
「父さん、ここに僕の居場所はないのですか?
母さんの居場所は、アデリアさんに奪われたのですか?」
「ち、違う!
お前の居場所はちゃんとある!
アデリアはライラの居場所を奪ったりなんかしていない!」
「だったら……、どうして……、父さんも……、アデリアさんも……、そんな顔をするんですか……?」
ギルバートムとあってからというもの、アンドリュシエルもアデリアも、ずっとばつが悪そうな顔をしている。
それは、ギルバートムに不安感を抱かせるには充分だった。
二人はハッとして、慌てて笑顔を作る。
ーーーしかし、もう遅かった。
「取って付けたような笑顔で騙されるほど、僕はもう子供じゃない!
僕らの家族を返せええぇぇ!!」
ギルバートムの絶叫と共に、無数の小さな魔剣が彼の周りに出現する。
「お、おい!
待て!
ギル!」
レイリーが止めに入るが、一歩遅かった。
無数の魔剣が縦横無尽に宙を舞い、辺り一帯を切りつける。
壁が、天井が、棚が、机が、ソファが、ズタズタのボロボロになっていく。
メローネフィリムが「おかあさま~!!」と言って、アデリアにしがみつく。
娘を守るため、アデリアは風属性魔法で風のバリアを張る。
アンドリュシエルは自身の剣で飛んで来る魔剣を防ぐ。
クリストファンペアは一切微動だにせず、ただギルバートムを一心に見つめ、魔法人形メイドが彼に向かって飛んで来る魔剣を全て拳で叩き落とす。
「クッソ!
どうやって止めたらいいんだよ!」
レイリーはそう言って身を屈める。
この場にいる誰も、彼の魔剣に打つ手がなかった。
ただ一人を除いて。
「放電する心。」
宮廷魔女ルイスはそう言って、自身の前に小さな白い球を出現させる。
それはバチバチと音を立てながら浮遊し、ゆっくりとギルバートムに近づく。
飛翔する魔剣の間を上手く通り抜け、そして触れた。
その瞬間、白い球は『バチッ』という音と共に破裂し、ギルバートムの体に大きな刺激を与えた。
全身に強烈な痺れが走ったギルバートムは、「うっ……。」という声を漏らして前方に倒れ込む。
ギルバートムは気絶した。
「これだけの魔剣を同時に操るなんて、我が孫ながら大したものね。
でも、コントロールはまだまだみたい。
独学だと、ここら辺が限界かしら。」
「お袋、んな呑気なこと言ってる場合じゃねえだろ……。」
ギルバートムの魔剣によって、部屋はぐちゃぐちゃになっていた。
壁と天井は傷だらけ、棚と机は倒れ、ソファは布部分が切られて中の綿が出てしまっている。
壁に掛けられていた鹿の飾りは床に落下し、角が取れている。
「これストレア家の弁償か……?」
レイリーがこれからのことを考え絶望していると、ルイスがクリストファンペアに言った。
「ごめんなさいね、クリストフ。
ストレア家を代表して謝罪するわ。」
「別に構わんさ。
どちらかと言えば、謝らねばいかんのはこっちの方だ。
まさか、全て最悪な展開に向かうとはな。
ルイスよ、例の計画を実行するが構わんな?」
「ええ。
流石に現状を変えるべきだものね。
いいわよ。
ただ、彼が『嫌だ。』と言ったら、また一からよ。
強引に推し進めないようにしなさい。」
「当然じゃ。
それじゃあルイスよ、息子たちを退室させてくれ。」
クリストファンペアに言われ、ルイスはアンドリュシエルたちを部屋の外へと連れ出す。
その背に向かって、クリストファンペアが言葉を投げかける。
「アンドリュー、アデリア殿。
お主らは覚悟しておいた方がいい。
ギルバートムとは一生分かり合えんかもしれんという覚悟をな。」
扉が閉まる。
最後に見せた彼らの背中には、どうしようもないほどの悲哀が浮かんでいた。
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ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
静かになった部屋で、クリストファンペアがそっと口を開く。
「すまんかったな、レイリー殿。
本当は感動的な親子の再会にしてやるつもりだったんじゃがな。
物事とは、そう上手くいかんものじゃな。」
「そうですね。」
レイリーは隣で眠るギルバートムに目を向ける。
どうやらこの世界は彼に優しくないらしい。
どう足掻こうと、彼は絶望へと向かうらしい。
「クリストファンペア様。
私たちは、どうしたらギルを幸せにしてやれるんでしょうか?
