第6想 関わらないはずだったのに
「――まだなの?燈也!!」
朝の澄んだ空気の中、自宅前に響くのは流水の苛立ち混じりの声。
すでに身支度を整えたリエラ、流水、癒水と違い、まだ出て来ない燈也を呼び立てている。
「悪い!支度に手間取っちまった」
乱れた髪を手で整えながら玄関から飛び出してきた燈也に、流水はすかさず詰め寄る。
「まったくアンタってばいつも遅いんだから」
腕を組み、ぷいっと横を向くその仕草は姉らしいと言うべきか、単なるお節介と言うべきか。
「まぁまぁ姉さん。今日はまだ時間も余裕あるんだし、それくらいにしてあげようよ」
姉とは対照的に穏やかな声で諫めるのは妹の癒水だ。
「癒水が言うなら、これぐらいにしておいてあげるわ。」
流水はしぶしぶ肩をすくめたがすぐに思い出したように話題を変える。
「――そういえば燈也。新しい委員会、もう決めた?」
「もうそんな時期か……俺はパスかな~。面倒くせぇし…そういうお前はどうするんだ?」
「アタシはもうクラス委員やってるから継続ね」
胸を張る流水に、燈也は「だろうな」と内心で頷く。
視線は自然と癒水へと向いた。
「癒水は? なんかやるのか?」
「私ですか?……私は保健委員か魔法執行部をやろうかと思ってます」
癒水は何気ない声音で言ったが、その一言に誰よりも敏感に反応したのは流水だった。
「えっ!執行部ッ!?」
大げさなほど驚いた姉の声に燈也が目を瞬かせる。
「なんだ?何かあるのか?」
驚きの理由が分からず、燈也は首をかしげる。
──魔法執行部
それは生徒間の魔法トラブルや争いを解決する“学園内の治安部隊”的な部活だ。
生徒をまとめる生徒会執行部、学校の規律を守る風紀委員会と並び、
学園の“三本柱”と称されるほど重要な役割を担っている。
特にこの学校は生徒数が多く、1〜2年生と3年生で校舎が分かれているため
3年生を生徒会執行部が、1〜2年生を魔法執行部がまとめているのだ。
「アンタ達知らないの?魔法執行部の連中は実力は確かだけど変わり者の変人集団だって噂よ!?」
流水はため息まじりに肩をすくめる。その言い方はまるで学校の七不思議でも語るかのようだ。
「変人集団?」
燈也が眉をひそめる。
「中でも今の魔法執行部の部長。あの人は桁違いよ。たった一人で複数の不良グループを壊滅させたとか……
魔法ランクもSランクに次ぐほどで、生徒会長にも匹敵する実力者らしいわよ!」
魔法ランク──
学生の力量は S、AA、A+、A、B+、B、C、D、E の9段階で格付けされている。5人しかいないS含めAA以上は数が少なく強力な力を持つ。
「なるほどな……」
燈也は小さく息を吐く。
(正直関わりたくない相手だ……。まぁ魔法執行部なんかに俺が関わることも無いだろうが……)
「分かった? だから癒水、そんな危ない所なんて入っちゃだめよ!」
姉らしい心配を込めて流水が念を押す。そして、燈也の方へ鋭い視線を向けた。
「アンタもよ。目を付けられたりしないように気を付けなさいよ」
「……わかってるよ」
軽く肩をすくめる燈也。
「ねぇ燈也くんあれって……」
リエラが話題を変えるかのように前方を指さす。指さした先を見ると──
そこには見慣れた金髪ライオンヘアーの男 ――風間郷夜の姿、
そして隣には、明らか困惑している茶髪の女子生徒。
「あれは……風間か。何やってんだアイツ……」
どう考えてもロクでもない。
「キミは運命って信じるかい?」
「あの……あなたは?」
決め顔+決めポーズという“痛いコンボ”で女子に声をかける郷夜。
その対照的に女子生徒は露骨に眉をひそめて後ずさる。
「おっと……自己紹介がまだだったね。オレ様は風間郷夜。風の貴公子さ!」
「え、えっと……?」
「オレ様と愛の風に乗らないかい?」
燈也は額を押さえる。“風の貴公子”とか“愛の風”とかよく恥ずかしげもなく言えるなコイツ。
「あの……私彼氏がいるので……そういうのは……」
「フッ……その程度の障害、オレ様の愛で押し通してやるぜ!!」
断られたのに、なぜか勝利宣言みたいな返し。
コイツがモテない理由が、銀河規模で理解できる。
「こっ……困ります!!」
全力で抵抗をする女子生徒。
「さぁ安心して、オレ様の胸に飛び込んでおいでぇぇぇぇ!!」
郷夜は両手を広げて突撃体勢。どこに目ついてんだ、このライオン。
「やめんかぁぁぁー!!!このバカッー!!!!」
ズドガァァァン!!!
郷夜が飛び込むより早く、流水の華麗な前蹴りが郷夜の顔面を直撃した。
「ぐへぇッーーーー!!」
そのまま郷夜は綺麗な放物線を描き朝空へと飛んでいく。
「あー。今日もすげー飛んでんなぁー……」
燈也は慣れきった様子で空を眺める。うん、太陽がまぶしい。
バシン、と地面に落下した風間へ歩み寄り──
「……大丈夫か?」
倒れたライオンヘアーは、うっすら笑みを浮かべて親指を立てた。
そのままパタリと沈黙。
「……よし。今日も平和だな」
燈也はため息をつきつつ、いつも通りの朝を受け入れるのだった。
次回 『第7想 蛇の教師と例外と呼ばれる少年』
学園アイドル・柊ななみ。魔法執行部という存在。
そして燈也という“例外”。
笑っていられるのは、今だけかもしれない。




