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からっぽな騎士と砂浜の踊り子 ――たった一つの記憶を失った英雄  作者: 亜麻野
砂浜の踊り子

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10話

「じゃあ、ロアンと仲直りできたんだ」


翌日、夜の酒場に、無邪気な声。

私はカウンターを拭きながら、ゲラルトと話していた。


連日のことで、ゲラルトにまで心配をかけてしまっていたが、

今日の彼は安心したように、にこにことしてる。


「……ええ。本当に」


そう答えて、私も昨晩からようやく一息ついた気分だった。


「良かったね、エリシア」


ゲラルトは心からそう思っていそうな顔だ。


「今日はロアン、来てくれるかな」


軽い問いかけ。


「きっと、来てくれるわよ」


根拠はなかったけど。

昨夜の浜辺の余韻が、彼にも残っているのなら。


二人で話していた最中、

酒場の戸が、きい、と音を立てて開いた。


「いらっしゃい……ロアン」


反射的に挨拶すると、見慣れた顔だった。

今日は、来てくれた。


「ロアンだ、いらっしゃい!」


いつもより少し大きな声で、 嬉しさを隠しもしない。

ロアンは目を丸くしていた。


その様子が、昔と変わらない気がして。


日常が。


戦争の前の、あの頃の日常が。

ほんの少しだけ、戻った気がした。


その後、私は舞台に立つ。


伴奏に、身体を預ける。


足先から指の先まで。

神経が一本の線で繋がっていく。


余計な考えはなかった。

全身が音とひとつになる。


きっと。


彼が、見ているから。


動きが研ぎ澄まされていった。


そして。


今までで一番大きな拍手が、酒場を満たした。


耳が少し熱くなる。

私は、小さく一礼した。

照れくささと同じくらいの喜びが込み上げる。


――踊っていて、よかった。


そんな単純な思いが、浮かんでいた。





あの日以来、ロアンは私のことを見るようになった。


酒場の踊り子として。

酒場の従業員として。

一人の人間として。


目が合う。

それだけのことが、以前とは違っていた。


舞台の上でも、カウンターの内側でも。


ロアンの変化は、私の中で確かな自信に繋がっていった。


この関係でいいんだ。


押し付けなくても。

先を決めなくても。


こうして繋がっていけばいい。

そう、思っていた。


けれど。


いつの日からか、違和感が積もり始めた。


ロアンが、疲弊している。


怪我をしているとか、体調を崩しているわけでは、無いと思う。

肉体的なものではないと思った。


もっと内側。

言葉にしづらい、精神的な疲れ。


笑い方が浅い。

視線がすぐに伏せられる。

呆けた顔が多い。


そのことを、誰より先に口にしたのはバーツだ。


しばらく姿を見せていなかった彼が、

ある夜、ふらりと酒場に現れた。


「上手くいってたんじゃないのか」


低い声。


混み合う時間帯を避け、 酒場の脇。

明かりの届かない暗がりで、声を潜めて。


少し言いづらそうに続ける。


「訓練にも身が入っていないぞ、あいつ」


私は答えを探して、

見つからなかった。


「今回ばかりは、私もわからない」

「でもロアンは、表向きは普通にしているから……」


バーツは黙りこくり、 それ以上、何も言わなかった。


それで会話は終わった。

視界の端に、見慣れた姿が通り過ぎた気がした。


それからだった。


ロアンの疲弊は、隠れなくなっていった。


笑っていても、上滑りする。

視線を、すぐに外される。

話しかけても、どこか上の空。


意識して、私を避けているような。

距離を取ろうとしているような雰囲気。


理由が分からない分、心がじわじわと冷えていった。


ある日の晩。


ロアンは、殊更に変だった。

カウンターに肘をつき、珍しく酒を飲んでいる。


頬が赤い。


普段は、ほとんど酔わないのに。


「何か、ございました?」


逡巡ののち、聞いた。

ロアンは一拍遅れて顔を上げる。


焦点が合っていない。


悩むようなそぶりを見せたのち、ゆっくりと喋り始めた。


「……最近、白昼夢を見るんだ」

「見知った場所で、知らない女と、俺がいる夢を」


予想だにしない言葉だった。

背筋が、反射的に伸びる。


表情に出ないよう、私は口を固く結んだ。

彼はそれを確認してか、しないでか、続ける。


「場所は分かるんだ。市場、広場、酒場に、孤児院」

「なのに、女の姿だけが分からない。顔も、背格好も、何も」


ロアン。


私は、何も言っていないのに。


彼は、中途半端に思い出してしまった。


「分からないのに……場面だけが、出てくるんだ」

「女が何を言ってるのか、俺がどう答えるのか……細かいところまで」


顔も名前もわからない、中途半端な形で。

過去を思い出してしまった。


あなたは、それで疲弊していたのね。


「俺の気持ちまで、先に用意されてる」

「代弁されてるみたいに、既にあるんだ」


自分と他人の区別がつかない感覚に。

ただ苦しめられて。


疲れ切っていたのね。


「……俺は、その女を愛していた」


――やめて。


「俺は、忘れているのか?」


でも、言えない。


「愛した女を忘れているから……こんなにも、空虚なのか?」


私の前で、私の話をしないで。


「なら、どうしてだ」


これ以上は、本当に。


「どうして、俺は忘れてしまったんだ」

「なぜ俺は一番大切なものを、忘れてしまったんだ!」


――やめて!


あなたの愛した人の話を、私にしないで。


私は、ただただ、我慢して。


口を堅く結び、泣いた。

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