第216想 軍人として、人として
――魔導客船テティス、地下区画。
砕け散った外骨格から、断続的に火花が散り焦げた金属の匂いが通路に漂う。
「はぁ……はぁ……。」
神代は片膝をついたまま、荒く息を吐いていた。
武装は残ってはいない。それでも――その背筋だけは崩れない。
その時だった――
天井のスピーカーから小さなノイズが響き、船内全域へ重厚な声が流れ始めた。
『こちらは、帝国連合軍残党総指揮官の”ヴォルフ・アイゼン”だ。』
地下区画にも、その声ははっきりと届く。
『まず最初に我々の幹部を二人討ち取った者へ敬意を表そう。諸君らの実力は十分理解した。』
『貴様らが人質を救いたいというのなら。三十分以内に、大ホールへ来い。
来なければ、人質は全員処刑する。』
放送が途切れる。
「……そうですか。鬼堂殿まで……。」
神代から、乾いた笑みが漏れる。
口元からは血が伝うが、それを拭うこともせず小さく天井を見上げた。
「本当に……予想外ですね。」
だが、その表情に後悔はなく神代はゆっくりと笑う。
「さすが、優秀な生徒達だ。
……そんなあなた方の功績を称え、私も一つだけ忠告を差し上げましょう。」
「……忠告?」
帝亜の瞳が細くなる。
「ええ。あなた方は私が設置した爆弾を止めようとしていましたね。」
神代は静かに頷いた。
「……ああ。」
英明が眉をひそめる。
「ですが、残念ながらあれが全てではありません。」
「何だと!」
英明の目が鋭くなる。
「爆弾は一つだけではありません。」
神代はゆっくり頷き、 ゆっくり天井を見上げる。
「もし一つでも解除が間に合わず、起動すればこの巨大客船は跡形もなく海へ沈みます。」
「……やっぱり。それで、何か所?」
帝亜はため息混じりに呟く。
「それは申し上げられません。」
神代は静かに首を横へ振った。
「私にも帝国軍人としての誇りがある。
散っていた同胞達の志を裏切ることは出来ない。」
神代は、どこか寂しそうに笑った。
「だから…逃げなさい。」
「何…?」
英明が目を見開く。
「今ならまだ助かります。
あなた達なら、この船を捨て脱出することもできるでしょう。」
神代は二人を真っ直ぐ見据える。
「その選択肢はない。」
英明は即座に首を振る。
「ええ、仲間を見捨てて自分達だけで逃げるなんて選択肢はね……」
帝亜もその言葉に続き返した。
「そういうことだ。まだ助けられる命があるなら最後まで足掻く。
……それが俺たちの選択だ。」
英明の言葉に一切の迷いはない。
神代は二人を見つめる。
その眼差しには、敵を見る色はもうなかった。
ただ、どこか眩しいものを見るような表情で笑う。
「でしょうね。だから、あなた達は強いのでしょう。」
そう言ってゆっくりと右手を懐へ入れる。
「その手の物は……!」
帝亜の瞳が鋭く細められた。
神代が取り出したのは、小型の軍用手榴弾だった。
「……っ!部長、離れろ!」
英明の表情が変わる。
神代は静かに安全ピンへ指を掛ける。
「捕虜になるつもりも情報を渡すつもりも…ありません。」
安全ピンが抜け神代は静かに笑った。
「最後まで、帝国軍人として任務を全うします。」
「待ちなさいっ…まだ話は終わっていないわ!」
帝亜が一歩踏み出す。
「いいえ、これで終わりです。」
神代は穏やかに首を振ると、小さく敬礼した。
「帝国に……栄光あれ。」
その言葉と共に、手榴弾を静かに胸へ抱え込む。
「伏せろ!!」
英明が帝亜の腕を掴み、瓦礫の陰へ飛び込む。
ドォォォォォンッ!!
爆風と轟音が地下整備区画を激しく揺らし、煙と砂埃が視界を覆い尽くした。
やがて爆風が静まり、煙がゆっくりと晴れる。
そこには神代の姿はなく、焼け焦げた床と砕けた外骨格の残骸だけが静かに転がっていた。
帝亜はその跡を静かに見つめる。
「……最後まで、自分の信念を曲げなかった。敵ながら……見事ね。」
英明も拳を強く握り締める。
「ああ……。だが、感傷に浸ってる時間はない。
爆弾は複数。しかも人質は大ホールに集められている、問題は山積みだ。」
帝亜は深く息を吐き、ゆっくり立ち上がる。
「ええ…まずは皆と合流して、状況を整理しましょう。」
その時だった。
カツ、カツ……。と静かな足音が地下通路へ響き、二人が同時に振り向く。
煙の向こうから、一人の人物がゆっくりと姿を現れ帝亜が目を細める。
「あなたは……!?」
次回 『第217想 交わらぬ答え』
人質を救うため、大ホールへ集結した燈也たち。
待ち受けるのは、帝国連合軍残党総指揮官”ヴォルフ・アイゼン”による最後の交渉だった。
譲れない信念と互いの覚悟がぶつかり合う。




