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そして鉱石たちは、羽化する

 カイの傷は拍子抜けするほど酷くなかった。


 腹の傷は跡が残るそうだが、額や胸元の傷は深くなく傷も残らないそうだ。


 心配してだろう。セリナから寝台から動くなとキツく言われているが、何もせず天井を見上げる時間がただ流れる。


 カイは飽きてきていた。

 

 その気持ちが天に届いたのか。平穏な時間を割くように部屋の扉が開いた。


 監査官だ。


 カイはまさかの来訪者に首を傾げつつも、上体を起こした。


 監査官は「楽にしてると良い。」と言うが、そういうわけにもいかない。


 カイは黙って監査官を見る。


 監査官もそれ以上は言わずに、カイの傍まで来た。


「……ヴァレンティアは君に救われた。」


 カイは首を摩りながら俯く。


「……」


 あらためてとは言っていたが、こんな大仰に礼を言われるとは思っていなかった。


「あの……監査官様。俺は何も救ってない。」


 カイは首を傾げながら軽く否定した。


「いや救われた。妹の無念が晴らせたのだから。」


 監査官の声はどこか優しい。


――結果。俺は確かに体を張った。だが餌が誰であれ……


「……あの小屋に踏み入るだけで事は済んだ。俺の怪我は無駄な産物な上に、自己満足な行動でしかない。恩に思う必要はございません。」


 カイは今度はキッパリと否定した。


「無駄ではない。そもそも君が餌にならなければ踏み入ることすら叶わなかったろう。」


 監査官の声には先程とは違い確かな圧がある。

 カイは黙った。これ以上否定しても受け入れる気がないだろう。

 

「今後困ったことがあれば、ヴァレンティアの門を叩くと良い――親友として助けとなろう。」


 カイが固まる。


「シンユウ……???」


 カイは今度は両手で首を抑え俯く。


――待て……待て、待て、待て。


 ゆっくりと監査官を見る。相変わらず表情筋が機能していない顔だ。


――こいつ今俺に親友と言ったのか?親友ってあれか?俺の知ってる意味か?貴族ならではの言い回しか?


 監査官はただカイを見下ろし続ける。


「……かっ監査官様。」


「その監査官様はやめたまえ。今後はレオと呼ぶように。」


 カイは監査官の基本情報を思い返した。


 貴族監査局王立監査官レオン・ヴァレンティア。


――そこはレオンじゃないのか?レオ??愛称……はっ、なんで???


 頭は疑問と混乱で渦巻いている。


 その混乱の中。ふと、あることを思い出した。


 次の瞬間、カイはダランと手を下ろした。


 考えることを放棄したのだ。


「……待ってください。監査官様。」


「監査官?」


 監査官の眉が吊り上がる。


 初めて表情筋が動くのを見たカイは戸惑うが仕方ない。


 自分の表情や口の筋肉が、引き攣るのを感じながら話す。


「……レオ。頼みがあります。」


 レオと呼んだ事に満足したのか、いつもの無表情に戻る。


「内容による。」


――こいつ。助けとなろうとか抜かしてなかったか?嘘つきめ。


 カイは頬をピクピクと引き攣らせながら続ける。


「あの小屋の中に珍しい青みがかった灰色の髪があるはずです。貰えませんか。形見なんです。」


 監査官が目を逸らす。


「……証拠品だ。」


 カイはイラつきながらも努めて穏やかに言う。


「レオ。俺に恩を感じているなら――ください。」


 思わず最後の言葉に力がこもった。


 監査官も気づいたのか、カイを見て少し考える。


「……手配しておこう。」


「はい。ありがとうございます。」


 手配に渋々承諾したレオンの部屋を出る足取りは、存外軽かった。


 部屋の中に再び静寂が戻った。


「……勘弁しろよ。」


 ため息をこぼしながら前を見た。


 部屋の静けさは心地良いが、何故かまだ胸がざわつく。


「セリナ……いや、言えてもセリナ様か。」


 ふっと静かに吹き出した。


「なんで俺。よく知らない男の愛称、呼ばされてんだ?」


 寝台に体を投げて「……馬鹿馬鹿しい上に――情けない。」と呟いた。


 


