9話 エレーナを求めて三千里
家庭教師による授業と授業の間の隙間時間。
たまたま一時間くらいの休憩時間を確保できることになったので、自室でリーゼロッテに与えられた無属性魔法『変身』を試してみることにした。
「さあ、やるぞ!」と意気込んでみたものの、不安感は拭えない。
なんと言っても自分の体が全く別物に変わるのだから。
「私はメ〇モン」と暗示をかけるしかない。
今の私は三歳児の体。
変身後の私は満十六歳。
身長も体重も何もかもが増える。
つまり、無から有を創り出すのだ。
質量保存の法則を完全に無視している。
科学的に考えると理解不能の魔法だ。
コ〇ンが新〇に戻る時に苦痛を味わうように、私も苦痛を味わうことになるのだろうか?
そこら辺は上手いこと『魔法』として昇華され、苦痛なく変身できるようになっているのだろうか?
思考がぐるぐる回って色々な事を考えてしまうが、実際にやってみれば意外と大したことないこともある。
四の五の言わず考えず、とにかくしてみることにした。
「確か『星矢杏奈』の姿と着たい服を想像しながら体内の魔力を消費することで『変身』が発動するんだったっけ?
よーし、やるぞ!」
私は『星矢杏奈』の姿と、とりあえず部屋着を想像する。
そして体内の魔力を消費ーーーする方法がよく分からなかったので、普段魔法を使う時にしているように「変身。」と魔法名を口に出した。
するとその瞬間、私の全身が強い光に包まれた。
光の中で私は自分の体が作り替えられるのを感じた。
1メートルもなかった身長が伸び、それに伴い体も女性的になる。
ぺたんこだった胸が膨らみ、腰回りが大きくなる。
体の再構築に伴い、言葉では表現しにくい複雑な感覚が生まれているものの、大きな痛みなどはなく、とてもスムーズに私の体は変化していく。
光が消えた時そこにいたのは、紛れもない「星矢杏奈」だった。
十五年慣れ親しんだその体が身に纏っているのは、日本にいた頃愛用していたグレーのTシャツとベージュの短パン。
まあ、この世界では今のところみたことのない服装である。
「あー、あー。
おー、『私』の声だ。
すご。」
自分の声を確認した後、体におかしな場所がないかを確認するため、とりあえずその場で跳ねてみる。
視界に入る黒い髪に、胸元で『ここにいるよ!』と主張してくる物体。
懐かしい感覚だった。
「ほんとに凄いなぁ、あの大賢者。
ボクスデン内にあったはずの私の体に、一体どうやって魔法を与えたんだろう?」
何かカラクリがあるのだろうが、今考えたところで無意味なので、それ以上考えるのはやめた。
変身できることは確認できた。
しかし本当の問題はここからだ。
なんといっても戻らなくてはならないのだから。
この体で「ソフィアリス・ヴィクトリアナです。」と宣ったところで、誰も信じちゃくれないだろう。
「『ソフィアリス』に戻るには、あっちの姿を想像すれば良かったはず……。」
私はソフィアリスの姿を想像する。
「変ーーー」
『変身』と言いかけたその瞬間、床下からコンコンと叩く音がした。
何事かと不思議に思い、音がした場所に近づくと、床に敷かれたタイルがグラついていた。
「え……?
もしや動かせる……?」
三年以上この部屋で暮らして来て初めての事実に戦慄する。
まさか誰かが勝手に出入りしてたりする……?
若干の恐怖を感じながらも、私は勇気を出してタイルをそっと持ち上げる。
横にずらすと、薄暗くて狭い空間が現れた。
一階と二階の隙間にこんな謎空間があったとは。
それにしても、かなり綺麗だ。
普段から人が使っていなければ有り得ない綺麗さだ。
「こ、これ、流石にメイドに伝えた方が良いよね……?」
そう呟いた瞬間、死角から「やあ。」と言いながら、人がひょこっと顔を出した。
「ひゃああああぁぁぁぁ!!!!
・・・ギ、ギル兄様?!?!?!」
「え?!?!
