4話 この世に生まれて約三年、やっと会えたねお兄様。
午後一時半。
クリストファンペアの葬儀が始まった。
黒い服を身に纏った総勢十万にも及ぶ人々が参列した。
葬儀の仕方はどういうわけか日本で行った善乃の葬儀の仕方と大して変わらなかった。
空葬などというあまりにも特殊な弔い方をするため、葬儀も一風変わったものなのではないかと期待したが、まともだった。
まずクリストファンペアのこれまでの歩みが話された。
私はクリストファンペアと面識がないし、ここ百年くらいの歴史にはまだあまり詳しくないため、私にとっては赤の他人の歴史を話されているだけのように感じ、凄い眠くなった。
もちろん、王族としてこういった場で眠るわけにはいかないため、必死になって耐えた。
異世界に来たとて、最大の敵は眠気なのかもしれない。
次に親族や親交の深い貴族、友人などによる弔辞があった。
皆、涙を流していた。
隣に座っていたメローネフィリムは、体中の水分が失くなるんじゃないかというレベルで泣いていた。
メイクはボロボロに崩れ、涙を拭ったハンカチは絞れるくらいにびしょびしょ。
あまりにも凄かったので、私は余計に涙が引っ込んでしまった。
ジルモニアストレアも引き気味だった。
そして最後に、皆で故人に祈りを捧げた。
胸の前で手を組み、目を瞑る。
キリスト教方式である。
日本では、私は仏教だったため、これは少し新鮮だった。
あの時の葬儀と違ったのは、焼香を焚く、もしくはその代わりとなるフェーズが葬儀の中に含まれていなかったことだ。
アンナス教には、葬儀の中にそういった行為は含まれていないのだろう。
およそ二時間で葬儀は終わり、お待ちかね、私にとって初めての空葬フェーズに突入した。
会場を葬儀会場から空葬場に移した。
空葬開始まで、再び待ち時間があったため、その間にメローネフィリムはボロボロになったメイクを直していた。
そして午後四時頃、空葬が始まった。
会場に入ると、スタッフに風船を一つ手渡された。
中には凄く軽い塊が入っている。
「なるほど。
これがソリッドエアですか。
本当に面白い空気ですね。」
私が風船をつついていると、左から声がした。
「ぷにぷにしてるのに、割れない。
面白い。」
左の方を向くと、ジルモニアストレアが風船を両手で割ろうとしていた。
しかしメローネフィリムが教えてくれたソリッドエアの性質の通り、割ろうとしても風船の内側から、割ろうとして出した力と同じ力で押し返されるため、割れない。
ジルモニアストレアはそれを面白がっていた。
「ソフィ、上から石落としたら割れるかな?」
「割れないと思いますが、万が一割れた時のことを考えて、やめておいた方が良いと思いますよ。
替えがあるか分かりませんし。」
ジルモニアストレアは周囲を見回す。
葬儀の時より人数は減ったものの、それでも普通では考えられないほどの人数がいる。
これだけいると、そもそも風船の数が足りていない可能性も考えられる。
「たしかに。」
私の言葉の意味を理解したジルモニアストレアは、風船を割ろうと奮闘するのをやめた。
ジルモニアストレアは純粋過ぎて、普段何を考えているのか分からないところがあるが、欲に負けないよう自分を律することはできる。
どっかのシスコンストーカー女と違い、彼は意外と大人なのだ。
「さっきメイドに訊いて来た。
これにお祖父様へのメッセージを書くんだって。」
「メッセージ、ですか……。」
そういえば善乃が死んだ時、彼女へ宛てたメッセージを書いた紙を棺桶に入れて、一緒に燃やした。
これはきっと、それのボクスデン版ということだろう。
しかし面識のない人間に、一体何を書けばいいのだろうか。
「人生お疲れ様でした。」みたいな煽り文と受け取られかねない言葉しか出て来ない。
非常にマズい。
「ジル兄様は何を書くんですか?」
私の問いに、ジルモニアストレアは困ったような顔をする。
「分からない。
俺が初めてお祖父様と会った時、お祖父様、すでに昏睡状態?になってて、ずっと寝てたから、一回も話したことない。」
どうやらジルモニアストレアも、何を書くべきか分からず困惑しているようだ。
「でしたら、他の皆さんがどんなことを書いているのか、見て回りませんか?
