004 A traveling library
本。
ページをめくることによって様々な情報を得られるモノ。
喜怒哀楽を表現し、それによって感嘆させられるモノ。
使い方によっては善にも悪にもなるモノ。
時を超えて想いを伝えられるモノ。
本。
絵本。
図鑑。文献。
時報。伝記。伝奇。
加除式資料。
縦本、升形本、大型本、横本、豆本、影印本、合綴書、手沢本、宸翰本、改定版、補遺、抄録、未完成本、逸書、幽霊本、生本、鎖付き本、絶版、底本、流布本、零本、稗史、民話、神話、伝説……魔法書、魔導書、その他諸々……。
その全てが詰まった、とある場所がある。
ある時は地を走り、ある時は海を越え、ある時は大空を駈け抜ける。
その名も、『移動図書館』。
「またそのまんまな名前だな、その移動図書館とやらは」
「うん! 今、僕らの村に来てるんだ! お姉ちゃんとお兄ちゃんもきっとビックリするよ!」
リタとアスカの周りをウロチョロしながら、その少年は無邪気に笑う。
今、リタ達はその少年の村へ案内してもらっているところであった。
その少年――ふさふさとしてピンとたった耳を生やしている以外はあまり普通の人間とは変わりない獣族の者である彼は、
「あそこ! あそこが僕らの住む村! じゃあね!」
そう言って、元気に走って行ってしまった。
彼が向かっていた先には、数台の風車が回る緑豊かな風景が広がっている。遠くには海も見えた。そして、ここからでも見える、とても巨大な建物が見えた。白い壁にはツタが青々と茂り、レンガ造りのそれは、その景色になかなか映えていた。
「おぉー」
リタは手を頭の上にかざし、それを見つめる。目はきらきらと輝いていた。どっちかといえばぎらぎら。
「ほら、アスカ、いくぞ!」
まるで可愛い自分目当てのアクセサリーを見つけた少女のようにリタの足踏みはゴキゲン調だった。少し後ろで、アスカは言う。
「リタは相変わらず、好奇心の塊だなぁ。まあそこも魅力だよね」
そして、彼らは先程の少年の暮らす村へと辿り着いた。
「おぉー」
再度だった。
リタは再度の感嘆を漏らす。
漁業と農業が盛んらしいこの村では、確かに人間に混じって獣族の者達が共に暮らしていた。普通の人間より身体能力の高い彼らは、重い荷物を軽々運んだり高いところの作業をしたりと、お互いの能力を理解し合って暮らしている。
長い尻尾のある者やたれ耳の生えた者、鋭い爪の生えた者など、様々な類の獣族を見ることが出来た。獣族と人間が、ここまで共存できている村を見るのは彼らにとって初めてだった。
そして、この村に来た、リタの1番の目的である、その建物の前へと辿り着く。
「いやぁ、よかったねリタ。その本、読めないところがあったもんね」
「あぁ。もしかしたら、ここに解読方法の載っている本があるかもしれない。それに他にも読んだことがあるかもしれないっ。というか、本でしか見たことのない図書館に出会えるとは幸運としか言えない、楽しみだっ」
上機嫌である。真面目というか、なんというか。
サーカス団からもらった、緑のふちの本である。
ちょうどこの村の近くを通りかかったとき、その村にその建物が移動しているという噂を聞き、リタ達は少し寄り道をした。急ぐ旅だが、その本の中身を知りたくて焦れったくってしょうがないリタの頼みだった。
遠くから見たときよりも巨大な移動図書館。その村の少し奥の広々とした草原に点在している、天に高く伸びるその建物は、どのように移動するのだろうか。
よく見ると、その白壁は水で濡れていて、太陽で小さくきらめいている。ここのところ雨は降っていない。海でも渡ってきたのだろうか。
珍しい建造物を見たと、リタは少々興奮気味で、アスカも周りの住人と共に目を見張った。
移動図書館は、誰でも自由に行き交っていた。『開館中』という木製の古びた看板が迎え、入り口は、短い階段を登ってすぐのところに大扉が開かれている。
その本を胸に抱え、リタ達が階段を登ろうとした。
その時。
「ちぃとお嬢さん、その本は何処で手に入れましたか?」
若い男性の声がした。
同時に、リタの動きが止まった。
いつから……居たのだろう……?