だ、誰ぇ?!?!」
突然現れたギルバートムに驚く私と、『星矢杏奈』に変身した状態の私を見て誰だか分からず驚くギルバートム。
二人の仰天する声が部屋に響いた。
ー
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「まさかソフィだったとは……。
びっくりだよ。」
「それはこちらの台詞です。
まさかこんな隠し部屋があるなんて……。」
ギルバートムに連れられ、私は彼が普段生活しているという隠し部屋に来た。
一階と二階の細くて狭い通路を四つん這いになって進んで辿り着いた場所は三畳ほどの小さな空間。
そこに置かれた小さなちゃぶ台と二つのクッションが、わずかながら生活感を演出している。
天井は低く、『星矢杏奈』の姿だと、座ることは出来るが立つことは出来ない。
こんな狭い空間で生活しているとは、何とも驚きである。
「ギル兄様って王族ですよね?
なんでこんな場所で暮らしているのですか?
城内にギル兄様のお部屋はないのですか?」
「あはは……。
色々あってね、こういうことになってる……。
まあ、詳しいことは追々話すよ。
そのために、君に会いに来たわけだし。」
「話ですか?」
「うん。
異世界人の君なら、今僕が置かれている現状を打破する方法を思いつけるんじゃないかと思って。」
そう言うと、ギルバートムは自分の生い立ちと、自分が置かれている現状を話し出した。
その内容はあまりにもぞっとするもので、平和な日本で生きて来た私にとっては、現実で起きていることだと受け入れるのが難しい事実だった。
しかし、先日のギルバートムへのダッカスの態度から鑑みるに、彼の話は事実なのだと信じるしかなかった。
この世界の倫理観は、未だ発展途上なのだ。
「ギル兄様が、城で腫れ物扱いされているのはそういうことだったんですね。
ごめんなさい。
私の苦労など、ギル兄様の苦労に比べれば、とても些細なことでした。
『似ている』なんて言ってごめんなさい。」
「別に謝らなくていいよ。
僕は全然気にしてないから。
それよりも思いついたかい?
僕が置かれている現状を打破する方法を。」
「はい。
実はーーー」
私はリーゼロッテたちとの作戦会議で出た作戦の一部を話した。
私の言葉を聞くごとに、ギルバートムの表情が晴れやかになっていく。
「つまり、これから君が会いに行かなければならない『英雄王の右腕』の力があれば、叔父さんたちにかけられた呪詛を解呪できて、突破口が同時に出来上がるってわけか。」
「はい。
きっとあの大賢者がエレーナ・ダグラスに会いに行けと言ったのも、これが理由かもしれませんね。」
「本当に大丈夫かな?」
「どういう意味です?」
「叔父さんたちにかけられた死の呪詛はかなり強力なものらしくて、とある有識者の話だと千年前の魔術師を連れて来ないと解けないらしいんだ。
けど、エレーナ・ダグラスって英雄王の右腕だろう?
つまり、魔法に反発してた側の人間なわけで……。
そんな人があの呪詛を解呪できるのかな?」
「これは英雄王から直接聞いた話なのですがーーー」
「英雄王とも会ったのかい?!」
私の言葉を、ギルバートムの驚く声が遮る。
「はい、一応。
大賢者と一緒に謎空間で暮らしてます。
彼女も私と同じくリーゼロッテに『体の状態を一定に保つ』体質にされた口でして、不死身の体を持って大賢者とイチャコラしてましたよ。」
「い、イチャコラ……?
そうかい……。
なんか僕の中の彼女たちの人物像が壊れていく音がするよ……。
もっと威厳のある人たちだと思ってた……。」
「い、威厳……。」
凄い人物であることに誤りはないが、威厳は・・・まあ、ない。
うん。
「い」の字もない。
「レフィーリア様もリーゼロッテ様と同じく、神様みたいなことをしているのかい?」
「いえ、してないと思います。
災厄との戦いに備えて、ずっと特訓し続けているようですので。
きっと災厄が現れたら、彼女、この世界に再降臨すると思いますよ。」
「え?