参考になるものがあるかもしれませんよ。」
ジルモニアストレアは少し考えて言った。
「分かった。
行く。
皆のメッセージ、参考にする。」
「参考にするのは良いですけれど、そっくりそのまま書き写すのは駄目ですよ。」
「分かった。
じゃあ、俺、あっち行って来る。」
「え?」
ジルモニアストレアはそう告げると、一人で人込みの中に消えていった。
「こういうのって、一緒に回るもんじゃないの?」
一人取り残された私は、とりあえずジルモニアストレアとは逆の方向に進んでみることにした。
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歩き始めてから数分。
私はとある事実に気づいた。
それは、私たちは物理的に人のメッセージを参考にすることが出来ないということ。
ここにいる人は大半が大人。
皆、背が高い。
対して私たちはまだ子供。
背が低い。
皆、メッセージは立った状態で書いているため、私たちが盗み見ることなど不可能なのだ。
きっと今頃、ジルモニアストレアもどうしようかと迷っているだろう。
合流して、別の策を練らなければ。
そう思い、来た道を引き返そうとした時、視界の端に一人の人物を捉えた。
それは黒髪黒目の青年。
皆が風船にメッセージを書く中、一つも風船を持たず、ただ壁に寄りかかっている。
気になった私は、声をかけてみることにした。
「すみません。」
「ん?
どうしたんですか?」
「お兄さんは、風船にメッセージを書かないのですか?」
私の問いに、青年はクリストファンペアが眠る棺桶の方を見ながら答える。
「王族の棺桶に風船を括り付けることが出来るのは王族と貴族だけです。
一般階級の血が流れる僕は、風船をもらうことがそもそもできないのですよ。」
まさかこんなところにも身分の差が隠れているとは……。
しかし周りを見渡すと、風船をもらっていないのは彼だけのように見える。
つまり、この青年は一般階級でありながら、特別にクリストファンペアの空葬に参加することを許されているということだ。
クリストファンペアとよほど親しい間柄だったのだろうか。
その時、私の頭の中に一つの考えが生まれた。
「お兄さんは、お祖父様に何か伝えたいことはありますか?」
私の言葉に「お祖父様?」と一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに納得したような表情を見せて答える。
「ありますよ。
それもたくさん。
あの人には、かなり可愛がられましたから。」
「でしたら、私の代わりにメッセージを書いてくれませんか?
実は私、お祖父様との思い出が全くなくて、何を書いたらいいのか分からず困っていたんです。
なので、代わりに書いていただけるととても嬉しいのですが……。」
「いいのですか?」
「はい!
きっとお祖父様も、会ったことのない孫より仲の良い友人からもらった方が嬉しいと思いますし!」
私の言葉に少し複雑そうな表情を浮かべながらも、「そうですか。ありがとうございます。」と言って、私の持つ風船とペンに目を向ける。
私は青年に手渡すために、風船とペンを彼の手元に近づける。
その瞬間、後ろから声がした。
「ソフィアリス様!」
振り向くと、ヘルメイン伯爵がこちらへ走って来た。
「ヘルメイン伯爵、じゃなくてお祖父様。
どうしたんですか?」
「その呼び方……。
ああ、なるほど。
メローネフィリム様とジルモニアストレア様にバラされましたか。」
「はい。」
「バレてしまったのなら仕方ありませんね。
改めて自己紹介をしましょう。
私はこの国の王妃アデリア・ヴィクトリアナの父親のダッカス・ヘルメインと申します。
私のことはダッカス、もしくはヘルメイン伯爵とお呼びください。
王族に『お祖父様』などと呼ばせていると思うと、申し訳なさで体調を崩してしまいますので。」
「わ、分かりました。」
どうやら凄く身分に厳しい人のようだ。
付き合っていくのが面倒くさそうな人だ。
「それにしても、なぜ言ってくれなかったのですか?
もし私が勘違いしたまま大勢の人の前でおかしな発言をしてしまったら、どうするつもりだったのです?」
「その時は、全力で責任を取る覚悟でございました。」
「変なところで覚悟を見せないでください。」
全くおかしな祖父である。
「それで、一体どうしたんですか?
