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からっぽな騎士と砂浜の踊り子 ――たった一つの記憶を失った英雄  作者: 亜麻野
砂浜の踊り子

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33/44

4話

あの日から、私はロアンのことを拒絶しなくなっていた。


話しかけられれば相槌をうつ。

近くにいられても追い払わない。

日々は目に見えて変わっていった。


ときには意見を言い、気に障る言い方をして、喧嘩になることもあった。


「それは違うでしょ」

「違わないって」


声を荒げて、互いに睨み合う。

なのに翌日になると、ロアンは何事もなかったように現れた。


「なあ、聞いてくれよ」と。

ただ、続きを話すだけ。


たまに、二人で孤児院の外へ出た。


細い路地を歩き、店先を覗き、

浜辺まで足を延ばして、波打ち際を踏む。


濡れた靴を気にしていると、「乾けば同じだ」と、ロアンは笑った。


彼の家にも行った。

壁の薄い、小さな家。

中は静かで、物は少なかった。


それでも、一人だけの場所があるという事実だけ、少し羨ましかった。


そんな日々を、私たちは続けた。


季節が巡り、少し背が伸び、声が変わり始めても、

ロアンは変わらずパンを貰いに来て、私に話しかけた。


気づけば一人でいる時間より、

彼と過ごす時間のほうが長くなっていた。


そうして、数年が過ぎていた、

ある日の炊き出しでのこと。


私は、酒場のお姉さん――ミレディの指示で、調理を手伝っていた。

孤児院にいる期間が長くなり、子どもと呼ばれる年齢でもなくなっていたから。

「やってみるかい」と言われて、断る理由もなく頷いたのが始まりだった。


それ以来、炊き出しの日には、自然と手伝うようになった。


鍋をかき混ぜ、椀を並べ、列を整える。

覚えることはあったが、難しくはなかった。


向こう側では、ロアンがいた。

呼ばれたわけでもないのに、鍋を運び、薪を足し、

手の足りないところを見つけては機敏に動いている。


私はその様子を横目で見ながら、包丁で野菜を刻む。


「だいぶ慣れてきたね」


ミレディが、私の手元を覗き込み、そう言った。

私は、少しだけ背筋を伸ばした。


ミレディは女性だし、まだ若そうに見える。

なのに酒場の経営を回し、 自分の子どもを育てながら、

こうして孤児院に食事を作ってくれる。


女傑という言葉のほうが、しっくりくる人。

尊敬している、という言葉の意味を理解した。


スープを配り終えたあと、私とロアンはいつものように端に並んで腰を下ろす。

木の椀を両手で包み、湯気が落ち着くのを待つ。


そのときだった。


「エリシア」


ミレディが、いつもより低い声で呼んだ。

彼女は私たちと視線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「単刀直入に言うよ」


一拍置いてから、続ける。


「私の酒場で、住み込みで働かないかい」


私は椀を持ったまま固まる。

意味を、すぐに飲み込めなかった。

孤児院に来て、自分が誰かに誘われたのは初めてだった。


隣を見ると、ロアンも目を丸くして、食べる手を止めていた。


「同情したってわけじゃない」


ミレディは、私の反応を気にした様子もなく言う。


「あんたは、賢くて強い女になると思ったからさ」


笑顔で、そう言われた。


恥じらいとも、怒りとも違う。

身体の内側から、じわりと熱くなる感覚。


「やったな、エリシア」


隣のロアンがそう言って、少しだけ現実味を帯びた。


そうか。

私は嬉しいんだ。


尊敬する人に、将来を買われて。


ミレディを見る。

私は小さく息を吐いてから、目を合わせた。


「わかりました」


声は震えなかった。


「やりたいです。酒場で働かせてください」


言い切ると、ミレディはゆっくりと微笑んで、深く何度も頷く。

自分の判断は間違っていなかったと、 そう言うみたいに。





ほどなくして、私は孤児院を出ることになった。

荷物は少なく手続きも簡単で、引っ越しは拍子抜けするほど一瞬だった。


酒場の裏手にある宿舎。

階段を上った先の小さな一室が、私の部屋。

扉を閉めると、外の音が遠のく。


自分だけの部屋。

想像以上に落ち着いた。


仕事は、炊き出しとは比べものにならないほど多かった。


仕込み、掃除、洗濯。

酒場が開く前も閉まった後も、やることは尽きない。

覚えることも、失敗することも多かった。


それでも私は、必死で食らいついた。


ロアンはというと。


私が酒場に来たからなのか、彼もいつの間にか酒場を手伝うようになっていた。

荷物を運び、洗い物をして、重たい樽を転がしては肩で息をする。


そんな彼を見て、ミレディは豪快に笑った。


「働き者でいいじゃないか、気に入った」


そう言って、ロアンの肩を叩く。

食事のまかないを出し、少しだけれど賃金も渡した。


「ねえ、どうして、酒場の手伝いを?」


一緒にまかないを食べていたとき、匙を止めて聞いてみた。


「だって、エリシアがいるから」


即答だった。


昔なら、どうして、と聞き返していただろう。

けれどその返事は、今の私には妙に心地よかった。


ロアンは、少しだけ視線を落として続けた。


「俺も、エリシアに負けないように頑張らないとな」


冗談めいた口調なのに、表情は真剣だった。

火に照らされた横顔が大人びて見える。


私は返事をしなかった。


スープを飲み干し、空になった皿を見下ろす。

そのときのロアンの顔が、なぜか記憶に残っている。

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