それって、ヴィクトリア王国の人々、凄い混乱するんじゃ……。」
「でしょうね。」
英雄王が再降臨したら、英雄王の転生体だと信じていた『ソフィアリス・ヴィクトリアナ』は実は英雄王の転生体などではなく、ただ英雄王と似た体質を持っただけの女の子であることが証明されてしまうのだから。
「話を戻します。
英雄王の話によれば、エレーナ・ダグラスさんは『魔法嫌いの魔法使い』だそうです。
得意の魔法は『霧散結界』。
現代の魔法分類学に当てはめると、一応無属性魔法に分類されるそうです。」
「一応?
どういう意味だい?」
「彼女が使う『霧散結界』という魔法は、かなり特殊な魔法なんです。
なんでも一定範囲内で発動されそうになっている魔法を全て、魔力を霧散させることにより発動できないようにする魔法なんだそうです。
自身の魔力を用いて、他者の魔力を霧散させる。
その特殊な性質上、現代の魔法分類学ではどこにも当てはまらないんだそうです。」
「だから"一応"無属性魔法ってことか。」
「そうです。」
「確かにその魔法なら、死の呪詛も魔力ごと霧散してくれそうだね。」
ギルバートムの表情が、期待に満ちた嬉しそうな表情になる。
まあ無理もない。
地獄から解放されるための糸口が見つかったのだから。
「いつ会いに行くのか決めているのかい?」
「いえ、まだです。
時間が取れないんですよね。
朝から晩まで授業で埋まっているので。
サボったりしたら、折角ここまで来てくれた家庭教師たちに悪いですし。」
「なら、夜に隠し通路を通って外に抜け出すかい?」
「そうしたいのは山々ですが、もし夜、城内に私が居ないことが発覚したら、大事件に発展してしまう気がして……。
それに、日中は今のようにほぼ自由なのに対して、夜はメイドたちの監視の目があるんです。
なので抜け出すのは容易じゃないんです。」
それに、エレーナがいるという洞窟はヴィクトリア王国の最東端に位置する。
つまり、この城を取り囲むように存在している森の中を、夜中の真っ暗な時間に突っ切り、城の敷地の外へと抜け出す必要がある。
無理である。
木の枝を踏んだ際に発生するパキッと言う音だけで、腰が抜けて動けなくなる自信がある。
「となると、どちらかといえば監視の目が少ない昼間に抜け出す方法を見つける方が良いのか。」
ギルバートムはそう言うと、目を閉じて解決法を熟考し出す。
数十秒ほど経った後、得意げに言った。
「良い方法を思いついた。
ただ、この方法は今すぐには無理だから、数日待ってて。
絶対抜け出させてあげるから。」
その時、私はギルバートムに兄らしさを感じた。
日本では一人っ子だったため、とても新鮮で、それと同時に少し不思議な感覚だった。
しかし、悪い気はしなかった。
ー
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「本当になんとかできるとは……。
流石ですね、ギル兄様。」
「僕のおかげじゃないよ。
感謝の言葉なら、ナナさんに言ってくれ。
僕一人じゃ、こうはならなかっただろうからね。」
ギルバートムが『絶対抜け出させてあげるから。』と言ってから一週間が経った頃、突然授業が全停止した。
家庭教師の話によれば、アデリアから『ソフィを休ませたいから、一週間の休暇ね。』と言われたらしい。
よって、私には一週間の自由時間が生まれた。
この状況を生み出したのが、私の斜め前に座る『ナナ』という名のメイド。
クリストファンペアの元専属メイドで、今はメイド長としての仕事の傍ら、ギルバートムの協力者として暗躍している。
クリストファンペアの元専属メイドということで、彼女は城の中でも一目置かれているらしく、彼女の言葉であればアデリアも快く受け入れる。
ギルバートムはそれを利用し、私に休暇を与えるようナナを通してアデリアに提案したのだ。
しかし、一体何を言ったのだろうか。
一週間も休みになるとか普通じゃない。
気にはなるが少々怖いので、私はこの疑問を心の奥にしまうことにした。
そんなこんなで私たちは今、ヴィクトリア王国最東端にある洞窟へ向かう馬車に揺られている。
「ナナさん、ありがとうございます。
こうして抜け出せる機会だけでなく、私たちの護衛までしてくれて。」
「いえ、王族を守るのは家臣として当然の義務ですので。
初めてお会いしたことですし、まずは簡単な自己紹介から。
私は自立思考型魔法人形製造番号七番、またの名を『ナナ』と申します。
七番でもナナでも、好きなようにお呼びください。
本日は命を賭して、あなたを全力で守り抜きますので、いつでも頼ってください。
よろしくお願いします。」
そう言って綺麗な所作でお辞儀をするナナ。
細かい動きや話し方から気品を感じる。
ギルバートムがメイド歴五十年超えの大ベテランが来ると言うので、かなりご年配のメイドが来るのかと思っていたら、来たのは二十代前半くらいの見た目のメイドだった。
そのため訳が分からず混乱していたのだが、今の自己紹介で合点が行った。
自立思考型魔法人形であれば、見た目とメイド歴とのギャップに辻褄が合う。
なんてったって彼らは千年生きているのだから。
「それにしても、本当にソフィアリス様ですよね?
