3話 王女のフィギュアでひと悶着
降り頻る雨の中、私は墓前に立っていた。
目に映るのは大きな『星矢家』の文字。
手には線香。
父が言う、「お母さんにさようならをして来なさい。」と。
傘を差す父の手は震えている。
きっと寒さのせいではないだろう。
もう妻に会えないという悲しみに暮れているからだ。
私は香炉に線香を供え、手を合わせて拝む。
本当にこれでお別れなんだ。
そう思ったら、涙が溢れてきた。
「杏奈……!」
「ご、ごめんね、お父さん……。
笑顔でお別れするって決めてたのに……。
お母さんは、涙でお別れするのは絶対に嫌だろうって分かってるのに……。
でも最後の最後で、もうお母さんはこの世に居ないんだって実感しちゃった……。」
「……。」
父は何も言わず、ただ私を背中から抱き締めた。
雨は一層強くなる。
私の号哭は、数分間続いた。
あれから四年。
あれ?
私はどうやって、立ち直ったんだっけ?
ー
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「はっ!!!!」
私は飛び起きた。
最悪だ。
久しぶりに、日本にいた時の母・星矢善乃が死んだ時の夢を見た。
きっとここ最近、メローネフィリムの憔悴した顔を見続けているからだろう。
気分が悪くなったので、外の空気を吸いに行くことにした。
隣で寝ているメイドたちを起こさぬようゆっくりとベッドから降りると、ランプを片手に廊下へと出た。
昼と違い、夜の城は真っ暗で只ならぬ雰囲気を放つ。
「お、お化けとか妖怪とか出ませんように……。」
竦む足を無理やり前に出しながら、確実に一歩ずつ進んで行く。
サッ、サッという私の履くスリッパの音だけが廊下に鳴る。
小さい音のはずなのに、なぜかやたらと大きく聞こえる。
それほどに、夜の城は無音なのだ。
しばらく歩いていると、扉の隙間から明かりが漏れている部屋を見つけた。
もう夜も遅いというのに、一体何をしているのだろうか。
気になった私はスリッパを脱いで裸足になり、足音を立てないようゆっくりと扉に近づいた。
そっと中を覗くと、父と母が何かを話し合っていた。
暗くてよく分からないまま歩いていたが、どうやら父の仕事部屋に辿り着いていたようだ。
こんな時間まで仕事とは、国王と王妃は大変なんだなぁ。
私は耳を澄ませ、二人の会話に耳を傾ける。
「あなた、お義父様の葬儀はこの日程で良いのね?」
「ああ。
父上と繋がりの深かった家の者たちも大勢来るはずだ。
丁重にもてなすんだ。」
「ええ。
メイドたちに言い聞かせておくわ。」
「となると、問題は……、」
「・・・ギルくんね。
どうしたものかしら。」
「どうにかならんのか?」
「無理に決まってるでしょう。
彼がああなってしまったのは、私が原因なんだから……。」
「違う!
お前のせいじゃない!
あれは俺の心が弱かったのが原因だ。
お前は慰めようとしただけに過ぎない。
応えてしまった俺に非がある。」
二人の話を聞く限り、どうやらギルバートムは新しい家族に馴染めなかったようだ。
メイドたちの会話から聞き集めた情報によれば、アンドリュシエルはライラの死後、一年と経たずにアデリアと結婚したらしい。
そして、貴族出身ということでアデリアの方を『正妻』とすることにしたらしい。
亡くなったライラのことなど、まるで初めから居なかったかのように扱ったのだ。
そんなことをしていたら、ギルバートムが馴染めないのも無理はない。
私だって、もし仮に聖壱が善乃の死後、すぐさま別の女と再婚して、そっちの女を正妻扱いしていたら、私は聖壱のことを軽蔑していただろう。
そう考えると、ボクスデンでの私の両親ってさ、言い方が悪くなるけど、「クソ」やん。
「はあ……。
しかしまさか、こんなものをよこしてくるとはな……。」
そう言ってアンドリュシエルが机に置いたのは「予告状」と書かれた封筒。
「本当にギルくんは王の座をあなたから獲るつもりなのかしら?」
王の座を獲る?!
クーデターってこと?!
