2話 魔法と家族
なぜか崇め奉られるようになってから二年が経過した。
私は三歳になり、見た目は赤ちゃんの姿からすっかり女の子の姿になった。
父・アンドリュシエル譲りの胸下辺りまでの青い髪を大きな水色のリボンでハーフアップにし、母・アデリア譲りの銀色の大きな瞳はまるで全てを見透かしているかのよう。
アデリアと姉・メローネフィリムが決めてくれたワンピースに身を包み、心はすっかりお嬢様。
メイドによる上品な仕草や言葉遣いの授業なんかも始まり、色々と染められてしまいました……。
城内では既に周知の事実と化した私の馬鹿力。
これに対応するために、私の服や家具は全て特注品となっている。
かなり生活がしやすくなった。
三歳の誕生日が来てから、私の生活は激変した。
それまでノホホンと何も考えずに遊んで生きていたが、急に数学や語学、歴史、剣術、魔法などの勉強が始まった。
家庭教師を付けられ、一日に6時間くらい拘束されるようになった。
自由な時間が減った。
とはいえ、まだ足し算や引き算、簡単な読み書きレベルなのでなんとかなっている。
歴史の授業も昔の出来事を題材にした絵本を読むだけなのでなんとかなっている。
剣術の授業も持ち前の馬鹿力で何とかなっている。
問題は魔法だ。
とは言っても、魔法の仕組みなどを学ぶ簡単な魔法理論学の方はなんとかなっている。
地球に存在しなかった魔法や魔力などが、どのような仕組みで動いているのか、大まかにだが理解できた。
真の問題は、実際に魔法を使って発動方法や操作方法を学ぶ実践魔法学の方だ。
あの医師が言っていた通り、私には魔法を上手く扱うことが出来なかった。
かの英雄王レフィーリアと同じように。
しかし、私が魔法を扱いにくい体質であるという事実は、レフィーリアとこれまた同じように隠されたので、私とアデリアとあの医師以外は、この事実を知らない。
私に魔法を教えてくれている家庭教師は、そんな事実は知らないため、必死になって魔法を教えてくれている。
その期待に応えられない自分が酷く情けなく感じた。
あと数か月もすれば、アンドリュシエルに「魔法の家庭教師でありながら、我が娘に魔法を教えられないとは何事か!」と言われて、クビにされるだろう。
可哀想に……。
アデリアが裏から手を回してくれることに期待するしかない。
しかし、私も何かしなければならない。
他力本願にはしたくないのだ。
そもそも魔法というものは、体内で生成された魔力を消費して自身の想像を形にしたものらしい。
しかし私の場合、消費しようとしても、あの空間で植え付けられた「体の状態を一定に保つ」という特性の方が優先されてしまい、消費がキャンセルされてしまうのだ。
これが、私が上手く魔法を使えない理由だった。
しかし、私は魔法を"全く"使えないわけではない。
"上手く"使えないだけだ。
千回に一回くらいの確率で、魔法の使用に成功する。
その原因を探りたい。
そしてあわよくば魔法を自由に使えるようになりたい。
魔法を使えるのは、ボクスデンにいる間だけなのだから。
というわけで、私は書庫へとやって来た。
初めて来たので、なんか緊張する。
この城の書庫には古今東西から取り寄せた様々な種類の本が存在するらしい。
見渡す限りの本!本!本!
これだけの本があれば、流石に何かヒントを得られるだろう。
私は魔法に関する本を探して歩き、しばらくして「魔法」コーナーを見つけた。
近づくと、先客がいた。
少しだけ水色が混じった白い髪を、ブローチ型の銀色の髪留めでハーフアップにした、雪女のような見た目の少女。
十三歳になった我が姉・メローネフィリムである。
第二次性徴が始まり、見た目が少しだけ大人っぽくなった。
「可愛い」よりも「美しい」という言葉の方が似合い始めたところだ。
私の足音に気づいたメローネフィリムは、ゆっくりと振り向いた。
そして、私の銀色の瞳とメローネフィリムの薄い青色の瞳の目線が合った。
眼鏡越しに。
え?
眼鏡越しに?
「メロ姉様、いつから眼鏡をかけられるようになったのですか?」
「ふふ、今日からですわ!
