007 Thief like child
「おーい! リタ、早く来いよー!」
「…………」
「ねぇ、リタって何でそんなにさぁ……」
十数メートル先の地点より、トーヤとアスカの声が聞こえてくる。
「まだぜんぜん山の端の辺りなんだけど」
「大丈夫かぁー?」
「…………」
だんだんそれは近づいてきた。
……あぁ、多分、彼女も何か言っているのだろう。
現在、少年アスカと少女リタは、青年トーヤと幼い少女ミカミラに、道先案内人を遂行してもらっている。
山を。
山。
山なのである。
現在山を横断中。
言わば登山。
岩場登山だ。
ハイキング気分なぞ何のその、岩場の多い険しい山だった。遠くから見えた美しい青々とした緑は、遥か上空に点在している。
まさかとは思ったが、そんな軽装備な彼らが易々と登っていくものの、もちろん、なかなかリタの歩幅は進まない。それほどの体力と簡単に言えよう。彼女のお陰でいちいち止まる羽目になっていた。
アスカがリタに付き添っていても、自然とリタが極度にペースダウンし、いつの間にか彼らのかなり後ろの方に彼女の姿を確認する、という行動が何回も続いていた。
「ミカなんて鼻歌歌っているぜ」
「「えっ!?」」
久方ぶりに、リタがアスカと共に声を上げる。「疲れた」とも「待って」などという言葉を使わず、なぜか彼女は長時間黙っていたのだ。喋る余裕が無かっただけかもしれないが。
「なんだよ。鳩がマシンガン食らったような顔して」
「あんな無茶苦茶な歌詞が……?」
「おいおいアスカ。ミカに失礼かもだぜ! こいつの歌すげえし、マジで」
「……あっそう。お兄さんの肩にいるからそんな余裕あるんだと思うけど」
アスカの言うとおり、ミカミラは彼より高い位置に居た。ちょこん、とトーヤの肩の上に上品に座っている。
上品で清楚な服装の少女と、陽気で粗野な青年。
この2人の間に、益々の怪しさが醸し出されるが、それでもこの山を早く越えるために頼っている。だが、それをリタが遅らせる。
「まぁリタはそれでも一番疲れない登り方で登ってんでしょ」
「うぅ……そのはずなのに」
申し訳ない気持ちでいっぱいになり、そのまだ平らな土の上で丸くなり落ち込み始める彼女を見て、やはり山沿いの回り道を行くべきだったかな……と、アスカが思考している最中、
「リタ-、なんならお前も担いでってやるぞー?」
と、呑気にトーヤが発言する。
「はぁ?! ダメに決まってんでしょ?!」
と、その思考は止まった。
……?
……ん?
「えー、なんでだー?」
トーヤがアスカに投げた問いを聞き、妙に齷齪するアスカは、再度思考を張り巡らせる。
あれ?
なんで?
その方がリタにとって一番楽で。
その方がリタにとってありがたいはずなのに。
……なんで今、それを拒否した?
その方が早く山を越えられるだろうに。
あれ?
……相手が、銀髪お兄さんだから?
ただ単に、警戒を解いてはいけないから?
「わ」
「ん?」
「わかんなーい!」
「うおぉ! どうした、アスカ……ん、なんだ、ミカミラ」
頭の中をグルグル色んなモノが駆け巡っているアスカを尻目に、トーヤの肩の上のミカミラは、西の空を向いていた。
「え? あぁー、ほんとだ。日が沈みそうだな」
「…………」
「え? だ、大丈夫なのかよ……んー、まぁ、お前が言うなら良いんじゃね? なぁリタ」
「……………………ん? なんだ……」
「お前も大丈夫かよ……」
またもや、ミカミラとの会話に見えない会話の後、何かの提案をしようとしたトーヤは、今やっとこちらの世界に帰ってきたリタにそれを持ちかけようとした。
「あのさ、もう今日はこの辺で野宿しようぜ」
「あー……あー、あー、そうだな。私は疲れているからな……」
「アスカも大丈夫かー」
「あー、……あーうん、良いと思うよ、うん」
こちらもやっと冷静を持ち直したらしく、快い返事を受けた。
「じゃあ決定ぇ-!」
夕日が差している中、トーヤが1人だけハイテンションだった。
「でさ、結局お兄さん達の企みって何なわけ?」
月は雲に隠れ、辺りはすっかり真っ暗闇、唯一の光は空に広がる満天の星、そしてパチパチと静かに燃え続ける焚き火だけだった。2人の人影が光を反射している。
頭に布を被った銀髪の青年と、左耳に十字架のピアスを付けた金髪の少年だった。すぐ傍の木の根元には、紫色の髪を持った幼い少女と、碧い髪の少女が、共にスヤスヤと寝息を立てている。