にわかには信じられないのですが……。」
今、私は星矢杏奈の姿をしている。
ソフィアリスの面影などどこにもないため、致し方ない疑問だろう。
「信じられないかもしれませんが、彼女はソフィで間違いないですよ。
この姿は異世界でのソフィの姿なんだそうです。」
「と、なりますと、ギルバートム様がお話になった『災厄』の話も真実なのですか?」
「真実ですよ。
ソフィ、ナナさんの疑念を払拭するために、簡単な方法で僕の話が正しいことを証明してくれないかな?」
「分かりました。」
私はそう言って『変身』を解き、いつものソフィアリスの姿に戻る。
次に私は護身用に持っていた短剣を鞘から抜き、それを掌に刺した。
私の突然の行動にナナはギョッとした顔をするが、私が短剣を抜き、そこに傷跡が一つもないことを確認するとすぐに落ち着いた顔になった。
「これで、私がソフィアリスであることと、普通の人間ではないことの証明ができましたか?」
「うん。
十分だと思うよ。」
ギルバートムの言葉通り、ナナは
「負傷後すぐに再生しているわけではなく、そもそも傷自体が出来ていないようですね。
そうなると物理的接触自体をしていない可能性が高い。
すり抜けている?
しかし、『透過』は消失して久しいですし、仮にソフィアリス様がお使いになれたとしても、そもそも魔法を使った痕跡がありませんよね。
これは、つまり、どういうこと……?」
などとブツブツ呟きながら少し考え込んだ後、悔しそうな顔で言った。
「計算の結果、私の計算モジュールでは演算が不可能であることが分かりました。
まさか千年の記録が全く意味を成さない事象に遭遇するとは思いませんでしたね。
確かにこれは普通ではありません。
魔法の領域を超越しています。
納得しました。
ソフィアリス様とリーゼロッテ様の間に繋がりがあることは間違いないでしょう。
でなければ、説明がつきませんから。
・・・そうなりますと、近々災厄が襲来するということですか?」
「こうして私が送り込まれた以上、私が生きている間に災厄が襲来することは間違いないでしょうね。
ただそれが明日なのか、一年後なのか、十年後なのかは分かりません。
なので今は、災厄のことよりも目の前のことを考えた方が良いと、私は思います。」
「分かりました。」
私は星矢杏奈の姿に戻ると、ナナが自立思考型魔法人形だと知ったことで浮かんだ一つの疑問を訊いた。
「そういえばナナさんって、千年前の戦争にも当然参加しましたよね?
