その罪を、白日に晒して
翌日カイは平静通り、仕事をこなしていた。
いつもなら視界に入ると、喜んで傍によるセリナがその日は様子が違った。接触も必要最低限にとどまり、よそよそしい。
ナナは不思議だった。
リリが一人でいるのを確認したナナは、リリの腕を乱暴に掴み抱きしめた。
リリの肩が少し跳ねた。
「ねぇ?リリ〜。」
「……なに?ナナ。」相変わらずリリの声はか細い。
「セリナ様、元気なさげなんだけど。何か知ってる?カイが何かしたのかなぁ?」
「分かんない。」
二人は顔を見合わせ、首を傾げる。
その時、横にもう一つ顔が増えた。
「ナナ。リリ。」
ナナとリリの肩が跳ねる。
ナナはチッと舌打ちをして「何よ!もお!」と怒る。
怒りの先に居たのはカイだ。
「ごめん。驚かせた。」
その顔は無表情だ。
「悪いと思ってる顔じゃないんだけど?ねぇ、リリ。」
ナナは小さく歯軋りする。リリはいつも通りオドオドしている。
カイは気にも留めず続ける。
「また俺のお願い、聞いてくれない?」
ナナとリリが固まる。
――は?
「俺たちが居た教会の帳簿を盗む。それも裏帳簿だ。」
――はああ??
ナナは拳を握り締めた。
「……なんでぇ?あんな汚い孤児院の帳簿が欲しいのよ?」ナナは苛立ち混じりだ。
「そもそもなんで。あんたのお願いを、ナナとリリが聞かないといけないのぉ?リクに頼めば良いじゃない。」
腹の底から沸々と何かが湧き上がる。ナナは睨んだ。
「……リクとミナには、絶対知られたくない。」
カイの目が僅かに沈む。
――ああ、嫌いだ。
ナナの内側から湧き上がるそれは嫌悪だ。
――嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い……
ナナは何度も心の中で繰り返した。
カイは続けた。
「どうしても、ジャンの引取先が知りたい。」
――きら……えっ?
腹で煮えたぎっていたものが、嘘みたいに晴れた。
「必要なことなんだ。俺は裏帳簿の隠し場所を知ってる。でも、一人だと難しい。……他に頼れないんだ。」
カイはあの日と同じように両手を合わせてみせる。
「お願い。」
それは何かを決意した目だ。
リリは二人のやりとりを心配そうに見つめていた。
カイはそんなリリに見向きもせずナナを見つめた。
この場の決定権が誰にあるのか把握してるのだ。
でもナナは二人の視線なんて、すでに眼中になかった。
――じゃん?……ジャン?あたしのジャン!
二人がギョッとする。
ナナは恍惚とした顔でその口を歪ませた。
リリは驚きながらも、すぐ納得した。
ジャンの居所を誰よりも知りたがっていたのはナナだから。
何も知らないカイは困惑して固まっている。
ナナは満面の笑顔で「いつやる?今から?」とはしゃぐ。
カイはびっくりして止める。
「いや。準備もなしに決行できない。」
ナナは笑い出す。
「キャハハッ!任せなさいよ!私とリリは、セリナ様に諜報員として、仕込まれてるんだから!」
カイは目を見開く。
「諜報、員?お嬢様はただの商人だろう?」
リリが静かに答えた。
「商人は情報戦も、難なくこなせないと一流になれないって。」
ナナが笑いながらカイとリリの腕を掴む。
「そんなことはどうでも良いのよ!いつ盗む?」
ナナは満面の笑顔に、カイは戸惑いを隠せない。
「……準備が出来たら、すぐにでも。」
ナナとリリは大きく頷いた。
――もうすぐ会える!ジャン!ジャン!ジャン!