大変な事態だ。
どうやらギルバートムはアンドリュシエルから王座を奪おうとしているようだ。
聞いてはいけないことを聞いてしまった気分だ。
「本気かどうかは分からんが、もし本当にギルが王の座を奪いに来た場合、我らがすぐさまピンチに陥ることは明白だ。
宮廷騎士団の指導を受けて、元から強かったギルは更に強くなってしまった。
事が起きれば対処できるのはルイスさん以外にいなくなる。」
「となると、あの方にはこのことを話して城に常駐していただいた方がいいわね。」
「しかし、心が痛むな。
実の孫と戦えと言っているようなものだからな。」
「・・・そうね。」
二人の表情が曇る。
まあ無理もない。
ギルバートムが反旗を翻すのは、二人の行動からなんとなく察せる。
つまり、事の原因はアンドリュシエルとアデリアの二人にあることに他ならない。
その尻拭いをギルバートムの実の祖母にさせようってんだから、心が痛まなければ人間じゃない。
「でも、何でこのタイミングのかしら……。
こっちは葬儀の準備で忙しいっていうのに……。」
「だからだろうな。
俺たちが前国王の葬儀のことで手一杯になっているのは、あいつも知っているはずだ。
つまり今、予告状を出せば、すぐにクーデターを起こすにしろ起こさないにしろ、俺たちが混乱するのは目に見える。
そうして、やれ葬儀、やれクーデターとあっちこっちに思考を動かさせ、俺たちの頭が回らなくなってきたところで留めを刺す。
おそらくこれがあいつの計画なんだろう。
問題は、あいつがどうやってこれを実行しようとしているかだが……」
アンドリュシエルがそこまで言った時、パンッという銃声のような音がした。
驚いて周囲を見回すと、床にスリッパが落ちていた。
どうやら私が脇に挟んでいたスリッパが靴底を下にして落ちた結果、運悪く大きな音を立ててしまったようだ。
「誰だ!」と言うアンドリュシエルの声が響く。
私は慌てて死角に隠れる。
そっと中を覗くとアンドリュシエルが剣を構え、アデリアが杖を構え詠唱の準備をしている。
非常にまずい。
完全な臨戦態勢だ。
まさか親にここまでの敵意を向けられるとは。
二人は相手が私だとは知らないのだから仕方ないが、それにしたってやっぱり、この世界はちょっとだけ物騒だ。
流石に殺されることはないだろうと思い、意を決して姿を見せることにした。
「あ、あの、ごめんなさい……。
トイレに起きたら、戻れなくなってしまって……。
夜中に歩き回ったのは謝るから、痛くしないでぇ……!」
と、嘘まみれの言葉を吐きつつ涙を流し、如何にも『間違って攻撃されそうになっている可哀想な女の子』を演じながら、部屋に入っていく。
すると二人は慌てて剣と杖を片付け、「すまない!」「ごめんなさい!」と駆け寄って来た。
まったくチョロいもんだぜ!
「まさかソフィだったとは……。」
「びっくりしたね~。
よしよし大丈夫よ~。」
優しい笑みを浮かべるアンドリュシエルに、私の頭を撫でるアデリア。
素直に謝れるから、決して悪い人ではない。
やはりアンドリュシエル、アデリア、ライラ、ギルバートムの四人の間には、メイドたちも知らない複雑な何かがありそうだ。
「アデリア、今日はひとまずここまでにしよう。」
「そうね。」
アンドリュシエルの言葉にアデリアが応える。
そして私の方に向き直り、言った。
「ソフィ、今日は久しぶりに一緒に寝ましょうか。」
「一緒に……!
