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からっぽな騎士と砂浜の踊り子 ――たった一つの記憶を失った英雄  作者: 亜麻野
からっぽな騎士

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21/44

21話

何故、俺はあんなことを話してしまったのだろう。

朝の俺に酒残りの頭痛はなく、罪悪感だけがあった。


酔ってはいたが、昨夜の事はすべて覚えている。

言葉の順番を、声の調子を、エリシアの表情を。


泣いていたことを。


俺の整理できていない感情を、受け止めさせてしまった。

申し訳なかった。


今日、会えたら謝ろう。


それだけを決め、酒場の手伝いをしていたとき。

荷物を運び終えると、背後から声が掛かる。


「ロアン」


振り返ると、ゲラルトがいた。

探るように俺をまじまじと見てくる。


「昨日さ、エリシアと、何があったの?」


ふいに核心を突かれ、俺の口は呆けたように開いた。

ゲラルトは、その反応を確かめてから言った。


「エリシア、泣いてた」

「今日も朝から、泣いてた」


今朝まで、引きづらせてしまったのか。

淡々と続ける高めの声が、余計に刺さる。


「……何があったの?」


俺は閉口した。


やはり、話すべきではなかったんだ。

そんな考えしか出てこない。


ゲラルトは一歩近づいてきた。

視線を逸らそうとしたが、逃がしてくれない。


「ねえ、最近のロアン、変だよ」

「帰って来たときに、戻ったみたいだ」


「答えてよ、ロアン!」


しびれを切らして、矢継ぎ早に強められた。


言い訳は、出なかった。


「……昨日は」


ようやく口が開いた。

声は小さかった。


「俺の感情だけを、酔った拍子にぶつけてしまったんだ」


ゲラルトは、あからさまに眉を寄せた。


「その程度で、エリシアが傷つくわけない」


即座に返され、俺は顔を上げた。


「なんで、そんなことがわかる?」


怒りではないが、問いは鋭くなった。

ゲラルトの眉が露骨に動いた。


「それは……言えないけど」


急に勢いを失い、言いよどむ。


どうにも歯切れが悪い。

俺は視界が狭くなった。


「また、“言えない”か」


声が荒れた。

バーツにも言われた台詞に、感情が出た。


相手はゲラルトなのに。

分別を失ってはいけないと思いつつ、奥底から熱を帯びる。


「お前たちは、何か俺に隠し事をしてるだろ」


一度口にすると、止まらなかった。


「俺の、忘れている女のことを」


ゲラルトが、はっとしたように目を見開く。


「ロアン、思い出して……?」


言いかけて、口元を紡いだ。

しまった、という顔。


その仕草が、決定的だった。


「なぜ、言えないんだ」

「言ったら、まずいことがあるのか?」


俺は詰め寄った。


ゲラルトは一歩引き、息を呑んだ。

視線が泳ぐ。

と思ったら、次には目線を合わせてきた。


「もしかして、昨日のエリシアにも……?」


肯定も否定もせず、床に視線を落とす。

沈黙だけで、彼相手でも答えは足りる。


「責めたわけじゃない。ただ、話しただけだ」

「俺が忘れている女のことを」


喉が、わずかに詰まる。

指先に力が入った。


「……そしたら、泣かせてしまった」


俺は顔を伏せた。

ゲラルトは震えながら口を開ける。


「そんな……そんなことって……」


唇が、ぎゅっと結ばれた。

その奥で、歯を噛みしめる音まで聞こえた気がした。


「……ロアン」


低く、聞き取れないような音。


次の瞬間、ゲラルトの体がぶれた。

跳ねるように身を翻し、何も言わずに走り出した。


「おい!」


呼び止める間もない。

酒場の扉が荒く開き、外の光が一瞬だけ差し込んで、すぐに閉じた。


俺はその場に立ち尽くし、握ったままの手を見下ろした。


――いったい、何だっていうんだ。


「ロアン」


振り返ると、ミレディがいた。

呼ばれるまで気配に気づかなかった。


いつもの軽い足取りが無く、明らかな気落ちが俺にもわかった。

肩がわずかに落ち、視線も定まらない。


さっきまでの熱が、すっと冷めた。


「……すまない、ゲラルトを怒らせてしまった」


とっさに俺は謝った。

ミレディは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく首を振った。


「いいんだ。あんたのせいじゃない」


声音は静かだった。

普段の快活さが、奥へ引っ込んでいる。


「あたしたちが、失敗したんだ」

「子供に、余計なもんまで背負わせちまった」


湿った口調だった。

その言葉に疑問が浮かんだが、ミレディは続けた。


「……すまない、ロアン」


頭を下げて、謝られた。


意外だった。

俺が向けられる言葉ではないと、反射的に感じる。


ミレディは直り、俺をまっすぐ見て言った。


「今、あんたが大変なのは分かる」

「でもな、それは、あたしたちじゃどうにもできない」


「誰も代わって、やれないから」


言葉が、深く沈んだ。


何を指しているのかは、結局わからない。

反論をしたくなった。


だが、問いを返すことができない。

重さだけで、納得させられた気分だ。


少しの沈黙のあと、ミレディは視線を逸らした。


「一つ、頼みがある」

「ゲラルトを、探してやってくれないか」


見たことがない、気弱そうな顔。


「あんたにこんなこと頼むのは、情けないことだが」

「あたしらの言葉じゃ、もう、届かないだろうから」


その理由も、俺には聞けなかった。


「……わかった」


俺は顔を上げた。

短く答えると、ミレディは安堵ともつかない息を吐いた。

ゲラルトが飛び出していった扉の向こうを見やる。


『ロアン、お前は味方に恵まれている』

俺は友の真意を探るべく、外に出た。


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