急いで私のもとに駆け寄って来ましたけど。」
「いやー、この男に何か変なことをされているんじゃないかと心配になりまして。」
「変なこと、ですか?」
「はい。
この男は庶民の血が混ざった男ですからねぇ。
ソフィアリス様に何か危害を加えても不思議じゃないので。」
ヘルメイン伯爵はそう言いながら、青年を睨みつける。
どうやらこの世界の我が母方の祖父は、庶民嫌いなお貴族様らしい。
「私は何もされてませんよ。
それに話しかけたのは私です。
風船を渡されなかったようなので、私の代わりに書いてもらおうとしていました。」
そう私が言った瞬間、ヘルメイン伯爵が急に青年に怒声を上げ始めた。
「貴様!」
ヘルメイン伯爵は青年の首根っこを掴み、壁へと叩きつける。
「王族の風船を奪おうとしただけでなく、庶民の血が混ざった『紛い物』でありながら、クリストファンペア様に言葉を告げようとしたのか!
頭が高いぞ!
恥を知れ!」
周囲にいた人々が異変に気づき、視線を向ける。
『え、何?ソフィ様の風船を奪おうとしたの?』『やっぱり庶民は野蛮ね。』などの声が聞こえる。
青年は苦しそうな表情をしながらも、必死に言葉を口にする。
「僕は……、ただ……、王女殿下からのお願いに……、応えようとしていた……、だけです……。」
「『紛い物』の分際で、『正統』な血筋の貴族に逆らう気か?」
『紛い物』?
『正統』?
その瞬間、私の脳裏にメローネフィリムとの会話が蘇った。
『私たちのお母様は貴族の出ですから、一般的に見て私たちは正統派の王子・王女と言えます。
しかし、ギル兄様には一般階級の人の血が混じっているので、一般的に見て紛い物の王子と言えます。
きっとギル兄様が私たちの前にあまり姿を見せないのは、「自分が妹たちに近づくことで、妹たちに何か不利益を被るかもしれない。」と考えているからかもしれませんわ。』
もしかして、この人が……。
「ヘルメイン伯爵。
その手を離してください。」
「それはできないお願いです。
この手を離したら、こいつが一体何をしでかすか……」
私は手に持っていた風船を、持ち前の馬鹿力でソリッドエアごと握り潰した。
バンッという爆音が鳴り響く。
「離しなさい。
聞こえませんでしたか?」
ヘルメイン伯爵は私の声にビクッと体を震わせると、「申し訳ありません。」と言って、しぶしぶ青年から手を離した。
「お兄さん、自己紹介がまだでしたね。
私はヴィクトリア王国の第二王女ソフィアリス・ヴィクトリアナです。
よろしければ、名前を教えていただけませんか?」
私の言葉に、青年は勇気を振り絞るように言った。
「僕はギルバートム・ヴィクトリアナ。
この国の第一王子。
そして、君の兄です。
やっと会えたね、ソフィ。」
予想通り、でも、嬉しい答えが返って来た。
私はギルバートムに抱き着いた。
「会いたかったです、ギル兄様!
ずっとメロ姉様やメイドたちから存在だけ知らされてたんです。
メロ姉様が、ギル兄様は頭が良いと言っていたので、私の知らないことをたくさん知ってるんじゃないかと思って、話してみたかったんです!」
「え?」
私の行動に、ギルバートムは明らかに困惑した表情を浮かべる。
「僕の言葉を信じてくれるのかい?」
「え?
どういう意味です?」
「いや……。
何でもない……。」
ギルバートムはそう言うと、涙を流し始めた。
「ギ、ギル兄様?!
ど、どど、どうしたんですか?」
私の質問にも答えられないくらい泣いている。
「い、一旦人気のないところに行きましょう!
そこで心を落ち着かせましょう!」
私はそう言って、ギルバートムを会場の外に連れ出そうとする。
その瞬間、私の肩に手が置かれる。
ヘルメイン伯爵だ。
「お待ちください。
正統な血筋の王族が、こんな紛い物と二人っきりなど、よくありません。
もう少し考えて行動を……」
「ヘルメイン伯爵、それは命令ですか?」
「え?