数日経った。今日は決行の日だ。
三人は用意した馬車に乗り、教会へ向かっていた。
屋敷を出てからのカイは、二人を見て驚きを隠せないでいた。
リリとナナはそれぞれカツラとワンピースを着ていた。
「……そんな顔だったんだな。」
短い黒髪のカツラをしたナナは、そばかすの茶色い目をしていた。ワンピースは青みがかった灰色だ。
長く茶色い髪のカツラをしたリリは、糸のように細い目。ワンピースは黒色だ。
「普段から顔隠してるから、顔出すだけで完璧な変装だな。」
カイは首をさする。
「あんたは何もしないつもり?」ナナは眉を吊り上げた。
「……必要か?帽子で顔が見えないようにするさ。」
カイは帽子をくるくる回す。
セリナが用意したのだろう。
「それ本気?」
――うわぁ。こういうところ嫌〜い。
カイは自分が整ってる顔立ちなのを、自覚してるはずだ。なのに帽子だけ。
「あんたの顔でバレる可能性あるじゃーん。」
ナナはため息混じり。
「……確かに、覚えてる可能性はあるか。大事な商品を逃したんだ。恨まれてるだろうな。」
カイは平然と言う。
――ああ、ほんと腹が立つ。なんでこんなのに、皆構うのよ。
ナナはポーチから、つけ髭とカツラを取り出した。
「これ使いな。」
ナナは乱暴にカイに投げつけた。
カイは投げられたそれを、手に取り見てから、ゆっくりつけた。
「問題ないか?」
つけ髭とカツラを被っただけでも雰囲気は変わった。
「……胡散臭さが増したわ。」
ナナの言葉に慌ててリリが「完璧だよ。……誰もカイって分からない。」と両手をバタバタ動かす。
「そうか。ありがとう。」
軽く舌打ちをして「下手に帽子で顔隠そうとすると、怪しまれる。それは置いてきな。」と吐き捨てる。
「わかった。」カイは帽子を横に置いた。
ナナは教会の裏にいた。
姿勢を低くして窓から見えないように、壁づたいに回り込む。
教会の入り口や庭が見える位置に来ると、足を止め息を潜めた。
暫くすると蹄の音がした。
馬車が教会前で止まった。
馬車を降りたカイとリリは中庭に足を踏み入れた。数歩歩いて立ち止まる。
カイの手には、巾着型のカバンがある。
子供の一人が教会の中へ入った。
――さあ、どうする?
カイはカバンの中から、小さな袋をとりだす。
中にはナッツを砂糖で甘く絡めたコンフィットが入っていた。
近くにいた子にしゃがみ込んでそれを差し出す。
「甘いお菓子だ。良かったら1つ、食べてみない?」
子供は戸惑いつつも一粒手に取り食べる。
「美味しい……もっと頂戴!」
その声に子供たちがワッと、カイに駆け寄る。
カイはスッと立ち上がり、「いっぱいあるから。慌てないで。」と言ってゆっくり一人一粒手渡す。
そうこうしていると教会の戸が開いた。
牧師と修道女が出てきた。
カイはそれを確認すると、リリにコンフィットの入った袋を手渡す。
リリはカイと同じように、ゆっくり一人一粒子供達に手渡した。
牧師がゆっくり近づく。
「これは、これは。うちの子どもたちに、勝手をされては困りますな。」
牧師は相変わらず太ましく、以前より豪奢に腕と指を飾っていた。
カイは微笑む。
「ああ、牧師様。お会いできて光栄です。」
牧師は尚も近づき、修道女がその後ろをついて歩く。
「あんたたち!何してんだい!部屋に戻ん……」
修道女の声に、カイがすかさず「そう仰らず。」と優しい声音で遮る。
「これは子どもたちへの手土産です。」
牧師と修道女がカイの目の前に立つ。
「私たちはこの地に、新規参入するためやってきたラブラド商会の者です。」カイは軽く会釈する。
「新しく設立するため、何かと入り用で。こちらの話を聞きつけやってきた次第です。」
牧師の指がピクリと動いたのが見えた。
ーーあっちは問題なさそうね。
ナナは教会とカイたちを見る。牧師と修道女がしっかり教会から離れている。
子どもたちもリリが配る甘いコンフィットに夢中だ。
今しかないと、ナナは教会の中へ入った。
教会の中は昔と何一つ変わってなかった。
今も子どもたちに僅かな食事を与え、ボロ布と冷たい井戸の水で教会を磨かせているのだろう。
ナナはまっすぐ牧師の部屋に向かった。
初めて入る牧師の部屋は、思ったより物が少なく整っていた。
教会に居た頃、カイは牧師に気に入られこの部屋に出入りしていた。
壁には女神の絵が額縁に飾られている。その前に執務用の机と椅子があり、部屋の中央には低い長机と長椅子が置かれていた。
執務用の机に座り、中央の長机と長椅子にカイを座らせ、帳簿をつけさせたのだろうか。
ナナは部屋を見渡す。
狭く感じるが反対の壁側は、大きな仕切りで隠されている。実際はもう少し広いのだろう。見えない仕切りの先は牧師の寝台があるのだろうか。
その仕切りをジッと見つめて「よく通えたものね?」と呟いた。
――気持ち悪い。ナナは呼ばれても、絶対行かない。
ナナはカイから教わった通りに、女神の絵の前に立つ。
絵を横に回すように動かすと、くり抜かれた壁の中に、銀貨と金貨が詰まった袋と一冊の本が置いてあった。
ナナは迷わずその一冊を手に取り、絵を戻した。
本をパラパラ捲る。裏帳簿だ。間違いない。
――ああ、ジャン。やっと……
その瞬間、ギーと音が鳴った。
ナナの心臓が跳ねた。
ゆっくり振り返ると、そこには先ほど牧師を呼びに行った子どもが立っていた。
――しまった!