良いんですか……!」
「ええ。
それじゃ、おててを繋いで寝室へレッツゴー!」
「おー!」
というわけで、全力で子供の演技をしていたら、アデリアと夜を共にすることになった。
アデリアがなぜこの提案をしたのかは大体察せる。
しかし、すまんなメイドたち。
この世界の私はお姫様だから、少しの理不尽は大目に見てくれ。
翌日、何人かのメイドが「ソフィアリス様が消えた!」と騒ぎ立てた。
そんなメイドたちが目にしたのは、アンドリュシエルとアデリアの寝室からアデリアと一緒に出て来る私の姿。
驚く彼女たちに待っていたのは、夜中に私を一人でトイレに行かせたことによる優しめの減給処分だった。
ー
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
三千年前、ボクスデンに虫の形をした大きな怪物が、空を引き裂いて襲撃してきた。
その力は理不尽なほどに強大で、魔法が存在しなかった当時の世界の人々では歯が立たなかった。
人が死に、自然が壊れ、何もかもがなくなっていく。
人々は怪物をこう呼んだ『災厄』と。
そんな時、不思議な力を持つ一人の少女が現れた。
彼女は十二の仲間を引き連れ災厄に挑んだ。
そして激闘の末、自らを犠牲に災厄を追い払った。
この少女の名は『アナスタシア』。
後に敬意を持って、『魔法の女神』『魔法の始祖』『起源神』などと呼ばれる存在である。
次第に彼女は神格化され、アナスタシアを最高神、そして彼女の十二の仲間『十二神獣』を準最高神とする宗教『アンナス教』が誕生した。
現代のボクスデンに暮らすほぼ全ての人間は、このアンナス教を信仰している。
ー
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「アンナス教では、アナスタシア様が空で栄誉ある死を遂げたことから、死んだ者たちが空でアナスタシア様から祝福を得られることを祈って、『空葬』を行うんですのよ。」
「空葬?」
クリストファンペアの葬儀当日、私は一体どうやって死者を弔うのか気になった。
なので、隣で私と一緒にメイドからメイクアップされているメローネフィリムに質問した。
そして返って来た答えが『空葬』。
急に知らない概念が飛び出して来た。
魔法以上に異世界感を感じた。
「死者を木箱に入れて、それに沢山の風船を括り付け、空に飛ばすのですわ。」
「そ、空にですか?!
ちょっと待ってください!
途中で風船が割れたらどうするんですか?
死体が落ちて来ますよね?
それにお墓はどうするんですか?
そこに死者を眠らせなくていいんですか?
それに空で死体はどうなるんですか?
空だと死体を分解してくれる存在がいませんよね?
メロ姉様!
一体どうなってるんですか!」
日本での葬儀とのギャップに驚き、私はメローネフィリムの体を揺らしながら質問攻めにする。
「ちょっと落ち着きなさい!
そんなに揺らされたら、折角セットしてもらった髪が崩れますわ!」
「あ、ご、ごめんなさい……。」
私は深呼吸して落ち着きを取り戻す。
それを見て、メローネフィリムが口を開く。
「一度にではなく、一つずつ質問してくださいまし。」
「はい……。」
「それで、一つ目の質問は?」
「途中で風船が割れたらどうするんですか?」
「それは簡単な話ですわ。
答えは『割れない』ですもの。」
「割れない?」
一体どういうことだろうか。
「風船の中には『ソリッドエア』と呼ばれる空気が入っておりますの。
ソリッドエアは風魔法で作られた特殊な空気で、これは空気よりも軽く、尚且つ固形なんですの。
そして、外から刺激を受けると同じ力で内側から反発する特性も持ち合わせていますわ。
ですので、割れる心配も萎む心配もないというわけですわ。」
「空気より軽い空気の塊。
おまけに超頑丈。
そんなものが作れるんですか?」
「ええ。
魔法は想像力があれば、どうとでも出来ますもの。」
この世界で三年半生きてきて、やはり思う。
魔法とは滅茶苦茶である、と。
「二つ目の質問は?」
「空に死者を飛ばすなら、お墓は一体何のために建てているのですか?」
「お墓には、死者の体の一部を埋めるんですのよ。
とは言っても、爪を剝がしたり、指を切り取ったりとかは死者に対する侮辱になりますから、埋めるのは主に体毛ですわ。
髪とか髭とかですわね。
まあ、様々な事情で体毛を取れない場合は、指とか爪とか眼球とかを埋めることになりますけれど。」
「お、おぉ……。」
この世界、変なところで地味に物騒である。
「三つ目の質問は?」
「飛ばした死者は、上空でどうなるんですか?」
「それは『分からない』が答えですわね。」
「分からない?」
「ええ。
だってそうでしょう?
空を制したものはいないんですから。
鳥だって雲の上までは飛べないでしょう?
