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003 Know the truth


 この身体に両翼(はね)があるのならば……

 地を感じとれる足があるのならば……

 きっと君と駆けていけるのに……

 きっと……君に逢いにいけるのに……

 


 ・

 ・

 ・


 やあ、優しい ―――― さん。




「…………」

 リタリタ・タリンタタタンは目を覚ました。

 覚めることができた。

 覚めることができて良かった。

 なんだかとても心地の悪い夢を見たから。

 けれどその夢は同時に懐かしくも感じて。

 頭を右手で押さえる。窓の外はもう朝日が昇るところだった。

 歌いたい。

 歌が歌いたくなった。

 そう思って、宿屋のベッドから降りようとしたとき、気づく。

「……………………」

 生まれて初めて舌打ちをしたと思う。

 彼女のベッドの中に、隣のベッドで寝ているはずの、アスカ・キリミヤが寝息を立てていたからだ。それはそれは、気持ちよさそうに。

 なぜだろう。

 何かが切れる音がした。

「……あああアスカああああぁぁぁぁぁ!!!」

 叫んじゃった。

 それでもアスカは起きない。

 なんだこいつ図太いのか? それともなんだ? なんなんだ?

「おいアスカ起きろちょっと言いたいことがあるっていうかさっさと起きろ」

 アスカを揺らす。すると彼は、んー、と唸り声を上げながら、

「やっだー」

 そう言ってその頭をリタの膝へと移行させた。

「えぇ?!」

 リタはたじろぐ。何故なら、こういうときの対処法を知らなかったから。顔を真っ赤にしてリタは焦りつつも、しっかりと自身の目的を遂行する。

「お、おお起きろ、アスカ!」

 サラサラの金髪、無防備で綺麗な寝顔、左耳には十字架のピアス。

 リタはなんだかグルグルして解らなくなってきたので。

「……てやっ」

「たばばばばば!?」

 アスカの肩に両手を置き、彼女の精一杯の力を込めてアスカをベッドの下へと落とした。アスカは起きた。というか最初から起きていたと思う。

「リタ、何するの?! せっかくの安眠が! ていうかまだお日様昇っていないよ?!」

「五月蠅い黙れ朝から大声を出すな!」

「リタだって出してたじゃん!」

「やはり貴様起きていたな」

「あ!」

「…………」

 リタは大きな溜息をつく。

「もういい。寝る」

「あ、じゃあ僕も――」

「廊下で寝てろ」



 というのが今より5時間前のことである。

 そして月光の下での忠誠の誓いは2日前のことである。

 彼らはその花溢れる村よりまた少し南へ行ったところにある人の行き交いが盛んな宿場街にて、少し遅めの朝食を取りながら身体を休めていた。

 アスカはリタよりも、というか周りの客達よりも多めの、というか大盛り盛りといった量の朝食をテーブルの上に広げ、何食わぬ顔で次々と平らげていた。

 リタはというと、デザートだけが一定の量を超えている。甘い甘い、その宿場街の名産にもなりつつある自慢の柔らかな焼き菓子。

 その宿は天気が良いと外で朝食が取れる。

 従って、彼女たちにはやはり目を見張るモノがあり、そんな幾多の視線には気づかないというように、リタはゆっくりと上品に顔を綻ばせつつ口へとフォークを運び続けた。

 相変わらずの甘党だった。

「あぁ、甘いものだけを食べるだけの旅がしたいな……あぁ……。……いやっ、いかんいかん。当初の目的を忘れるところだった……」

 焦り顔から安堵の表情に変わりそれがまた幸せな顔へと変わる。そして、それを見て笑みを浮かべているアスカに視線を向け、

「な、なんだ、アスカ。わ、私はこれくらい食べられるぞっ。や、やらないぞっ」

 わたわたと言うと、

「いや、リタは可愛いなぁって思って」

 と、サラッと言うので、

「はああぁぁぁぁ?!」

 今度は赤面して顔を困ったように強張らせる。

 リタは表所がコロコロ変わるのに対し、アスカは常に笑顔。

 加えて彼は非常にタチが悪く、公衆の面前でも颯爽と顔を合わせるのも面映ゆい台詞を言ってのける。言われている対象が自分なのでリタは他人のフリが出来ずにその場で固まってしまう。

