6話 ストレアの悲劇Ⅰ
ソフィアリスがリーゼロッテたちに謁見しているのと同時刻、ギルバートムはとある男に呼び出されていた。
薄暗い夜道を進み、いつもの森小屋へと向かう。
中に入ると、男は優雅に読書をしながら紅茶を飲んでいた。
「時間通り。
流石だね、ギルバートム君。」
ギルバートムは何も言わず、いつも通り椅子に座る。
そして男によって、拘束具で椅子に固定される。
「最近はお行儀がよくて、非常に助かっているよ。」
別にお行儀をよくしているわけではない。
抵抗できるならしたいと常に思っている。
しかし、ギルバートムにはそれができない理由があった。
「・・・レイリー叔父さんたちを解放してくれるのは、いつですか?」
「いつも言っているだろう。
それは、お前が王族の席から消えた時だと!」
男の顔を月明かりが怪しく照らす。
照らし出されるのは、怒りに満ちた表情を浮かべるダッカス・ヘルメインの顔。
次の瞬間、ギルバートムの視界はダッカスの拳で埋まる。
勢いよく殴打されたのだ。
「なぜクリストファンペア様の葬式と空葬に参加したのだ?
お前のせいで、私は多くの貴族たちの前で、恥をかくことになった!
紛い物風情が、あの場にいることが相応しいと、本気で思っていたのか?
この大馬鹿モノが!」
ダッカスが罵倒の雨を浴びせる。
その間、ギルバートムを殴る手は止まらない。
「私は今、非常にむしゃくしゃしている。
気の済むまで殴らせてもらうぞ。
いつも通りだ。
私の要求は分かるな?
言え。」
「レイリー叔父さんたちの命が惜しければ、無駄な抵抗はしないこと。
そして、あなたに殴られたことは決して口外しないこと。
傷跡は訓練の際に出来たものだとすること。」
「上出来だ。
さあ、紛い物。
今夜も私のサンドバッグとして、良い仕事をしてくれよ。
オラアアアアァァァァ!!!!!!!!!!」
ダッカスの拳がギルバートムの鳩尾にクリーンヒットする。
パンチの衝撃が体全体に響く。
視界が揺らめく。
肺に溜まった空気が、全て体外へと押し出される。
それでもダッカスの拳は止まらない。
顔、腹、背中。
次々に拳の雨が降り注ぐ。
「全部!ストレアの!クズどもの!せいだ!
ルイスが!いなければ!ライラが!いなければ!お前が!いなければ!ヴィクトリアナの!寵愛は!全て!ヘルメインの!ものだった!
お前らさえ!いなければ!
こんの!クソどもが!」
ダッカスの怒りの絶叫が、小屋全体に響き渡る。
パンチの威力はどんどん増していく。
ギルバートムの意識は次第に途切れ途切れになっていく。
そして、ギルバートムは幻覚を見た。
ライラが心配そうな顔をして、こちらを見つめる幻覚を。
(・・・大丈夫だよ、母さん。
僕はちゃんと生きるから。
どれだけ辛くても、母さんとの最後の約束だけは絶対に守るから。
だから、大丈夫。
うん、大丈夫だ。)
限界を迎え、ギルバートムは意識を失った。
しかし、小屋の中に響く鈍い音が止むことはなかった。
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賢暦1977年7月7日。
ヴィクトリア王国第一王子アンドリュシエルと魔女見習いライラの間に一人の男の子が生まれた。
その子の名はギルバートム。
王族と庶民の血を引く『紛い物』の王子である。
アンドリュシエルとライラの結婚は、庶民間では祝福されていた一方、貴族・王族間では酷く反対されていた。
そのため、ギルバートムは城内で腫れ物のような扱いを受けていた。
それを憂いたライラと祖母のルイスは、成長過程で彼の心が害されぬよう、城外で暮らすことを提案。
国王クリストファンペアとアンドリュシエルの了承を受け、城の横に位置する小さな森の中に小屋を作り、そこで暮らし始める。
それはまだ、彼が一歳になる前の出来事だった。
王族の血を引く存在でありながら、大きなお城ではなく小さな森小屋で育った彼は、自身が王族であるなど知る由もなかった。