本当ならギルは第一王子として、この城で幸せな生活を送っていたはずなのに、王族でも庶民でもない半端者として扱われ、彼の唯一の居場所となるはずの家族すら今回の一件で実質失ったも同然の状態。
私たちは、彼に何をしてやれるんでしょうか?」
レイリーは苦しんでいるギルバートムに何もしてやれない自分が、本当に情けなく感じた。
そんな彼を慮るように、クリストファンペアが言う。
「この状況を作り出した元凶は『庶民は人間ではない』という歪んだ思想だ。
王族や貴族たちはこの空気感に飲まれておるし、庶民の間にも『自分たちはこういう扱いを受ける運命なんだ。』という一種の諦観が芽生えてしまっておる。
これを正さん限り、ギルが心から幸せになれる日は来んじゃろう。」
「貴方のお力で、どうにかならないものですかね。」
「難しいじゃろうな。
私の父上から聞いた話なんじゃが、父上がまだ王子だった頃、第330代国王と後に第331代国王になる当時の王子が、一度差別禁止を呼び掛けたことがあったらしい。
その結果、上級階級による庶民への横暴は減少したのじゃが、実のところ、国王と王子の目の届かぬ所で横暴は横行。
それは次第に常態化していき、私が生まれる頃には二人が呼びかける前の状態に戻ってしまったそうな。
つまり、私が差別禁止を訴えたら、一時的に上級階級による横暴は鎮まるじゃろうが、数十年後、それこそギルの子供たちの世代じゃな。
その頃には、すっかり今の状態に戻っておるじゃろう。
一時的な平穏なぞに意味はない。
そうじゃろう?」
「・・・そうですね。」
レイリーは苦悶する。
王ですら完全な差別の撤廃が難しいのであれば、一体どうすればよいのだろう。
もしやギルバートムはこのまま苦痛に苛まれたまま生涯を終えることになるのだろうか。
「差別をなくすのは一筋縄でいくものではない。
ただ幸運なことに、この城には今、歴史的な差別撤廃を成したあの大革命の生き証人がおる。」
「え……?」
クリストファンペアの言葉でハッとしたレイリーは魔法人形メイドを見る。
そうだ。
魔法人形は千年前、あの戦争時に製造された代物。
つまり、彼女は知っているのだ。
魔法至上主義の世界で生きた魔法を不得手とする者たちが、一体どうやって世界的な差別意識を撤廃させたのかを。
「ナナよ、教えてあげなさい。」
「了解しました。
ただし、本日の給料はいつもより増額してください。」
「わ、分かった。」
『ナナ』と呼ばれたその魔法人形メイドは、渋々了承したクリストファンペアの言葉を聞くと、彼の横に着席した。
そして、ゆっくりと話し始めた。
「千年前のボクスデンは、貴方も知っての通り、魔法至上主義でした。
魔法の強い者が上に立ち、魔法に弱い者は不遇な扱いを受ける。
そんな社会でした。
そんな中、この世界に一人の少女が誕生します。
彼女は体質的な問題で魔法を一切扱うことが出来ませんでした。
家族からは出来損ないと言われ、町を歩けば魔法使いたちに暴力を振るわれるような毎日。
絶望に浸りそうな毎日でしたが、彼女にはとある大きな使命があったのです。
その使命を達成するためには、このままではいけない。
世界中の人々の考え方を変えなくては。
そう思った彼女は、魔法とは違う道を切り拓き、魔法を不得手とする者たちにその新たな道を教え、そして動き出しました。
当時魔法大国と呼ばれていた三つの国に戦争を仕掛け、見事勝利。
世界に魔法が全てではないという意識を芽生えさせたのです。
持たざる者でありながら、持つ者たちに新たな世界を見せつけた。
だからこそ、彼女はこう呼ばれるのです。
ーーー『弱者の英雄王』と。』
『英雄王』。
この単語を聞いて、レイリーは全身に鳥肌が立つのを感じた。
この言葉に当てはまるのはこの世界に一人しかいない。
『英雄王レフィーリア』。
この国の初代国王にして、災厄を追い払いし偉人。
レイリーにとって、かの英雄王が魔法を使えない体質だったというのはどうにも信じがたい話だったが、千年前を知るナナが言うなら間違いないのだろうと、なんとか受け入れた。
「歴史というものは様々な時代において、その当時の人々にとって都合が良いように歪曲されがちです。
その中で英雄王の歴史も大きく歪められてしまったのですよ。
今を生きる人の多くは、彼女が『英雄王』と呼ばれる所以について災厄を追い払ったからだと思っています。