もしかして、英雄王の右腕と戦ったことがあったりします?」
ナナはそっと車窓の外の流れる雲に視線を向けると、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「製造番号一桁の自立思考型魔法人形は当時、『NUMBERS』と呼ばれてリーダーのような立ち位置に就いており、数千人の部下を率いて戦線に立っていました。
製造番号七番である私も、当然NUMBERSの一員でしたから、製造番号二桁以上の部下を率いて各地で戦いに参加していました。
私が率いていた部隊は運が良かったのか、大将であるレフィーリア様たちと対峙することはありませんでした。
しかし、運悪く対峙してしまった部隊は当然あります。
それらは全て、一つ残らず壊滅しました。
そういった経緯もあり、『大将レフィーリア、副大将キャメロン、参謀エレーナ』、この三人は当時、それはそれはたいそう恐れられていましたね。
なので、一つアドバイスをするなら、エレーナ様と戦おうなどとは考えないことです。
ご存じだと思いますが、彼女は千年前に『災厄』と戦っています。
そしてこれから会いに行くということは、彼女はその戦いを生き延びているということになります。
戦争で当時最先端の技術だった自立思考型魔法人形をいとも簡単に屠り、『災厄』との戦いでも生き延びた彼女相手では、私たちなどそもそも戦いにすらならないでしょう。
彼女と会って何をするのか私は知りませんが、もし戦いに発展しそうになりましたら、全力で逃げることを推奨します。
まだ死にたくはないでしょう?」
ナナの話を聞いて、私は戦慄する。
レフィーリアからエレーナの話を聞いた時その怪物ぶりに慄いたが、改めて自分がとんでもない人を相手にしなければならないのかと実感した。
冷や汗が出て来た。
しかし、私はボクスデンの救世主になるために、いずれ『災厄』とやらと戦わなければならない。
こんなところでビビって逃げるわけにはいかないのだ。
私は拳を強く握りしめ、覚悟を決めた。
ー
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
城を出発してから二時間半。
やっとヴィクトリア王国最東端の洞窟に辿り着いた。
「長かった……。
ヴィクトリア王国って、意外とでかいんですね……。」
私はそう言いながら馬車を降りると、凝り固まった腰を戻そうと伸びをした。
その間にギルバートムがナナに訊く。
「ナナさん。
ソフィが言ってた洞窟ってここですか?」
「地図に描かれている洞窟のみで考えれば、この洞窟が最東端となります。
ただこの辺りには地図に描かれていない小規模の洞窟が幾つも点在しているので、ソフィアリス様の言う『最東端の洞窟』がそれも含めるのであれば、ここからは歩いて最東端の洞窟を探すしかないでしょう。」
「それじゃあ、まずはこの洞窟が目的の洞窟である場合を考えて、これに入ってみますか?」
「そうですね。」
「よし。
ソフィ、行くよ!」
二人と少し離れた場所で体をほぐしていた私を、ギルバートムが呼ぶ。
私は「は~い。」と緊張感のない非常にリラックスした声で返事をし、二人のもとに駆け寄る。
明らかに体の力がゆるゆるになっている私を見てギルバートムが心配そうに訊く。
「だ、大丈夫?」
「いや~、体をほぐしてたら心までほぐれちゃいました~。」
「そんなことある?!」
私の言葉にギルバートムが驚いてツッコむ。
「一体どういう体のほぐし方をしたのさ?」
「ソフィアリス様。
お忘れかもしれませんが、ここは国の内と外の境界線です。
つまりは、国の外に住まう凶悪な生物たちが紛れ込んで、潜んでいる可能性があります。
エレーナ様のもとに辿り着く前に命を落としてしまう可能性もあるのですから、緊張感を持って進むことを推奨いたします。」
「そうだよ、ソフィ。
この辺りの生き物は大きくて強いものばかりだから、気をつけないと死んじゃうよ?」
「あ……、はい……。」
私より明らかに強いはずの二人の手が、わずかに震えている。
まさか恐怖心から来ているものなのだろうか……。
どうやらこの世界の生き物は、私が思っているよりかなり凶悪で獰猛なようだ。
私はナナの助言に従い、緊張感を持って進むことにした。
ー
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