賢く見えるでしょう?」
メローネフィリムは得意げに眼鏡をクイッとする。
優雅に髪を靡かせながら本を読む姿は、まさしく「文学少女」と言えるだろう。
しかし……、
「風魔法を使って優雅さを演出するのは結構ですが、この場所は密閉空間。
髪が揺れていると違和感しかないですよ。
それと、眼鏡をかけることと賢さはイコールではありません。
今日の私の行動を予測し、驚かせるために急遽取り寄せたようですが、残念でしたね。
私はもう、この程度では驚きません。
これまで何百回とストーキングされた私を甘く見ないで下さい。」
メローネフィリムのシスコン度合いは、年を重ねるごとに増していった。
今では、私の行く先々に先回りして現れるモンスターと化している。
今は私たちしかいない空間のため強い言葉で拒否できるが、周囲に人がいる場合はメローネフィリムの面子のためにも、私は良い妹を演じなければならない。
もう勘弁してほしい。
「全く子供らしくありませんわね。
ジルの入れ知恵ですの?
ここはいつもみたいに『よくお似合いですね、メロ姉様。世界一の天才が現れたのかと思いました。』って言うところでしてよ!」
「二人っきりなのにお世辞なんていう訳ないじゃないですか。
その蕩けた顔面を直してから、もう一度出直して下さい。
そしたら言ってあげますよ。
『わー、天才だー(棒)』と。」
ここまで言えば流石に引き下がるだろう。
そう思った私は浅はかでした。
メローネフィリムはニヤニヤしながら、こう言い放った。
「もう終わりですの?
もっと罵ってもよろしくてよ!」
「遂に頭がイカれましたか、メロ姉様?!」
「だ、だって、ソフィにここまで刺々しい言葉を使われるのって、世界のどこを探したって私以外にいないでしょう?
そう思ったら、自分がソフィの特別であることを実感して、なんだか興奮して来ましたのよ。」
この姉はもう駄目だ!
ダメロ姉様だ!
「あ、あの、私、本、探すので、私の、半径一メートル、いや、五メートル圏内に、入らないで下さい。」
私は「いけずなソフィも可愛いわぁ。」とか言っているメローネフィリムを無視して、本棚に目を向ける。
しかし、明らかにお目当ての本があったであろう場所の本ばかりが抜き取られている。
困惑していると、肩をトントンと叩かれた。
そちらに目を向けると、数冊重ねた本を片手に乗せたメローネフィリムがいた。
「お目当ての本はこちらでして?」
私を長年ストーキングしているだけあって、メローネフィリムはこういうところにはよく気が回る。
私が来る前に、既に用意してくれていたようだ。
「ありがとうございます。
探す手間が省けました。
ですが、次は私をイケボで堕とそうとしないでください。
私はまだ子供ですし、あなたの妹です。
『メロ姉様のイケボカッコいい!見直しちゃった!』とはなりませんから。」
「ふふふ、それはどうかしらね?
いつか絶対『流石は私のお姉様!ステキ!』くらいは言わせてやりますわ!
さあ、私について来て下さいませ。
机のある場所まで案内して差し上げますわ!」
メローネフィリムはそう言うと、私を先導するように歩き出した。
私は「このシスコンストーカー女には絶対に屈しない!」と決意を新たにし、彼女の後を追った。
ついて行った先にあったのは、幾つかの四人掛けの机。
その内の一つに、私とメローネフィリムは対面になるようにして座る。
そして、私が広げられた無数の本のうちの一つに取ろうとして手を伸ばすとメローネフィリムが訝し気に言った。
「ちょっと待ってくださいまし。
姉の勘でソフィが読みたそうな本を選びましたが、あなた、これらの本を読めますの?」
そう言われて私は改めて本を見る。
そこにあるのは活字だらけの分厚い本。
およそ三歳の子供が読めるような本ではない。
私の中身は十六歳+三歳であるが、メローネフィリムはそれを知らない。
このような本を読み出したら、変な目で見られかねない。
仕方ない、三歳児を演じるか。
「メロ姉様、私を誰だとお思いですか?