ち、違います!」
「なら黙っていてください。
頭が高いですよ。」
私の言葉にヘルメイン伯爵は絶句する。
何かを言おうと口を動かしているが、言葉が出ないのかまるで金魚の口のような動きになっている。
「私は今、とても怒っています。
私のお兄様を紛い物呼ばわりして、皆で除け者にして。
ギル兄様は、一体どんな気持ちでここから皆さんを見ていたのでしょうね。」
私は歩き出そうとする。
しかし、肩にある手が離れない。
「離してください。」
「離さない。
紛い物は認めない。」
「どうしてそこまで……。」
もはや狂気すら感じる。
彼の中の一体何がこうさせているのだろうか。
私は溜息を吐くと、ヘルメイン伯爵の手首を握った。
「最後の警告です。
離してください。
これ以上続けるようでしたら、ここで今、あなたの手首を握り潰します。」
私がそう言うと、観念したかのようにそっと手を離した。
「良かったですね。
形は違えど、あなたの目論見は上手くいったのですから。」
私はヘルメイン伯爵にそう告げ、会場をあとにした。
彼はもう何も言わなかった。
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会場の外で見つけた椅子に座り、二人で空を眺める。
空は赤く染まり始め、世界を照らす。
しばらくそうして座っていると、ギルバートムが落ち着いて来た。
「ごめんね、ソフィ。
僕のせいで、空葬に参加できなくなくさせてしまって……。」
「別に構いません。
あなたがギル兄様であると気づいた瞬間から、私にはあの会場にいた人たちほぼ全員が『敵』に見えています。
きっとあのまま残っていても、苦しくなるだけだったでしょう。」
「そっか。
ありがとう。」
ギルバートムは笑顔で感謝の言葉を口にする。
その笑顔はとても美しかった。
そこで思う。
こんな人が、本当にクーデターを計画しているのか?と。
「ところで、ソフィ。
最後にヘルメイン伯爵に告げていた言葉って、どういう意味だい?」
「『形は違えど、あなたの目論見は上手くいったのですから。』ですか?」
「ああ。」
「ギル兄様が壁に叩きつけられた時、ヘルメイン伯爵が何という言葉を使ったか覚えていますか?」
ギルバートムは少し考えると、「ごめん。覚えてないや。」と言った。
まあしょうがないだろう。
あの時はきっとギルバートムはかなり焦っていたはずだから。
「あの時あの人は『奪う』という言葉を使いました。
しかし、私はその言葉を使っていません。
私は『風船を渡されなかったようなので、私の代わりに書いてもらおうとしていました。』と言いましたから。
一体なぜヘルメイン伯爵は、『奪う』という言葉を使ったのだと思いますか?」
「それはヘルメイン伯爵が勘違いしたから、かな?」
「『私が風船を渡してそこにギル兄様がメッセージを書く』ではなく、『ギル兄様が私から風船を奪ってそこにメッセージを書く』のだと勘違いした、ということですか?」
「そう、だね。」
「でも、それはおかしくはありませんか?」
「どういう意味だい?」
「よく思い出してください。
あの時、私がギル兄様に風船とペンを手渡そうとした瞬間に、ヘルメイン伯爵に話しかけられました。
あの会場には人が大勢いましたから、ある程度近くに来なければ声が届くことはありません。
つまり、ヘルメイン伯爵は、私がギル兄様に風船とペンを手渡そうとしている瞬間を見ているはずなんですよ。」
「た、確かに……。」
私の推理にギルバートムはハッとした顔をする。
それを尻目に私は続ける。
「結論から言うと、ヘルメイン伯爵は最初から、ギル兄様を会場から追い出そうと画策していたのです。
誰かがギル兄様に話しかけたら、それを利用してギル兄様が居づらくなるような空気感を作り出し、ギル兄様を追い出す。
たとえその過程が不自然なものだったとしても、あの人は王族と血の繋がりを持つ家の人間のため、他の貴族たちがとやかく言うことはできません。
ギル兄様に話しかけたのが、たまたま私だったせいで相打ちのようになってしまいましたが、あの人は孫に怒られるという醜態と引き換えに、ギル兄様を追い出すという計画は果たせました。
私の推理が正しければ、こういうことでしょうね。」
私の三歳とは思えない推理に、ギルバートムは言葉を失う。
「君は、本当にソフィなのかい?」
遂には存在そのものを疑い始めてしまった。
空気が変わった。
私はこれを、
ーーー『チャンス』だと思った。
「ギル兄様。
私があなたと話してみたかったのは、私の知らないことをたくさん知ってるだろうからだって言いましたよね?」
「あ、ああ。」
「でも、それ以外にも理由があるんです。」
私は空を見上げ、まだ見えない星を眺める。
私は心を決め、ギルバートムが『紛い物の王族』だとメローネフィリムに教えられた瞬間から決めていたとあることを、遂に実行に移す。
「ギル兄様は、『異世界』というものを信じますか?」
「え?」
私の突然の言葉に、ギルバートムは何を言ってるのか分からず、不思議そうな顔をする。
拒絶されたらどうしようと不安になるが、それでも私は続ける。
「私は少し前に、メロ姉様から聞いたんです。
ギル兄様が紛い物の王族だと。
その時に決めたんです。
ギル兄様に会って『この人は信じられる。』と思ったら、私の秘密を話すって。
同じ『紛い物』として。」
ギルバートムは呆気にとられたような表情を浮かべる。
「ソフィが、紛い物?