ですが、違うのです。
彼女は災厄を追い払う前から英雄でした。
よく考えれば分かる話です。
かの『魔法の女神』でさえ災厄とは相打ちだった。
たかが人間が災厄を追い払い、その後、国を興すなど有り得ない話なのですよ。
まぁ要するに、ギルバートム様が陥っている負の連鎖を断ち切りたいのであれば、持たざる者である誰かが動かねばならないのです。
いつの世も、歴史に残る大革命を成したのは、弱者です。
強者が持つのは、あくまで世界を維持する力。
世界を根底からひっくり返す力を持つのは弱者だけなのですから。」
「それってつまり、どういうことですか?」
レイリーの問いに、ナナははっきりとした声で答える。
「ギルバートム様に成ってもらうのですよ。
この国限定の『弱者の英雄王』に。
さすれば、万事解決です。」
「な?!」
レイリーは絶句する。
ギルバートムを『弱者の英雄王』にする。
それはつまり、ギルバートムにレフィーリアのように革命を起こしてもらうということを意味する。
革命。
それは成功したから革命と呼ばれるのであって、失敗すれば単なる犯罪でしかない。
そんな危険なものを、王子にやらせるつもりらしい。
しかし、一体どうして王族側がこんな提案するのだろう。
クリストファンペアがここで口を挟む。
「お主は気づいておるじゃろう?
さっきのアデリアという娘の正体に。」
「は、はい……。
姉の口から何度か聞いたことがあります。
ヘルメイン伯爵家現当主の娘ですよね?」
「そうじゃ。
彼女の存在こそが、ギルに革命を起こしてもらわねばならぬ理由じゃ。」
クリストファンペアはそう言うと難しい顔をした。
何か複雑な事情を思い出すかのように。
「ヘルメイン伯爵家の現当主ダッカスは、私の古くからの腐れ縁でな、何度も助け助けられを繰り返してきた仲なんじゃが……。
一つの欠点として、あやつはなんというか、王族への忠誠心が深過ぎるんじゃ。
私たちからの寵愛を独り占めにしなければ気が済まんというちょっと、いや、かなり厄介な性格をしておる。
ただ、そこまで目立った悪質な行いをしておらんかったから、今まで見過ごしておったんじゃが、ある時偶然知ってしまってのう……。
あやつが王族からの寵愛を一身に受けるために、ストレア家の壊滅を目論んでおることをな。
現在、王族と最も距離が近い家はストレア家じゃろう?
つまりストレア家を壊滅させれば、ヘルメイン家を王族と最も距離が近い家にするチャンスが生まれる。
それがあやつの狙いなんじゃが……。」
「そうですか……。」
「あまり驚いておらんな。」
「あいつがヒュドラでライラを殺った時から、大方予想出来ていましたからね。
今更驚きませんよ。」
「世間一般では偶然森に迷い込んだヒュドラによる事故ということになっておるが……、やはりあやつが犯した事件じゃったか。」
「まあ、私たちがいくら『ダッカスが犯人だ!』と言ったところで、私たちは所詮庶民。
貴族のダッカスが『やってない。』と言えばやってないことになりますからね。
ほんとはらわたが煮えくり返りそうでしたよ。」
「大変じゃったな。」
「励ましの言葉、感謝します。」
「話を戻すが、ライラが亡くなったことであやつの計画は一歩前進。
悲しみに暮れるアンドリュシエルに私の知らないところで勝手にアデリア殿を紹介し、見事くっつけた。
その結果、ヘルメイン家は王族と最も関係の近い家に返り咲いたわけじゃが、やつの思惑はこの程度では終わらん。
ストレア家が存在している以上、王族からの寵愛を一身に受けることは不可能じゃからな。
あやつはお主らをダシにしてルイスを騙し、無属性魔法『呪詛』を用いて、彼女に呪いを付与した。」
「は?」
ルイスは魔法のエキスパートである。
そんな彼女が呪いを付与されるなど、とても信じられる話ではない。
しかし、王ともあろうお方がこんな下手な嘘を吐くとも思えない。
「信じられんかもしれんがな、今のルイスはダッカスの言いなりなんじゃよ。」
「で、でも母なら、呪いなんて簡単に解呪できるはずですが……?」
「普通の呪詛ならな。
ルイスに掛けられた呪いは千年前の魔法によるものでな、解呪方法が現代の魔法で再現出来んのだよ。
じゃから、千年前から生きる魔法使いでも呼んで来ん限り、ルイスはダッカスに命を握られ続けるというわけじゃ。」
「そ、そんな……。」
「ルイスを封じれば後は簡単。