母ライラは彼を王子ではなく庶民の子供として育て、父アンドリュシエルは公務で忙しく全く彼に会いに来ない。
王族・貴族との関わりなど、一切なかったのだ。
ライラはギルバートムを全身全霊で愛した。
昼夜を問わず身を粉にして働き、彼が不自由を感じないよう必死に稼いだ。
休日には彼の遊びに付き合い、悲しい思いをさせないように努力した。
彼の誕生日は毎年祝い、なけなしのお金をかき集めてプレゼントを用意した。
彼が幸せでいられるよう自身の命を削る勢いで走り続けた。
そんなライラの背中を見て育ったギルバートムはとても優しい子に育った。
仕事で疲れたライラのため、家事は率先して行った。
休日には、遊びに付き合ってくれたお礼に、肩揉みをして労った。
ライラの誕生日の日には、ライラの弟であるレイリーに頼んで、家の掃除や庭の草むしりなどのような簡単な労働と引き換えにお金を用意してもらい、プレゼントを用意した。
決して裕福な暮らしではなかったが、とても幸せな暮らしだった。
ーーーあの日までは……。
賢暦1982年7月7日。
ギルバートムの五歳の誕生日。
その日から、彼の人生は地獄へと進んで行くこととなる。
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「ねえ、母さん。
今日、レイリー叔父さん来てくれるかな?」
「間違いなく来るよ!
だってあいつ、ギルのことを自分の子供みたいに思ってるんだから。
ギルの誕生日に祝いに来ないはずがない!」
不安気な顔で問うギルバートムにライラが無邪気な顔をしてそう返す。
ギルバートムの前にはたくさんの料理が並んでいる。
ピザ、チキン、ドリア、ハンバーグ、ケーキ、フルーツ、etc.。
今日はギルバートムの五歳の誕生日。
ボクスデンでは五の倍数の歳になる誕生日にお祝いするのが普通である。
それに因んで、今年はいつもよりかなり豪華な誕生日パーティーが開かれる。
とは言っても、彼の誕生日パーティーに参加するのは、昨年までと同様に、ギルバートム、ライラ、レイリーの三人だけだが……。
「でも、もうこんな時間だよ……。」
ギルバートムはそう言って、窓の外を見る。
日は沈み、木々を月明かりが照らしている。
例年通りであれば、レイリーは既に我が家に到着しているはずだ。
彼の身に何かあったのではないかと、一抹の不安がよぎる。
ライラはそれを隠すために、敢えて明るく振舞う。
「大丈夫!
レイリーは絶対に来るから!
もう先に料理食べて待ってようか!
あいつが来る前に全部食べて、『来るのが遅い!』って叱ってやりましょう!」
「え~?!
そんなことして良いの?」
「良いの!
来るのが遅いのが悪いんだから!」
「わ、分かった……。」
ライラの不安感が次第に怒りに変換され始めた。
その様子を見ながら、ギルバートムは一番近くにあった料理を口に頬張る。
それはサラミとトマトソースのピザだった。
薄くスライスされたサラミに少し酸味の効いたトマトソースが良い具合に絡みあって、ピザ生地という舞台の上で踊っている。
ピザという名のミュージカルだ。
「全く、ギルの大事な日にどこで油売ってんのよ。
もうただじゃおかないんだから。」
ライラはブツクサとレイリーに対する嫌みを口にしながら、料理を食べ進める。
ギルバートムの数倍のスピードで。
ギルバートムがその様子に呆気に取られていると、玄関のドアが勢いよく開いた。
驚いてそちらの方を見ると、息も絶え絶え状態のレイリーが覚束ない足取りで家に入って来た。
只事ではない彼の様子に驚いたライラは、大急ぎで彼のもとに駆け寄る。
「ちょっと、どうしたの?」
「に、逃げろ……。
ヒュドラが、来る……。」
「ヒュドラ?」
ヒュドラ。
それは十二神獣を除けば、今も生存している生命体の中で最も強く、そして最も恐ろしい生き物。
その硬い鱗は剣も魔法も弾き、その九つある強靭な顎に噛まれればどんな生き物も簡単に真っ二つ。
『闊歩する自然災害』とも呼ばれる怪物である。
「話は後だ……!