何を言っているんだい?」
「ギル兄様は、私が『レフィーリアの転生体』とか『先祖返り』とか言われているのをご存じですか?」
「ああ、知ってるよ。
ソフィが起こす大概の出来事は、それらの言葉で片付けられていることもね。」
「でも、それは正しくはありません。
正しくは、『災厄から世界を守るために大賢者リーゼロッテに送り込まれた異世界からの転生者』です。」
「え????」
もう後には引けなくなった。
私はそのまま続けて言う。
「私は地球という星の日本という国で十六歳まで生きていました。
しかし、ある日家で気を失い、気が付いたらリーゼロッテが創ったという謎の空間にいたんです。
そこで私はボクスデンのこと、そして災厄のことを聞き、いずれ来たるそれに対処するために、この体に転生させられました。」
「そ、そうかい……。
そういう本を最近読んだのかな……?」
「私の体は、謎空間によって『時間の影響を受けず、常に一定の状態に保たれる』という性質に作り替えられました。
どういう理屈かは知りませんが、私の体はその性質を引き継いでいます。
私の力が嘘みたいに強いのは、『体が常に一定の状態に保たれることにより怪我をしないため、脳が力を制御する必要がないと判断しているから』です。
まあ、何が言いたいのかというと、実は私は正統なボクスデン人じゃないんです。
紛い物のボクスデン人なんです。」
「ぼ、僕を慰めてくれているのかな……?
ありがとう。」
やはり冗談だと思われているようだ。
まあ突然こんな話をされても信じられるわけないか。
仕方ない。
最終手段だ。
『この言葉が分かる?
ギル兄様。』
私の言葉に、ギルバートムは絶句する。
なぜなら、私が『日本語』を使ったからだ。
私は生まれたその瞬間から、この世界の言葉を理解することが出来た。
謎空間で感じた『日本語じゃないかもしれないリーゼロッテの言葉が理解できる』というあの違和感は正しかったようで、やはり言語についてもリーゼロッテに細工されていた。
理解できるなら、使うのは簡単。
私はずっとこの世界の言語で読み書きしてきた。
しかし今、私は日本語を使った。
この世界に幾つの言語があるのかは知らないが、日本語は間違いなくこの世界では未知の言語。
驚くのも無理はない。
『適当に喋っているわけじゃないよ。
ちゃんとした法則に従って話してる。
信じられないかもしれないけど、「これが日本語です。」』
「日本語……。
めちゃくちゃに聞こえるけど、ある程度の法則性はあるように感じる……。
冗談じゃない……、のか……?」
信じる方に天秤が傾き始めた。
陥落まで、あと少しだ。
「それにそもそも考えてみてください。
『レフィーリアの転生体だから。』という言葉で片付けられていますが、そもそもの話、私みたいな三歳児、いるはずがないでしょう?」
「それは……。」
ギルバートムは俯いた。
心を整理しているのだろう。
しばらくして、言葉を口にする。
「分かった。
とりあえず信じるよ。
でも、なんで急にこの話をしたんだい?
