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からっぽな騎士と砂浜の踊り子 ――たった一つの記憶を失った英雄  作者: 亜麻野
からっぽな騎士

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22話

ゲラルトは、すぐに見つかった。


街道のはずれ。

森林へ続く道が途切れ、視界がひらける場所。

木立の境目に立つと、風のざわめきだけが残る。


やはり、ここだった。


倒木に、ゲラルトは腰かけていた。

名前を呼ぶ前に、足音で気づかれた。


「……ロアン」


振り返るなり、怪訝そうに眉を寄せる。


「どうして、ここに来たの」


問いに、俺は少しだけ息を整えた。


「ここで、一緒によく遊んでただろ」

「まず、ここを見ようと思った」


ゲラルトは視線を落とす。

か細い声で呟いた。


「俺のことは覚えてるのに、なんで……」


彼は膝の上で手を握りしめている。

爪が食い込んでいるのが、離れた場所からでも見えた。


俺は、ゆっくりと歩み寄った。


「隣、いいか」


ゲラルトは迷うように視線を彷徨わせ、小さく頷いた。


「うん」


俺は倒木の端に腰を下ろした。

木肌は固く冷たい。

肩が触れない程度の距離を保った。


しばらく、俺たちは何も言わなかった。


森の奥で、鳥が羽ばたく音がする。


「ミレディはな」


前を向いたまま、俺は静かに切り出した。


「ゲラルトのことを、心配してた」


「えっ」と、驚いたような声が隣から聞こえる。


「酷なことを頼んだ、背負わせたって」


ゲラルトは小さく身じろぎをして、口を開けた。

喉が鳴る音。


「俺が悪かったのに……」


それきり、声は続かなかった。

隣を見ると、唇が強く結ばれ、視線が足元に落ちている。


「ごめんな、ゲラルト」

「きっと、俺に言えない事情があるんだよな」


横顔が、わずかに引きつったのが分かった。


「無理に聞いて、すまなかった」


沈黙が落ちた。

酒場のように、逃げる気配はない。


やがて、ゲラルトが小さく息を吸い込んだ。


「……俺、分からなくなったんだ」


絞り出すような声だった。

肩が、わずかに震える。


「どんどん、傷ついて、疲れていく」


言葉が途切れ、再び続く。


「黙ってるのが正しいって、そう言われてた」


拳が、膝の上で固く握られる。

顔を上げないまま、言った。


「でも俺は、見ているうちに」


声に、熱が灯る。


「これで本当にいいのか、分からなくなったんだ」


俺は驚いていた。

ゲラルトの吐露は、かなり抽象的だ。


それでも。


抽象的だからこそ、混じる感情が伝わってきた。


迷い。ためらい。

誰かを思うがゆえの沈黙。

そして、悔しさ。


俺は、ゆっくりと腕を伸ばした。


驚かせないように、距離を確かめながら、

ゲラルトの肩に手を置く。

次いで、軽く引き寄せた。


「ありがとう、ゲラルト」


低く、静かに言った。

ゲラルトの体が一瞬、固まる。


「どうして、お礼を?」


戸惑いが、そのまま声に出ていた。


「俺のために、黙っていてくれたんだろ」


引っ掛かる感覚を、言葉にしないまま続けた。

肩越しに、ゲラルトの息遣いが変わるのが分かる。


「だから、ありがとう」


腕を解くと、ゲラルトは釈然としない表情のまま、こちらを見た。


「俺、何もしてない」


少し、むきになったように。


「それが、いいときもあるってことだ」

「何もしないで、ただ見ていたほうがいい場面もある」


俺は視線を前に戻した。


「さっき、ミレディにも言われたんだ」


町の方を見つめたまま、続ける。


「これは、俺自身で気づかなきゃいけないってさ」

「これは、俺自身の問題だ」


ゲラルトは、すぐには返事をしなかった。

膝から倒木の上に移った指先が、落ち着かなく動く。


「……ちがう」


絞り出すような声。


「やっぱり、おかしい」

「ロアン、我慢してるだけだろ」


顔を上げ、俺を見る。

確信を得ているような雰囲気。


「俺が、子供だから……?」


最後の言葉は、問いというより、不安だった。

俺は息をつき、体重を倒木に預ける。


――そうか。


ゲラルトには、もう通用しないんだな。

もう、誤魔化せないんだ。


いや、俺が。

弱くなりすぎているだけかもしれない。


そう思った途端、言葉が喉元までせり上がってきた。

俺は、喋り出していた。


「……知りたい」


声は静かに、腹から出た。


「なんでもいい」


手に、力が入る。


「俺が、何を失ったのか」

「何を、忘れているのか」


確かめるように。


「その人は、生きているのか」


ゲラルトは、じっと俺を見つめていた。

測るような、確かめるような視線。


やがて、彼は小さく首を振った。


「きっと、話しちゃいけない」

「話したら、もう戻れない」


唇を噛みしめ、言葉を続ける。


「それでも……」


ゲラルトは、目を閉じた。

考えに沈むように、呼吸が深くなる。


その横顔は、さっきまでのものではなかった。

迷いを引き受けた、真剣な顔。


長い沈黙のあと、彼は目を開いた。


「その人は、彼女は」


胸の奥が、強く脈打つ。


「夕方の砂浜で、ロアンを待ってる」


言い終えて、彼は身じろぎひとつしなかった。

言葉が地面に落ちたように重い。

森の入口で、風が止む。


遠くで、波の音が聞こえた。

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