一旦安全な場所まで避難するぞ……!
ここは一番危ない……。」
「よく分かんないけど、少し走った場所に洞窟があるから、取り敢えずそこに行きましょう。」
「ああ。
案内、頼むぜ……。」
ライラはギルバートムに目を向ける。
心配そうな表情でチキンを頬張る彼がそこにいた。
「ギル、誕生日パーティーは一旦休憩みたい。
ちょっとだけ走ることになりそうだけど、大丈夫?」
ギルバートムはチキンをゴクンと音を立てて飲み込むと、「大丈夫。」と言って椅子から降りた。
すると、遠くからゴゴゴという何か大きなものが迫って来るような音が聞こえて来た。
「クッソ!
もう来やがった!
早く行くぞ!」
レイリーの声でギルバートムたちは一斉に洞窟に向けて走り出した。
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五分ほど走ったところに、ライラの言った通り、丁度身を隠せそうな小さな洞窟があった。
三人は外から見えないように最奥の行き止まり部分まで行き、そこに腰を下ろした。
「レイリー、一体何があったの?」
ライラの質問にレイリーが申し訳なさそうな顔で答える。
「悪い。
全部、俺のせいだ。」
「どういうこと?」
「仕事が終わって、『しゃあ!ギルのこと盛大に祝ってやるぜ!』とか思いながら、軽快なステップでお前らの家を目指してたらよ、森の前で姉貴の学生時代の恩師を名乗る男に話しかけられたんだ。
俺、姉貴の学生時代のこと、あんま詳しくねえからよ、それをすっかり信じ込んじまって、お前らに関する情報を長々と話しちまったんだ。
そして、最後に名前を訊いたら、なんて返って来たと思う?
『ダッカス・ヘルメイン』だぜ?
盛大に『やらかした!』と思ったその瞬間、地面の下からヒュドラが飛び出して来やがった!
ヤツは初めから俺から導き出した情報を基にお前らの家の大まかな位置を割り出し、ヒュドラで襲撃するつもりだったんだ!
クッソ!
貴族の顔、もっと覚えとくべきだった!
すまねえ!」
レイリーは頭を下げて謝る。
彼のその謝罪にライラは優しく言う。
「そこまで必死に謝らなくてもいいよ。
あの人は狡猾だし、それに人の懐に入るのが上手い。
私も昔、一度騙されたしね。
しょうがないよ。
でも、なるほどね。
大体理解した。
遂に動き始めちゃったか。」
ダッカス・ヘルメイン。
二百年ほど前から当時の国王に命じられてヴィクトリア王国領の北西部を治めているヘルメイン伯爵家の現当主。
ヘルメイン伯爵家はヴィクトリア王家と繋がりが深く、ほぼ王族と言っても過言ではない。
そんなヘルメイン伯爵家の現当主様が、一体なぜライラたちの命を狙っているのか。
それは、ライラが第333代国王クリストファンペアの息子、アンドリュシエル王子と結婚したことが原因である。
アンドリュシエルは十六歳から十八歳までの間、とある有名な学院に通っていた。
