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からっぽな騎士と砂浜の踊り子 ――たった一つの記憶を失った英雄  作者: 亜麻野
砂浜の踊り子

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最終話

今日も、私は砂浜に来ていた。


陽は傾き、海の色がゆっくりと変わる、いつもの時間。


ここで踊って全てを空にしてから、舞台に立つ。

それが、最近の私の日課になっていた。


誰もいない砂浜で、夕陽を浴びて踊る。


足裏に伝わる砂の冷たさも、 風に煽られる髪も、

すべてが、ひどく心地よかった。


酒場での評判も、上々だ。


舞台に立てば、客は黙る。

踊り終われば、遅れて拍手が起きる。


噂を知らないのか。

知っていて、なお寄ってくるのか。

男に声をかけられることも増えた。


悲しき踊り子。


帰らぬ騎士を待つ、絶望の踊り子。


そんな噂を、一身に受けて。

同情と、好奇と、欲望を混ぜた視線を受け止めながら。


私は、踊る。





今日も、夕暮れの砂浜に来た。


バーツが婚約した。


相手は、年下のご令嬢らしい。

町で話題になって、 祝いの言葉と冷やかしが行き交っていた。


私は、表向きは祝福した。

笑ってグラスを掲げて、「おめでとう」と口にした。


胸の奥は、何も動かなかった。

喜びも、羨望も、何も。


祝いの席で、既に踊ったのに。

誰も見ていない砂浜でも、私は踊る。





今日も、夕暮れの砂浜。


季節はめまぐるしく過ぎ去った。

風はやわらかくなり、 肌を刺していた冷たさは、もうない。


踊りにも、自然と熱が入る。


踏み込むたび、砂が散り、

身体をひねれば、汗が宙を切った。


息が上がっても、 胸が焼けるように熱くなっても。


私は踊りをやめなかった。





今日も、夕暮れの砂浜。


今日は、踊れなかった。

足首をくじいていた。


舞台の上で。

汗で滑った床に、踏み込みが遅れ、

一瞬、重心を失っただけだった。


大した怪我じゃない。


私は足を引きずりながら、ここまで来た。

砂浜に膝をつき、 両手をついて、息を整える。


ここだけが、私の居場所だった。





今日も、夕暮れの砂浜。


足をくじいてから、 ここで踊ることはなくなった。


足はもう治った。

舞台では、もう踊れる。

観客の前では、何も問題はない。


それでも。

踊ることはないのに。


ここに来てしまった。


踊らずに、立ち尽くして、波の音を聞くだけ。

身体が覚えてしまっているから。


ここで踊った時間を。

ここで、待ち続けた夕暮れを。


ここで、交わした約束を。





今日も、夕暮れの砂浜。


ここで踊らなくなってから、幾日も過ぎていた。


寒い日があった。

暖かい日があった。


誰も、来ない。


あるのは、 波が寄せては返す音と、 沈みゆく夕日の光だけ。

ただ、それらに身体を預けることに、


――何の意味があるのだろう。





今日も、夕暮れの砂浜。


その日は、珍しく人が来た。


ゲラルト。


いつの間にか背が伸びて、 声変わりもしていて、

もう、少年の面影はない。


「……ねえ」

「もう、やめよう」


胸の奥が、きゅっと縮んだ。

遅れてやってきた感情。


寂しさだった。


私は海を見たまま、ゆっくりと口を開いた。


「……そうね」


驚くほど、素直な声が出た。

私は、もう一度、夕日を見る。


手放す時が来たのだと。

私は砂浜に来るのを、 やめようと思った。
























――そう思っていた、はずだったのに。


















今日も、夕暮れの砂浜。


やめられなかった。

できなかった。


ここに来る理由を、もう言葉にできなくなっても。

ここに来る意味などないと、知っていても。


これが、私の全てだったから。


彼が、私の全てだったから。


私は、ここに来る。


今日も。

明日も。

明後日も。


何も起きないと分かっていても。

何も返ってこないと知っていても。


彼の指輪だけを頼りにして。


私は、ここに来る。


何日も、何日も。


ここに来る。








ふと。


砂を踏む音がした。


一歩。


また一歩。


後ろから。


砂を踏みしめる、音がした。


「……隣、いいか」


短い言葉。


振り向こうとして、私は動けなかった。


足音の主は、答えを待たずに近づいてくる。

隣まで来て、少しだけ距離を空けて立つ気配。


肩に、何かが掛けられた。


紫色の、ただの布。

古ぼけた、肩掛け。


「踊り子になったお祝いで、あげようと思ってたんだ」


「渡すのが遅れて、ごめん」




――ロアン!




名前を呼ぶ前に、身体が先に動いた。


私は、彼の胸に飛び込んだ。


衝撃で、息が詰まる。


顔を見上げる。


涙でにじんだ視界の向こうに、確かに見る。


赤い髪。

少しやつれた顔。

私より、少し高い背。


ロアン。


本当に、ロアンなのね。


彼の胸は、温かかった。


昔と同じで。


私は、声も抑えられずに泣いた。


彼に抱かれたまま。

夕陽を浴びて。

波の音を浴びて。


紫の布が、風に揺れる。


私は、泣き続けた。




「帰るのが、遅れてごめんな」


「でも、誓いは守ったよ」







「もう、君を忘れない」


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