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死の恋文と、卑怯者

次の日セリナはカイを部屋に呼んだ。


「それで?確認したかったものは済んだのかしら?嫌がらせをするとも、言っていたけれど。」


 セリナはカイを見つめる。


「嫌がらせは、お嬢様のおかげで済みましたよ。」


 カイは素直に答える。


「確認は?」


 カイは一拍置いて口を開く。


「……それは、これからです。」


 カイのピクリとも変わらない表情を見つめながら、「いつまで、私の紫ちゃんとオパールちゃんを借りるつもりなの?」とセリナは不満気だ。

 

「もうとっくに返しました。」


 カイは悪びれるどころか開き直る。


「ただ二人が勝手に調べてるだけです。文句を言われる筋合いはありませんよ。」


 セリナは一拍あけて微笑む。


「何を調べてるのかしら?」


「……愛故に。」カイは首を掻きながら、静かに微笑む。


「えっ?」セリナは思いもよらない言葉に戸惑う。


「止めても、とまりませんよ。愛しの君を調べてるんですから。そのまま放っておいてください。」


 カイはセリナの目を見る。


「あれだけ盲目的だと、俺も複雑ですけど。今は何を言っても、届きませんよ。愛のためよ!って、俺も話聞いてもらえないんで。」


 カイはセリナの扉の取手に手をかける。


「前にも言いましたが、なるべく迷惑はかけません。」


 そう言って、出て行ってしまった。


「……そういえば、紫ちゃん好きな人がいるって言ってたわね。」と呟いた。

 



 数日経つとセリナの机の上には、羊皮紙の束が積まれていた。


 クロウ伯爵についての報告書だ。


 ルミエール男爵家とは比べものにならないほど、歴史のある由緒正しい貴族家だ。三枚の羽をあしらった家紋。政治派閥は第二王子派。伯爵領地の特産品はワインだといった基本的な情報が並ぶ。


「あら。未婚でないのね。」


 クロウ伯爵は結婚歴があるらしい。だがご夫人は既に不幸な事故で、すでに他界しているようだ。この件で夫人の親族と揉めているとある。


 そして伯爵の別荘がこの地方にあるそうだ。


 セリナは鉱山とそれに程近い屋敷までの土地を所有しているが、この地方の領地は他の貴族の所有だ。


 ルミエールは中立派閥だが、確かこの地の領主は第二王子派だったはず。その繋がりで、この地に別荘を建てたのは報告を読まなくとも容易く想像がつく。

 

 社交界シーズンや政争に忙しい時期を避け、年に二度、数ヶ月滞在するようだ。政争といっても名ばかりの閑職だ。暇なのだろう。


――ちょうど今が休養時期なのかしら?


「……大したことはなさそうね。」と羊皮紙を捲りながら呟いた。


 報告書を黙々と捲る時間が過ぎる。ふと一枚の書類に目が止まる。


「オブスキュラ商会?」


 それは伯爵が出資しているという商会だ。それもこの地が活動拠点となっている。


「……聞いたこともないわ。」


 セリナがこの鉱山を所有することになって、ここを拠点に周辺の地方貴族と取引をしてきた。でも一度も聞いたことがない。


「お遊びで作った商会?それとも何かしらの横領?何かの隠れ蓑?……意図が分からないわ。」


 セリナはため息をついた。


 そもそもこの伯爵が、カイのトラウマに起因しているのかも定かではない。


「うーん。私の見る目、落ちたのかしら?」


 セリナは唇を軽く抑える。


 ふとナナとリリを思い出す。調べてることが、繋がるとは限らない。でも何を調べてるのか、そろそろ確認するべきだろう。


 セリナはゆっくり部屋から出た。




 セリナは廊下を歩く。すれ違う侍女に確認するが誰も知らないようだ。


――どこにいるのかしら?


 セリナが考え込む様子に、一人の侍女が「あっ」と声をあげた。


「何か知ってるの?」セリナはニヤリと笑う。


「……いえ。使用人の間で以前から、お二人のカイさんに対しての対応が少し話題には上がっていたのですが。最近は物置きになってる部屋に、よく呼び出して口論……いや、一方的に怒鳴りつける声が聞こえると聞いたことが……」


 侍女は気まずそうに静かに答えた。


 セリナはにこやかに「それってどこかしら?」と問いかける。


「一階の北にある端の部屋です。今は物置として、普段は使われておりません。」


「ありがとう。」


 セリナは歩き出した。



 