王族との繋がりを更に深めたいと思っていたダッカスは、アンドリュシエルと自身の娘アデリアをくっつけようと画策し、コネを用いて彼女を彼と同じ学院に入学させた。
勿論、アンドリュシエルにもアデリアにもバレないようにこっそりと……。
しかし、ダッカスの思惑は失敗に終わる。
アンドリュシエルは非常に好奇心旺盛で、枠に囚われない自由奔放な王子様だった。
そのため、貴族のアデリアではなく、その学院に通っていたたった一人の一般階級の女子に興味を示した。
それがライラだった。
王族でも貴族でもないライラがなぜこの有名な学院に通えているのか、奇異の目に晒されているのになぜ平気な顔をしていられるのか、など、アンドリュシエルは様々なことをライラに訊いた。
ライラは始めのうちは、一体なぜ王子様が自分にしつこく付き纏って来るのか分からず疑いの目を向けていたが、次第に彼がただ純粋な好奇心のみで話しかけて来ていることに気づき、心を開いて行った。
学院での生活において、二人はほとんどニコイチ状態であった。
その関係は学院を卒業してからも続き、いつしか二人は恋仲となった。
そして数年後、結婚し、子供を授かることとなる。
ダッカスにとって、これは非常に面白くない出来事であったのだろう。
本当であれば、ライラの位置にはアデリアがいて、自身は王子の祖父という立ち位置にいたはずなのに、どういうわけかそこに自分は居なかったのだから。
恐らくダッカスはヒュドラを使ってライラとギルバートムを殺し、失意に沈んだアンドリュシエルにアデリアを近づけ、上手いことくっつけようと画策している。
ダッカスは遂に禁断の手段に手を出したのだ。
家がある場所からは、爆音が響いている。
ヒュドラが家を破壊しているのだ。
四年以上二人が仲良く暮らしたあの家は、もう跡形もなく消え去っているだろう。
「なあ、もういいだろ?
こんな思いしてまで、ここで暮らす意味ないって。
ギル連れてさ、帰って来いよ。」
「実家に?」
「ああ。」
レイリーがそう言うのも分かる。
ストレアの家にいれば、母ルイスがいる。
ルイスは白雷の魔女と呼ばれる有名な魔法使いであり、王族とも面識がある。
ストレア家に戻れば、ダッカスも手を出して来なくなるだろう。
でもーーー
「戻らないよ。」
「なんでだよ……!
姉貴がそんなに命を張る必要ないだろ!
そんなにあいつが大事か?
自分の妻と子供をこんな森の中に追いやって大変な思いをさせているあのクソ王子が、そんなに大事か!!」
「やめて!!」
ライラの大きな声が洞窟の中で反響する。
「あの人の悪口は言わないで。
これは私が決めたことだから。
あの人は悪くないから。」
ライラの鋭い眼差しにレイリーは怯む。
レイリーは「クソッ!」と呟き、そっぽを向いた。
「そんなにくたばりてぇなら、もう好きにしやがれ。
ただ、ギルを残して死んだら、俺は許さねぇからな。」
ライラは立ち尽くしているギルバートムに近づき、そっと抱きしめた。
ギルバートムは泣きそうな声で呟く。
「母さん。
僕たち、どうなるの?