洞窟の中は暗くて寒い。
ギルバートムの雷属性魔法『雷球』によって周囲が照らされ、ナナの火属性魔法『火球』によって暖を取っているものの、それでもいつものように歩くことは不可能。
道も幾つもの方向に分かれており、目印を付けながら進まなければ迷子になってしまう。
これで十回目の分かれ道だ。
「目印が見当たらないから、また新たな分かれ道だね。
同じ場所をぐるぐるしてるわけじゃなさそうだから、一応進めてはいるみたいだ。
けど、これは不安になってくるね。」
「はい……。
これまで選ばなかった方の道にも同じように分かれ道が連なっているのだとしたら、この洞窟、相当な大きさですよ。
これ、一日でエレーナさんのもとまで行けますかね?」
「最悪の場合は、この努力が無駄骨になる場合だ。
この洞窟にエレーナさんがいると決まったわけじゃないからね。」
「そうでしたぁ……。」
絶望感に襲われ頭を抱えると、ナナが一つの分かれ道の前で言った。
「ソフィアリス様、ギルバートム様。
こちらの道から空気の流れを感じます。
どうやら広い空間に繋がっているようです。」
「本当ですか?」
「はい。
もしかしたら、この先にエレーナ様がいるかもしれません。」
ナナの言葉に従い、その分かれ道を選び、進んで行く。
すると先に明かりが見えて来た。
「出口だ!」
「あの出口の先にエレーナさんが……!」
私たちは心を躍らせながら出口へ歩みを進める。
一歩一歩確実に前へと進み、そして、外へと出た。
そこに居たのはーーー
ーーー荒れた岩肌と青い空だった。
「どうやら別の入り口に出ただけのようですね。
ごめんなさい。
私の計算ミスでした。」
「いえ、謝らなくて大丈夫ですよ……。
僕らもこんな簡単に行くはずがないと思ってましたから……。」
「そうです……。
ナナさんは何も悪くないです……。」
こうして私たちは幾つものトライアンドエラーを重ねることとなる。
出口、もしくは行き止まりに辿り着くまでに出会う分かれ道は約十個から十二個。
そして一つの分かれ道において、約二つ~五つの道へと分岐している。
つまり分かれ道の数は最低でも1024個。
それを一から虱潰しに進んで行く。
はっきり言って無謀な挑戦である。
しかし、私たちは決して諦めることはなかった。
なぜならこの洞窟が普通の洞窟ではないことに気づいていたからだ。
洞窟と言えば、コウモリやトカゲ、クモなどのような洞穴生物が連想される。
物語の世界においても、スライムやゴブリンのようなモンスターたちの住処となっていることが多い。
しかし、どういうわけかこの洞窟にはそれらしき生命体が一体もいない。
それどころか雑草一本すら生えていない。
これは明らかに異常である。
何者かが意図的に生き物の侵入を阻害しなければ、こんなことは絶対にありえないのだ。
そういうわけで、この洞窟にエレーナがいることを確信した私たちは、千を超える数の分かれ道を次々に進んで行った。
もちろん全員一緒に進んでいると時間が絶対に足りない。
誰か一人でも正解の道に辿り着ければいいので、一時間置きに最初の分かれ道で報告会を行う約束をして、それぞれ別々の道を進んだ。
ある時は最初のように別の入り口に出て、ある時は行き止まりにぶち当たり、ある時は大きな谷のど真ん中に辿り着き、ある時は地底湖に出た。
そして遂に、私はエレーナがいるであろう場所に辿り着いた。
石で作られた大きな扉。
その両隣には大きな石像が一体ずつ。
荘厳な雰囲気が漂っている。
もう『何かが封印されていますよ』と教えてくれているようなものだ。
私は最初の分かれ道まで戻り、ギルバートムとナナに怪しい場所を見つけたことを報告。
そして、目印を頼りに二人を案内した。
その光景を見て、二人は息を呑む。
「なんですか、これは……?」
「もはや神殿の入り口だね……。」
棒立ちになる二人をよそに、私は「二人とも早く行きましょう。さっさと会ってさっさと帰りましょう。もう疲れました。」と言って、扉の方へ歩みを進める。
すると、ナナの声が大きな響く。
「待ってください!!」
その瞬間、石像からピコンッという機械音が聞こえた。
すると石像の目が赤く光り、ゴゴゴという大きな音を立てて動き出した。
石像に積もっていた大量の砂埃が地面へと落ち、私たちの視界を遮る。
「わぁ?!