どうしても知りたいなら、災厄と戦った時に雲の上まで行った十二神獣たちに直接訊くしかありませんわね。」
「なるほど。」
どうやら、この世界には飛行機はまだないらしい。
まあ、それはそうか。
地球でもライト兄弟が空を飛んだのは、産業革命よりずっと後の時代なわけだしね。
「大体理解しました。
ありがとうございます。」
「そう。
じゃあ、少し大人しくしましょうか。
メイドたちが困ってますわ。」
「え?」
メローネフィリムに言われて後ろを見る。
そこにはメイク道具を持ちながら笑顔で立ち尽くすメイドが複数人。
私が質問したせいで、私のメイクもメローネフィリムのメイクも出来なかったのだ。
「あ、ごめんなさい。」
謝罪して正面を向くと、メイドたちが再び私たちにメイクをし始めた。
質問は時と場所を考えてしようと心に決めるのだった。
ー
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
メイクが終わり、私とメローネフィリムは黒を基調としたドレスを身に纏い、優雅に紅茶を飲んでいた。
・・・いや、私はレモンスカッシュなんだけどね。
葬儀開始までまだ少し時間があるので、それまでは休憩時間となったのだ。
「それにしてもソフィ、お祖父様の葬儀だというのに元気ですわね。」
「まあ、私はお祖父様と面識がありませんから、ぶっちゃけ他人のお葬式に参加するような感覚なんですよね。
もちろん心が動かされないと言ったら嘘になりますけど、ただここにいる大勢の人よりかは心穏やかであると思いますよ。
メロ姉様はだいぶ参っているようですね。」
「そう見えまして?」
メイクやヘアスタイルで誤魔化してはいるが、それでもよく見ると目元の隈や少し痩けた頬は隠し通せていないのが分かる。
よっぽどのおじいちゃんっ子だったのだろう。
「見えますよ。
あの日以降、私へのストーカー行為がなくなりましたからね。
今のメロ姉様が万全の状態でないのは丸分かりです。」
「私の行動から察するなんて……。
流石はソフィですわね。
大抵の人は私の見た目で察しますのに。」
いや、そっちでも気づいてましたけども!
そっち言ったら面白くないじゃん!
「見た目と言えば、ジル兄様はもう着替え終わったのでしょうか?」
「とっくに終わってると思いますわよ。
見に行ってみます?」
「はい。」
気になったので、着替え終わったジルがいるであろう男子更衣室の方へと向かった。
すると、そこにはなぜか長蛇の列が出来ていた。
「い、一体何事でして?!」
驚愕して固まるメローネフィリムを尻目に、近くにいるイカしたちょび髭のおじさんに話しかけた。
「あの、すみません。
これは何の列ですか?」
「おや、これはこれは、可愛いお嬢さん。
この列が気になるのかい?」
「はい。」
おじさんは私にタメ口を使う。
どうやら私が第二王女であることを知らないようだ。
まあ仕方がない。
私はまだ表舞台に姿を現したことがない。
これが初めての公の舞台なのだから。
「これはね、人型模型の列だよ。」
「人型模型?」
「ああ。
ジルモニアストレア様が土属性魔法を用いて人型の模型を作っていらっしゃったのですが、それが実に素晴らしい出来でして、周りにいた男たちが次々に群がり、いつの間にかこんなに長い列が完成したんだよ。」
おじさんはそう言うと、鞄の中から慎重に何かを取り出す。
その手に持っていたのは、
・・・私の七分の一スケールフィギュアだった……。
鳥肌が止まらない。
怖い。
怖いよ。
「へ、ヘルメイン伯爵?
何ですかそれは?
凄くソフィに似ていますが。」
困惑していると、私の背後から、メローネフィリムがおじさんに話しかけた。
するとおじさんの顔が急にシャキッとした顔になった。
分かりやす過ぎるでしょ、このおじさん。
どんだけ王族に良い目で見られたいんだか……。
「メローネフィリム様!
ご無沙汰しております!」
「ええ。
ヘルメイン伯爵もお元気そうで何よりですわ。
それで、これは一体?」
「実は先程、ジルモニアストレア様とお話していたところ、話の流れでソフィアリス様の話になりまして、そうしましたらジルモニアストレア様がソフィアリス様をモデルにした模型を土属性魔法でお作りになられたんです。
それがこちらの模型なのですが、ご覧の通り凄い出来でして、柄にもなく少々興奮していたら、周りで着替えていた男たちが『俺もほしい!』『私もほしい!』と次々に言い始めたんです。
それで気が付いたら、こんな長蛇の列が出来ていました。」
「つまりこれはソフィの模型をもらうための列ということですの?」
「左様で御座います。」
要するに私のフィギュア販売会ということか。
この世界に肖像権はないらしい。
私は確認したいことがあったので、おじさん改めヘルメイン伯爵に言った。
「すみません。
この模型よく見せてもらってもいいですか?」
「ああ。
構わないよ。
お嬢さんも、こういうの好きなのかい?」
「好きというわけではないのですが、嫌いというわけでもありませんね。」
私はフィギュアを受け取ると、嘗め回すように見る。
そして、あるものを見つけてしまった。
私はその瞬間怒り心頭の状態になった。
「ヘルメインさん。
これ壊さないので、少し借りても良いですか?」
「お、お嬢さん?!