このまま、死んじゃうの?」
「大丈夫。
母さんが、なんとかするから。
ギルはここでレイリーと一緒に良い子にして待ってて。」
ギルバートムは今何が起こっているのか、よく理解していなかった。
しかし、自分たちの身に危険が迫っていることは本能的に悟っていた。
ライラはギルバートムの中に生まれた不安感を払拭するため、優しく頭を撫でて声をかける。
ライラはギルバートムがか細い声で「うん。」と返事をしたのを聞き、続けて言った。
「ねえ、ギル。
あなたに一つ聞いてほしいことがあるの。
あなたはね、1977年7月7日午前7時7分に生まれたの。
7はラッキーセブンといってね、とても縁起の良い数字なんだ。
つまりあなたは、世界に愛された子なの。
きっとあなたは今後、とても辛い道を進むことになると思う。
でも世界に愛されたあなたなら、きっと最後には一抹の光が必ず差す。
だから、生きて。
生きてさえいれば、絶対なんとかなるから。」
ライラはギルバートムの頭をポンポンと優しく撫でると、体を洞窟の外の方へと向けた。
「レイリー、外の音が落ち着いたら、ギルを連れて森の外に向かって。
そうねぇ、森の入り口にある小さな看板の前で落ち合いましょう。」
「分かった。
死ぬなよ。」
「安心しなさい。
こう見えても私、一応魔女見習いなんだからね。
そう易々と死なないよ。」
ライラはそう言って、覚悟を決めたようなキリッとした表情をすると、洞窟の外に向かって駆け出した。
しばらくすると、ヒュドラとライラの戦う音が洞窟内まで聞こえて来た。
硬い壁に魔法を打ち込むような鋭い音。
それだけで激しい戦いだと分かる。
音は一晩中聞こえ続けた。
鳴り止んだのは、日が昇った後だった。
ギルバートムとレイリーは、たった一晩で様子が丸っと変わってしまった森の中を進んだ。
森の入り口を目指して歩いていると、ヒュドラの死骸を見つけた。
そしてその隣りには、下半身を失い、血塗れになったライラの遺体が横たわっていた。
それを見て、ギルバートムは呟く。
「母さんは、負けたの?」
「いや、勝ったさ。
俺たちが、今こうして五体満足で居られているのが何よりの証拠だ。」
二人はライラの遺体を、森小屋のあった場所に埋めた。
ライラはアンドリュシエルと結婚したことで王族となった。
本来なら彼女は、土葬ではなく空葬されるはずだった。
しかし、二人はソリッドエアを作れない。
故に土葬するしかないのだ。
二人はお墓の前で祈りを捧げる。
「分かってたさ。
人がヒュドラに勝てるはずがねえって。
でもよ、お前の意思は頑なだし、俺が居たところで足手纏いになるだけだし、こうなる未来しか選択肢がなかったんだ。
俺が、もっと強ければ……。
すまねえ、姉貴。」
レイリーは涙を流す。
それに釣られるように、ギルバートムも涙を流す。
一頻り泣いた後、レイリーはギルバートムに優しい声で言った。
「ギル、お前、うちに来るか?」
家が失くなった。
母が亡くなった。
父のもとには戻れない。
今のギルバートムには居場所がない。
故に、ギルバートムにはこの誘いを断ることなど出来ない。
「うん。」
その日から数年、彼はストレアの人間になった。
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「叔父さん、もうそろそろ出ないとまずいですよ!」
「分かってる!
クッソ!
こういう大事な日に限って髪型が決まらねえのなんでだよ!」
賢暦1988年秋、ギルバートムは十一歳になった。
ギルバートムはライラが亡くなったあの日から、ライラの実家であるストレア家に居候させてもらっている。
始めのうちはレイリーとの暮らしに戸惑うこともあったが、次第に慣れていき、今では父と息子のような関係となっている。
普通の親子との違いと言ったら、息子が父親の恋愛を応援している点だろう。
ライラが亡くなってから早六年。
レイリーはそれなりの年齢になった。
しかし、未だ独身。
このままでは、生涯を誰とも添い遂げることなく終えることになってしまう。
そのためレイリーは今、出会いを求めて手当たり次第に合コンに参加している。
「少しくらい不格好でも大丈夫だと思いますけどね。」
「やっぱガキにはまだ分かんねえよな。
合コンってのは戦場だ。
少しの油断が命取りになんだよ。
誰かと付き合いてぇなら、完璧な状態で挑まにゃならんのよ。」
「そういうもんですか。」
「そういうもんよ。
いよっし!
