第197想 亡霊達の宣戦布告
――魔導客船テティスの大ホール。
要人、生徒、来賓客、船員が集められ、床へ座らされている。
周囲は武装兵達が取り囲み、誰一人として動けない。
重苦しい沈黙が流れる中で、兵士達が左右へと分かれる。
まるで道を作るように。
カツン、カツンと軍靴の音を立てながらリーダーと思わしき男が現れる。
その姿を見て、何人かの老人が息を呑んだ。
灰色の軍服に左頬を走る古傷、鋭い眼光。
そして軍人だけが持つ圧倒的な存在感。
元帝国連合軍の陸軍大佐にして
帝国残党軍”アイゼン・レギオン”総指揮官――”ヴォルフ・アイゼン”。
彼はゆっくりと人質達を見渡す。
誰も恐怖で声を出せない中でただ一人、
岸村大臣だけが震えながら叫ぶ。
「き、君達、こんなことをしてただで済むと思っているのか!?
私は大臣だぞ!!今すぐ武器を捨てなさい!!」
ヴォルフは無言だった。
数秒、岸村の方を見る。
それだけだが、岸村は黙った。
まるで猛獣に睨まれたように。
ヴォルフはゆっくり口を開く。
「質問は後だ。まず現状を説明しよう。」
低い声がホール全体へ響く。
「この船は我々が制圧した。護衛艇は全て撃沈。
操舵室も確保済み。諸君らは人質だ。」
絶望が広がる。
「う、嘘だろ……」
誰かが呟く。
その時だった。
「だから言ったんだ!!」
突然、大会主催者の永良口が奏議員へ怒鳴った。
「警備予算を削るなと!!何度も言っただろう!!」
奏議員が顔を真っ赤にする。
「私のせいだと言うのか!?元々警備計画を立てたのはお前達運営側だろう!?
責任転嫁するな!!」
「なっ…何だと!?」
「事実だろうが!!」
運営委員長の金平まで口を挟む。
「いやいや待ってください!」
「予算を削れと言ったのは議会側ですぞ!」
「私は反対した!!」
「嘘をつけ!!会議で真っ先に賛成していただろう!!」
「今は責任の所在より解決策だろう?」
「知らん、私は悪くない!!」
「俺だって悪くない!!悪いのはお前だ!!」
「いやお前だ!!」
醜い言い争いが続く。
誰も周りの心配などしていない。
自分が責任を負わされることだけを恐れている。
その様子を見ていた生徒達の顔が曇る。
「なんだよ……あれ。」
郷夜が小さく呟いた。
「最低ね……。」
流水も苦々しい顔をした。
ヴォルフはまるで価値のないものを見るような目で、黙って見ていた。
「黙れ。」
その一言で全員が黙った。
空気が凍る中で、ヴォルフはゆっくり歩き出す。
「さて、本題だ。」
人質達の前をまるで査閲するように。
ゴールド・レイマンが震える声を出した。
「ま、待ってくれ!金なら出す!!いくらでも払う!!
だから命だけは――」
「違う。」
ヴォルフが遮った。
「我々は金が欲しいわけではない。」
「では何が目的なんだ……?」
ゴールドが尋ねる。
「戦争だ。」
ヴォルフは静かに答えた。
「戦争?何を言ってるんだ?」
誰も理解できなかった。
ヴォルフの目が細くなる。
「十六年前、帝国は敗れた。だが滅んではいない。」
静かな声、だがそこには狂気にも似た執念があった。
「炎は消えていない。今も燻り続けている。
なのに貴様らはそれを忘れた。」
「平和に酔い、利益を貪り、戦争を過去のものとして扱った。」
誰も反論できない。
「だから思い出させてやるのだ。帝国は終わっていない。」
ヴォルフは人質達を見渡す。
「我々はここにいる。そう、世界へ宣言するためにな。」
誰もが黙って聞くことしか出来ない中で、
ホール後方で一人の男がこっそり端末を操作していた。
震える指で必死で動かす。
(繋がれ……!誰でもいい……!助けを――)
送信ボタンを押そうとした瞬間――
パンッ。と乾いた銃声がホールに響き男の身体が崩れ落ちた。
床へ血が広がり、会場が凍り付く。
「……え?」
誰かが漏らす。
血だまりの中で男は動かない。
その姿に悲鳴が上がる。
「きゃああああああ!!」
「ひっ……!」
「う、嘘だろ……!」
ヴォルフは倒れた男を一瞥した。
「次はない。そう言った筈だ。」
静かな声で呟く。それはまるで死神の宣告のようだ。
「私は冗談を好まない。警告は一度きりだ。」
ホール全体が震え、誰も動けず、誰も逆らえない。
ヴォルフは再び人質達を見渡す。
「安心しろ。諸君には帝国復活の狼煙になってもらう役目がある。
大人しくしているならそれまでは生かしておいてやろう。」
魔導客船テティス――その会場は敗戦を受け入れられなかった亡霊達の戦場へと変わっていた。
次回 『第198想 反撃の火種』
帝国残党軍によって占拠された魔導客船テティス。
生徒、要人、船員――
多くの人々が人質となり、船内は絶望に包まれる。
一方その頃。
敵の包囲を逃れた燈也、怜花、リエラの三人は、ダクトを利用して船内の探索を開始。
敵の数は想像以上、しかも相手は歴戦の軍隊。
仲間を救うためには、まず敵を知ること、情報を集め、勝てる形を作る。
海上要塞と化したテティスで、燈也達の反攻作戦が動き出す。