 数日経って監査官は約束通り、憲兵を通して約束の品を寄越した。


 レオンはわざわざ木箱に入れてくれたようだ。


 カイはその蓋に手をかけやめた。


 木箱を手に部屋を出る。


 腹の傷はまだ少し痛むが、問題ない。


 廊下を歩くと周りの侍従が慌てふためく。


 お構いもせずその姿を一人ずつ確認して進む。


 カイは目当ての侍女に気付き、足早に近寄る。


 いつもながら鬱陶しい前髪で顔が見えない黒髪のおかっぱ頭。


 肩を叩かれ驚いて振り向く侍女。リリだ。


 カイはそっと耳打ちをしてリリの手に木箱を乗せる。


 リリは「……なんで?」と呟いた。


 カイは何も言わずにただ微笑むだけ。


「黒曜くん?何してるの?」


 その背後にセリナが立つ。


 カイの肩が僅かに跳ねた。


 その肩を掴むセリナ。


「誰が部屋から出て良いって言ったのかしら?お部屋でティータイムを楽しんでたら、あなたが好き勝手動いてると聞いて、心底驚いたわ。」


 セリナはもう片方の手でカイの首を掴み爪を立てた。


 全く力が入ってないが、その爪の感触にカイは瞼を閉じた。そして一呼吸置く。


「……申し訳ありませんお嬢様。ただこれ以上の休養は不要です。」


 セリナの手に力が入る。


「あら?あなた、買い主が誰かも忘れたの?」


 カイは重たい瞼を開いた。その顔は全て諦めたようにうんざりと。


「……大人しく部屋に戻ります。」


 その言葉にセリナはパッと手を離し、カイの腕に抱きつく。


「聞き分けの良さは大事よ。黒曜くん。部屋で一緒にティータイムをとりましょう?……今、嫌な顔したわね。うふふ、誰のせいで私のティータイムが台無しになったと思ってるのかしら?」


 カイはセリナを伴い部屋に戻る。


「……お嬢様の仰せのままに。」


 二人の背が離れるのを見送りながら、リリは木箱を抱きしめた。


「そうだ。ナナ……ナナのところに帰らなきゃ。」


 リリは走り出す。




 リリは宿舎の部屋の前に立った。セリナに用意された二人部屋。


――最初は嬉しかった。でも……


 リリは扉を開けた。


 壁の両脇に備え付けられた寝台。一つだけの窓。


 そして床にへたり込み、空を眺めながらぶつぶつ独りでに話しているナナの背中。


 ナナはこの頃、窓の傍から離れない。


――ジャンの生死をまだナナは知らない。でも……


 ナナに近寄る。


「……ジャン。今日もカッコいいね。キャハッ機嫌良さ気じゃない?ジャン良いことあった?」


 リリは一歩後退る。


 ナナは伯爵と引き取られた子供の行方を調べる中で壊れていった。最近はこうして居もしないジャンに語りかけているのだ。


 こうなってから、リリはナナに向き合うことを避けていた。


 大きく息を吸う。


 リリはナナの前に回り込んで座る。


 いきなり目の前に現れた邪魔者に「……何リリ?」と苛立ちが混じった。


「ジャンと話してるの。邪魔しないでくれる?」


 リリは木箱を握りしめる。


「……ジャンじゃないとダメかな?」


 リリの言葉にナナは顔を顰める。


「ダメに決まってるでしょう?知ってるよね?私がどれだけジャンを愛しているか。」


「私は!」ナナの言葉を遮るように叫んだ。


 いつもオドオドと頼りないリリが叫ぶのを見るのは初めてだ。


「私はナナが好き!愛してる!だから……」


 リリは木箱を差し出した。


「お願い――そろそろ現実に戻って。ちゃんと見て。」


 リリの必死さにナナは木箱を受け取った。


 だがすぐ「……なんか、やだ。」と言ってリリに押し返す。


 リリは再び差し出しかけてやめた。木箱の蓋を開ける。


 中にはタグ付けされた青みがかった灰色の髪が入っていた。


「……ジャン。」ナナの掠れ声が響く。


 それを証明するようにタグには髪の主が記されている。

 