 セリナは侍女から聞いた部屋に向かっていた。


 例の部屋に近寄るほどに、確かに声が響く。何を話しているかまでは分からないがナナの怒気が伝わる。


 セリナは部屋の前で立ち止まり、静かに取手を回した。


 音を立てないよう、ゆっくり扉を開けて顔を覗かせた。


 すぐにカイに縋り付くナナが目に入った。後ろからリリがナナを止めるように抱きしめていた。


「どうして?どうしてぇ?!ジャンは?ジャンは?結局どこに居るのよ!」


 ナナは悲痛に叫ぶ。


 カイは微笑みながら、自身の首に触れる。その瞳はどこか哀しげに。


「俺がいつ、ジャンに会えると言った?俺は一度も。ジャンに会えるとは、言ってない。」


 その声は静かに、でも確実にナナに留めを刺したようだ。


 ナナはへたり込む。


「何でよぉ。何で?」ナナは床を見つめながらぼやき続ける。


 リリは「大丈夫。大丈夫だよ。」とナナの背を摩る。


 カイの目が静かにコチラを捉えた。


 カイは微動だにしない。


 セリナは静かに戸を閉め、執務室へ向かって歩き出した。




 執務室の前で侍女が立ち尽くしていた。その手に何か持っている。


 近寄るセリナに気づいた侍女は「あっお嬢様。」と振り返った。


「お探ししていたのですよ。書簡が届いております。」


 侍女が差し出す。


 セリナが受け取ると「ただ、送り主が……」と侍女は言い淀む。


 セリナは書簡をひっくり返し、封蝋を確認する。


「あら?珍しいわ。黒い……」


 黒色の封蝋は珍しい。でもセリナがより驚いたのはその紋様だった。


「……三枚の羽。」


――エドガー・クロウ伯爵。だったかしら?報告書で確認したばかりの物を、見ることになるとはね。こんな偶然もあるのね。でも……


 セリナは侍女を見る。


「クロウ伯爵とは取引をしたこともない上に、面識すらなかったはずよ。」


 侍女は戸惑いながら答える。


「はい。なので至急確認していただこうと、お探ししていたのです。」


 セリナは眉間に皺を寄せつつ、封を開け内容を確認する。


 次第にセリナの顔が歪み、それを見た侍女は固まった。


 セリナから笑いが漏れる。


「うふふふ……」


――ごめんなさい。

 でもね?これは、仕方ないでしょう?

 黒曜くん。




 執務室で鼻歌混じりに、セリナは花瓶に生けられた白い薔薇の花弁に触れる。撫でるように優しく。


 そこにコン、コン、と音が響いた。


「入りなさい。」


 セリナの声に、中へ踏み入ったのはカイだった。

 その顔は険しい。


「お嬢様は覗きだけでなく、盗み聞きもお好きなんですね。……ほんと悪趣味。」


 セリナは微笑みながら「そんな悪趣味だなんて、人聞きが悪いわ。覗きではなく儀式で、盗み聞きも偶然よ?したくてしたんじゃないわ。」と返す。


 カイは納得がいかない。


「まあ、そんな目くじら立てないで。こわいわ。」


 セリナは立ち上がり、机の上の書簡を手に近寄りカイへ渡した。

 

 カイは訝しみながら、書簡の封蝋を見て固まる。


「……黒い、羽。」


 カイの言葉にセリナは目を見開く。


「あら?知ってるの?」


「……内容は?」カイは問い返す。


 セリナは踵を返して、花瓶の白い薔薇を一輪抜く。

 薔薇をくるくるしながら、先ほどの机の引き出しにあった鋏を手に取る。


「どうぞ。開けて、見ていいのよ。」


 カイは震える手で、中の便箋を取り出す。

 セリナは薔薇の茎に刃を立て、切り落とした。


 カイは便箋に並ぶ文字を見て、身動きできずにいた。


 セリナはカイの前に立ち、その胸ポケットに薔薇をさす。


「白が似合うわ。」


 セリナはカイを見る。真っ青な顔。


――あら、息してる?


「……カッ、ハッ、はぁ。はあ。はぁ」

 不意に息を吐いたカイの呼吸が荒い。それは過呼吸のよう。


「黒曜、くん?大丈夫?」


 カイは自分の首を強く掴みながら、膝から崩れ落ちる。


 セリナはカイの前にしゃがみ込む。


 カイは大きく息を吸い、懸命に息を整えている。


「……よく首を触るとは思っていたわ。あなたを見ていて、気づいたの。困った時、辛い時、苦しく感じた時に首を触るのかしら?可愛い癖ね。」


 その分析をカイは無視した。

 その頬に一筋の涙が伝う。


「……助けて、ください。お願いします。」


 セリナはカイの懇願を前に微笑む。


「なぜ?正妻も居ない伯爵家の愛人。貧民の出に、これほど恵まれた申し出はないわ。」


 カイは大きく息を吸う。


「……このままだと、ミナは。ミナは殺される。」


 それは絞り出すように。


「何を言ってるの?妹を差し出したくないからって、そんな妄想じみたこと……」


 セリナは続きを言いかけ、ふと報告書を思い出した。


 それは亡き夫人の親族と、伯爵が揉めた理由が載った報告書。

 土葬が基本のこの国で、夫人は火葬された。馬車の事故で無惨な姿になった夫人を憐れんで仕方がなかったのだと伯爵は語ったとされる。


――菫の君を。穢すわけにはいかない。――


 親族の最後に顔を見て別れの挨拶をという願いは、すでに火葬されたという知らせによって掻き消された。


 セリナは黙る。


 カイはセリナの靴先を掴む。


「俺の妄想ならどんなに良かったか……ナナが探してるジャンは、もう死んでる。」


 掠れ声が響く。


「俺が……見捨てた。見捨てたんだ。」


 カイはセリナを見上げる。


「罰当たりのクソ牧師が教えてくれたよ。ジャンは引き取られて、3日で死んだって。3日だ。」


 その目は力強く。


「俺は自分のためにジャンを見捨てて、ナナとリリを身代わりにして逃げて…今、こうしている。だから俺はどうなっても構わない。全部俺のしてきたことが、返ってきただけだ…」

 

 カイは一呼吸おいて続ける。


「……でもミナは、妹なんだ。」


 セリナはカイの手から離れ、机に向かう。

 机の上の報告書の山を持って、カイの前に立つ。


「……どうやら私たち、話し合いが必要みたい。」


 右手を差し出すセリナ。


 迷いながらも、その手をカイが掴む。


 セリナはカイを引き起こした。


「まずは座りましょう。紅茶はいかが?」

 

 

 

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