武力でいくらでも制圧できる。
・・・はずだった。
しかしそこで一つの問題が発生したのだ。」
「ギルが、生きていた……。」
「そうじゃ。」
クリストファンペアはゆっくりと頷いた。
「ダッカスにとって今のギルはイレギュラーな存在と言ってもよい。
ライラ殿と共に死んでいたはずのギルが、ストレアの家で生き延びていた。
それも宮廷騎士団すら圧倒できてしまうほどの実力を持って。
これが何を意味するか、お主に分かるか?」
クリストファンペアに問われ、レイリーは考える。
数秒考え、そして至った考えを口にする。
「現状、ダッカスの不意をつけるのはギルのみ。
そして、ギルは庶民の血を引く者だから差別される側の人間、ダッカスは貴族だから差別している側の人間。
もしギルがダッカスの悪逆非道な行いを露呈させ、それを人々に信じさせることが出来れば、千年前の大革命と重なり、ギルは『弱者の英雄王』となれる。
こういう筋書きですか?」
「正解じゃ。
流石はルイスの息子じゃのう。
頭がよう切れる。」
「い、いやぁ//」
『頭が切れる』という生まれて初めての褒め言葉に、レイリーは口元が緩みそうになる。
「それでは、ナナ。
作戦の概要を頼む。」
「了解しました。
作戦は主に三段階の計画で構成されています。
まず第一段階では、ギルバートム様にヴィクトリア家に対して宣戦布告してもらいます。
方法は自由ですが、『城に攻め込みます。』などと書いた予告上を送ることを推奨します。
次に第二段階では、攻め込んでもらいます。
しかし攻め込むのは城ではなく、ヘルメイン伯爵家です。
ヘルメイン家と王家はとある契約をしておりまして、予告上にいつ攻め込むのかを書いておけば、その契約上、ヘルメイン家はいくつかの戦力を城に貸すことになります。
おそらくダッカス・ヘルメインは戦地には出ず、安全な家で指揮をとると思われるので、そこを攻め込みましょう。
そして第三段階では、ダッカス・ヘルメインの悪事を露呈させます。
その方法はこちらで用意しておきますので、露呈させる方法については深く考える必要はありません。
ただ一つ、ギルバートム様には絶対にダッカス・ヘルメインのもとへ辿り着いていただく必要があります。
そのための人員などは確保しておく必要があるかもしれません。
以上が作戦の概要になります。
作戦実行日は、クリストファンペア様が亡くなってから数日以内です。
なので、まだ時間はあると思います。
充分に時間をかけ、心を決めてください。」
「ちょっと待ってください!」
ナナが説明をする中、レイリーが口を挟む。
「どうしましたか?」
「『クリストファンペア様が亡くなってから』ってどういうことですか?」
「実は私、病気を患っとってな。
持ってあと五年の命らしい。
いつ死んでもおかしくない状態なんじゃよ。」
「な?!」
クリストファンペアが病気を患っているという事実は公には公表されていない。
レイリーは期せずして彼のとんでもない秘密を知ってしまった。
「私が死んだら、一時の間、城内は混乱状態になるじゃろう。
次の王が『アレ』じゃからのう。」
『アレ』とは恐らくアンドリュシエルのこと。
確かに彼が王になったら、国はしばらく混乱しそうである。
「じゃから、作戦を決行する絶好の機会は『私が死んだ時』になるんじゃよ。」
「そうだったんですね……。
お体、大事になさってください。」
「もちろんじゃよ。
せめてギルが、この作戦をいつでも決行できるくらい準備万端になるまでは生き抜いてみせるわい。」
クリストファンペアは自信満々に胸を叩く。
恐らくクリストファンペアはこの作戦を非常に重要なものだと捉えているのだろう。
レイリーは思った。
この王様は、そう簡単に死ぬことはないだろうな、と。
「ところで、この作戦、ギルが重要ですよね?
あとで説明とかしておいた方がいいですかね?」
レイリーの言葉にナナが少しだけ笑みを浮かべて言う。
「いえ、その必要はないかと。
彼、数分前から起きてますよ。」
「は?!」
ギルバートムの身体がゆっくりと起き上がる。
「お、お前、いつから起きてたんだよ!」
「ナナさんが、弱者の英雄王について話してた辺り……。」
「結構前じゃねえか!」
「いやぁ、そのぉ、部屋をめちゃくちゃにしちゃったから、一体どんな顔で起きればいいのか分かんなくて……。
す、すいませんでした!