巷で『英雄王の生まれ変わり』って言われてる女の子ですよ。
そりゃ、こんなものちょちょいのちょいでーーー」
私は本を開き、そして目を見開き、動きを止める。
これで『読もうとした本が難し過ぎて言葉を失った人』の演技が出来ただろう。
「ふふふ、しょうがないですわね。
私が代わりに読んで、説明してあげますわ!
お姉様に任せなさい!」
く、屈辱だ!
読めるのに!
こんなシスコンストーカー女に借りを作ることになるなんて……。
こんなのってないよ!
あんまりだぁ!
「よ、よろしくお願いします……。」
屈辱的な気持ちを必死に押し殺しながら、私はメローネフィリムに頭を下げるのだった。
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書庫に本のページを捲る心地よい音が響き渡る。
そこにいるのは二人のお姫様。
一人は本のページを捲る張本人の麗しき十三歳の少女。
もう一人はそんな姉の姿を憧憬の眼差しで見つめる三歳の幼女。
この空間に咲き誇るのは白い百合。
仲睦まじい二人の間では、風情溢れる美しき会話が繰り広げられる・・・。
・・・そんなはずがなかった。
そこにいるのは二人のお姫様。
一人は妹の期待に応えるために苦手な活字本を無理して熟読を試みる十三歳の少女。
もう一人はそんな姉の姿を呆れた表情で見つめる三歳(+十六歳)の幼女。
この空間に広がるのは冷え切った雪原。
数年前までは仲睦まじかった二人の間では、それぞれの呼吸の音すら聞こえる只管の沈黙が流れる。
「読めてないですよね、メロ姉様?」
「よ、読めてますわ!」
私の核心を突いた問いに、メローネフィリムは焦ったような口調で否定の言葉を口にする。
嘘がばればれである。
「別に無理して読まなくても良いですよ。
そこら辺のメイドに頼めば読んでくれるでしょうし、それに最悪、お母様かお父様に頼めばいいですし。」
「その考えは駄目でしてよ、ソフィ。
メイドにはそれぞれ自分の仕事がありますし、お父様方も日々の公務で忙しい。
私たちはまだ子供で、仕事の手助けすら出来ないのですから、せめて負担にならないように努めなければなりませんの。
王族たるもの、自分で出来ることは自分でこなさないといけませんわ。」
メローネフィリムの言葉を聞いて驚いた。
まさかこのシスコンストーカー女の口から王族らしい言葉が出て来るとは思わなかった。
自分の考えの浅さが恥ずかしくなった。
「ごめんなさい。」
「分かってくれればいいんですのよ。
それに私も少し厳しい言い方をしてしまいましたわね。
ごめんあそばせ。」
メローネフィリムはそう言うと本を閉じ、私に訊いた。
「ところでソフィ、姉の勘で本を用意した私が今更訊くのもおかしな話ですが、こんな難しい本を読んで何をするつもりでしたの?
もしかして、『家庭教師の方々が教えて下さる魔法が簡単過ぎてつまらないから、もっと難しい魔法を覚えよう。』ということだったりしますかしら?」
「そ、それは……。」
私は口籠った。
メローネフィリムは私が魔法を使いずらい体質であることを知らない。
そして私は、魔法の実践以外においては、他の人から見て「超」が付くほど優秀。
そのため、メローネフィリムは私が魔法も得意だと勘違いしているのだろう。
身内だし、体質のことを言ってもいいのだろうか?
もちろん、リーゼロッテ云々のことは言わないが……。
「言いにくいことですの?