どうしたんだい?
声が震えているが……。」
「借りても良いですか?」
「あ、ああ。
構わないよ。」
私の圧に負けたヘルメイン伯爵はあっさりと許可を出す。
私はフィギュアを片手に列の先頭へと向かう。
全ては諸悪の根源たちを精神的に半殺しにするために……。
「ね~え、ジル兄様?
楽しいことやってるみたいですね。」
「ソフィ!
俺、人型の模型を作る才能あるかも!」
ジルモニアストレアの無邪気な言葉に、並んでいる男たちが『え?ソフィアリス様?』『マジ?!』などと次々に反応する。
しかし、私はそれを無視して続ける。
「はい。
そうかもしれませんね。
凄く細かいところまで手が込んでますもんね。」
私はそう言いながら、フィギュアを傾け、ジルモニアストレアにフィギュアのスカートの中を見せつける。
中には綺麗な細い脚が伸び、そして……
・・・しっかりと"パンツ"が履かされていた。
それも今、私が履いているのと同じ柄のパンツを。
並んでいた男たちの顔が青ざめていく。
「一体何故、私のパンツの柄を知っているのですか?
お城では、男女別々に洗濯して干していますよね?
知る機会などないはずです。
なのに、どうして知っているのですか?」
私の問いにジルモニアストレアは平気な顔をして答える。
「教えてもらった。」
「誰に?
名前は?」
私の問いに、今度は気まずそうな顔で答える。
「・・・言えない。」
私は「言え。」と言わんばかりの圧をかけながら、ジルモニアストレアを見つめる。
しかし中々口にしない。
もしかすると、私の今日のパンツの柄をジルモニアストレアに教えた犯人に「名前は言わないでくれ。」とお願いされているのかもしれない。
ジルモニアストレアは、約束は絶対に守り抜く男である。
これ以上問い詰めても時間の無駄かもしれない。
「・・・はぁ。
仕方ないですね。
ジル兄様に私のパンツの柄を教えた人は訊かないことにします。
でも、一つだけ教えましょう、ジル兄様。」
「何を?」
「ここに並んでいる方々は、別にあなたの模型を求めているわけではありません。
本当に求めているのは、"パンツ"です。」
「?」
私の言葉にジルモニアストレアは不思議そうな顔をする。
「つまり、ソフィのパンツの模型を作れば、みんな喜ぶってことか?」
「違います。
やめてください。」
私は綺麗に並ぶ男たちの方を向き、続けて言う。
「みなさん、ご覧になりましたか?
ジル兄様はこのように凄く純粋なんですよ。
この純粋さを利用して騙して。
楽しかったですか?」
私は見せしめに、目の前にいた男にわざとらしい笑みを浮かべて質問する。
男は答える。
「わ、私は、純粋にあなたの模型が、ほしくて……。」
目が泳いでいる。
嘘だ。
私は手に持っていたフィギュアを持ち前の馬鹿力で粉々に握り潰した。
フィギュアだったものが、粉となって地面に散らばる。
男たちはそれを見て、体を震わせる。
ジルモニアストレアもようやくことの大きさを理解したようで、涙目になる。
「楽 し か っ た で す か ?」
「キュウ……。」
私の圧に負けた男は、変な音を出して倒れた。
男たちが小声で騒ぎ出す。
『や、やべぇ。』
『齢三歳の圧と頭の回転じゃねえぞ。』
『これが音撃の王女。』
『レフィーリアの生まれ変わりと言われる理由はこれか……。」
『声だけで城の壁を破壊出来るなら、そりゃ土で出来た模型なんて片手で粉々に出来るよな。』
『俺たちの人生、終わっただろ、これ!』
驚愕する男、慌てる男、色々と諦める男などが現れ始める中、彼らに救世主が現れる。
「ソフィ、その辺にしておきなさい。
それ以上は、あなたも悪になってしまいますわ。」
その正体はメローネフィリムである。
「メロ姉様……!
