002 Trust me too
「お疲れ様ー」
「あ、ああー……」
まだ街の人々は踊っているが、リタは体力の問題で一時休憩となった。アスカの持ってきたジュースで骨を休める。
「はい、動いて暑いかもしれないけど、ちょっと夜は冷えるよ」
アスカはリタの肩に薄めのローブを掛ける。
「あ、ありがとう」
意外と優しいんだな。
って。
「おい! 私が疲れたのは、貴様のせいだろうが……!」
リタが叫んだ途端、アスカはきょとんとする。そして、にへらっと笑った。
「僕はアスカだよ。でも、凄く楽しそうだったよー。街の人も、伝統の曲に歌が出来て嬉しいってさ」
「う……」
そんな凄いことしてないのに……。
アスカは近づいてきた。
「ね。皆の前で歌うの気持ちいいでしょ? コンテストは大舞台だよ、たくさんの観客だよ。……まだ考え直してくれない?」
「うー……それは、なにかやるといいことがあるのか?」
「うん! 優勝すると、何でも3つ、願いを叶えてくれるんだ!」
アスカの目が輝く。
「願い?」
「そ。知っているでしょう? 第50代目クラン様の治める国――」
「――スイウタマユラトウ?」
「そ。そこでやるんだよ。しかもクラン様が審査員長だから、絶対だよ」
「願いか……君は何か望みが……?」
「うん!」
「三毒の煩悩か」
「そんなんじゃないよ、つかなにそれ! ね、リタ。ダメなの?」
「だーかーらー……」
やれやれ、そんな風にリタはため息をつく。だが、彼女は、アスカと話していて、なんだかとても楽しそうに見える。
なぜだろう。
リタは自分でもよく分からなかったが。
……アイツに似てるかな。
そうとだけ思った。
もう少しだけ、この心地好さに浸ってみようと思った。
少しは、良いかなと思った。
だが、彼女が再びお祭り最中の広場へ目を向けると、そこには奴がいた。
「!」
何か、彼女の何かの変化に気づいた様子のアスカは、問いかける。
「ねぇねぇ、リタ……?」
「黙ってくれないか」
アスカの言葉を、リタは切った。そして席から立つと、もう一度アスカの方を向いた。
「私にはやるべきことがあると言った。私よりも才のある奴など星の数ほどいる。もう構うな」
「え、でも……」
「迷惑だ」
歩き出そうとするリタの手を、アスカは引き留め、強く握った。
「じゃあ、なんであのとき、朝――僕の音を聴いて、歌ってくれたの?」
「…………」
「リ……」
「本当にもう付きまとわないでくれ!」
リタはアスカを突き飛ばし、祭りの方へ紛れ込んでってしまった。
アスカは呆然とその場に居座っている。
「リタ……」
アスカはリタの行った方向へと、視線を預けた。
――ロジカ、奴は他人がいても何にも躊躇わない……。
……だから、私から離れなくては。
……まだ奴は私がここまで来たのは気づいていない!
リタは祭りの広場から少しずつ遠ざかり、そして……いつのまにか、あの女店主が行っていたクロユリアの花畑へと来ていた。一面を埋め尽くすその一輪一輪が、月光に反射して、ほのかな光を放つ。白と黒のコントラストが何とも見事な、そんな広い大地に、リタは逃げてきたのだ。
……とりあえず、街への被害はない。後はこの花畑を越えて……。
「見っけ」
楽しそうな、だが何かキンと冷たいそんな、突然の聞き慣れた声に、リタの足は踏みを浅くしてしまった。顔が引きつり、リタは足を滑らせる。
「3日ぶりだな。3日前に、殺したと思ったんだけどな。しぶといなあ相変わらず」
トン、とリタは流れゆくままにその者の身体へと倒れ込んだ。
ゆっくりと顔を上げ、目に入ったのは、1人の青年。
ハネっ毛の茶髪に右目には黒の眼帯、左腕を包帯に包み、細身の身体には黒を基調とした服を纏い、右の頬には、禍々しい刺青が施されている。
「ロジカ……」
「よぉリタ。このロジカル・ロジカ・タルタリア様が、また来てやったんだけどぉ。まだ俺様に、殺され足りねぇのか?」
「……そんな訳ないだろ……!」
リタはロジカルと名乗る青年から、すぐさま遠ざかった。
「出会ったからには殺す」
ロジカは、そう静かに言った。左腕には月夜にきらめくナイフ。
「幼馴染みだろうとな」
ロジカが動いたのが見えた。と同時に、リタは後ろを振り返り走り出す。だが、彼女の体力の問題と戦闘未経験から、ロジカがすでに行く手を阻んでいた。
「相変わらず脳しか働かねえなぁ、お前は」
距離はあまりない。だが、リタは口元に笑みをこぼす。
「……どうかな……!?」
「……? ……っな、まさかお前……!」
いつの間にか、リタとロジカの周りは何か、陣で囲まれていた。妖しげな光を放ち、その中を光の粒が駆け巡る。
「私だって、あの子のように魔法くらい使える!」
彼女が敷いているのは、紛れもなく魔方陣。ゆらゆらと、黒い影が、ロジカを包み込もうとする。ロジカの足は、影で固定されていた。
「っく……!」
「さぁ、元の、お前の居るべき場所へと帰れ! そしてもう、わたしたちの邪魔をするんじゃない!」
ロジカの体は、だんだんと魔方陣へ引きずり込まれていく。
よし……初の試みだったが、上手くいく……!
