第226想 死してなお、任務の為に
――大ホール、指令室に繋がる通路の前で三つの影が駆けた。
「帝国式雪村流剣術奥義――」
雪村が軍刀を大きく引き魔導回路が一斉に明滅する。
ギィィィィィン――!!
高周波振動が刀身を震わせ、雪村の姿が消えた。
「黒鉄殿!」
凛が叫ぶ。
「ああ、予定通りに……」
鉄景は短く答え、拳を握る。
『砕けぬ岩よ、この身に宿れ――。』
≪黒鉄流 天王山≫
両腕を覆う岩の鎧が、さらに分厚く形成されていく。
「終わりです!!」
雪村の姿が、鉄景の真正面へ現れる。
≪『終式・無間』!!≫
必殺の一太刀が振り下ろされた。
「ぐおおおおおっ!!」
鉄景が両腕を交差させ、軍刀と岩の腕が激突した。
凄まじい衝撃で、鉄景の足元が砕ける。
「ぐっ……!」
だが、鉄景は退かなかった。
「今だ、白金!!」
「ああ!!」
凛が跳び、雪村の死角へ。
『天を衝き、地を砕く。――』
≪白金流格闘術奥義 蓋世!!≫
空中で身体を捻り、魔力が両腕へ集中する。
左右から挟み込むように、二つの攻撃が雪村へ迫った。
「ッ!?」
雪村の瞳が初めて大きく見開かれる。
軍刀を鉄景へ叩き込んだ直後であり、回避は間に合わない。
「うおおお!!逃がさん!!」
更に鉄景の拳が雪村の軍刀を押さえ込む。
「なっ……!」
無防備となった雪村の身体に凛の放った渾身の一撃が命中し
思いっきり床へ叩きつけられた。
「ハァハァ……。」
鉄景と凛は荒い呼吸を繰り返し、雪村の倒れた場所を見つめる。
「……やったか?」
「いえ……まだですよ。」
雪村の声が聞こえ、粉塵の中からゆっくりと立ち上がった。
「なんてヤツだ……。」
凛が息を呑む。
軍服は裂け身体からは大量の血が流しながらも、雪村は落ちた軍刀へ手を伸ばす。
だが、指先は震え雪村は自分の手を見る。
「……。なるほど。もう、身体が限界ですか。」
「雪村。」
鉄景が構えを崩さない。
「……何でしょう?」
「もうやめろ。」
雪村が顔を上げる。
「決着は着いた。お前のその身体では、もうまともには戦えないはずだ。」
雪村は静かに鉄景を見る。
「……ええ、その通りです。」
「だったら……!」
凛が眉をひそめる。
「ですが……私には退けない理由がある。」
雪村は軍刀を拾い上げた。
その声には先ほどまでの余裕はなく、
代わりに決意だけを宿している――
「ヴォルフ閣下から命じられたのです。貴方達を排除しろと。
それを遂行するまでは……。」
雪村は懐へ手を入れる。
「何を……?」
凛が身構える。
雪村が取り出したのは小さな薬瓶だった。
中に入っている液体は、血とも毒ともつかない濃い色をしている。
「それを使えば……どうなる?」
鉄景の低い声が響く。
「……。」
雪村はしばらく沈黙し薬瓶を握り締めた。
「これは、帝国軍が極秘に開発した劇薬です。
一時的に肉体の限界を解除し……あらゆる身体能力を引き上げることが出来る。
代償として効果が切れた後、肉体の細胞が急速に崩壊しますがね……」
「……!」
凛の表情が変わった。
「つまり、これを使えば私は死ぬ。」
雪村は薬瓶を掲げた。
「そこまでして……!」
凛が息を呑む。
「それが、帝国軍人という者です。任務の為になら喜んで殉じる…。」
雪村は即答した。
「……死ぬことが任務か?」
鉄景が低く口を開いた。
「ええ。祖国再建のために、仲間達のために、……そして」
雪村の言葉が止まり一瞬、薬瓶へ視線を落とす。
「……散っていった者達のためにも、私はその者達の想いに応えなければならない。」
鉄景は黙って聞いていた。
「……雪村、……それでも死ぬな。」
雪村の瞳が僅かに揺れた。
「命を捨てるな。」
鉄景は傷ついた身体を引きずりながら一歩前へ出る。
「仲間の想いを背負っているなら、生きて果たせ。」
「……ッ!」
雪村は目を見開いた。
その言葉が、雪村の胸の奥へ深く突き刺さった。
自分でも本当は分かっていた――
命を懸けることと、命を捨てることは同じではないことぐらい。
「……貴方は、なぜ敵である私にそんなことを言うのですか?」
雪村が静かに尋ねる。
「敵だとしても、俺はお前の忠義を否定しない。
お前が帝国を想うことも、仲間を想うことも、否定するつもりはない。」
鉄景は拳を握る。
「だが、命を捨てることだけは俺は認めん。」
「……命を捨てるな、ですか。」
雪村は薬瓶へ視線を落とす。
「フッ。貴方は……本当に残酷なことを言いますね。」
「……。」
「そんな言葉を聞いてしまえば、……一瞬くらい、考えてしまうではありませんか。」
雪村は目を閉じた。
「……。」
「もし、帝国が滅びなければ、仲間達が死ななければ、私も……。」
言葉が途切れ雪村はゆっくり目を開いた。
「……ですが、それでも…。」
その瞳に再び覚悟が宿る。
「生き方は変えられない……仲間達の死が無駄ではないことを証明する為にも……
この身が朽ち果てようとも……必ず任務を遂行する!!」
雪村は薬瓶の蓋を開ける。
カチッ。
「……申し訳ありません。」
それは誰に向けた言葉なのか、二人には分からなかった。
自分達か、仲間達か、あるいは、自分自身か――
雪村は薬を一気に飲み干すと雪村の身体が大きく震え、青白い光が血管のように身体中を走る。
「ガァァァ……ッ!」
「……来るぞ。」
鉄景が低く告げる。
薬を飲み干した雪村の様子は先程までとは明らかに違う。
手負いながらに背筋が凍るような殺気を放つその姿は修羅。
死期が迫りつつもただ目の前の敵を道連れにするだめの執念の塊。
「さぁ、……最後の死合といきましょう。」
次回予告 『第227想 迫り来る刻限』
大ホールでは帝国兵達の必死の抵抗によって
砕牙と鉄重は、いまだ突破口を掴めずにいた。
一方、指令室に続く通路では――
ベルガと紅音は、帝国最強剣士・真田龍牙と激突する。
船に仕掛けられた爆弾の刻限が迫る中で、
それぞれの思いが交錯し、戦場はさらに加速していく。