「ジャンは死んだの。もう居ない。どこにも。」


 ナナがゆっくり髪の束を手に取る。


 震えながらも愛でるように頬擦りした。


 その頬をとめどなく涙が濡らす。小さく嗚咽を漏らしながら、ナナは泣いた。


 感情剥き出しにすることもなくただ静かに。怒りや悲しみのままに向かってくることをリリは覚悟していた。


 でも目の前のナナはごくごく普通の女の様に泣くだけ。なんとも言えない違和感と気持ち悪さが込み上げてくる。

 忙しなく指を動かしながらリリは思った。


――違うよ、こんなの……


「……違う――ナナらしくない。」


 その小さな声にピクリとナナは反応した。


 途端に大きく口を歪ませる。


「キャハハハハ!!らしくない?!私らしさって何よ?」


 ナナの威圧する様な声。リリは萎縮するどころか嬉々とした。


 ナナはジャンの髪を胸に抱きながら、リリを指差した。


「……あんたはただの"人形"。分かる?調子乗んじゃないわよ。」


 "人形"と呼ばれたリリは一瞬固まったが、次の瞬間にはその指を掴んでいた。


 ナナの指を一つ一つ解き掌を広げさせる。


 ナナはジャンの髪を抱いたまま、何も言わず動かない。


 広がった掌にリリは頬擦りした。重たい黒い前髪の隙間から、弧を描く目が露わとなる。


「……リリは生きてる。」


 ナナはその手の温かさに体を強張らせた。


「リリはジャンの代わりになれないかな?」


 そのまま二人はお互いに動かずにいた。


 ほんの束の間だが、リリには長い時が経った様に感じる。


 ナナの重たい口が開いた。


「リリとセリナ様。前に聞いたよね?」


 リリは何を言い出すのかと戸惑い見る。


「……ナナがジャンを好きな理由。」


 そんな昔のことを聞かれるとは思わなかったが、リリは小さく頷いた。


「いろいろ言ったけど、ほんとはコレなの。」


 ナナがおもむろにジャンの髪を差し出して見せる。


 リリはキョトンとそれを見る。


「雲が薄くかかった様で綺麗でしょ?」


 リリはナナを見た。重たい前髪のせいで、相変わらず目元が見えない。でもその口は弧を描いている。


「……ナナはね。この空に恋をしたの。」


 ナナのそばかすは、なおも涙で濡れている。


「リリはジャンの代わりになれないよ。」


 リリはナナの手を離し、俯く。


――リリを捨てるの?もうナナにとって、リリは要らない?


 呆然とするリリの手を優しく撫でるナナ。


 リリは顔をあげた。その頬に涙が一筋流れる。


「リリは、リリとして傍に居て?」


 すぐさま答えようと口を開きかけた途端に、手に強い圧がかかる。


「いたっ……」リリは顔を顰めた。ナナの手が尋常じゃない力でリリの手を握りしめていた。


「キャハハ!リリ、愛してるって言ったよね?」


 リリは大きく頷く。


「ずぅーと、ずぅーと。離れちゃダメよ?だって私たちは……」


 その後に続く言葉が何か、リリには分かっていた。


 『……二人で一つ。』二人の声が重なる。


 ナナの口が大きく歪むのを見て、リリは安堵した。


――もう、大丈夫。

 



 街の大通りに荷馬車が一台脇に停まっていた。


 荷馬車の前にはルミエールと看板を掲げた宝石店。


 荷下ろしを終え、荷馬車に背を預ける。


 自分の影が伸びるのを眺めながらリクは佇んでいた。


――カイ。お前今何してる?


  ミナと逃げた後、セリナの手引きでルミエールの店舗に商品を運搬する荷馬車に加わった。


 セリナの店だけでなく、男爵が運営する店舗も任されている。国を縦横無尽に動き回る。


 ミナを守るにはうってつけだ。


 リクの横にもう一つ影が増える。


 その影の主は仲間の一人だった。


「待ってくれ。まだミナが戻ってない。」


 仲間がため息混じりにリクを見る。


「嬢ちゃん。大きな街くる度に大はしゃぎだな。」


 リクは眉間に皺を寄せる。


「……悪い。」


 仲間は困った顔で笑う。


「いや、良いんだ。時間はある。買い出しも必要だしな。それより今はこっちのが重要だ。」


 紙切れを差し出す。


 リクはそれを摘みながら「なんだこれは?」と問う。


「俺は字はからっきしなんだ。でもお前は読めるんだろう?セリナ様が先回りして、この店に伝書鳩を飛ばしてたらしい。お前宛だとよ。」


 リクの眉間の皺が深くなる。


「俺も別に得意では……」


 ゆっくり紙切れを広げて見る。


 そこにはセリナの字で屋敷に戻ってとだけ書かれていた。


 一瞬意図を考えた後、リクの顔が綻んだ。


――カイ。お前やりやがったな?