子どもはそのまま教会の中に留まっていたのだ。
心臓の鼓動が耳に反響する。
「……お姉さん。だあれ?」
ナナの顔が引き攣った。
「何してるの?」
カイとリリは教会の庭の入り口から動かないでいた。
ナナが教会内に入ったのは目視済みだ。
「商会長は多忙につきお会いできず、私共が伺った次第です。商会長は残念がっていました。代わりと言ってはなんですが。」
カイは徐に袋の中に手を入れる。
「お近づきの印に、商会長から預かった品を。敬虔な牧師様と麗しい修道女様へ、送らせていただきたいのです。」
その言葉に修道女が前に出た。
カイは袋の中から、緑の美しい宝石がついた首飾りと腕輪を取り出した。
修道女が目を輝かせる。
牧師の口角も僅かに動いた。
「アレキサンドライトでございます。」
太陽の位置を確認して、カイはその光を浴びる位置に立ち宝飾品を日に照らす。
宝飾品は日の光を受けて眩く輝く。
「いかがでしょう?光を浴びると、より美しいでしょう。」
カイは小首を傾げる。
「夜に蝋燭の元で照らしてみてください。今度は赤く、妖しくも美しい顔を見せてくれることでしょう。」
カイがスッと二人に向き直る。
二人が宝飾品に手を伸ばすと、サッと引いてみせた。
「商会は今、人手不足です。長く使える働き手を望んでいます。」
牧師は手を宙に漂わせながら「ご安心ください。」と言う。
「うちには利口な子が多いのです。きっとご要望に合う子を、見繕いましょう。だが、コチラも我が子のように育てたのです。」
牧師は両手を擦り合わせる。
「ラブ、ラド?商会様には、その気持ちを汲んでいただきたいものです。我が子を無償で手渡すことはできませんのでね。」
カイは「勿論です。」と返す。
「ああ、良かった。これで子どもたちを安心して、お任せできると言うもの。」
そう語る牧師の裏で、教会からナナが出るのが見えた。
カイはニッコリと微笑む。
「詳しい話は後日改めてお伺いします。その時に改めて、コチラの誠意をご覧入れましょう。これは約束の証として、お受け取りください。」
宝飾品を差し出すと、牧師は腕輪を。修道女は首飾りを。瞬く間に手に取った。
修道女は首飾りをうっとりと見ている。
牧師も満足気だ。
カイはリリと共に踵を返して馬車へ戻る。
「ではこれにて。また後日お伺いします。」
馬車が走る。
暫くして馬車はほんの数刻止まり、その間にナナが乗り込んだ。
馬車は屋敷に向かって走る。
「首尾は?」カイは髭とカツラを外しながら問う。
向かいの席にリリと並ぶように、ナナは腰を下ろした。
「ちゃんと盗んだわよ。まあ、子どもに見つかって焦ったけどね。」
ナナはポーチからハンカチを取り出し広げて見せた。
「あんたのコンフィット。役に立ったわ。」
カイは「だろうな。あそこの子どもは、常に飢えてる。」と、さも当然のように呟く。
リリはゆっくり口を開いた。
「……あの宝石もびっくりした。カイが教会から子どもも。牧師と、修道女も引き離せるって言うから。どうするのかと思ったけど、まさか宝石を出すなんて。」
リリは小さな声で感嘆を漏らした。
「イミテーションだ。」
リリは少し驚いた。
「それも精巧に作られてる。すぐにはバレないだろうさ。ああ、でも残念だ。偽物だと気づいた時の、滑稽な姿が見られない。」
カイは表情もなくぼやいた。
――本当に残念がってるの?そもそも。
「これ全部。セリナ様の仕込みじゃない!そうでしょう?」
どう考えてもカイが、自分の力でコンフィットを、ましてやイミテーションを準備できるわけがない。
「……俺たち兄弟を売ったんだ。なのにまだ請求してなかったから、お代を貰っただけだ。」
カイは首を摩る。
「すぐ用意してくれて良かった。」
その目がゆっくりナナを射抜く。
それは冷たく鋭い光を宿していた。
――なんなのよ。
ナナは一瞬怯む。
カイはナナに右手を差し出す。
「……帳簿を。」
ナナはチッと大きく舌打ちをして、ゆっくり裏帳簿を差し出した。
全ては愛するジャンのため。