なら無理には訊きませんが……。
でも何か悩み事なら話してくださいまし。
姉として、相談に乗ってあげますわよ。」
私の表情から察したメローネフィリムが優しい声で言う。
心配させるくらいなら、本当のことを言うべきかもしれない。
私は説明した。
自身が魔法を扱いにくい体質であること。
そのせいで魔法を扱うことが出来ず、このままでは実践魔法の授業をしてくれる家庭教師がクビになるかもしれないこと。
それを防ぐために、私でも扱える魔法がないか調べに来たこと。
などを。
私が話している間、メローネフィリムは優しい表情で見守ってくれた。
そして、私の説明が終わると、一言言った。
「全く優しいですわね、あなたは。」
と。
その言葉が理解できなかった私が、「優しい?」と反芻すると、メローネフィリムは続けて言った。
「ええ、そうですわ。
たかが家庭教師一人のために、苦手なことを克服して自分自身を変えようと思えるんですもの。
普通なら、考えられませんわ。
家庭教師の替えなんて、幾らでも居ますし。」
流石は一国のお姫様。
庶民の暮らしを知っている私とは、ものの考え方が一から違う。
要するに「お前の代わりなんて、幾らでもいるんだからな!」を、素で言っているのだ。
怖過ぎる。
まあ実際、王族が「この人イヤ!クビ!」と言えば、その人はクビになる。
そんな環境の中で生きていれば、メローネフィリムのような考え方に行き着くのだろう。
きっと私の方が珍しいのだ。
王族の中では。
「しかし、申し訳ありませんわね。
私では力になれそうにありませんわ。」
「はい……。
何となく分かっていました。」
メローネフィリムは、魔法の仕組みなどを学ぶ魔法理論学や魔法の成り立ちなどを学ぶ魔法歴史学はてんで駄目であるが、魔法の発動や操作などを学ぶ実践魔法学は優秀である。
要は、メローネフィリムは全て感覚で魔法を扱っているということ。
メローネフィリムは私の対極にいる人間なのだ。
そのため、私たちは基本的に何事においても、教え合うことができない。
相手が何故それを出来ないのかが理解出来ないからだ。
「でも、話を聞いてもらえただけでも少し楽になりました。
今まで、ずっと一人で抱えて来たので。
ありがとうございます。」
「そう。
なら良かったですわ。
しかし……、はぁ……、もし私がギル兄様やソフィくらい頭が良かったなら、何かいい考えが浮かんだかもしれませんのに……。
悔しいですわ……。」
相談に乗ると言ったにも関わらず解決してあげられなかった不甲斐なさから、本気で落ち込み始めた。
全くしょうがない姉である。
「やっぱり自分でやろうとしても無理だと分かったので、これで終わりにします。
あとでお母様に相談して、家庭教師の方に直接聞いてみるとしましょう。
そっちの方が手っ取り早いですしね。
というわけで、メロ姉様。
私にギル兄様のことを教えてくれませんか?
私、まだ会ったことなくて……。」
メローネフィリムが落ち込んだ時は、取り敢えず話を逸らすに限る。
「か、構いませんが……ってソフィ!」
私はメローネフィリムの手を取って、半ば強引に引っ張った。
「それではメロ姉様のお部屋に行きましょう!
そこでじっくり楽しくお話しましょう!」
「ま、待ってくださいまし!
その前に本のお片付けですわ!」
「あ……。」
メローネフィリムを慰める方に考えがすっかりシフトしていて、本のことを忘れていた。
これは失敬、失敬。
私たちは本の片付けをした。
その間に、メローネフィリムは元気を取り戻していった。
そうだった。
メローネフィリムは、私の慰めなんていらないくらい楽天的な人だった。
私たちは心穏やかに、書庫をあとにするのだった。
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メローネフィリムの部屋はいつ来ても良い匂いがする。
城内に自生しているとある花のエキスを抽出し、それをアロマにして毎日焚いているらしい。
恐らく部屋の壁自体に匂いが染みついてしまっているのだろう。
メローネフィリムの部屋は、自身の髪の色と同じ白や水色を基調とした家具で満たされている。