リタが深呼吸をし、気持ちを整えたそのとき。
「あのよぉ」
すぐ後ろから、ロジカの声が響いた。
「魔法、誰が創ったと思ってんだよ」
「!」
後ろを向いたときには遅かった。
ロジカは白いチョーカーを付けているリタの細い首を掴み、彼女を地面へと押し倒した。リタの白い両手首も、何か闇色の鎖で繋がれていて、身動きがとれない。
「タルタリア大国国王の、俺の親父が創造主だからな。その息子は全てを悟ってんの」
そう言いながら、首から手を離しリタのワンピースの胸元へと手を滑り込ませる。
「……ん……っく」
リタは必死の抵抗を見せるが、身体は動かない。
「ん、あったあった」
ロジカはお目当てのものが見るかると、すぐに手を出し、そのモノをシャランと揺らした。
それは、リタが首からさげていたペンダントだった。
「これねえと、お前殺しても意味ねぇからなぁ。じゃ、所在を確認したところで……やりますか」
左腕には鋭いナイフ。
――こんな……こんなところで、私はやられるワケにはいかないのに……!
しかし、もう策もない。動けない。言葉も出ない。
……約束を守らなければ、ここまで来ておいてあの子に申し訳がつかない……。
誰か、誰でも良いから、助けてくれ!
「どうでも良いけど、村の人間は今夜限りはここは立ち入り禁止らしい。これまでだな、リタ……っ!」
ロジカがナイフを振りかざす。
リタの目からは涙が伝いおち、そして彼女は目を瞑った。
……すまない、……――アトリエ……!
………………。
……?
音色が聞こえた。
可愛らしい、テンポののった、そんな音。
「あ……?」
ロジカの声が聞こえる。どうかしたのか、ナイフは振りかざされない。
リタは目を開けてみた。
「…♪♪……♪」
またはっきりと、その音色は聞こえた。
それは、リタの目の前、ロジカの後ろにあの少年がいた。ローブがはためき、クロユリアの花の光でその姿は一目瞭然だった。
その音色の持ち主――アスカ・キリミヤはその小さな口で、美しい調べを奏でている。
「あ……」
リタはやっと声を出した。
「な、なんだ……? なんで動かねぇんだ……?」
振り向かずとも、気配でロジカは何者かが自分の後ろに居ることを見抜いている。するとその問いかけられた少年はその調べを止めると、にへらと笑って言った。
「軽い音楽」
「あ?」
その調べが止まっていても、ロジカは動かなかった。動けなかった。
「心もカラダも軽くなる、魔法の調べ『口笛』……」
「!」
初めに驚いたのは、リタだった。
自分の動きを止めていたロジカの重さが、だんだんと薄れていく。そして、彼女が起き上がれる頃、ロジカはアスカの頭上より高く、かなりの高所に到達していた。
「な、お、降ろせそこのガキ!」
「えぇ-。聴いちゃったから無理だよ、お兄さん。それにこのクロユリアの花には、魔力増幅の効果があるんだよ? こんな初級の音魔法でも、この花畑の量だからねぇ、お兄さんもこの通りっ」
「なっ」
「じゃあお兄さん、元居る場所へとお帰り~」
アスカが虚空でシュッと手を回し、夜空へその手を伸ばした瞬間、
「え……う、うあああああああ!!! あああああああぁぁぁぁ…………ぁぁ……」
ロジカは勢いよく上空まで投げ飛ばされ、何か嵐でも来たかのように、西の空の彼方へと飛んで行ってしまった。
「………………」
リタは、ただただそれを見つめて呆けているばかりだった。
辛うじて声を出す。
「……あ、お前、魔法使えるのか」
「うん」
「…………」
「大丈夫? リタ」
「…………」
……この世界で魔法が使える者は多くない。
