第220想 託された使命
――魔導客船テティス・大ホール。
先ほどまで絶望に支配されていた空気は、一瞬で塗り替えられていた。
帝国兵達は混乱し、人質達は鎖から解放され始めている。
しかし、その喧騒の中でも、ヴォルフだけは微動だにしていなかった。
「……。」
静かに周囲を見渡し、小さく息を吐く。
「まさかここまでの戦力を隠していたとは……。」
「ガハハハハ!思いっきり暴れてやるぜ!!」
砕牙は豪快に笑う。
「ええ。若い子ばかりに苦労はさせられませんもの。」
紅蘭も静かに扇子を閉じた。
その時だった――
「待って下さい!」
帝亜の声が響き、視線が集まる。
「敵は、この船に細工をしているわ。」
「細工ですか?」
レイリアスが眉をひそめる。
「爆弾です。しかも複数…。私達が確認できたのは一基だけ。
それ以外は、まだ船内に残っているみたいです。」
「……爆弾、面倒ね。」
紅蘭の表情が変わる。
帝亜は頷く。
「ええ、敵幹部の神代本人も言ってました。一つでも残れば、この船は沈むと……。」
その言葉に、全員の表情が引き締まる。
「……なるほど。そのような切り札を用意していましたか。」
レイリアス校長が一歩前へ出た。
彼女は右手を胸の前へ掲げ、青白い雷光が静かに指先を走った。
「でしたら、その役目は私が引き受けましょう。」
「校長先生、場所が分かるんですか?」
英明が尋ねる。
「ええ、私の雷魔法は攻撃だけではありません。電気、微かな熱源まで探知できます。
爆弾が起動状態であるなら、隠し通すことは難しいでしょう。」
レイリアスが穏やかに微笑んだ。
「……適任ですね。」
帝亜も小さく頷く。
「高天原さん、工藤さん。神代と直接交戦されたのは貴方達だけですね。
設置場所の特徴など、移動しながら教えていただけますか?」
レイリアスは帝亜へ視線を向ける。
「ええ、もちろん。」
「分かりました。護衛はお任せください。」
英明が静かに前へ出る。
「ありがとうございます。」
レイリアスは優しく微笑んだ。
その横で、砕牙が巨大な拳を奮いながら笑う。
「細かいことは任せた!俺はここで兵士共の根性を叩き直しているからな!!」
「相変わらずですね。でも、それで十分です。」
紅蘭が苦笑する。
「うむ、人質は儂らに任せておけ。なに、指一本触れさせはせんよ。」
鉄重はゆっくり頷く。
その言葉を聞いたヴォルフは、ゆっくりと腕を組み直し、騒然となる大ホールを一瞥し小さく息を吐く。
「……予定が狂ったな。」
しかし、その表情に焦りはなく、静かに次の一手を選ぶ。
「雪村。」
「お呼びでしょうか、総指揮官。」
一人の青年が静かに前へ出る。
ヴォルフは周囲を見回す。
暴れ始めた校長達に次々と倒されていく帝国兵。
「ここは任せる。時間を稼げ。」
「了解しました。この命に代えても。」
幸村は迷いなく敬礼した。
「私は指令室へ戻る。最後の装置を起動させるためにな。」
ヴォルフは静かに頷く。
「真田……」
「はい。」
ヴォルフの隣へ、一人の男が歩み出る。
「来い。護衛を頼む。」
ヴォルフは短く命じる。
「御意。」
真田はそれだけ答え、ヴォルフの半歩後ろへ付く。
二人は踵を返し、大ホール奥の通路へ歩き始めた。
「逃げたのか……?いや」
燈也の表情が変わり、帝亜から聞いた神代の言葉が脳裏を過る。
"まだ終わっていない。"
"一つでも残れば、この船は沈む。"
「まさか……!!待て!」
燈也が駆け出そうとした、その瞬間――
カツン……っと静かな足音が響く。
その前へ、一人の男が歩み出た。
長い軍刀を腰へ差し、黒い軍服を乱れなく着こなした青年。
その瞳には、感情らしい感情は宿っていない。
「ここから先は。一歩たりとも通しません。」
その場の空気が一変し、燈也が足を止める。
「……お前は。」
「私は帝国連合軍残党”アイゼン・レギオン”、殲滅部隊隊長”雪村誠司”。」
スッ――
雪村の軍刀が僅かに鞘から抜かれ、その刃から放たれる殺気にその場の誰もが息を呑んだ。
「帝国に歯向かう者は、例外なく斬る。それが私の使命です。」
紅音が眉を寄せる。
「っ。……この人……。」
紅音が眉を寄せる。
「ああ。殺気が半端ねぇ……。」
ベルガも表情を引き締めた。
「ヴォルフ閣下のお時間を奪わせはしません。ここで終わりです。」
「どいてもらう。人質も、この船も、全部助ける。」
燈也が構える。
「……その理想が叶う事はありません。あなた達はここで消えるのですから」
雪村は僅かに目を細めた。
そこへ鉄景がゆっくりと前へ出る。
「燈也。ここは俺達に任せろ。」
その隣へ白銀の髪を揺らしながら白金凛も並び頷く。
「ああ、キミ達は先へ。」
「だが……。」
燈也が振り返る。
「立ち止まるな。お前には倒すべき相手がいるだろう。」
鉄景は静かに首を振った。
「それに、風紀委員として秩序を乱す者を止めるのも私の役目だ。」
凛も穏やかに笑う。
雪村は二人へ静かに視線を移す。
「邪魔するのなら……まとめて処刑しましょう。」
鉄景が拳を強く握り、岩の魔力が拳を覆い始める。
「処刑、か。随分と物騒な物言いだな。」
雪村は何も答えない。
ただ静かに、軍刀を抜き澄み切った刀身が鈍く輝いた。
鉄景は燈也へ背を向けたまま言う。
「隙を作る。行け!!」
燈也は二人を見つめ、一瞬だけ迷いがよぎる。
だが、その迷いを振り払うように力強く頷いた。
「……すまない!頼んだぜ!」
燈也に続くようにベルガ、紅音も、
ヴォルフの背を追って大ホール奥の通路へと駆け出した。
次回予告 『第221想 狂信の刃!雪村誠司』
帝国へ全てを捧げた男、幹部の雪村誠司。
帝国のため、ヴォルフのため。
その信念を穢す者は、誰であろうと容赦なく斬る。
燈也達を先へ進ませるため、鉄景と凛が命を懸けて立ちはだかる!