 これが2、3日の間で余裕で百は回数を超えた。

 スメラミクニは常に冷静であまり他民族とは交流したがらない者達と聞いたが……。アスカが異常すぎて、いい加減慣れなければいけないころだ。

 そう考えながら、最後の一口を惜しみなく食べた後、彼女の目にあるモノが入った。リタの表情を見てアスカも後ろを振り向く。

 そこには人だかりが出来ていて、明るいゆったりとした少女の声が聞こえてきた。

「さぁさぁ、次の次の演目は、この団随一のジャグラー少年・セルシード君の炎と水のスペシャルバージョンだよ~! まずはマナ君の数々のパフォーマンスを……」

 どうやらサーカスと大道芸人の一味がこの街にやってきたらしい。

 アスカが興味なさげに視線を前に戻すと、リタがうずうずしていた。瞳を輝かせていた。

「……リタ、あーいうの見たこと無いんだね」

「あ、あぁ! 本でやり方などを学んだことがあるだけで、実物は初めてだ!」

「……見に行く?」

「あぁ!」

 まるで子供のようだ。好奇心旺盛で怖いモノ知らず。

 アスカはいつのまにかあの多大な量が消えた皿を軽く片付け、

「さぁリタ、手を繋いでいこう。あんなにたくさん人がいるから……」

 と、アスカが無駄にキラキラした笑顔で手を差し伸べた先にもうリタはいなかった。とっくにパフォーマンスの方へ向かっていく姿が見える。

 やれやれ。

 アスカもそこへ歩いて行った。




「はいっ、相変わらず、マナ君のシュガーボックスとディアボロは神級でしたね~」

「いやぁ、団長それほどでも」

「よくできました~」

 アスカが辿り着く頃には後者の彼のパフォーマンスは終わってしまったらしいが、団長と呼ばれている、足が地に着かないほどの高い椅子に座った12才くらいの小さな少女が、その桃色の髪を揺らし柔らかな笑みをこぼしながら、しゃがんでくれている背の高い彼の頭を頑張って撫でている姿に、客達は癒されつつあった。

「はい、それじゃあお次はラスト、お待ちかねのセルシード君ですよ~」

 マナと入れ替わりに、司会を務める団長の裏のカーテンから出てきたのは、頬に星形のホクロがある金髪の少年……というより、目が大きくて小柄な、まるで少女のような少年だった。被っている帽子で背をごまかしているように見えて可愛い、リタはそう思った。

「セルシード君、頑張ってくださ~い」

 団長の言葉を聞いた後、セルシードという名の少年は、口を大きく開けていった。

「俺は世界随一のジャグラー、セルシ-ドだ! お前ら見られることを光栄に思うんだな!」

 本当はかなりムカつく言葉なのだが、声までもが可愛すぎて逆効果だった。それが癪に障ったのか、セルシードは突然6本のクラブを空中に出し、両手に3本ずつ手に取る。

「!」

 あの子魔法使いか。

 何もない空間からの出現。よく見ると、彼の右手には紋章(イレズミ)があった。団長である少女が、隣にある機械仕掛けのハンドルを回すと、歯車が回り出し、音楽が奏でられ始める。

「っよ」

 その全てのクラブを高く放り投げ、カスケードを繰り返し、突然横から大きめのサイズのボールが出てきたと思ったら、全てのクラブが空中にある状態でセルシードは高く飛び上がりそのボールの上に立ち、バランスジャグリングを始める。

 次に全てをクラブをそのカーテンの後ろへ投げ、代わりに3つのボールが帰ってくる。彼はバランスを取ったままそれを取り、カスケードしつつもボールから降りて、そのボールを蹴ってカーテンの後ろへ退場させた。そのボールを、シャワー、キャッチボールなどの簡単な技からコンタクトジャグリングを組み合わせたりしながら、だんだんボールを増やしていき、最終的には10個のボールでカスケードをするまでに至った。