ここにいると、段々と雪の中にいるかのような感覚に陥るため、夏場は良く遊びに来る。
冬場は絶対に来ない。
私が椅子に座ろうとすると、メローネフィリムが言った。
「椅子に座る時は"優しくゆっくりと"ですわよ。
この間、お気に入りの椅子を壊されたこと、まだ少し根に持ってますからね?」
「は、はい……。」
実は数日前にこの部屋を訪れた際、私が椅子に座ろうとした時に勢い余って椅子を粉々にしてしまうという事件が発生した。
そして最悪なことに、その椅子はメローネフィリムが十歳の誕生日の日に祖父・クリストファンペアからプレゼントされたものだった。
私はその日、この世界に生まれてから初めて「土下座」した。
そういうことがあったので、メローネフィリムはこの部屋での私の行動を、物凄く注視しているのだ。
私が椅子に座ったことを確認すると、安心したように飲み物の用意を始めた。
本当に申し訳ないことをしてしまったものだ。
全部、私の体をこんな風にしたリーゼロッテが悪いのだ。
次会ったら、〆てやろう。
奴が死んだ魚のような目をするまで、首を絞めてやろう。
しばらくして、メローネフィリムがコップを二つ持って来た。
一つは自身用の紅茶が入ったティーカップ、もう一つは私用のレモンスカッシュが入ったグラス。
私はグラスの方を受け取ると、すぐさま喉に流し込んだ。
そんな私を見て、メローネフィリムは呆れたように言う。
「ほんと好きですわよね、それ。」
「レモンスカッシュは私の生きる意味と目的だから!」
嘘ではない。
断じて嘘ではない。
この世界は日本とは文化がまるで違う。
そのため、私が日本で生きた十六年間で出会った馴染み深いものはほとんど、こちらの世界にはなかった。
しかし一年前、ボクスデンの中で出会ったのだ。
日本で生きていた頃、好きで好きで仕方なかったレモンスカッシュを。
奇跡だと思った。
あの日、私はこの世界で生きるのも悪くないと本気で思った。
それ以来、私のこの世界での生きる意味と目的は「レモンスカッシュを飲むこと」になった。
『この世界の救世主になる』?
そんなこと知ったことではない。
今の私の頭にあるのはレモンスカッシュだけだ。
いや、私がレモンスカッシュだ!
「ソフィ、変なこと考えてるでしょう?
顔に出てますわよ。」
「え?」
レモンスカッシュを飲んだ喜びが表情に出ていたようだ。
危ない、危ない。
この世界の私はお姫様。
レモンスカッシュなどという庶民の飲み物で興奮していては怪しまれる。
落ち着きなさい、杏奈。
ソフィアリスとしての振る舞いをしなさい。
「メロ姉様も一口どうです?」
「遠慮しておきますわ。
私の味蕾は、庶民のものはあまり美味しく感じてくれませんので。」
そう。
残念なのはこの部分だ。
どうやらボクスデンでは、「レモンスカッシュは庶民の飲み物」という価値観があるらしく、王族や貴族はこれをあまり好まない傾向にある。
そのため、私も公に「レモンスカッシュが好きだ!大好きなんだ!私の人生にはレモンスカッシュがいないと駄目なんだ!」と言うことが出来ない。
結果として、私の好物がレモンスカッシュだと知っているのも極少数に限られる。
メローネフィリムはそのうちの一人だ。
私がレモンスカッシュを楽しんでいると、メローネフィリムが呟いた。
「それにしても、意外でしたわ。
まさかソフィが、魔法のことで悩んでいたなんて。」
「他の人には言わないでくださいね。
お母様と私の体質を調べてくれた医師さんが、私のために隠すことを決めたそうなので。」
「そうなんですのね。
それじゃあ、黙っておきますわ。
ソフィの体質のこと、知っている人は私とお母様たち以外におりまして?」
「話したのはメロ姉様が初めてです。」
「ということは、お母様とルイス様が誰にも言っていなければ、知っているのは私を含めて四人。
なんかとんでもない秘密を知ってしまった気分ですわ。」
メローネフィリムは頭を抱えた。
そんなメローネフィリムに、私は先程の彼女のセリフで気になったことを訊いた。
「『ルイス様』って、もしかして私の体質を調べてくれた医師の名前ですか?」
「ええ、そうですわ。」
「あの人って何者なんですか?