決まった!!」
部屋から出て来たレイリーは、いつもとオーラが違った。
「今日、絶対に彼女を作るぞ」と燃えているようだった。
流行りの服に流行りの髪型。
三十を超えたおじさんがやるとちょっとイタイ格好。
本当に大丈夫なのかと、ギルバートムは少し不安になる。
しかしレイリーは、そんなことはお構いなしといった感じだ。
合コンに参加し過ぎて、感覚が麻痺し始めてしまったのだろう。
「それじゃ、行ってくる。
今日こそは、可愛い彼女連れて帰ってくるからよ。
楽しみに待っとけ~!」
「うん。
頑張れ~。」
そう言って何度も失敗して来た。
ギルバートムは『もう期待するだけ無駄なのかもしれない。』と軽やかな足取りで歩いていくレイリーの背を冷ややかな目で見ながら思うのだった。
「それじゃ、僕も行くか。」
母を失ったあの日から、ギルバートムはひたすらに強さを求めて修行し続けた。
もう二度と大切な人を失わないようにと。
庭に出て、剣の素振りをする。
六年間、ずっと行っている日課だ。
思考を剣に集中させ、意識を研ぎ澄ませる。
しかし、今日は中々集中できない。
雑音が多過ぎる。
『はぁ……、はぁ……。
もう……、無理……。』
『誰が休んでいいと言った!
鞭打ちされたくなかったら、早く運べ!』
『は、はいぃぃぃぃ!』
『ねぇ、お兄ちゃん!
どこにナイフを当てたら、このお猿さん良い声で鳴くかな?』
『おい!
お父様からいつも言われてるだろ?
「庶民的当てはやめろ、はしたない」って。
もう心臓に当てて一撃で終わらせとけ。』
『はーい……。
てなわけで、お猿さん、ごめんね。
君の人生はここまで。
お疲れ様でした。
あ、そこのメイド!
あとで片付けよろしくね。』
『かしこまりました。』
『ん"ー"!!!!!!!
ん"ー"!!!!!!!!!!!!
グフッ……。』
片や無理やり働かされる庶民、片や貴族にゲーム感覚で殺される庶民。
この国では、庶民に人権など存在しない。
庶民の多くは貴族の奴隷、もしくは遊具である。
無論、ギルバートムも庶民であるため、貴族たちの手によってこのような目に遭ってもおかしくはないが、どういうわけか彼を標的にする貴族は存在しない。
なぜなら、彼は『ストレア家』の人間だからだ。
ストレア家は庶民の家系ではあるが、特例として下級貴族と同等の地位が与えられている。
ストレア家にはライラの母に当たる『ルイス・ストレア』という人物がいるのだが、この人物は庶民の身でありながら国王の信頼を得て宮廷魔女になったという異例の経歴を有しており、その功績が王族はもとより貴族にも認められているのだ。
しかし一部、ダッカス・ヘルメインのような彼女の功績を認めていない者も一定数いるため、完全に安泰というわけではない。
ただそれでもギルバートムは他の庶民に比べたら、比較的裕福な生活を送れている。
レイリーが合コンに行けているのも、ライラが王子と結婚できたのも、ルイス・ストレアの功績が大きく影響しているのだ。
「はぁ……。
もう少し静かになってから始めるか。」
ギルバートムは木陰に移動し、腰を下ろす。
そして、剣のお手入れを始めようとした時、数人の来客者が訪れた。
「すみません。
ギルバートム・ストレア様のお宅はこちらでしょうか?」
庭木を挟んでこちらに話しかけて来る豪華な服に身を包んだ白髭の男。
明らかに庶民ではない。
不審に思い、ギルバートムは取り敢えず彼らの素性を問う。
「どちら様ですか?」
「私は王から言伝を預かった使いの者です。」
「王?!」
男の言葉にギルバートムは仰天する。
ギルバートムは王族の血を引く者であるため王族の誰かしらから何か接触があってもおかしくはない。
しかし、ギルバートムは物心ついた時からライラと森小屋で二人暮らし、ライラが亡くなってからはレイリーとストレア家が代々受け継いできた家で二人暮らしと、王族とは全く無縁の人生を送って来た。
ライラとレイリーも、ギルバートムに父のことを教えなかったため、彼自身は自分のことをかなり特殊な庶民の家に生まれた子供だと認識しているのだ。
「渡したいものがあるので、少しだけお邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はい。」
ギルバートムが許可を出すと、王の使いと彼を護衛する騎士たちがぞろぞろと庭に入って来た。
庭が鎧で埋め尽くされる。
ギルバートムは凄い威圧感を感じた。
「申し訳ありません。
これだけ多いと流石に怖いですよね?
