第5想 柊ななみと主人公を狙う不吉な影
怜花と少女の無事を確認する燈也。
「う……嘘だろ……俺の魔法を、消しやがった……」
最初に声を漏らした男の瞳は驚愕をはるかに通り越して震えていた。
つい先ほどまで勝ち誇っていた顔は見る影もなく血の気が引き唇がひくついている。
仲間の一人が震える指先で燈也を指し示す。
「や、やべぇ……こんなことが出来るヤツ、ひ、一人しか……いねぇ……。
コイツ……“五法星”の不知火燈也だ……!」
その名を聞いた瞬間、空気が凍りついた。
別のチンピラが、喉を鳴らしながら後ずさる。
「ま、マジかよ……Sランク所持者じゃねぇか……!どうすんだよ……!」
足は震え眉間に汗を浮かべながら、逃げるかどうか判断できずに視線を彷徨わせている。
先ほどまでの威勢は完全に消え、彼らはようやく悟った。
敵に回してはいけない相手を、本気で怒らせてしまったのだと。
彼らが驚くのも無理はない。
五法星とは学生の中で五人しかいないSランク所持者のことを指す通称であり学生の中では最高ランクだ。
知らぬものはなく、並の人間では到達出来ない圧倒的な魔力と実力を持つことから尊敬と畏怖を持たれているのだ。
燈也の短い一言が空気を断ち切った。
「まだやるか?」
口調は冷静だが圧倒的な強さを見せられたチンピラ達には死刑宣告と同じ。
一人が喉の奥でかすれた声を上げる。
「く、くそっ……! Sランク相手じゃ、俺たちが束になったって勝てるわけねぇよ……っ!」
足が震え、腰が抜けそうになりながら後ずさる。
仲間もすでに冷や汗で顔が濡れ、目は泳ぎ、身体は痙攣している。
「に、逃げるぞ!」
その言葉は号令というより悲鳴だった。
「ちくしょう、覚えてろよ!」
蜘蛛の子を散らすように一斉にチンピラ達は逃げていった。
(さっさと退いてくれて良かった……。)
「くっ……」
その瞬間、不意に視界がぐらりと揺れ、足元が遠ざかったような感覚が燈也を襲う。
「顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
怜花の心配そうな声がかかる。
「なんでもない……ちょっと疲れただけだ」
燈也は慌てて呼吸を整え、普段通りの落ち着いた声を無理に作る。
「無理はしないでくださいね」
優しい声が背中越しに届く。
「ははは……よく言うぜ。無鉄砲に飛び出したくせに」
燈也は一瞬だけ言葉に詰まりかけたが、すぐにいつもの調子を装って笑ってみせた。
「そっ……それは!」
怜花が少し顔を赤くしながら言いかける
「……あの~」
遠慮がちに、先程チンピラに捕まっていた少女が話かけてくる。
「お前も無事で何よりだったな――」
言い終える前だった。
「ありがとう!!!」
少女が勢いよく飛び込み、燈也の胸に思いきり抱きついてきた。
「ちょっ……わ、わかったから落ち着けって!」
声は出しているものの、焦っているのは完全に燈也のほうだった。
腕に伝わる柔らかい感触、ふわっと香る甘い匂い、体温。
こんな距離の近さを経験したことなど当然なく、
女子特有の刺激は、一般男子の許容量を完全に超えていた。
慌てて、燈他はなんとか少女の肩に手を置き、そっと引き離した。
「あははは!わたしは‘柊ななみ’!」
救われた嬉しさを隠す様子もなく、少女は明るい声で名乗った。
「二人は命の恩人だよ。本当にありがとうね!」
笑顔は弾けるようで、見る者を自然と惹きつける。
彼女のピンク色のふわふわした長髪は光を受けて柔らかく揺れ、ハート型の髪飾りがきらりと光る。
大きく透き通った瞳に制服越しでもわかる抜群のスタイル。
男子なら誰もが振り向き、声をかけたくなるタイプの女の子だ。
「俺は燈也だ。」
少し肩の力を抜いた声で名乗ると、隣の怜花も軽く会釈しながら続く。
「加ヶ瀬怜花です。ケガが無くて良かったです。」
「ともくんにれいちゃんだね。私の事はななみって呼んでね。。」
ななみはふわりと明るく笑いながら言った。
「ともくん……!?」
「れいちゃんですか……?」
予想しなかった呼び方に二人は固まる。
「良いニックネームでしょ?」
ななみは胸を張りどこか誇らしげに言った。
「え……いや」
燈也は言葉を探しながら視線を逸らす。
(……小学生じゃあるまいし、正直恥ずかしいというか……)
「ね?」
ぱちりと大きな瞳で見上げてくる。謎の圧力……いや、凄みすら感じる視線。
「お……おう」
押し負けたような返事しか出来ず、燈也は小さく頷くしかなかった。
「これからよろしくね」
ななみが元気よく手を差し出してくる。
「ああ、こっちこそ。えーと柊さん」
すると即座に、彼女の笑顔がキラリと鋭くなる。
「もう、柊さんじゃなくて、な・な・み・ね?」
またもや圧が飛んでくる。
「……ああ、よろしくな。えーと……ななみ」
「ふふっ……よろしい」
満足そうに笑うななみ。その笑顔は明るくて、どこか人懐っこい。
(ちょっと変わってるけど……悪い子じゃないな。……案外、いい友達になれるかもな)
三人が和やかに会話を交わすその頭上――
街灯の影に紛れるように、赤い瞳を光らせたコウモリ型の魔物が静かに張り付いていた。
その瞳に映る景色ははるか離れた場所にいる術者へとそのまま転送されている。
「……へぇ……なるほどね~」
薄暗い室内で、ひとり映像を見つめる人物が小さく肩を揺らす。
顔は夜の暗さに沈んでおり良く見えない。
「……アイツが、噂の”不知火燈也”……」
映像に映る燈也の一挙手一投足を食い入るように見つめていた
その人影は、やがてゆっくりと手元の魔法端末を取り出した。
「あー、もしもし~。工藤クン?……ちょっと頼みたいことがあるんだけどね~……」
低く甘い声で告げるその言葉は、まるで何かのゲームの駒を動かすように軽やかで、残酷だった。
短い通話が終わると、暗い部屋には再び静寂が戻る。
その中央で、ただひとり背もたれに身を預け、不敵な笑みをゆっくりと浮かべた。
「ふふふ……これから、ますます面白くなりそうねぇ……」
次回 『第6想 関わらないはずだったのに』
魔法執行部――
それは学園の秩序を守る存在。
そして、決して近づいてはならない“何か”を抱えた組織。
ただの朝のはずだった。
ただの他人事のはずだった。