聞いた話だと、ギル兄様のことを『ギル』と親しげに呼んでいたそうですが。」
「彼女はこの城の宮廷魔女ですわ。」
「宮廷魔女?!」
とんでもないのが出て来た。
魔女。
それは魔法を極めた女性に贈られる称号。
一つの国に一人いるかいないかというレベルの存在だ。
なるほど。
そりゃ、魔法使いの上位五パーセントしか使えないという『鑑定』を使えるわけだ。
「まあ"宮廷"魔女とは言っても、それは肩書きだけで、実際には困っている人々のために国中を飛び回っていますから、城内にいらっしゃるのは一年の内のほんの数日と言ってもいいですわね。」
「それでは、ルイスさんがギル兄様のことを『ギル』と呼んでいるのは……?」
「それは、ルイス様がギル兄様の祖母に当たる人だからですわ。」
「祖母?!」
ルイスはギルバートムの祖母。
それはつまり、この世界での私の祖母でもあることを意味する。
「となると、これからはルイスさんのことを『おばあ様』と呼ぶべきかもしれませんね……。」
「あー、いやー、それがー、少し違うんですのよねー……。」
私の言葉にメローネフィリムは言葉を濁す。
「違う、とは?」
「ルイス様はギル兄様の祖母であって、私たちの祖母ではありませんのよ。」
「?????」
ルイスはギルバートムの祖母であり、私やメローネフィリムの祖母ではない。
私たちとギルバートムの父は共にアンドリュシエル。
父方の祖父も共にクリストファンペア。
父方の祖母のことは知らないが、ルイスはここに当たる人物ではない。
母方の祖父母のことも知らないが、メローネフィリムの口ぶり的に、母方の祖母に当たる人物もルイスではないのだろう。
このことから考えるに……。
「もしかして、ギル兄様は異母兄ですか?」
「い、異母?!
ソフィ、あなたどこでそんな言葉覚えましたの……?
まあ、正解ですわ。
私たちの母はアデリア・ヴィクトリアナですが、ギル兄様の母は確かライラ・ヴィクトリアナという人だったはずですわ。
しかし、ごめんあそばせ。
ライラ様のことは、私もよく知りませんの。
彼女は、私が生まれる前に既に亡くなっておりますので。
ですから、"アンドリュシエルの第一夫人ライラ・ヴィクトリアナ"に関する情報はどれも、人から聞いたものばかりでして……。
中には噂話程度のものも混じっていますから、何が正しい情報で、何が嘘の情報なのか、自分でもよく分かってませんのよ……。」
「そうなんですか……。
つまり、お母様は・・・。」
「第二夫人ですわ。」
王には正妻以外に側妻がいてもおかしくはない。
だから、アンドリュシエルにアデリア以外の妻がいてもおかしくない。
ここはそういう世界だ。
ライラが第一夫人であれば、アデリアは第二夫人ということだ。
私の母は二人目の女だったようだ。
つまり私は二人目の女の娘ということ。
なんか複雑な気持ちだ。
でも、ちょっと待って。
確か正妻はアデリアだったはず。
つまり、第二夫人が正妻で、第一夫人が側妻ということになる。
なんかおかしい。
「お母様から以前少しだけお話を聞いたのですが、それによると、どうやらライラ様は精神面でとても厳しい生活をしていたそうですわ。
ライラ様のご実家であるストレア家は、ルイス様を見れば分かる通り、魔女の名家ですの。
ですが、名家とは言っても一般階級の家です。
王族との結婚など前代未聞。
ライラ様は、お父様との繋がりを持とうとしていた貴族たちに、たいそう疎まれたそうですわ。」
自身の家系の価値を高めるために、娘を王の嫁にし、王家との血の繋がりを得る。
物語ではよくある話だ。
おそらくライラが正妻になれなかったのは、ライラの実家が一般階級だったからだ。
先に結婚したのに正妻になれなかった。
そんなライラの気持ちを察すると、悲しい気持ちになる。
こういう話を、こうして現実に起きたこととして聞かされたり想像したりすると、結構堪えるものがある。
「私たちのお母様は貴族の出ですから、一般的に見て私たちは正統派の王子・王女と言えます。
しかし、ギル兄様には一般階級の人の血が混じっているので、一般的に見て紛い物の王子と言えます。
きっとギル兄様が私たちの前にあまり姿を見せないのは、『自分が妹たちに近づくことで、妹たちに何か不利益を被るかもしれない。』と考えているからかもしれませんわ。」
メローネフィリムがここまでの推測ができるとは思えない。
きっと最後の言葉は、メローネフィリムが実際にギルバートムから言われた言葉なのだろう。
しかしまさか、ギルバートムにそんな秘密があったとは。
そりゃ、自分から私の前に姿を現さないわけだ。
ギルバートムに会いたいなら、初めから自分自身で会いに行くしかなかったのだ。
「ギル兄様の方から私のもとに来るのが問題でも、私の方からギル兄様のもとに行くのは問題ないですよね?」
「まあ、そうですわね。
あの方が何とおっしゃるかは別ですが……。」
「でしたら、今からギル兄様を探してみます。」
「今から?!」
「はい。
メロ姉様から話を聞いて、一層お会いしてみたくなりましたので。」
「私の話を聞いて?!