「セルシード君のジャグリングは、例えるなら世界一周旅行って感じですね~」

 緩やかな団長の声が入っても動じないセルシード。客がいちいち反応と拍手を起こしているからなのか、団長が恐れていた彼の悪い癖が始まろうとしていた。

 ボールは2本のナイフに変わり、彼は客の中でカモ(・・)を探した。

 一般人が出来ないことをすると、また違う一般人は驚いて感嘆する。そのことに彼はかなりの快感を覚え、同時に優越感に浸っていた。

「さぁ、お越しの皆様方にも簡単なのをやっていただきましょうか――ね!」

 失敗したら魔法で止められるという計画と自信と、たまにやってしまう彼の悪い癖。

「あ……」

 団長の少女の顔はこわばり、その裏のカーテンから顔を出したマナも、「あいつ……また……!」と声を上げる。

 その投げたナイフの先には1人の少女がいた。

 海のような碧い髪を持つ、首にチョーカーを付け白いワンピースを着た、先程からかなり楽しんでいた様子の少女。

「リタ……!」

 アスカは向かうが間に合わない。その刃はリタへの方向を変えない。

 セルシードは、失敗しちゃったかぁ、と思い、かっこよく魔法で止めようと思った。

 が。


 パシッ。


 キレのいい音がした。

 彼のような技が出来る者が、一般人の中にいるとは思っていなかった。

 まさかと思った。

 その少女は、両手に2本ずつナイフを所持し、そのナイフが宙に浮いたかと思うと、綺麗な弧を描きながらセルシードの元へと返された。セルシードはそれをキャッチする。呆然としていた。

 とたんに歓声が起こり、アスカはリタの元へと辿り着いた。

「リタ、大丈夫!? ていうか……あれ? 切れた運動神経は何処へ行ったの?!」

「……だから言ったろう? 本で学んだことがあると」

「え……なにそれ。つまり? リタは本で読んだことあることならたいていできちゃうの?」

「ああ、そうだが」

 かなりのあっさりだった。

 アスカは改めてまた驚いている。

 それを見ていたセルシードはまたも叫んだ。

「おーおー、お客様の中にも、とんだ才能の持ち主がいたもんですねぇ。それでは此方へお越しいただきませんか?」

「あぁ、わかった」

 リタはほぼ楽しいので素直に向かったが、セルシードは、ぜってぇ恥かかせてやる……! と策していたのだが。

 その後にやった突然アポなしの彼の動きに素早くリタは対応してくる。

 炎を纏ったトーチクラブを投げても、本当にプロしかできないそれを普通にやるし、ナイフで二人技を試しても普通に対応してくる。

 だったらバランスボールはどうだ!

 ボールを出そうとするセルシ-ドだったが、

「悪い。疲れた。楽しかったぞ」

 その少女は勝手に礼をして帰って行った。

 出来ないと思ったから帰ったのではなく、彼女の顔は本当に疲れ顔をしていた。

 セルシードはまた呆然とする羽目になった。

 今回のパフォーマンスはかなりの盛況で、団長の挨拶と共に大きな歓声によって幕を閉じた……。




「ほんっとうに申し訳ありませんでした!! ほらお前も謝れセル!」

「いってぇ!」

 他の団員が片付けている中、他の客が帰っていく中、先程のマナという青年とセルシードという少年がリタ達の前で土下座をしていた。地に頭を付けていた。

「え? 何かしたか?」

 リタの返答はこうだった。アスカはあきれて声も出さなかった。

「ほら別にいいじゃん! こいつ全然気にしてねぇっていうか、今日の売り上げは俺のおかげだろうが!」

「お前なぁ……!」

「2人とも静かにしなさ~い!」

 と、先程の少女、団長の声が入った。彼女は車椅子に乗っていた。自身で運転し、4人の前まで来る。相変わらず、足は揺れている。

「セル君、お店とかで1番偉いのは誰だと思っているの? お客様だよ? その次は私。もう、前から注意しているのに、どうして約束を守ってくれないの?」

 ゆったりとしているが、しっかりと怒り口調の彼女。セルシードの反応がないのに対し、彼女はリタ達に視線を向ける。その際マナが補助をした。

「申し遅れました。私は、団長のトロフィーナ・ラッセと申します。いやぁ、お客様、凄い腕をお持ちですね。けれでも、突然の失態は申し訳ありませんでした。セル君は昔から意地っ張りで」