そういえばアスカとリタってなんで喧嘩していたんだ? という話題が何故か飛び出て、アスカは、リタが大切にしていたものを失くしちゃったというか落としちゃって右往左往してると静かに言い、トーヤが派手に驚いたあと、少し経った後の、そんなアスカの一言で、手頃な木を焼べていたトーヤはその木を、落とした。
「え、え? な、何がっ?」
「本当は案内が終わってからリタが聞くはずだったんだけど……なんか今無性にイライラしているから聞こうと思って」
あっけらかんと言うアスカに対し、トーヤの顔はだんだんと苦慮のため引きつり始め、目がキョロキョロと四方八方へ動き、口からは感嘆のみが溢れる。
うっわ、分かり易っ。
リタを一瞥しながら、アスカは行く先を展開しつつも自らを省みていた。
……なんで今聞いちゃったのかな、僕。
しくったなあ。
まぁ、読み取っちゃっただけなんだけど。
なんでこんなにイライラするんだろう。
ピアノ弾いてないからなかな。弾きたいな。
というか、リタの歌声聞きたいな。
あー……。
彼にとってよく分からない感情だった。
何故だろう。
「お兄さんの銀髪も、正直ちょっと気になるんだけど……」
「……ふ、バレちゃあ仕方ないぜ!」
「…………うん」
唐突に叫んだトーヤに乾いた返事をするアスカ。
「じ、実はオレ、クラン様のおさめる、す、スイウタマユラトウから来たんだ!」
「……うん、それで?」
「世界のへいわを守るために、つ、つかわされているんだぜ!」
「……へー」
「………………」
「お兄さんの性格から察するに、結構辛いと思うんだけど、それ」
「……うんごめん。嘘付くの辛いかもなんだけ、ど、い、今の全部、取り消しで」
あ、このお兄さん良い奴だった。
凄い涙目なんだけど。
なんか良心痛むんだけど。
その言葉通り、トーヤの顔はふにゃ……と泣いていた子供のように緩みきり、瞳が潤み、
「あ、あの、なんかごめんね、お兄さん」
と、アスカが謝罪の言葉を述べると、次第に笑顔に戻っていった。細身だがその巨体の彼は、相変わらずただの小さな子供のようだった。
「あ、あのな……アスカとリタはおもしれくて良い奴だからな、それにな、ミカ以外の人と喋ったのなんかあまりなくてな、嬉しくてな? 凄ぇ幸せだなって思ってな? なんかな、ごめんな?」
「はいはい、無理して嘘付かなくて良いんだからさぁ。単純なお兄さんの方が良いと思うよ」
「……それ誉めてるのか……?」
涙を拭いながら、トーヤの口から八重歯がチラッと垣間見える。
それと。
それと、妙に頭の上にある布が、風もないのに動いている。もそもそと。
先程からかなり気になっている、それ。
「お兄さんさぁ、もしかして……」
と、アスカが言いかけたときである。
ザァッ……と一陣の風。
焚き火の火を消すと、リタ達の近くへ近づきながらアスカとトーヤは背中合わせになり、辺りを見張った。
月の光が差す森に、幾十の赤い眼が、居た。何故か見慣れているような、そう、それは、トーヤと同じ瞳の色。
その中の3つが、だんだんと近づき、月光によってその姿を現した。
「あっれー、トーヤじゃーん。死んだと思ったー。てーかなーんで死ーんでなーわーけー?」
「っよ、我が同胞、いや、我が義兄弟の呪われし十番目、トーヤ君っ」
それぞれそう言った。
巨大な狼牙棒を持った銀髪の小柄な少女と、右目を髪で覆っている銀髪の青年。
「あ……ぁ」
アスカが横目でトーヤを確認すると、彼は、震えていた。小刻みにではなく、とても分かり易い、相変わらず子供のような、そんな態度で。その者達の名を呼んだ。
「……ろ、ロキ兄……ナナ姉ぇ……なんで、」
明らかに自らよりも小さな者達を、下から見上げる。畏怖の念を抱いて。
「喋んな役立たず」
アスカは思わず片膝をついた。一瞬、自分が浮きそうになったから。一瞬、とても大きな、何とも説明しがたい、風が、まるで、嵐のような風が、2人を襲った。
そして、その風に攫われるかのように、トーヤの頭の上の布は月夜へ舞い上がる。
そして、そこから現れたのは、彼らと同じ色の、同じ形を持つ、銀色の髪と、ピンと立った、獣の耳。
「現・西の森盗獣一賊頭領の呪われし憎まれし俺らの可愛い義弟・トーヤ」
青年の方が呼びかけた。
「とりあえずお前、ここで殺すから」
「からー」