脅すつもりで来たわけではございませんので安心してください。」
「はい……。」
王の使いは騎士の一人から一つの封筒を受け取ると、萎縮しているギルバートムの方に差し出した。
「こちらは王からの手紙になります。
内容は私たちも知りませんが、おおかた城への招待状といったところでしょうね。
王の言った日付けと時間に謁見できるように、予定を調整してください。」
「わ、分かりました……。」
ギルバートムは王の使いと騎士たちから感じる圧に屈し、『なぜ自分が?』と思いながらも即行で了承する。
しかし、そこで一つ彼の中に新たな疑問が生まれた。
ギルバートムはまだ十一歳という年齢であるため、恐らく保護者同伴で王に謁見することとなる。
その役割は間違いなくレイリーが担うことになるのだが、レイリーは最近合コンで忙しい。
ギルバートムとしては、あまりレイリーに迷惑をかけたくない。
もしレイリーにとって不都合な日時に招待されているとしたら、予定をずらしたりしてくれるものなのだろうか?
王はそれを許してくれるのだろうか?
「あ、あの、もし王様が指定した日時に、どうしても外せない用事が被っていた場合、王様は日時をずらしてくれたりしてくださるものなのでしょうか……?」
ギルバートムは純粋な気持ちで質問した。
しかし、どうやら王の使いや騎士の逆鱗に触れてしまったらしい。
ギルバートムが質問したその瞬間、王の使いの隣にいる騎士が剣を鞘から抜き、素早くギルバートムの喉元へ剣先を向けたのだ。
ギルバートムはほぼ反射に近い反応でその剣先が喉元に触れないよう自身の一本目の剣で受け止め、二本目の剣で騎士の喉元に剣先を突き付け返し、咄嗟に作り出した無数の魔剣でそれ以外の騎士たちの心臓を狙い、周囲の空気にバチバチと雷属性魔法を放ち彼らの手足に若干の痺れを与えた。
彼の咄嗟のカウンターに、騎士たちは動揺する。
王の使いも言葉を失う。
ギルバートムは修練の天才であった。
この五年で、剣と魔法を完全に会得した。
それもほとんど独学で。
剣の腕は超一流。
五年で彼は英雄王レフィーリアが生み出した全ての剣の流派を会得した。
まず単剣流。
その名の通り、一つの剣を用いて戦う流派。
扱うだけなら最も簡単。
しかし、極めようとすると最も奥が深い。
次に多剣流。
その名の通り、多くの剣を用いて戦う流派。
使う剣の数は人によってまちまちで、多い人だと十本以上の剣を扱う。
単剣流をある程度扱えなければ、そもそも扱うこと自体が難しい。
そのため、この流派は扱えた時点でほとんど会得できたといっても過言ではない。
そんな流派。
最後に魔剣流。
これは他二つの流派と異なり、「剣」ではなく「魔法で自ら作った剣」を用いて戦う流派。
保有魔力量が多ければ多いほど大きく鋭い剣を作れるため、純粋な強さが保有魔力量に比例してしまう。
この流派を扱えるような者は、そもそも剣士ではなく魔法使いを目指すため、単剣流、多剣流と比べると、会得している人口は極端に少ない。
ギルバートムは単剣流、多剣流、魔剣流、この三つの流派をレイリーとルイスに用意してもらった本で学びながら、寝る間も惜しんで修練に励んだ。
宮廷騎士団でも彼に勝てるのは数人ってところだ。
魔法の腕も一流だ。
剣ほどの才覚はなかったものの、それでも得意の雷属性魔法は、その道のスペシャリスト、ルイスすらも手放しで褒め称えるレベルまで上達した。
そのため今のギルバートムは、複数の剣を持ちながら「多剣流」だけでなく「単剣流」も同時に使い、それと同時並行して魔力で生み出した魔剣で「魔剣流」も同時に使いつつ、それだけではなく雷属性魔法まで一緒に使うという、絶対に相手にしたくない化け物と化してしまったのだ。
今、ギルバートムは多剣流、魔剣流、雷属性魔法という三つの技法を用いて、場を圧倒して見せた。
余程のことがない限り、どれか一つしか実戦で使えるほど極めることはできないため、齢十一歳の少年がこんな合わせ技をしてくるなど想像することは不可能に近い。
彼らが動揺してしまうのも致し方ないと言える。
「どういうつもりですか……?」
「どうしたもこうしたもない。
貴様の都合で王の手を煩わせるな。」
「なら、そう言葉で言えばいいでしょう。
なぜ手を出して来たのですか?」
「言葉を慎め、庶民!