私の魔法が少し成功したのは、この花の加護を受けたからだったのか。
「……あ、あり…がとう。……アスカ」
「どういたしまして」
そう言って、アスカは手をリタに向かって伸ばす。リタはその手を受け取り、立ち上がった。
「君が来てくれなかったら、私の願いは達成されなかった。ほんとうにありがとう」
リタのその微笑みは柔らかく、そして歓喜に満ちていた。その顔を見て、アスカも笑う。
「リタにも、願いがあるんだね」
「人は誰でも持つさ」
「じゃあ、その願いを叶えようよ」
アスカは再度、リタに手の平を向けた。しかしリタは先程のように強ばった。
確かに、そのコンテストに出れば……。
でも、もしかしたら他人を巻き込んでしまうかも……。
「あ! じゃあ、僕はリタの“用心棒”になるよ!」
「は?」
唐突に、そんなことをアスカは言った。
「リタ危なっかしいもん。リタの目的地まで守るよ! それに運動神経切れているんじゃ、またあのお兄さんが来たら今度こそ殺されちゃうよ……僕はリタの歌が消えちゃうのは嫌なんだ。うん、リタにいなくなって欲しくないんだ……一目惚れだったんだ」
「……」
……な、なな何をい、い言っているんだ此奴は!
リタの顔は耳まで紅く染まった。
リタは自身の顔を両手で覆う。
なんだ此奴。言っていることが恥ずかしすぎる!
「リタは何処を目指しているの?」
また唐突な質問が飛びだした。顔を隠しながらも、リタは律儀に答える。
「南の……タルタリア、そしてタリンタタタンだ」
「タルタリア大公国とタリンタタタン小公国ね。地図上で言えば僕の国の斜め真下だ」
「……スメラミノクニか? あの東の国の」
「うん。……あれ、さっきのお兄さんって……」
「タルタリアの王子だよ、あいつは」
溜め息混じりでリタは答える。アスカは目を見開くが、すぐに目を細める。
「……なんでそんな人にリタは狙われているの?」
「…………」
その回答には、リタは押し黙ってしまった。沈黙が続く中、アスカが口を切る。
「んー、まぁいいや。答えなくても良いよ」
そう言って、にへら、と笑った。
あぁ、あの子に似ているな……。
リタは、また無意味にそう思った。
「僕、魔法と相手の攻撃を避けるのにはかなり自信があるよ」
「しかし……アスカはそんなことしてて良いのか? 遥々東の国から来て、何か、やることがあるのでは……」
「あぁ、もうそれ終わったから」
ケロッと即答した。
「うん、終わった終わった、絶対終わった。だから、もう良いんだ。大丈夫。僕のことは心配しないでよ、リタ」
真剣な瞳だった。綺麗に光る琥珀の瞳。
リタは顔から手を離し、意を決し、口を開いた。
「君は私の願いを探索しない」
先程の魔法ではまだ能力は計り知れないが、私の力だけでは他の刺客からも逃れられないだろう。
「君はこの……私の身体を必ず守る」
それでも私たちの願いが達成される日が近くなるのなら。
リタは首からさげていたペンダントを手からさげ、アスカの前へ突き出した。
それは、金色に輝く、栄耀の者が有するような、埋めこまれるは碧い宝石。
「君は私に――リタリタ・タリンタタタンに忠誠を誓うとここに約束するのなら、私は君を信じよう。そして、君の――アスカの願いをも叶えよう」
荘厳に満ち足りた、この上ない声で、眼差しで、その姿勢と態度で、アスカはパァッと目を輝かせ、
「もちろんさ! 僕はスメラミノクニのアスカ・キリミヤ! よろしくね、リタ!」
その手をさらに伸ばし、彼女の手を取った。
月光の下での契りだった。
クロユリアの花びらが、いっそう美しく舞う夜だった。