それに、一体なぜ僕に?」
「私、地獄耳なんです。
なのでメイドたちのひそひそ話が、私には筒抜けなんですよ。
私は生まれた瞬間から、メイドたちの会話を盗み聞きして様々な情報を得ていたわけなんですが、どういうわけかギル兄様の情報だけは中々得られなくて、一つ分かったのは、両親もメイドたちもギル兄様を腫れ物扱いしているということだけでした。
そうしているうちに、次第に重なったんです。
転生前の自分とギル兄様が。
私も日本にいた頃、周りの人間から腫れ物扱いされていましたから。」
「ソフィ……。」
「だから、ですかね。
メロ姉様から、ギル兄様の境遇を教えてもらった時、無性に『助けたい』と思ったんです。
ギル兄様がそれを望むにしろ望まないにしろ、あなたを救えるのは同じ『紛い物』である私しかいないと思ったので。
ただギル兄様から見て普通の三歳児でしかない私が、急にギル兄様を助けるために動きだしたら、明らかに不自然じゃないですか。
なので第一歩として、私の秘密を明かしたんです。
つまるところ、ギル兄様の問いに対する答えはこうです。
『世界の救世主になる前に、ギル兄様の救世主になるため。』です。」
私がそう言った瞬間、後ろで打ち上げ花火のような音が鳴った。
振り向くと、たくさんの風船が括り付けられた棺桶が、夕焼け空へと向かって飛んでいた。
凄く不思議な光景だった。
「わぁ!
あんな風に飛ぶんですね!
面白いです!」
初めて見る光景に目を奪われていると、ギルバートムが言った。
「ソフィ、ありがとう。
君のおかげで、勇気が出た。
今までどうしようもないと諦めて来た現状に、少しだけ抗ってみることにするよ。」
ギルバートムは、清々しい顔をしていた。
彼の心の中で整理がついたのだろう。
「私に手伝ってほしいことがあったら、何でも言ってくださいね。
私には前世の知識がありますから、ギル兄様では思いつかないような案が思い浮かぶ可能性もありますから。」
「ありがとう。
でも、まずは自分で何とかしてみるよ。
ソフィの前世の知識に頼るのは、あくまで最終手段にしたいから。」
「分かりました。」
ギルバートムがそう決めたなら、私にはその選択を尊重する以外に選択肢はない。
しかし、私も何もしないというわけにはいかない。
なんてったって、自身の秘密を暴露してまで『助ける!』と言ったのだから。
私は服のポケットから割れた風船の欠片を取り出すと、そこにペンで『二階の階段を上って左側一番奥の部屋』と書いた。
「ギル兄様、これを。」
「これは?」
「私が普段いる部屋です。
メイドがたくさんいるので来づらいかもしれませんが、何か協力してほしいことがあったら来てください。」
「ソフィ……。」
ギルバートムがそう呟いた時、会場の方から大勢の人の声が聞こえた。
空葬が終わったので、皆、帰路に着き始めたのだ。
「あ!
そろそろ行った方が良いかもしれませんね。
メロ姉様とジル兄様が心配してるはずです。」
「じゃあ、ここで一旦お別れだね。」
「ギル兄様はメロ姉様たちと会わなくて良いのですか?」
「会わないよ。
今、ここで会っても、二人に迷惑をかけるだけだから。」
「そうですか。」
そう言って、私は会場の方に体を向ける。
「ギル兄様、忘れないでくださいね。
あなたも王族であるということを。
そして、それを認めている私という存在がいることを。
それでは、また会いましょう。」
私はそう言い残し、会場の方へと向かった。
彼がどんな表情をしていたのかは分からない。
でも私の地獄耳は捉えた。
ギルバートムの「僕の味方は、こんなに身近にいたんだね。」という言葉を。
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賢暦1995年11月某日。
故クリストファンペア・ヴィクトリアナの葬儀の同日、空葬も執り行われた。
多くの貴族が彼に最後の別れを告げた。
しかし、その場に音撃の王女の姿はなかった。
その場に居合わせた貴族の話によれば、彼女は兄を巡って祖父と激しい喧嘩を繰り広げたらしい。
この喧嘩がどのように終結したのかは定かではないが、この件により二人の仲は非常に険悪なものとなった。