あなた、ちゃんと私の話を聞いておりましたの?!
はぁ、まあ三歳の子供にこういった話を理解するのは難しいかもしれませんわね。」
今、なんか凄く心外なことを言われた気がする。
まあ、気にしないでおこう。
「自分から会いに行くという心意気は大変素晴らしいですが、少々難しいかもしれませんわよ。」
「どうしてですか?」
「私はこの城で十三年生きてますが、ギル兄様と城内では出会ったことがありませんの。
彼と出会うのはいつも、冠婚葬祭の時。
ですので、恐らく彼は意図的に私たちのことを避けていると思われますわ。」
"十三年で一度も城内で出会っていない"。
とんでもない隠密スキルである。
数年前のアデリアとルイスの会話からギルバートムが城内にいることは確定しているため、探せばなんとかなると思ったのだが……。
少々厳しいかもしれない。
「でも絶対に見つからないと決まったわけではないので、一応探してみます。
夜ご飯までに見つからなかったら諦めます。」
私がそう言って席を立つと、メローネフィリムもゆっくりと席を立ち、言った。
「仕方ありませんわね。
今日はもう特に用事はありませんし、私も手伝いますわ。
それに、あのお兄様に一つガツンと言ってやりたいこともありますしね。」
こうして、ギルバートム探索隊の活動が始まった。
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部屋の外に出ると何やら騒がしかった。
メイドたちが慌ただしく右往左往している。
「何かあったんでしょうか。」
「あちらの方は確かお祖父様のお部屋がある方向ですわね。
行ってみましょうか。」
メイドたちの動きに合わせていくと、メローネフィリムの推測どおり、クリストファンペアの部屋に辿り着いた。
メローネフィリムは状況を整理するために、比較的暇そうなメイドに話しかけた。
「ちょっといいですかしら?」
「メロー様?!」
「これは一体どういう状況でして?」
そのメイドが口にした言葉は驚くべきことだった。
「落ち着いて聞いてください。
前国王クリストファンペア・ヴィクトリアナ様が、先程崩御なされました。」
「崩……御……?」
メローネフィリムが絶句する。
顔面から血の気が引いていき、呼吸が浅くなっていく。
私が生まれた時、クリストファンペアは既に昏睡状態だった。
そのため、私にはクリストファンペアとの思い出が存在しない。
しかし、メローネフィリムは違う。
メローネフィリムはクリストファンペアに寵愛されていたらしい。
故にメローネフィリムはクリストファンペアが元気だった頃を知っている。
そして、五歳と十歳の誕生日には直接プレゼントを渡されている。
メローネフィリムが感じているその悲しみは、私には測り切れない。
私はメローネフィリムの顔を見上げた。
目が虚ろで、現実を受け入れられないといった表情をしている。
その瞬間、
・・・星矢善乃が死んだ時の星矢聖壱の表情と重なった。
気が付くと私はメローネフィリムの腕を引っ張って、その場をあとにしていた。
自分でも何をしているのか分からない。
でもあの瞬間、私はここから離れなければと強く感じたのだ。
きっとメローネフィリムが聖壱のようになるのが怖かったのだ。
きっとヴィクトリアナ家が星矢家のように崩壊するのが怖かったのだ。
私は物言わぬ人形と化したメローネフィリムを引き摺るように引っ張りながら、いつもより冷たい風が吹く廊下を歩き進めた。
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賢暦1995年10月16日。
ヴィクトリア王国第333代国王クリストファンペアが崩御。
1922年9月21日から続いた73年の人生に幕を下ろした。
これにより、時折見え隠れしていたクリストファンペアの影が無くなり、名実共に第334代国王アンドリュシエルの時代となった。