「うるせーよトロ。のろま」

「フィーナだよ! それにトロくないもん! 足が動いた頃は、この団1番の俊敏さを持っていたんだからぁ!」

 何故か口喧嘩が始まった。

「この2人幼馴染みなんだ」

 ご丁寧に、マナが説明を入れてくれた。

「っけ! フィーなんてしらねぇ!」

「あっ!」

「……マナ君、追いかけて捕まえてきて」

「らじゃす」

 ということで取り残されたフィーナとリタ達。

 リタはフィーナの、足置き場のない車椅子と彼女の裸足を見つめていた。

「あ、これは、数年前に発症した“地に足をつかざる者”の病気です」

 静かにフィーナが口を開いた。リタは「あ……」と言うが、フィーナは、「お気になさらず」と言って笑みを返した。

「お客様に見せられる大道芸は出来なくなりました。けれど、足以外は使えるので、唯一座りながらも出来るジャグリングを、セル君が勧めてくれたんです」

 膝にのせていたボールを持ってフィーナは語った。

「根は悪い子じゃないんです。なんたってジャグリング以外にデビルスティックとか、色んなモノも器用に出来ますからね。真面目にやらないと出来ないことですから……あ」

 フィーナの視線の先には、マナに首を捕まれて動かないセルシードの姿。彼女たちの前でストン、と降ろされた彼はリタに向かって言った。

「おい! ……えーっと、悪かっ……俺悪くねーけど、俺と同じレベルの奴と組み技が出来てかなり楽しかったぜ! せいぜいもっと磨い」

「こらっ」

 フィーナが首を手でトン、と押すとセルシードの声は止まった。少しして、また彼は涙目で語り出す。

「ごめんなさい」

「? あ、あぁ……」

 その素直な一言で、その場は収束した。


 ・


 ・


 ・


「で、何? 運動神経切れているリタがあの朝っぱらあんなに早く走れたのは、速く走る方法と、息継ぎの仕方とかを知っているからであって、体力がないからあの後すぐにバテたの?」

「そうだ」

 宿場街から歩き始め、広がる草原の中で旅を再開したアスカの問いにまたリタは本を読んているのに器用に歩きながらあっさりと答える。

「本で読んだことはたいてい覚える」

「わぁー……すごーい……」

 棒読みだった。

「それを話したら、代わりに本をくれた。嬉しいな。いつのまにか紛れ込んでいたモノらしいぞ」

 緑の縁の本だった。あまり厚くない、手軽に持てる本。

「良かったねー……てことは歌も?」

「いや」

 リタが立ち止まる。

「本や楽譜を読んだことはあるが、歌は本通りに創ってはつまらない。私のモノだよ」

「そ。いいね」

 今度は棒読みではなかった。

 普通の人より凄いことが出来ると、人は人の上に立ったような感覚に陥ってしまうが、自分より上の者がいると、とたんに自信を失くしてしまう。

 だがあの少年は、その者に怯えず挑戦していった。

 そして、本当の楽しさを実感することが出来ていた。

 そして、不器用ながらも他の周りの者にもそれを伝えることが出来ていた。

 羨ましい、限りだ。

 ――僕には、出来なかった。

 でも、彼女と共にいれば、それを挽回するチャンスが来るかもね。

「アスカ、遅いぞー」

「あ、はいはーい」

「それにしても魔法使いによく会うな」

「あの子は右手だったね」

 魔法使いは、貴重、というか数が少ない方だ。魔法を使う者は、身体の何処かしらに紋章(イレズミ)を持って生まれてきた者か、身体に障害を抱えている者の2つに限る。フィーナのように、突然使える者も現れる者もあるらしい。

「アスカの紋章は何処にあるんだ?」

「え、やだなぁリタ。脱いでほしいの?」

「私の前から失せろ」

「えー、じゃあリタは?」

「誰が教えるか」

「えー」


 彼らは目指す。

 南の大公国タルタリア、そして小公国タリンタタタンへと。 


 

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