 仲間を見るとリクの笑顔に驚きを隠せない様だ。


「お前、笑えたんだな。」


「まあな。それより馬をくれ。」


 突然の注文に仲間は「あっ?」と声をあげた。


「今の量なら馬一頭でも問題ないだろう?ミナと急いで戻らなきゃならないんだ。」


 仲間は呆れ顔だ。


「急ぐ必要ないだろ。次が終わったら、屋敷に寄ろうと思えばできる。」


「いやそれじゃ遅い。弟が無茶したらしい。」


 仲間は顎を摩る。


「弟?あれか?セリナ様のお気に入りの。」


「それだ。あの澄まし顔に一発喰らわせないと。」リクが笑う。


「……一発って穏やかじゃないな。」と仲間が苦笑いする。


「リク!」


 名前を呼ばれ振り向く。


 ミナだ。フード付きの外套で顔を隠している。


 随分楽しく買い物をしてた様だ。軽やかに駆けてくる。


 その肩が男にぶつかる。


 杖をついた男はミナにぶつかり僅かによろけた。杖や衣裳を見るからに貴族だろう。


 周りの護衛らしき男たちがミナを囲む。


 ミナは慌てて大きく頭を下げた。


 大きく頭を上下したことで、フードがとれる。


 水色のリボンで二つに束ねられた金の髪。潤んだ空色の瞳が露わになる。


 リクが駆け出した。


――カイ、俺は俺のやり方で守る。待ってろ。


 ミナに手を伸ばす貴族。


 駆け寄るリクに護衛が気づいた様だ。リクの前に立ちはだかる。


 リクは何の迷いもなく拳を振り上げた。


 

 


 セリナとカイは商談部屋にいた。


 長椅子に座るカイの上に乗り、セリナは紅茶を楽しんでいる。


「……怪我人に乗るのはいかがなものでしょう。」


 カイは不満気だ。


 そんな気も知らずにセリナが微笑む。


「あら?休養は不要だとか大見えきってたじゃない。」


 カイはため息混じりに「それは……」と言いかけやめた。


「私が完治したと判断するまで、行動は制限するわ。」


 カイはセリナを見つめる。


「俺があなたの宝石だから?黒曜石って、たかがガラスでしょう。お嬢様の宝石箱に不釣り合いでは?」


 その言葉にセリナがティーカップを下す。


「私の宝石箱に相応しいかどうかは、何も珍しさではないわ。私が決めるのよ。」


 セリナの言葉にカイは目を逸らした。


「あと、なぜまた商談部屋なんですか?」


「ここは来客用に椅子に力を入れたからね。」


 カイはその言葉にベルベットが張られた椅子を撫でる。少し押しただけで沈み込む。


「……」


 カイは黒に近い深い緑をジーと見つめ、また撫でた。


 その姿にセリナは「ほんと可愛いんだから。」と笑う。


「そんなことより、今頃柘榴くん。馬に鞭打って急いでるんじゃないかしら?」


 カイが目を見開く。


「……リクが?」


 セリナは微笑む。


「伯爵はもう居ないわ。あなたたちを引き離す必要はどこにもない。私の鳩はすでに届いてる筈よ。」


 カイは「……なんで。」と呟いた。


「当たり前でしょう。あなたの兄弟だから。」


 セリナの言葉にカイは唇を噛みながら、その腰を引き寄せた。


「あんたにとって、俺はたかが使用人でしょう?」


 セリナの翠の瞳が弧を描く。


「カイ。」


 息を呑んだ。セリナが役職や鉱石として以外で名前を呼ぶのは初めて見る。


「あなたが好きよ。私にとってカイは特別。だから当たり前よ。」


 セリナの腕が首に回る。


「……」


 固まるカイの鼻先に触れそうなほど近づいて、セリナは囁く。


「ねぇ黒曜くん。……私のものになって。」


 カイの瞳が揺らぐ。


「またそれですか。俺はすでに買われた身ですよ。」


 セリナが笑う。


「だってあなた。私の宝石なのに、すぐ無茶するんだもの。自覚が足りないのよ。」


 セリナの鼻先が微かに触れる。


「体も心も全部――あなたが欲しいわ。」


 セリナの瞳は揺らぐことなくカイを見つめる。


 カイはゆっくりその唇に触れた。


 まさか口付けされるとは思ってなかったのだろう。


 面食らったセリナは固まっている。


 それを優しく見つめながらカイは言う。


「……欲しいのでしょう?差し上げますよ。」


 セリナは上擦りながら「嫌じゃないの?」と呟いた。


 ふっと吹き出す。


「欲しいとか抜かして、そこ気にするんですか?」


 笑うカイに真っ赤になるセリナ。


「相手があんたなら好きにしてくれて良い。喜んで全部差し上げますよ。」


 また鼻先が触れ合う。


「いかがですか?お嬢様。」


 セリナは瞼を閉じた。


「まずはそのお嬢様をやめてくれるかしら?」 

 

 

 

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