な、何事?!」
驚いてあたふたしていると、真横からドガン!という大きな音が聞こえた。
視線をそちらに移すと、そこには大きなクレーターが出来上がっていた。
どうやらあの石像がビームを放ったようだ。
当たったりしたら、骨すら残らないだろう。
まあ、私には効かないだろうが……。
「ソフィアリス様!
こちらです!」
ナナの声がした方に進むと大きな岩があり、そこに二人は隠れていた。
「ソフィアリス様、お怪我はありませんか?」
「はい。
砂埃一つ、付いちゃいませんよ。」
「本当に凄い力ですね。」
「ところでアレは何なんですか?
私が門に近づいた瞬間に動き出しましたが……。」
「あれは『依存思考型魔法人形』です。
私たち『自立思考型魔法人形』の対を成す存在で、他者の意思に従って動くだけの魔法人形です。
言ってしまえば、私たちの劣化版ですね。
恐らくあの依存思考型魔法人形は、扉に近づいた者を排除するようにプログラムされていたのでしょう。
だから、ソフィアリス様が扉に近づいた瞬間に動き出したのです。」
「ってことは、あれを倒さなければエレーナには会えないということですか?」
「あの扉の先にエレーナ様がおられると仮定した場合、そういうことになりますね。」
私に一通り説明をし終えると、ナナは岩陰から依存思考型魔法人形を見ているギルバートムに声をかけた。
「ギルバートム様。
あれを倒す糸口は見つけられましたか?」
「はい、一つは……。
ですが、それを実行するには僕の筋力が足りません。
なので今は、別の方法を考えているところです。」
「筋力さえ足りればいいのですね?」
「はい、そうですが……、一体何をする気ですか?」
ナナは身構えるギルバートムの背中にそっと両手を乗せ、「エンハンスメント。」と呟く。
すると、ギルバートムの体が淡く白い光を帯び出した。
「な、何ですかこれ?!」
驚くギルバートムにナナがクスクス笑いながら答える。
「驚き過ぎですよ。
ただの身体強化の魔法です。
無属性魔法『強化』。
最近は平和ですから、使う機会はめっきり減りましたが、昔は必需品のような魔法だったのですよ?
それこそ、この国が『開拓国家』などと呼ばれていた時代は特に。
懐かしいです。」
そう言ってしみじみとした表情を浮かべるナナに、ギルバートムは「あ、あはは……。そうですか……。」と苦笑いする。
「ともかく、今ならあれに勝てるはずです。
私が一体やりますから、もう一体の方頼みますね。」
「了解です。」
「ソフィアリス様は、もし私たちに危機が迫った際、持ち前の大声で援護してください。
一秒あれば、その隙に立て直しますので。」
「分かりました。」
「では、行きましょう!」
ナナとギルバートムが、依存思考型人形に向かって一斉に飛び出す。
こうして、私の人生初の戦闘が幕を開けた。
ー
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
【約1000年前の戦争に関する年表】
賢暦1011年春、ネシヤ大島ヴィクト村のレフィーリアが魔法至上主義の価値観を消滅させるため、世界三代魔法国家『ベガーネス』『ディネィヴ』『アルタール』に対し、宣戦布告する。
同年夏、戦争勃発。
賢暦1012年秋、『ディネィヴ』が申の十二神獣『シュエン』の協力を得て魔法人形を生成。
賢暦1014年冬、『ベガーネス』が『ディネィヴ』、シュエン、酉の十二神獣『フェニクシア』の協力を得て自身で思考する魔法人形を生成。自らの意思で動く魔法人形を『自立思考型魔法人形』、プログラムによって動く魔法人形を『依存思考型魔法人形』と呼ぶことを定める。
同年春、ネシヤ大島消滅。
同年夏、『アルタール』降伏。
同年秋、『ディネィヴ』降伏。
賢暦1015年冬、『ベガーネス』降伏。これにより戦争終結。ネシヤ大島、セント大陸、レリーヤ大陸、デューラ大陸を巻き込んだ大きな戦争は、反魔法至上主義側の勝利で幕を下ろした。
この戦争は、後の学者たちにより『ネシヤ三陸大戦』と名付けられた。