お詫びとして、作戦はもちろんやらせていただきます!」
頭を下げるギルバートムにクリストファンペアは優しく言葉をかける。
「無理はせんでよいぞ?
お詫びとか関係なしに、嫌だったら嫌と言ってよい。」
「……。」
クリストファンペアの言葉にギルバートムは口籠る。
その様子を見て、クリストファンペアは続けて言う。
「作戦を決行した場合、これはお主の人生にとって大きな分岐点となるじゃろう。
成功すれば歴史に名を残す偉人。
失敗すれば史上稀に見る大罪人。
そう簡単に『やる』と言えるものではないのは、私も分かっておる。
しかし『やらない』選択をすることで、ストレア家がいずれどうなるのかは、お主も分かっておるはずじゃ。
私が死ぬまで、まだ時間はある。
いや、私が生き続けることで時間を作ってやる。
じゃから、来たるべきその日までに、答えを見つけるんじゃ。」
「・・・分かりました。」
ギルバートムが振り絞るような声で返事をすると、クリストファンペアは席を立った。
そして、部屋の端に置かれている鉄の棒を持つと、急に天井をつつき出した。
するとガコッと音がして、天井の一部が開き、中から階段が降りて来た。
「それでは、これよりギルにはこの城の隠し部屋で生活してもらう。
ダッカスの罠にかかって、作戦を決行する前に死なれたら堪らんからな。
この階段を使うと一階の天井と二階の床の間の隙間に登れる。
そこから、明かりが見える方に進むと開けた場所に出る。
私が昔、父上から怒られそうな時に使っていた秘密基地じゃ。
ナナが掃除しておるから綺麗じゃし、何より私たち以外に知っている者はいない。
あやつに隠れて生活するには、もってこいの場所じゃ。
狭いのが難点なんじゃが、まあお主の体格なら大丈夫じゃろう。
隠し部屋に繋がる道は城内のいろんな場所にある。
自力で見つけるのは困難じゃろうから、あとで入り口を描いた地図を渡す。
それを暗記して、危険が迫った時はすぐに逃げるんじゃ。
よいな?」
「分かりました。」
「私にも、何か出来ることはありませんか?」
レイリーが訊くと、ナナが答える。
「もちろんあります。
ギルバートム様が『英雄王レフィーリア』であれば、レイリー様は『英雄王の右腕エレーナ・ダグラス』です。
故に貴方には、ギルバートム様を支えられるくらい強くなっていただく必要があるのです。
突然ですが、今日から貴方は私の弟子です。
千年前の戦い方を貴方に伝授します。
幸いこの城は辺り一帯を森に囲まれていますから、ストレア家に反感を抱く者たちに隠れて修練出来そうな場所がたくさんあります。
もちろん城内ですので、人通りはそれなりにあるでしょう。
そうした場合には、私が対応します。
共に頑張りましょう。」
「お、おお、おう……。」
突然の出来事にレイリーは戸惑う。
半ば強引にレイリーはナナの弟子になってしまった。
レイリーはなるようになれの精神で、取り敢えず受け入れることにした。
「俺、もう三十超えてますが、今からでも強くなれるんですかね?」
「何かを始めるのに年齢は関係ありません。
貴方に強くなりたい、ギルバートム様の力になりたい、といった思いがあれば、きっと強くなれるはずです。」
「頑張ります!」
こうして、ギルバートム、レイリー、クリストファンペア、ナナの作戦は幕を開けた。
ダッカス・ヘルメイン打倒なるかは、この時の四人はまだ知らない。
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賢暦1988年12月上旬。
反ストレア家からの反発をよそに、クリストファンペア・ヴィクトリアナがギルバートム・ヴィクトリアナとレイリー・ストレアの二人を城に招く。
結果、ギルバートムの手により、一つの部屋が壊滅状態と化す。
反ストレア家の反発はいっそう強くなった。
これ以降、城内にてギルバートムの姿が度々目撃されるようになる。
また城内のどこかから、「やめて〜!」「許してくれ〜!」「俺に何の恨みがあんだよ〜!」などの男性の悲痛な叫びが聴こえるようになる。
幻覚か幻聴か。
それは目撃者本人にも分からない。