目の前に、青年が居た。
真っ白で綺麗な髪、黒を基調とした清楚な服に身を包み、そして、読めない笑み。
微笑んでいた。
本当に笑っているのか。感情が読めない笑みだった。
「…………」
「そちらの本は、我が移動図書館の所持する大切な本だと予測します。そのかし、『天』と『そで』と最後のページの『遊び』に、館長の名前が深く刻んであるはずです」
「……えーっと……」
アスカは首をかしげた。
「……リタ、この人何を言って……」
「ようするに」
「わかるの?!」
リタはその緑のふちの本をパラッ……とめくり、
「この本の1番最後のページの下側と、本を立てたときに上から見たページの束の頭、本を開いたときに見る表紙の端の所に、持ち主の名前が書いてあるそうだ」
「???」
さらに首をかしげるアスカから振り返り、リタは言う。
「今確認致します……」
リタは本をめくり、そでを確認する。
あった。
何故気づかなかったのだろう。
小さな文字で、名前が刻まれていた。
「……アキハ・ルノワール……?」
「は~い」
と。
眠くなるような、声がした。
ゆったり、というか、ゆっくりすぎるその穏やかな女性らしき者の声。
「私の名前を呼んだのは、誰ですか~?」
「あ、館長」
深い青の帽子を被り、淡緑のセミロングヘアー、学者か研究者のような深い青の服、そして、顔を真っ赤に染めた無邪気な笑顔。
そんな、若い女性が、図書館の入り口、階段の3段目あたりに立っていた。
それは、心から幸せそうな、今度はとてもいい笑みだった。
「セリィ、お客様でしょう~? 通して差し上げないと~」
「館長、これ……」
と、リタの手から半分奪い取る感じで、その緑のふちの本を取り、その女性の元へ持って行く。
……?
女性はそれ以上こちらへ来ようとはしていないようで、その男性が本をわざわざ持って行った。
「……。これは、2-48-625の本ですね~。これが何か?」
「あの旅人の少女が所持しておりました」
「はい~」
「……」
「それが、何か?」
「……いんやぁ、だから、移動図書館に存在する館長の名前刻み付きの本が図書館内を出ていたと……」
「…………」
「……」
「……あぁ~!」
長い沈黙の後、その女性アキハ・ルノワールはポン、と手を叩き、その男性が言いたかったことに気づいたらしい。なんの話かは不明だが、こちらから見ても、いくらなんでも気づくのが遅い……と思ってしまう。
「それは大変ね~。何故かしら」
「直接、聞いてきます」
と、その青年がこちらへ歩いたのが見えたとき、
「……! り、リタ!」
アスカの声が聞こえた。続いて、
「さぁさ、早いとこあの本を盗んだことを白状しねぇと……裂きますよ?」
微笑みの青年の声が耳元からした。
リタの、チョーカーの付いた白く細い首元には大きめのダガーナイフの刃先が当てられていた。
周りの住人は驚き、飛び退く。
盗む……?!
な……これはただ、あのサーカス団に貰ったもので、フィーナも、紛れ込んでいたと言っていたし……あの人達はそんなことをしないだろうし、ましてや……今日初めて移動図書館に来たのに……!
リタが目を見開き、口をパクパクさせていると、
「せ、セリィ! そんなことしたら口がきけないでしょう~? それ以上するようなら~、私は、この移動図書館から外に出ますよ?!」
左足を一段下げて、アキハが叫んでいた。
あの喋り方だからなのか、とても精一杯に叫んでいた。
何故か、その足は震えている。すると、それを見た、セリィと呼ばれた彼は黙ってその手を下げた。もうナイフは握っていなかった。
「ふぅ。え~っと、移動図書館の本を盗んだりなんかしたら、普通戻しには来ないと思うの。だから、きっとその子達は違うと思うの。この本も、とても丁寧に所持してくれていたみたいだし~」
アキハの顔が、また元の笑顔に戻る。まるで、その本が自分の子供のようだと言っているように。その青年はこちらを見る。リタは為す術もなくコクコクと頷き、アスカが更にその詳細を言う。
そして、それを聞き終わると、青年は無言で図書館の入り口へ向かい、静かにその笑みを浮かべて言った。
「申し遅れました。オレは、移動図書館司書、セルダム・ウィークリー。先程は失礼いたしました」
「わたしは~、移動図書館館長アキハ・ルノワールです。さあ皆様、大変お騒がせ失礼いたしました~。あのナイフはフェイク、きっと、本の影響です」
「館長、それ図書館で働く人が口にしちゃあ駄目でしょ」
「え~?」
その柔らかな笑顔からなのか、周りの村人達は少しドキドキしながらも安堵の表情で微笑み、館長に連れられて入館していく。
リタはというと、特に気にしていないようで、
「ほ、ほら、いくぞ! アスカ」
先に後へ付いていった。
「…………」
アスカは無言でリタを追いかける。その際、無表情にセルダムの顔を見る。というより、睨み付けている。
その表情に屈することなく、相変わらずの読めない笑みで、彼は言った。
「ようこそ、移動図書館へ」
そういえば。
略して『ノガトキ』です。
よろしくお願いします。