分かりました……。」
私は仕方なく一歩下がり、代わりにメローネフィリムが前に出る。
「全く情けないですわね、皆さん。
上級階級という庶民の見本でなければならない身分でありながら、己の欲望に負けて純粋無垢な子供を騙し、挙句の果てに欲望の捌け口にしようとしていた本人に詰問されて震えあがって……。
お祖父様が見たら、一体どんな顔をするのでしょうね?」
メローネフィリムの言葉に、ハッとする表情をした男が数人。
どうやら、ここが葬儀会場であることを忘れるくらい欲望に負けていたようだ。
可哀想な人たちだ。
にしてもロリコン、いや、私の年齢から考えてペドフィリアか。
あまりにも多過ぎやしませんかね?
この国、大丈夫か?
「この件はしっかりとお父様に伝えておきます。
弟と妹が悪意に晒された以上、私は第一王女として、そして何より一人の姉として黙っておけませんので。
それでは解散!
もうすぐ葬儀が始まりますわ!
こんなことをしている暇があったら準備なさい!」
メローネフィリムの鶴の一声により、男たちがトボトボ歩きながら散っていく。
「全くとんだ災難でしたわ。
それにしてもパンツのこと、よく気が付きましたわね。」
日本にいた頃、はまっていた魔法少女アニメがあったのだが、その作品に登場するメインキャラ五人の七分の一スケールフィギュアを購入し、部屋に飾っていた。
その時に知ったのだ。
スケールフィギュアは、スカートの中もしっかりと再現されていることを。
ただ、例のフィギュアはジルモニアストレアが作ったものだから、流石にそこまで再現されてはないだろうと思ったのだが、一応確認してみたら、ちゃんと再現されていたのだ。
私も凄く驚いた。
しかし、こんなことをメローネフィリムに言えるわけないので、私は取り敢えず「女の勘です。」と答えた。
そしてジルモニアストレアが、申し訳なさそうな顔で言った。
「ソフィ、ごめん。
よく分かんないけど、俺、ソフィに悪いことした……。」
「ジル兄様は騙されただけですから、謝る必要はありません。
ただ、煽てられた時に調子に乗ってしまうクセは直した方が良いかもしれませんね。」
「分かった。」
ジルモニアストレアがそう言った時、ヘルメイン伯爵が近づいて来た。
「すみません。
まさか貴女様がソフィアリス様であらせられるとは。
初めまして。
わたくし、ダッカス・ヘルメインと申します。
先程までのご無礼をお許しください。
そして、事の原因を作ってしまったこと、心から謝罪致します。」
「あの模型は話の流れで完成したものでしたよね?
となれば、避けることは不可能なはずです。
つまるところ、原因はあなたではなく、模型に過剰反応して欲情した男たちにあります。
私はあなたに非があるとは思っていませんから、どうか頭をお上げください。」
「寛大なお心遣い、感謝致します。」
私の言葉でヘルメイン伯爵が顔を上げる。
先程と違い、凄くキリッとした顔つきだ。
「私の方こそ、模型を壊してしまって、ごめんなさい。」
「いえ、構いませんよ。
貴女様のお役に立ったのなら、あの模型も本望でしょう。
では、私もこれで失礼致します。」
ヘルメイン伯爵は軽く一礼すると、その場を去った。
「礼儀正しい人でしたね。」
「ソフィ、気づきませんでしたの?」
「何にですか?」
メローネフィリムからの問いの意味が分からず困惑していると、ジルモニアストレアが驚愕の事実を告げた。
「あの人、お母様のお父様。
つまり、俺たちのお祖父様。
ソフィ、遊ばれたね。」
え?
「え?」
私はしばらく開いた口が塞がらなかった。
ー
ーーー
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
1995年11月某日。
故クリストファンペア・ヴィクトリアナの葬儀が執り行われる。
葬儀開始までの間にひと悶着あり、その際、初めて公の場にソフィアリス・ヴィクトリアナが姿を現す。
ソフィアリスを初めて見た貴族たちは、口を揃えてこう言った。
「彼女は鬼のようであった。」と。
言葉の真意は不明だが、とにかく彼女の印象を深く刻みつける初対面であったことは間違いないだろう。