あまり調子に乗るなよ。
ストレア家は優遇されているが、所詮庶民であることを忘れるな。」
「……っ!!」
その瞬間、ギルバートムは理解した。
目の前の男たちは、ストレア家に反感を抱いている一派の一部であると。
彼らをあまり刺激しない方がいいと判断したギルバートムは、魔剣を消し、剣を鞘に仕舞った。
すると騎士も安心したように剣を鞘にしまった。
「それでは、用は果たしましたので、お暇させていただきます。
お邪魔致しました。」
王の使いはそう一言告げると、騎士を連れて帰っていった。
しばしの静寂が訪れる。
空気が冷たい。
ギルバートムは自分の手の中にある封筒に目を向ける。
「何が書いてあるんだろう?」
ギルバートムは手紙の内容をしっかりと確認するために、一度家の中へ戻ることにした。
この日の特訓は、あまり出来ないまま終わった。
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手紙に目を通すと、初っ端から信じがたい文章が目に入った。
『我が孫、ギルバートムへ。』
「は?」
あまりの衝撃に言葉を失う。
この国の王様が、自分のことを『孫』だと言っているのだ。
「どういうこと……?」
ギルバートムは不思議に思いながらも、読み進めた。
『初めまして。
私はこの国の第333代国王を務めさせていただいているクリストファンペア・ヴィクトリアナという者です。
周辺の貴族たち、そして不出来な愚息の愚行のせいで、不便な生活を強いられていること、大変心苦しく思っております。
我が愛しき義娘ライラ・ヴィクトリアナより聞き及んでいるかは定かではないが、恐らくあの娘の性格上話していないと推測し、非常に重要な事柄について面と向かって話し合いたいと思い至りました。
故に、ここにそなたを城へ招待することを宣言致します。
日時については特に指定致しません。
時間が空いている時に来て下されば結構です。
一人で来るのが不安であれば、付添人を連れて来ても構いません。
王族一同、貴方の来訪を心よりお待ちしております。
第333代国王クリストファンペア・ヴィクトリアナより。』
ギルバートムは混乱している頭で何とか手紙の内容の整理を試みる。
ライラが王の義娘。
つまり自分の父は、この国の王子様かもしれない。
にわかには信じがたいが、国王が自分なんかにいたずらを仕掛けて来るとも到底思えない。
つまるところ、城へ行かなければ何も分からない。
「一体、何が起こってるんだ……?
そして僕って一体、何者……?」
様々な謎と向き合うため、ギルバートムはこの招待に応じることにした。
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賢暦1988年11月中旬。
1982年7月8日の『ギルバートムの森小屋、ヒュドラ襲撃事件』より行方不明となっていたギルバートム・ヴィクトリアナ王子が、ストレア家に匿われていることが判明。
同月下旬、接触を試みる。
宮廷魔女ルイス・ストレアから事情を伺いつつ、彼の来訪を待つ。




